突然ですが、クイズです。
高倉健、中尾彬、渥美清、西田敏行、鹿賀丈史、石坂浩二、豊川悦司、片岡鶴太郎、上川隆也、稲垣吾郎、長谷川博己、吉岡秀隆、加藤シゲアキ……。
日本を代表する名優からジャニーズ系まで、多士済々なメンバーが並んでいるが、彼らの共通点がお分かりになるだろうか?
正解は……
過去に名探偵・金田一耕助を演じたことがある人!
その真打ちといえるのが、監督・市川崑と組んで『犬神家の一族』(1976)に主演した石坂浩二だろう。
それまでにも金田一耕助役を演じた俳優たちは存在したが、「フケ症のボサボサ頭、ヨレヨレの着物にお釜帽」という“金田一スタイル”を映像的に確立したのは、彼が初めてだった。
映画監督の岩井俊二はこの『犬神家の一族』を「自分の映画作りの教科書」と絶賛し、今なお日本ミステリー映画の傑作として燦然と輝いている。
という訳で今回は、本作の製作秘話、市川崑の演出テクニック、「エヴァンゲリオン」に影響を与えたタイポグラフィなどをテーマに、石坂浩二×市川崑版『犬神家の一族』についてネタバレ考察していきましょう。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】映画『犬神家の一族』あらすじ
信州きっての財閥・犬神佐兵衛(三國連太郎)が、莫大な財産を残してこの世を去った。遺産相続のため犬神家の一族が集まり、名探偵・金田一耕助(石坂浩二)が立会いのもと、遺言状が発表される。その内容とは、3人の孫の誰か一人と結婚する条件で、佐兵衛の恩人の孫娘・珠世(島田陽子)に全財産が相続されるというものだった。
孫たちは珠世をめぐって争奪戦を繰り広げるが、それを契機にして世にもおぞましい殺人事件が発生する……。
※以下、映画『犬神家の一族』のネタバレを含みます
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】中堅出版社だった角川書店が映画製作に乗り出した理由とは?
『犬神家の一族』は角川映画の第一弾として知られているが、規模としては決して大きくない中堅出版社が、なぜ映画製作に乗り出すことになったのだろうか?
1945年に創立した角川書店は、もともと文芸作品や辞典などを手がける地味な出版社だった。しかし1970年代に入ると、若くして社長に就任した“出版界の革命児”角川春樹が、大衆小説路線に大きくシフトチェンジ。
さらに当時のオカルトブームに乗じて、“過去の人”と目されていた横溝正史をスター作家として大々的に売り出し、ベストセラーを記録する。
さらなる売上向上を目指す角川春樹が目をつけたのが、映画だった。
「映画を作るというのは、映画を当てることにあるわけですよね。映画を当てれば本が売れるというのは分かっていますから。だから、映画は本を売るための巨大なコマーシャルと考えればいい」
(NHK番組『アナザーストーリーズ 犬神家の一族』より)
映画化作品としてまずリストアップされたのが、横溝作品の中でもオドロオドロしさ屈指の「八つ墓村」。角川書店は松竹に話を持ちかけて企画がスタートするが、松竹の都合でズルズルと撮影が延期される事態に陥る(最終的に『八つ墓村』は監督・野村芳太郎、出演・萩原健一で公開される)。
映画が延期になってしまうと、肝心の本が売れるのも先送りになってしまう。
業を煮やした角川春樹は、今度は東宝と組んで、自ら映画製作を行うことを決意! 原作も『犬神家の一族』に変更して、「出版社が映画をつくる」という前代未聞のチャレンジが始まったのだ。
「読んでから見るか、見てから読むか」− メディアミックスの成功
角川春樹が監督として白羽の矢を立てたのが、市川崑。
