2015年10月21日とは?
出典:http://www.theguardian.com/film/2015/oct/01/back-to-the-future-turns-30-great-scott
傑作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でドクとマーティが“未来”のヒルバレー市に現れる日です。アメリカではこの日を記念して映画製作の舞台裏を描いたドキュメンタリー映画『Back In Time』の公開が予定されています。
この記念日に、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がどんな経緯を辿って、どんな思惑で作られたのかを状況証拠や当時の証言から割り出していきます。
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ロバート・ゼメキスとボブ・ゲイルは大学の先輩でもあるジョン・ミリアス監督の紹介によりスピルバーグ監督の元で『1941』の脚本を手掛けます。
作品自体は興行的にも批評的にも芳しいものではありませんでしたが、スピルバーグは彼ら2人を気に入り、しかも失敗作に付き合わせてしまった埋め合わせとで、デビュー作『抱きしめたい』(1978)、続く『ユーズド・カー』(1980)の「製作総指揮」として名前貸しをします。
2作は評論家には高い評価を得ていましたがヒットには結び付きませんでした。当時、アメリカを席巻していたのはスター・ウォーズ・シリーズ最初の劇場公開作『スターウォーズ エピソード4 新たなる希望』(1977)です。
観客は「ビートルズを見たがる女の子」や「中古車販売をめぐるコメディ」よりも、宇宙をかけめぐる冒険物語に傾倒していたのです。
スピルバーグはそれでも彼らの新作脚本「タイム・トラベルをテーマにしたSFアドベンチャー映画」製作のバックアップを買って出ていましたが、ゼメキスとボブはいったん辞退します。スピルバーグとしか映画が作れないというイメージがついてしまうのは、長い目で見て良いこととは思えなかったからです。
そんな、ニッチもサッチもいかない彼らの元にビッグ・スターが来訪します。マイケル・ダグラスです。往年の大スター、カーク・ダグラスの息子にして、アカデミー賞主要部門を独占した『カッコーの巣の上で』のプロデューサーでもある、映画業界の最重要人物と言える彼が、2人の『抱きしめたい』『ユーズド・カー』を高く評価しており、是非自分の次回作の監督をして欲しいというオファーを持ってきたのです。
2人はこの申し出に乗ることにします。
鮮麗された女流作家と野性味溢れるガイドが秘宝をめぐる争奪戦に巻き込まれるアドベンチャー・ロマンティック・コメディ『ロマンシングストーン 秘宝の谷』(1984)の誕生です。この作品はルーカスとスピルバーグのインディ・ジョーンズ“っぽい”作品としてヒットを飛ばし公開年の年間興行収入8位とまずまずの好成績を残します。
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ゼメキスとボブはこのヒットを受けて人気作家となります。ここで、長年温めてきた「タイム・トラベルをテーマにしたSFアドベンチャー映画」の製作に着手します。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』です。
製作絶賛…… 停滞中!
ゼメキスは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(以下『BttF』)を作るにあたり、“ポップ”であることを特に気にしました。『抱きしめたい』や『ユーズド・カー』は悪い作品ではありませんでしたが、いかんせん時流に乗ったポップさが無ければ観客は見むきもしない、ということを痛いほど理解していました。
そこで、プロデュースを再びスピルバーグに依頼します。かつてスピルバーグがプロデュースを買って出ていた脚本とは『BttF』のことでした。その義理を果たすという意味がありました。
そして、なにより。当時スピルバーグは「最新SFX(スペシャル・エフェクツ:特殊効果)」の代名詞でした。『E.T.』や『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』など、きらびやかな宇宙船や人間が溶けてしまう、全く新しい、信じられないような光景を見せて人気を博していたのがスピルバーグでした。タイムトラベルをテーマにした映画をスピルバーグがプロデュースするとなれば、立派な“看板”になります。
実際にはそれほど登場しなくても。
