【イベントレポート 前編】 アカデミー賞ノミネート記念スペシャル「TALK TALK CINEMA~映画 PERFECT DAYSと映画を楽しむ5つの視点~ 」

Filmarksの上映プロジェクト

Filmarksリバイバル上映


米国アカデミー賞国際長編部門ノミネートでも話題になった『PERFECT DAYS』のアフタートークイベント「TALK TALK CINEMA ~映画 PERFECT DAYSと映画を楽しむ5つの視点~」 が、国内最大級の映画・ドラマ・アニメのレビューサービスFilmarks(フィルマークス)の協力で2月に開催されました。
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースとの共同脚本&プロデュースを手がける高崎卓馬さんをメインゲストに、Filmarksプロデューサー渡辺順也が進行役として、全国の蔦屋書店5箇所にてそれぞれ豪華ゲストを迎えて行われたイベントの模様を、前編・後編にわたってお届けします。

【第1回 「プロデュースの技術」 六本松 蔦屋書店(福岡)】

第1回 六本松 蔦屋書店(福岡)のテーマは「プロデュースの技術」。編集者としてこれまで「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」など数々のヒット漫画を手掛け、現在はクリエーター・エージェンシー・株式会社コルクの代表を務め様々なプロデュースを手掛ける佐渡島庸平さんをゲストにトークセッションが行われました。

ゆっくり時間をかけて何かをするということで見えてくるものがある


満席となった会場に、まずは高崎さんが登場。本企画の趣旨や映画『PERFECT DAYS』の現状について話したあと、自身が刺激をもらえる相手のひとりであるという佐渡島さんを迎えました。福岡出身の高崎さんと現在、福岡在住の佐渡島さんという不思議な縁をもつふたり。

イベント会場となった六本松 蔦屋書店には普段から来店しているという話から、受動的コンテンツが多い現代で、 “本を選んで読むこと”、“映画を映画館に観に行く”という、能動的なクリエイティビティーについての話題に。高崎さんは「この映画は、携帯や端末で観ると少し得るものが変わってしまうかもしれない。大きなスクリーンで2時間集中して観るからこそ、小さな変化を大きく感じることができたりする。そこが映画の面白さでもある」と語ります。

さらに、「いま、効率を求める人が多い時代ですけど、ゆっくり時間をかけて何かをするということで見えてくるものがあるんです。僕は編集者に教える時に、作家が書く速度で読むことができるかを課題にすることがあります。作家が1週間かけて20ページ書いたものを1週間かけて読むことで、作家が何を伝えたいのかがわかってくるのだと教えます」と語る佐渡島さん。


効率化、時短、要約が求められる現代において、創造に必要な第一歩が共通していることで話は様々な方向へ。この寄り道話がおもしろく、参加者からも笑いがこぼれ会場は和やかなムードに包まれました。

映画作りのセオリーをあまり踏襲しないで作っていった

本作は、通常の映画作品の制作を始める際に用意する企画書もなくスタートしたとのこと。その理由は、最初はいわゆる商業映画を作ろうとは思っていかなったからです。だから映画作りのセオリーをあまり踏襲しないで作っていった。それがこの映画を何か特別なものにした気がします。
そして、ヴィム・ヴェンダースに監督を依頼した経緯やキャスティングなど、チームづくりのポイントを語っていた高崎さん。

成長と成熟

役所広司さんにこの役をお願いする前に、実際にプロの清掃員と一緒に渋谷区のトイレ清掃をしてまわったという高崎さんは、その清掃員の方の黙々と仕事をする姿に僧侶を思い浮かべたそうです。
ルーティンを丁寧にやっていくことで平静を保つことができる。そういう体験をヴェンダース監督と共有して、平山という人物像を作り上げていったそうです。
それを受けて佐渡島さんは、この映画は成熟を描いていると感じたそうです。繰り返し鍛錬する成長とは違い、積み重ねていく中で変わっていく、それが人間としての成熟になっている。『PERFECT DAYS』と言う映画は成長社会から成熟社会へと移行した価値観を持った男性の話だと語りました。

