前作『風立ちぬ』から10年という年月を経て、再び宮崎駿監督の新作アニメーション映画が公開されました。タイトルは『君たちはどう生きるか』。事前情報が極端に少なく、前代未聞の幕開けとなった本作は一体どんな物語だったのでしょうか。早速、ネタバレ解説をしていきます。
※以下、ネタバレを含みます。
『君たちはどう生きるか』(2023)あらすじ
牧眞人(声:山時聡真)は父親のショウイチ(声:木村拓哉)の声で、夜中に目覚める。なんと、母親・ヒサコの居る病院が火事だというのだ。慌てて家を飛び出す父親に止められながらも後を追う眞人だったが、母は帰らぬ人となる。
時は流れて、父親はヒサコの妹であるナツコ(声:木村佳乃)と再婚することとなり、眞人は父親とナツコの暮らす田舎の屋敷へと疎開する。親切にしてくれるナツコだったが、未だに母の死を受け入れきれていない眞人は、新しい環境にも馴染めず拒絶するような態度をとっていた。
そんな眞人に対して、屋敷の側で暮らすアオサギ(声:菅田将暉)がおかしな挙動を見せ始める。人語を話し「母親が待っている」と囁くアオサギが、屋敷の側にある古い塔へと眞人を導くことになっていくのだった……。
登場人物(ボイスキャスト)
眞人(まひと)/山時聡真
本作の主人公。疎開先で奇妙な鳥に出会い、不思議な塔に導かれる。
青サギ ・ サギ男/菅田将暉
人語を操る奇妙な鳥。眞人を塔へと導く。
勝一(しょういち)/木村拓哉
眞人の父親。
ヒミ/あいみょん
眞人の母親。入院先で火事が起こり亡くなる。
夏子(なつこ)/木村佳乃
勝一の再婚相手。ヒミの妹。
キリコ/柴咲コウ
疎開先のお屋敷のお手伝いさん。眞人と一緒に夏子を探しに塔に入る。
大伯父/火野正平
眞人のご先祖様。塔に通じる異世界(下の世界)の創造主。
インコ大王/國村隼
異世界(下の世界)で繁殖し勢力を拡大したセキセイインコの王様。
ワラワラ/滝沢カレン
老ペリカン/小林薫
老婆たち
あいこ/大竹しのぶ
いずみ/竹下景子
うたこ/風吹ジュン
えりこ/阿川佐和子
ポスターの鳥の正体とは?
公開日までポスタービジュアルとタイトル以外の情報が一切解禁されず、その宣伝方針も話題を集めた本作。一匹のなにやら奇妙な鳥の正体は一体何なのか、SNS上では予想合戦が巻き起こり注目されてきました。その正体とは、異世界(下の世界)と現世を行き来するアオサギといった鳥で、中身は人間の中年男性のような姿をした生き物でした。異世界(下の世界)の創造主である大叔父の血縁者のみに通ずる人語を操り、主人公・眞人を塔へと誘い込み大叔父に引き合わせるといった重要な役割をもつキャラクターです。
小説『君たちはどう生きるか』との関係性は?
『君たちはどう生きるか』のタイトルからもピンと来た人は多いでしょうが、本作のタイトルの由来は、2018年にベストセラーとなった『漫画 君たちはどう生きるか』の存在が記憶にも新しい、吉野源三郎が1937年に発表した同名の児童小説から来ています。勘違いしてしまうのが、本作が“原作”ではないところ。クレジットには、宮崎駿自身の名前が原作として記されています。
ただし、全く関係がないわけでもありません。タイトルは紛れもなく吉野源三郎が手がけた小説から引用されており、作中では眞人の産みの親であるヒサコから贈られた小説として「君たちはどう生きるか」が登場したりと、インスパイア元としてそのエッセンスが引き継がれており、重要な役割を果たします。
眞人は宮崎駿監督自身を投影したキャラクター?
本作の主人公・牧眞人のキャラクター設定は、監督である宮崎駿の少年時代に近いものとなっています。
宮崎駿の叔父はかつて航空機を作る「宮崎航空興学」の社長を務めており、父親はその工場で工場長として勤務していました。戦争に使われていた航空機のパーツ製造を担っていたため、戦時中でありながらも裕福な環境で育ち、戦争が激化していった際には宇都宮へと疎開することとなります。
この背景は、『君たちはどう生きるか』の眞人と共通点が多いです。眞人の父も航空機の工場を経営しており、裕福な家庭環境が描かれています。眞人は疎開先として新たな母・ナツコの暮らす屋敷へと引っ越しますが、戦時中を描いた作品でありながらも実際の戦争の描写はなく、戦火との独特な距離感があります。
それは、宮崎駿自身の戦争体験をなぞったものとも近いのかもしれませんし、現代に置き換えると、まだまだ戦争の渦中にある国は多い中、戦力を持たないという前提のもと、支援などで間接的に戦争へ加担している日本にも近いと言えます。
塔の正体はスタジオジブリなのか?