「銀残し」という現像手法でノスタルジックな映像表現を追求した『おとうと』、当時のドキュメンタリーではありえないほど映像美にこだわりまくり、「記録映画か芸術作品か」という論争を呼び起こした『東京オリンピック』など、日本映画界のトップランナーとして活躍してきたフィルムメーカーだ。
市川崑は、初めて会った時の角川春樹の印象についてこう語っている。
たいへんな現代青年でねえ。盛んにいろんな計画を立てていて、この映画もその計画の一つである、と言っていましたよ(笑)
(洋泉社「完本 市川崑の映画たち」より)
それまで一本もミステリー映画を手がけていなかった市川崑だが、実は大の探偵小説好き。彼の脚本家としてのペンネーム・久里子亭(くりすてい)は、尊敬する女流推理作家アガサ・クリスティの名前をもじったもの。ミステリー映画を撮ることは、彼にとっても長年の夢だったのである。
続いて角川春樹は、映画音楽を担当する作曲家に大野雄二を指名。後に「ルパン三世」を手がけて一躍人気作曲家となる大野だが、この時点で映画音楽の経験はゼロ。それでも角川春樹は、「それまで映画界が見落としてきた音楽に力を入れよう」と、当時映画1本につき50万円程度の費用だった映画音楽(サウンドトラック)に、その10倍となる500万円もの予算を投下したのである。
「怖い音色は必要だけど、怖いメロディーはいらない(と思った)」
(NHK番組『アナザーストーリーズ 犬神家の一族』より)
大野雄二も角川春樹の熱い想いに応えて、哀愁のあるメロディーを制作。『犬神家の一族』の妖しくも美しい世界を彩った。
ミステリーを手がけたことのない映画監督、映画音楽を担当したことのない作曲家。生粋の映画人ではなかったゆえに、角川春樹は大胆なスタッフの起用ができたともいえるだろう。
そして1976年に公開された映画『犬神家の一族』は、その年の邦画配給収入2位となる大ヒットを記録。角川映画の「読んでから見るか、見てから読むか」というコピーは流行語になり、出版と映画をつなぐメディアミックス手法は、ヒットを生み出すマーケティング手法のひとつとして大きな注目を集めることになる。
ミステリー映画の“停滞”を打破する、市川崑の華麗な映像テクニックとは?
実は『犬神家の一族』映画化にあたっては、大きな困難が待ち受けていた。
「ミステリー(謎解き)というジャンル自体が、映画というメディアには適していない」という、そもそもの問題があったのだ!
サスペンスの神様と称される巨匠アルフレッド・ヒッチコックの言葉を借りてみよう。
わたしにとっては、ミステリーがサスペンスであることはめったにない。たとえば、謎解きにはサスペンスなどまったくない。一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。
謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている。しかるに、エモーションこそサスペンスの基本的な要素だ。
(晶文社「定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー」より)
「ミステリーとサスペンスの違いとは何ぞや?」という説明は長くなるので割愛させていただくが(詳しい解説は、拙稿「アルフレッド・ヒッチコックは何故、サスペンスの神様となったのか?」をご一読ください)、要は“推理もの”はヒッチコックのいうところの「一種のパズル・ゲーム」であって、映画的にはぜーんぜん面白くない、ということをこの巨匠はおっしゃっているのである。
では、市川崑はこの困難をどう乗り越えたのか? そのポイントを3つご紹介しよう。
1. 超高速テンポの編集&カット割り
ほぼ全ての横溝正史作品に当てはまることなのだが、『犬神家の一族』は登場人物の血縁関係が複雑で、そこに土着的な因習やら閉鎖的な価値観やら混じってくるものだから、ややこしいことこの上なし!
