妻夫木聡は20代の自分を振り返り、うっすらと微笑んだ。デビューは10代にさかのぼる。美しい顔立ちと愛くるしい笑顔で人気を集め、幾多もの青春作品に出演。20代に入ってからは、憂いを帯びた表情でグッと大人の色気を増し、影のある役が似合う俳優へと進化した。
現在、妻夫木は38歳。30代に入ってからも映画、テレビ、舞台と歩みは止めず、ひとつひとつの作品に丁寧に向き合っている。そんな妻夫木の最新主演作は、自身が企画から参加したという『パラダイス・ネクスト』。台湾を舞台に、妻夫木演じる牧野とヤクザの島(豊川悦司)が、シャオエン(ニッキー・シエ)とともに、ここではないどこかへ逃避行するノワールだ。見果てぬ楽園へと三人が連れ立つ様子は、美しく、もの哀しい。
牧野は、お調子者でいながら、捉えどころがない人物。しかし、彼の内包する痛みや孤独、罪悪感を、妻夫木は陽から陰、陰から陽まで、瞬時に移り変わる表情で巧みに見せた。いくらでも湧いてあふれる泉のように、次から次へと新しい役で我々を釘付けにしてくれる妻夫木。底知れない俳優は、今の自分を「自由だ」と語る。魅力の源泉をたどった。
ーー『パラダイス・ネクスト』は妻夫木さんが企画の時点から携わっていたそうですが、きっかけは何だったんですか?
妻夫木 半野(喜弘)監督とは、3~4年前、ある作品の試写会でご一緒して、ごはんを食べに行ったときに、『パラダイス・ネクスト』の大元の台本を渡されました。半野監督の映画に懸ける情熱を感じましたし、「いつか一緒にやりたいね」といったところから始まった企画なんです。プロデューサー探しも一緒に行ったり、台本にも僕の意見が入っていたりするので、いわば共犯者みたいな感じなんですよね。役者として「出る決め手」というよりも、いちから作り上げた思いが、どこかにあります。
――監督から演じる上でのリクエストはありましたか?
妻夫木 監督からは、牧野は明るい性格というか、何を考えているかわからない、自由奔放な性格なので「思いきり演じてほしい」と、とにかく言われました。なので、僕はそのまま演じただけなんです。
――牧野の奔放さと相反する表情も見られて、ドキリとしました。
妻夫木 どこまで見せるかという問題も、実はありました。そういった表情を見せるだけで、「牧野は本当はこう考えているんじゃないか」ということがわかりやすくもなるけど、わかりやすくなりすぎるという可能性もちょっとあるかもしれないので。でも、最終的にあれくらいにしようと、監督と話しました。……牧野がただのバカに見えちゃっても困るしね(笑)。
――(笑)。撮影期間は全部でどれくらいでしたか?
妻夫木 3週間くらい、ずっと台湾で撮っていました。
――台湾の観光名所でというよりも、生活に根付いた場所でロケをしているような印象です。実際、土地に踏み入れての感想は?
妻夫木 台北での撮影については、単純に面白かったです。日本が忘れてしまったものがまだある気がして、異国の地に行っているんですけど、どこか懐かしい感じがしていました。
その後、台北から電車で2時間半くらいかかる花蓮という場所で撮影をしたんです。花蓮自体、現地のスタッフさんもあまり行ったことがない、ちょっと田舎のほうの場所でした。「これからどんどん観光地にしていこう」みたいなところで、手つかずの自然が残されていたんです。花蓮に行ってからは、どこを撮ってもキレイに映るし、「自然に勝るものはないよな」と思いましたね。その中で芝居っぽい芝居をすると、本当に面白くないんですよ。芝居が自然に負けてしまって、生きられなくなるから、その場の力を自分の力に代えて演じることをしないといけないんです。土地からも拒否される感覚が、どこかにありました。それくらい、花蓮の持っている力はすごく強かったです。
――10~20代の俳優にインタビューをするとき、海外ロケだったりすると、「日本で自分がいかに窮屈にしていたか、追われていたか気づく」という類のお話を聞くこともあります。妻夫木さんに関しては、ありますか?
妻夫木 そんな格好いいこと、俺、言えないです(笑)! 全然、どこでも深く呼吸ができますし、のびのびと暮らしています。東京、最高ですよ(笑)。それでも、台湾はいいところです! 僕自身、初めて海外で「住みたいな」と思った場所でしたし。どこか日本に通じるところがあるし、日本が失ったものをまだ持っている感じがするんです。近代化するのはいいことでもあるんだけど、失っちゃいけないものまで失ってしまっているような気が、どこかでちょっとしていて。台湾には、まだあるような気がするんです。それが何かはわからないんですけど。そういうのを探し求めているんでしょうね。
――島を演じた豊川さんの存在感も大きいです。豊川さんの出演はどのように決まったのでしょうか?
妻夫木 監督とごはんを食べていて3回目のときくらい、かな?「豊川さんにお願いしたいと思うんだけど」と監督が言っていて、半年後くらいには、豊川さんがOKをくださっていた気がします。
――妻夫木さんは、お知り合いだったんですか?