主人公を宮崎駿に置き換えて見ることができる他にも、作中の舞台が実在のものと重ねて見立てることもできそうです。
眞人が迷い込んだ塔は、突如飛来した石(隕石)を取り囲むために建てられた洋館だと語られています。その製造の際には多くの犠牲があったりと、何やらいわくつきな雰囲気が漂い、現在は入口を土で埋めて封鎖しているという設定です。
たとえば、この塔という舞台の境遇自体を、アニメーション制作会社のスタジオジブリそのものにも置き換えてみることができます。
映画を製作するため、度々多くのスタッフが身を削り作品を生み出して来たスタジオジブリでしたが、経営がいつでも順風満帆だったわけでもなければ、かつては『魔女の宅急便』での片渕須直や、『ハウルの動く城』での細田守といった、今では監督を務めている人たちがジブリのもとでの映画の制作を外されたりと、苦い思いをさせてきた過去もありました。
そんな紆余曲折を経た上で、結局は長編アニメーション映画の制作部門を解散するまで至りました。それは、最後に崩壊した塔の姿にも重なります。
いくつもの世界や時間に通じる扉の数々や、飽和状態に苦しむセキセイインコたち、そして積み木を積み上げるものの、その限界が近づいていると語る大叔父。それらをスタジオジブリの境遇であったり、現在の世界であったりといった様々な隠喩として見ることもできるでしょう。見る人によっていろんな見え方がする器のような映画にもなっています。
喪失との向き合い方、そして自分自身を“受け入れる物語”
いろんな解釈ができる“塔”とは別に、眞人と母親の物語は一貫した軸のある物語として見ることができます。
病院の火事で亡くなってしまった母親のことを今もなお思っている眞人は、新しい母親として現れたナツコを最初は受け入れることができませんでした。屋敷へやってきてもなかなか心をひらかない眞人の態度や、新しい環境への馴染めなさに向き合う子供特有の“孤独”との対峙を冒頭でじっくりと描いていきます。
そんな眞人に大きな変化が訪れるのが、母が残した「君たちはどう生きるか」の本でした。この本を読んで涙した眞人の心情の変化こそ詳しくは描かれていませんが、このタイミングで何かが変わったことが示されています。
その証拠に、この本を読んだことで眞人は塔の中へと進んでいくことができ、ナツコを連れ戻す冒険へと進んでいくことになります。それはある意味、眞人の夢だったという解釈もできるでしょうし、眞人の心象を物語として描き出したとも言えます。
本当にあの塔があって、眞人が冒険したのかは解釈の余地がある一方で、亡き母が残した本が、新たな家族や環境、さらには自分自身を受け入れるきっかけをくれたのは間違い無いでしょう。
宮崎駿監督作品としては最後になるのか?
タイトルの『君たちはどう生きるか』は、まさに宮崎駿監督から映画を見ている我々への問いかけとも受け取れるでしょう。眞人は宮崎駿と重なるキャラクターであった一方で、もう時間がないと謳う大叔父との最後の別れをする会話は、大叔父と宮崎駿が重なる瞬間でもありました。
何度か引退宣言をしながらも長編制作に復帰してきた宮崎駿監督も、流石に今作が最後の作品になるという思いでいることは制作時から明言されていることです。実際、宮崎駿は本作の公開年である2023年で82歳を迎えます。すでにこの年齢で、現役でアニメーション映画を監督していること自体が驚くべきことであり、むしろよくぞ完成させてくれたと感想が漏れるほどです。
今度こそ、おそらく最後となるであろう『君たちはどう生きるか』。大叔父の後を継ぎ理想の世界を創造するように要求された眞人は、異世界(下の世界)で生きることはせず元の世界に戻り、アオサギのような友を作り生きていくと宣言します。
これまで、ファンタジーを通してたくさんの夢を与え続けてくれた宮崎駿監督からの、現実の世界で生きていくための最後のメッセージでもあり、祈りとも受け取れる“答え”だったのかもしれません。まだまだ戦争は終わらず、絶えず問題が起きる先の見えない現代をどう生きるか。そのヒントが、今作には詰まっているのでは無いでしょうか。
※2023年8月21日時点での情報です。
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