それを普通に撮っただけでは、単なるつまらない説明シーンになってしまう。市川崑はそれを避けるために、超高速テンポの編集&カット割りを施すことで、「物語が停滞することなく、複雑な人間関係&トリックが鑑賞者の頭に入る」という戦略を立てた。
1、2秒単位でカットがどんどん切り替わったり、人物が話し終わらないタイミングでもう一人が話し始めたり、そのシーンに直接関係がないようなカット(しかし後にその関連性がわかる)を一瞬インサートさせてみたり。
主演の石坂浩二は、撮影を振り返ってこんな証言をしている。
聞き手「たとえば高峰三枝子さん扮する松子相手に一対一で最後の謎解きをやる場面を筆頭に、異常なカット割りだったような気がします。(中略)ああいった場面は、どのように撮られていったのでしょうか?」
石坂浩二「あのくだりは、いろいろなアングルで頭から終わりまで何度も通して撮ったんですよ。(中略)あのシーンは、五、六ヶ所から撮ったと思います。移動車も使いました。」
(新潮文庫「市川崑と『犬神家の一族』」より)
同じ場面をカメラ位置を変えて何度も撮り直すことで、あのような超高速テンポ編集が可能となったのだ。
2. 独特のユーモア感覚
ミステリー映画で苦労するのは、物語の興味が謎解きにフォーカスされるあまり、セリフが「説明的」になってしまうことだ。では、つまらないセリフをどうすれば面白くできるのか?
市川崑が考え出した答えが、ミステリー映画には一見不相応に思える“ユーモア”だった。「よーし、わかった!」と繰り返しては、見当違いの方向に推理を巡らす橘警察署長(加藤武)は、一見すると単なるコメディリリーフにしか見えない。しかし実は、彼の発言を通して「事件の経過」をわかりやすく伝える、という重要な役割が与えられている。ユーモアが観客の理解を助けているのだ。
那須ホテルの女中はる(坂口良子)もまた、同じような役割を与えられている。金田一が「食べなさい、食べなさい」とうどんを勧めながら、はるに毒物について質問責めするシーン。「結局彼女はうどんをちゃんと食べれない」というオチが付いているからこそ、「ケシの実の毒性の主成分はモルヒネで、塩酸モルヒネが検出された」というコムズカシイ説明すら面白おかしく聞くことができるのだ。
3. スタイリッシュなビジュアル&デザイン
もうひとつ市川崑が目指したのが、“絵としての強度”。
逆さ死体が湖から突き出ているカットはあまりにも有名だが、横溝正史のオドロオドロしい世界観を強烈なビジュアルに還元することで、観客の目を飽きさせないことに徹したのだ。
不気味な仮面を被った“スケキヨ”も、もはやバラエティ番組などに使われるくらいのインパクト!
そのこだわりは、オープニング・クレジットに登場する独特の文字デザインにも表れている。後に庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』、三谷幸喜脚本のTVドラマ『古畑任三郎』に影響を与えたことでも知られているが、そのタイポグラフィのセンスが抜群。
敬愛する市川崑の軌跡をたどった岩井俊二のドキュメンタリー作品でも、そのポスタービジュアルに「市川昆的タイポグラフィ」が用いられている。
特に市川崑はタイトルには相当こだわりがあるらしく、こんな発言をしている。
あのね、タイトルというのは、人間で言えば顔、家で言えば標札みたいなものでしょ。作品の内容を端的に表す重要なファクターだと思っているから、第一作の『花ひらく』以来、必ず自分でデザインをする。
(洋泉社「完本 市川崑の映画たち」より)
『犬神家の一族』以降の金田一耕助シリーズ
石坂浩二×市川崑版の金田一耕助シリーズはその後『悪魔の手毬唄』、『獄門島』、『女王蜂』、『病院坂の首縊りの家』と4本作られ、2006年には同じ石坂浩二主演で『犬神家の一族』がリメイクされた。
驚くべきことに1976年のオリジナル版シナリオをそのまま採用しているのだが、その分「オリジナル版」と「リメイク版」で演出の違いがはっきりと比較できるようになっている。
あくまで筆者の私見ですが、オリジナル版と比べてリメイク版はカット割りが鈍重でキレがなく、ユーモア感覚も今ひとつ。鋭利なナイフのようなスタイリッシュさは影を潜めているが、その一方でオリジナル版にはなかったしっとりとした情感が強調されている。
興味のある方はぜひこちらもチェックしてみてください。
ビデオマーケットで観る【初月無料】記事内シーン画像出典元:YouTube(YouTubeムービー)
※2020年10月25日時点のVOD配信情報です。