妻夫木 そうですね。もともと、僕が20代のときに住んでいたところが、豊川さんのお宅とすごく近かったんです。よく行くごはん屋さんで、しょっちゅうお会いして、一緒にお酒を飲ませていただいたりもしていました。仕事よりも先にプライベートを知っ? ?いたので、すごく甘えられるような存在になっちゃっていて。普段「豊川悦司」と言ったら緊張しそうじゃないですか。「怖い人なのかな……?」とかは一切なく、お兄ちゃんみたいに甘えてしまっていた方でした。うれしいことに、以前から豊川さんも「1回がっつり芝居してみたいね」と言ってくださっていたんです。僕としても今回、念願叶ってで、すごくうれしかったです。
――きっと、たっぷりお芝居ができる環境でしたよね。冒頭から妻夫木さんと豊川さんとの長回しですし。
妻夫木 そうですね! その豊川さんとの最初のシーンは、特に監督は長く回したかったみたいなんです。「じっくりやってくれ」と監督が言うから、豊川さんもめちゃくちゃじっくりやっていて。なかなかセリフを言ってくれないから、「なんか言えよ!」とアドリブを入れちゃったりしました(笑)。
それにしても、本当に僕にとっては豊川さんがこの作品の精神的な支えでした。豊川さんがブレないでいてくれるので、この作品自体が迷うことなく、しっかりと地に足つけていられたのがあると思うんです。
――豊川さんご本人はやわらかい方ですが、スクリーンからは島として強い圧のようなものを感じました。俳優として、どう感じますか?
妻夫木 強い、ですよね。僕とは真逆で……というか、人としても強いんです。その強さがある豊川さんだから、やっぱり存在感にもつながりますし、頼りにもされると思うんです。……僕はむしろ弱いからこそ、弱さを表現するのに使っていただけるのが今までずっとあったと思います。自分の歴史を考えると、『ウォーターボーイズ』もそうだし。演劇でも、野田さんの作品でもそうだし。
――おっしゃるように、妻夫木さんは人間の弱さ、脆さを表現することに長けている俳優ですよね。
妻夫木 そう言っていただけると、うれしいです。強い人間が弱いやつを演じるのは、なかなか厳しいと思うんです。弱い人間を演じられて、強い人間の役がくれば頑張って強くなればいいので、得かなとは思います。
――本作では豊川さんのような先輩とご一緒されて、別の作品では年下の俳優さんと共演する機会も多いかと思います。年齢的に、今はいわゆる中堅ですが、若手のときとは違う面白さを感じていらっしゃいますか?
妻夫木 そうですね。今、自由ですね。思い返せば、一番最初が一番自由だったんですけど。すべてが新鮮で刺激的で、若さって、知識もないからすべてが知識に変わっていって、本当にスポンジのような状態なんです。子供がどんどん言葉を覚えていくように、吸収が早いというか。だから、毎日がとっても楽しかったんです。
だけど、ある程度の知識を得ると、その知識が自分をダメにしてしまうというか。「前こうやったから、こうやるとうまくいくんだろう」と思ったら、なぞるのでうまくいかないじゃないですか。そうなってくると、自分の闘いになってくるんです。どう芝居を捉えて表現していくかを考えていかなきゃいけない。年を取れば取るほど、苦しいことが増えていく感覚でした。
――それは何歳くらいの頃ですか?
妻夫木 20代の後半は、ずっと苦しかったんですよ。何だろうな……大人になりたい自分が優先しちゃって、なんかうまくいかないことが多かったんです。
――当時でも、地位や名声を手にしているように見えましたが、満足はしていなかったんですね。
妻夫木 当然、満足はしていないです。例えば、「座長である」ことに対して、どういう自分でいなきゃいけないかとか、役者やスタッフのことを気にかけるとか、自分の立場ではとか、いろいろなことばかりを考えていたんです。でも30を超えて、どうでもよくなっちゃったんです。「30」って、自分が思い描いていた年だと結構なおじさんだったんですけど、全然子供だったとわかって、「もういいや、子供でいいんじゃないの」と思ったんです。役者なんだから「演じることが大事、演じていればいいんじゃないか」と最初に役者をやり始めたときのように、改めて思えたんです。いろいろなことを捨てることによって、シンプルに自分が演じる上で大事なことに気づけたというか。だから、今は自由なんです。
――シンプルにシフトし出したのは、『悪人』をやっていたくらいの時期からでしたか?
妻夫木 29歳のときでした、そうですね。『悪人』は僕の転機の作品ですし、大幅に変わりましたね。『悪人』では、自分から「権利を調べて」とマネージャーに言ったんです。そのとき、たぶん「生意気だな」と思われていたっぽいんですけど(笑)。けど、そういう自分の行動がなかったら、あの役を演じることにはつながっていなかったし、何でも自分から動いていくことは、とても大事だなと思っています。今回のように企画をしていくことも、相手にどう思われようと、「こういうの、どうですか?」と言って「ダメ」と言われたらダメでいいじゃないですか。だから、自分から失敗を恐れずに何かをどんどんやっていくことは大事かなと心がけています。(取材・文=赤山恭子、撮影=映美)
映画『パラダイス・ネクスト』2019年7月27日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。
出演:妻夫木聡、豊川悦司、ニッキー・シエ ほか
監督:半野喜弘
脚本:半野喜弘
公式サイト:hark3.com/paradisenext/
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