『BttF』本編を見ると解りますが、宣伝で使われる轍を燃やして走るデロリアンが登場するのは序盤と終盤のみで、ほとんどは1955年のヒルバレーを舞台にしたコメディとして構成されています。しかし、スピルバーグの名前とデロリアンを並べることで、当時流行りの「SFX満載の映画」というポップな“看板”になると踏んだのです。
さらに、主演にはマイケル・J・フォックスを想定していました。大人気テレビ・ドラマ『ファミリー・タイズ』でマイケルが演じたアレックス少年は、元ヒッピーでテレビディレクターの父親に反発して保守的で拝金主義な少年になった、という役です。『BttF』劇中、お母さんの不良っぷりを咎めるのにピッタリなキャラクターをすでに確立していたのです。
出典:http://www.superdramatv.com/line/family/
しかし、当時も『ファミリー・タイズ』は毎週放映されるヒットドラマで、時間的な制約があり、諦めざるをえませんでした。時間をテーマにした映画で時間に泣かされたのです。
しかたなくオーディションで選んだエリック・ストルツを起用し、撮影を開始します。憂いのある美男子エリックはハッチャけて口をへの字に曲げ、目を丸くして驚き、精一杯元気な少年マーティ・マクフライを演じました。
それでもゼメキスの不安は募っていきます。スピルバーグの名前を借りての映画で3度目の興行的な失敗は許されません。上手く作り上げて評論家の賛辞を受けてもヒットの足しにならない事は思い知っています。「大人気ドラマ『ファミリー・タイズ』アレックス少年主演作!」という大衆性タップリの看板は絶対に必要でした。
ゼメキスはエリックで撮影済みの場面をお蔵入りにする決意をします。エリックに断腸の思いを伝え『ファミリータイズ』の撮影スケジュールを優先した進行でも構わないからとマイケルの出演を取り付けるのです。
……というのがエリック・ストルツ/マイケル・J・フォックスの『BttF』の「一般的な」裏話です。
というのも、マイケル・J・フォックスのフィルモグラフィを眺めると奇妙な点に気付きます。『BttF』がアメリカで公開された1985年7月3日、そのすぐ後8月23日には別のマイケル・J・フォックス主演作『ティーン・ウルフ』が公開されているのです。
映画を変えるために撮影初日へ戻れ!
撮影時期について『BttF』DVDの特典映像の中でマイケルが次のような話を残しています。
「『ティーン・ウルフ』の撮影中にロケハンに来た人たちがいて、タイトルを聞いたら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だって言うんだ。クールなタイトルだよね。ボクもいつかそんな映画に出たいと思ったんだ。スピルバーグ製作だし。」
実際『ティーン・ウルフ』が撮影された住宅街は『BttF』でジョージ・マクフライが木から落ち、それを助けたマーティが車にはねられる、あの場所です。
つまり『ティーン・ウルフ』の撮影スケジュールとカブっていた事がマイケルの『BttF』不参加最大の理由だったのです。事実『ファミリー・タイズ』と『ティーン・ウルフ』の撮影は同時に進行できていたワケですし、マイケル自身も『BttF』に出演する気マンマンであった事もうかがえます。それでも先に契約の済んでいた『ティーン・ウルフ』があったために『BttF』出演を断らざる得なかったのです。
スタジオからは1985年のサマーシーズン公開を迫られていたので、撮影をしないで待っているワケにもいきませんでした。わざと撮影を何度も延期しているのも限界となり、とうとうエリック主演で撮影を始めます。
しかし、あくまでマイケルの起用をしたかったゼメキスは端から断る気でいたと思われます。エリックの出演しないシーンは流用できるので、まったくムダという事もありません。『ティーン・ウルフ』の撮影終了と同時にゼメキスの予定通りエリックには降板してもらい、マイケルで撮影をやり直します。
つまり…… 「エリック・ストルツ主演作」という現在を変えるために「撮影初日」の過去へ戻り「マイケル・J・フォックスで撮り直し」修正しながら「マイケル主演作」という新しい現在へ戻る。という、映画そのままの「タイムトラベル」をやってのけたのです。
公開された『BttF』は20億ドルを越えるメガヒットとなり年間興行収入1位を勝ち取ります。ロバート・ゼメキスの名は一躍トップディレクターとして記憶され、全て思惑通りに進んだように思えました。
しかし、1つだけ。ゼメキスはとんでもない事をやらかしてしまうのです。
その”とんでもないこと”については、次回の記事で紹介します。気になる方は是非続編をお待ちください!
※2022年1月30日時点のVOD配信情報です。