ジブリ映画『魔女の宅急便』でキキが空を飛べなくなった理由は?作品に込められたメッセージとは?徹底考察【ネタバレあり】

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ネジムラ89

映画『魔女の宅急便』でキキは恋をしたから空を飛べなくなった?ジジと話せないままラストを迎えることには意味があった?ネタバレありで徹底考察。

1989年の夏に公開されたスタジオジブリ作品『魔女の宅急便』。ジブリ初期に制作された本作は、一体どんな内容を描いた映画だったのでしょうか。

魔女の宅急便』(1989)あらすじ

魔女の一族に生まれた少女キキ。13歳になり、魔女のいない街に住んで修行を積まなければいけない、というしきたりに従い、黒猫のジジと共に家族のもとを離れるのだった。嵐の中、列車に乗り込んだキキが目覚めた先は、海が見える街コリコだった。

海が見える街に喜ぶキキだったが、街に来て早々警察官に身元確認をされてしまい、行くあても見つからず途方にくれてしまう。

そんな時、偶然忘れ物を届けたことをきっかけにパン屋のおソノさんに遭遇する。おソノに気に入られたキキは、彼女の家の2階を貸してもらう。無事住む場所を見つけたキキは、得意の飛行能力で宅急便をすることに決めるのだが……。

※以下、『魔女の宅急便』のネタバレを含みます。

不思議すぎない魔法の世界

『魔女の宅急便』の面白いところは、その魔法。『ハウルの動く城』や『千と千尋の神隠し』といった魔法が登場する作品と比べると顕著なのですが、魔女の宅急便』の中で描かれる魔法は非常に地味です。

キキが使える不思議な能力と言えば、“ホウキに乗って空を飛ぶこと”と“黒猫のジジと会話ができること”。手練れとされるキキの母親も、薬作りといった能力が重宝されている場面が描かれる程度です。町の人々はキキのことを珍しがりますが、決して人間ではないと迫害したり、研究機関がやってきて生体を調査しようとしたりもしない、優しい世界観になっています。魔女が登場するようなファンタジー作品でありながら、この映画が清々しく親近感が湧くのは、この魔法の素朴さのおかげとも言えるでしょう。

本作では、“魔法”が私たちの持っている個性や特技のことだとわかりやすく見せてくれました。そのおかげで、映画中盤で空を飛べなくなってしまったキキに私たちは共感できるし、感情移入することができたのです。

キキはなぜ空を飛べなくなってしまったのか

ではなぜキキは空を飛べなくなってしまったのでしょうか。映画の中で、はっきりその理由は明言されませんが、いくつか想像することが出来ます。

キキがジジと会話が出来なくなることに気づくのは、トンボと一緒に飛行船を眺めるシーンでした。この頃、キキは明らかにトンボに好意を抱いており、異性にチヤホヤされるトンボに対して嫉妬をしてしまうほどでした。こういった理由から、キキが魔法を使えなくなるきっかけは“恋”と想像する人も多いのではないでしょうか。

しかし、キキが魔法を使えなくなるきっかけはそれだけではありません。キキは実はトンボとのデートをする前にも異変を見せています。それは老婦人の依頼で孫娘宛てにニシンのパイを届けたものの、実は孫娘からは嫌がられていたという事実を知る事件です

お届けする前まではあれだけ楽しみにしていたパーティーも、突如人が変わったかのように行くのをやめてしまいます。一見、熱があったからにも思える出来事でしたが、あの出来事はキキにショックを与えていたのは確実でしょう。

あの時のキキの心情は、もしかすると「正直に嫌がられていることを伝えてあげた方がいいのでは?」「そもそも私がしている仕事は正しいの?」といった気持ちにまで至っていたかもしれません。精神的に幼かったキキが、自分の行動を見つめ直す瞬間があのシーンにもあったのです。

つまり、キキが空を飛べなくなったのは、異性への意識や自分を見つめ直すようになったキキが大人になろうとする、“成長痛”のようなものだったと言えそうです。

だからこそ、キキが再び空を飛べるようになる理由も紐解けます。老婦人が作ってくれたケーキを見て、自分がやっていた仕事が間違っていないと自信を持てたからこそ、再び空を飛べるようになったのですね。

魔女の宅急便』のテーマとは?

実際に『魔女の宅急便』がどういう過程を経て作られてきたのかを知ると、より理由は明確になります。『魔女の宅急便』はどういったテーマで作られた作品なのでしょうか。

実は『魔女の宅急便』のアニメ映画の企画は、風土舎というプロダクションを発端に生まれたもので、後々に依頼を受けてスタジオジブリに制作することが決まったものでした。宮崎駿自身が作ろうと考えて生まれた映画ではなかったのです。

そのため、企画当初は鈴木プロデューサーと『魔女の宅急便』で何を描けばいいのかという打ち合わせをしたという逸話があります。その際に“思春期”という言葉があがり、映画独自のキキというキャラクターが生まれていくことになります。

『魔女の宅急便』は子供だったキキが思春期を経て、大人へと成長していく姿を描く映画だったのです。

何かを失い何かを得る、それでも失わない何か

そして注目して欲しいのは映画の結末です。

映画のラストに関して、実は原作と決定的に異なる部分が存在します。それはジジと会話が出来ないまま物語が終わるところ。ジジと会話できなくなるというエピソードは原作にも存在しますが、それは一時的であり、最終的には再びジジと言葉をかわせるようになります。しかし、映画では悲しいことに、一度ジジと会話ができなくなってからは、一度も会話を交わすことができないまま話が終わってしまいます。

ジジが喋らなくなったのはキキが成長したことを表していると言えるでしょう。冒頭の精神的に幼いキキにとっては、ジジは保護者やお目付役のような存在。ジジがいる間はキキは一人では生きていけない存在だったのです。そんなキキが、新たな出会いや体験を経て、成長したことでジジはやっとその役目を終えたわけです。ジジと喋れなくなったことは寂しいですが、実はそれほどネガティブなことではなかったわけです。

そして、安心して欲しいのは、キキにとって失うものばかりではないということ。映画のラストは、冒頭のように楽しげに空を飛ぶキキの姿が描かれます。しかし、彼女がまたがっているのは、いつものほうきではなく、飛行船の事故でおじさんから借りたデッキブラシ。この変化からも、キキが町の人々が信頼を得た物語が想像つくのではないでしょうか。

ジジとは話せなくなり、母のほうきも失ったキキでしたが、失うばかりではなく、新たな仲間や居場所、そして生きがいといったものをキキは見つけるのです。まさに“落ち込むこともあるけれど”キキにとっては、空を飛ベる自分に自身を持って生きていけるようになったわけです。

もしあなたが思い通りにいかなくなったり、大事な何かを失って落ち込んだりしたら『魔女の宅急便』を思い出しましょう。もしかすると、それはあなたにとっての“成長痛”なのかもしれません。

※2020年9月11日時点の情報です。

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