解像度の高い物語

『宇宙兄弟#0』や『スラムダンク』の中で、登場人物たちが大切な人の死を受け入れて慟哭するシーンがある。どちらも死を知った瞬間ではなくて、死を受け入れて、もうこの世にはいないんだということを理解した瞬間に慟哭する。そのシーンを見た時に作者の小山宙哉さんも井上雄彦さんも慟哭を分かっているなと佐渡島さんは思ったそうです。
誰かが亡くなった瞬間に人は大泣きできない。多くの作品では死を知った瞬間に大泣きするけど、それができなくて苦しんでいるところから慟哭ができて、自分の人生に立ち戻っていく。
二人とも感情の理解が深い。そういう解像度の高い感情を知り、自分の経験を増やすことが大事。

今回のテーマである「プロデュースの技術」では、数々のヒット漫画を世に送り出した佐渡島さんに、どのようにしてヒット作に導いていくのかというダイレクトな質問など、なかなか聞くことができない内容に。「自分で提案することはほとんどないですが、編集者として考えるのは、その作品をどう社会とマッチさせていくのかということですね」と佐渡島さん。
佐渡島さんの会社がミッションとして掲げる「物語の力で、一人一人の世界を変える」の具体的な話など、まさに高崎さんだから聞ける突っ込んだ内容で、参加者も興味深く耳を傾けていました。

また本作でもうひとつのメインともなりうる音楽についても監督が「脚本を作りながらDJをしているようだった」というほどセレクトについてのこだわりがあったことを話してくれました。

本来予定していた時間をオーバーするほどに盛り上がりを見せたトークセッションとなりました。

【第2回 「映画と音」 六本木 蔦屋書店(東京)】

第2回が開催された六本木会場では、作曲家・録音エンジニアであり、『ヴィム・ヴェンダース Blu-ray BOX』(12作品)の音声マスタリングも手掛けたオノ セイゲンさんをゲストに迎え、「映画と音」とテーマにトークを展開しました。

『PERFECT DAYS』は贅沢な自主映画

まず、高崎さんが映画の成り立ちから制作・撮影中のエピソードなどを語ってくれました。
本作は、出口やゴールを設定しないまま制作を始めたとのこと。「通常、映画は企画書を作りビジネスとして成立するかを吟味しますが、本作については企画書を作らなかった」と高崎さん。企画・プロデュースの柳井康治さんからも「THE TOKYO TOILET」のプロジェクトをPRしてほしいという相談ではなく、どうすれば公共トイレを汚さずに使ってもらえるかを話し合いたいということでした。その中で短編映画を作るアイディアが生まれ、せっかくなら海外の監督に撮ってもらいたいということから、ヴィム・ヴェンダース監督の名前が上がったそうです。

最初は4つの短編映画を作るという企画だったのがいつしか長編映画を作ることとなり、雪だるま式に大きなものとなって、カンヌ国際映画祭にまで行けることに。さらに、役所広司さんが最優秀男優賞を獲得し、アカデミー賞国際長編映画賞へのノミネートまで果たす結果となりました。現在までに87ヶ国での上映が決定、イタリアでは興行収入ランキングの5位に入るほどの大ヒットとなっています。

高崎さんは、シナリオ作りから撮影、編集に至るまでずっとヴェンダース監督と一緒に仕事をしたそうで、「自分は手足を動かして監督の考えを実現する役目。脚本は確かに僕も書いたが、彼に書かされたような感じだった」と語ります。贅沢な自主製作映画を作ったような感覚で、「最初から高いところに行こうと思っていたらできなかったと思う」と本作の制作についての感想を述べました。

ちなみに、ヴェンダース監督は語学が堪能でドイツ語、英語、フランス語が喋れるのですが、撮影中に日本語もかなり覚えていったそうで、高崎さんはヴェンダースから「大きいクマ」というニックネームで呼ばれていたとか。さらに、撮影中、スタッフからこのシーンは休日か平日かという日本語の質問に、瞬間的に「Holiday」と答えたそうです。

ヴェンダース監督は車では爆音で音楽を聴く

ここでゲストのオノ セイゲンさんが登場。オノさんはヴィム・ヴェンダース監督の過去作12本の作品をリマスターした『ヴィム・ヴェンダース Blu-ray BOX』の音声を手掛けた時のエピソードを教えてくれました。オノさんは、映画館の映写機がデジタル化して以降、リマスターの作業をすることになったとのこと。DCP(デジタル・シネマ・パッケージ)化されたデータから音を起こしたそうですが、作品冒頭に入るモーションロゴのピッチが12本並べるとバラバラだったので、それを調整するのが大変だったそうです。

ヴェンダース監督は現場で「音待ち」をしない、と高崎さんは語ります。飛行機の騒音があろうが、救急車の音が入ろうが撮影をするそうで、録音部は苦労していたようです。また、編集や音響を整えるポストプロダクション作業は、ベルリンで行われました。音響はマティウスさんという昔からヴェンダース監督と組んでいるベテランが担当し、彼の整音によって、静かな作品にすごく良い時間が流れる作品になったと言います。マティウスさんは廃校になった高校の音楽室を改築してスタジオにしており、椅子なども学校の椅子のままで、ヴェンダース監督はいつもそこで音響作業しているとのこと。

トークは『PERFECT DAYS』の内容に及びます。渋谷区在住のオノさんは映画に登場するトイレも知っていたそう。また、作中で主人公の平山が使っていたコンパクトカメラと同じモデルをオノさんは所有していて、会場で披露してくれました。高崎さんは、このモデルはヴェンダース監督や撮影監督のフランツ・ラスティグさんもずっと使っていたモデルなのだと裏話を明かしてくれました。

話は映画の選曲の話に。高崎さんは「平山は昔から好きな曲をずっと聴いている」と考えました。浅草から渋谷のトイレまで車で向かいますが、平山にとって車に乗っている時間が音楽を楽しむ時間なのだそうです。ちなみに、ヴェンダース監督は車の運転が好きで、びっくりするほどの爆音で音楽をかけるとのこと。

選曲の裏側は?

映画のタイトルは劇中曲のルー・リードの『PERFECT DAY』から採られていますが、制作途中には「こういう生活をパーフェクトと呼ぶのは不遜かもしれない」という危惧がありながらも、曲を入れる場所が大きなポイントになり、このタイトルに決まりました。そして、エンディングにかかるニーナ・シモンの『Feeling Good』は、高崎さんはシナリオの段階で冒頭に置いていたのですが、ヴェンダース監督が書き直して、エンディングになりました。ちなみに、金延幸子の『青い魚』はヴェンダース監督のセレクトで、高崎さんは監督の幅広い音楽知識に驚いたそうです。

質疑応答も活発でした。キャスティングについての質問では、様々な有名人がカメオ出演していることについて、出演者のみなさんは、やはりヴェンダース映画への出演を断る人はいなかったそうです。また三浦友和さんについては、撮影前に食事をする機会があったそうですが、すでにその時に役作りをしていたとのこと。また、「お2人の好きなヴェンダース映画は?」との質問に、高崎さんは最初に観た『都会のアリス』に、モノクロでこんなに豊かな世界が描けるのかと衝撃を受けたそう。オノさんは『夢の涯てまでも』を挙げました。

盛況なうちにトークは終了。音のこだわりを聞くと、もう一度音を危機に見に行きたくなる話ばかりでの内容で、会場もおおいに盛り上がったイベントとなりました。

(第3回〜第5回の模様はレポート後編につづきます)

【登壇者のご紹介】


高崎 卓馬(たかさき・たくま)
1969年福岡県生まれ福岡県立修猷館高校、早稲田大学法学部卒業
株)電通グループグロースオフィサー/エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター2度のクリエイター・オブ・ザ・イヤーなど国内外の広告賞、受賞多数。
映画「PERFECTDAYS」(WimWenders監督)では企画・脚本・プロデュースを担当。
著書に小泉今日子の親衛隊の少年たちの青春を描いた小説「オートリバース」、広告スキルをまとめた「表現の技術」絵本「まっくろ」などがある。J-WAVEで毎週金曜深夜「BITS &BOBS TOKYO」MCを担当。


渡辺順也(わたなべ・じゅんや)
Filmarksプロデューサー。現在は、映画館でのリバイバル上映企画をプロデュース。「サマーウォーズ」記念日上映、「PERFECT BLUE」25周年4K上映、90年代の名作シリーズ「Filmarks90’s」(フィルマークス ナインティーズ)として「レオン 完全版」など、邦画・洋画・アニメの名作を全国の映画館で上映することを日々企画中。本イベントでは進行役として登壇。


佐渡島 庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。東京大学文学部卒業後、講談社を経て、2012年株式会社コルクを創業。代表取締役社長。
「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションとするクリエイター・エージェンシーとして、作品編集や新人マンガ家の育成、ファンコミュニティの形成・運営、グッズ展開などを行う。講談社時代に『ドラゴン桜』(三田紀房)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの連載を立ち上げ、現在もエージェント契約を結ぶ。
著書に『観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』『感情は、すぐに脳をジャックする』など。2021年に家族とともに福岡市内へ移住。福岡と東京の二拠点で暮らす。


オノセイゲン(おの・せいげん)
作曲家、アーティストとして1984年にJVCよりデビュー。1987年に日本人で初めてヴァージンUKと契約。アルバム『COMME des GARÇONS SEIGEN ONO』は2019年度ADCグランプリ受賞。最新作は『Jazz, Bossa and Reflections Vol.1 / Compiled and Mastered by Seigen Ono』『ヴィム・ヴェンダース Blu-ray BOX』(12作品)も話題に。また、録音エンジニアとして多数のプロジェクトに参加。「音」を軸とした仕事を多岐に渡り手がける。

【イベント概要】

「TALK TALK CINEMA ~映画 PERFECT DAYSと映画を楽しむ5つの視点~」

第1回「プロデュースの技術」
・会場:六本松 蔦屋書店(福岡県):2024年2月3日(土)開催
・特別ゲスト:佐渡島庸平

第2回「映画と⾳」
・会場:六本木 蔦屋書店(東京都):2024年2月16日(金)開催
・特別ゲスト:オノ セイゲン

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  • NariYamashina
    4
    海外の監督で、日本という国を、日本人からも共感できるかたちで描いてくれてる映画ってなかなかない気がする。(ロストイントランスレーションは映画としては好きだけど、やっぱりどこかズレている。というか、誇張しすぎ。) その点この作品の、場所場所の切り取り方、波のなさ、素朴さは、とっても日本らしい。 ちなみに、国外でこの作品を観たので、より日本が愛おしく感じた。帰ったら銭湯つかりて〜。エンドロール中に帰ってしまった人が多かったんだけど、エンドロール後の"あれ"をちゃんと見て欲しかったな。。日本語の美しさ、日本しかない絶妙な単語だから。
  • 大輔
    3.5
    退屈。それがとてもフレッシュ。 時々霞の中に過去が現れて、未来を混乱させる出来事があって、刺激と摩擦に晒されながら日常を維持する尊さ。 心を岩にして固い意志で自分の生き方を守るやり方もあるけど、こうやってちゃんと笑ってちゃんと泣いて、ちゃんと受け入れて、ちゃんと思いやって自分を守る生き方も素敵だね。 盛り上がりのある映画ではないし、派手さもないけど、とてもキラキラした美しい映画でした。 大地と水と木々と空と、古いものと新しいもののバランスが絶妙すぎて東京の持つ不思議な空気感がとても心地いい。 良かった
  • おていこ
    4.2
    たとえ良いこと、嬉しいことがあっても生活がガラッと変わるわけじゃない。 でも少し自分の心が潤ってくすっと笑っちゃう、明日も小さな幸せを見つけて生きようと思える。
  • nanochi
    4
    圧巻の演技。本当に素晴らしい俳優さんだと、宝だと心底思う。 まるでインスタレーションを見ているようだった。 「本当にトイレ清掃やってるの?」 っていうひと言で、ああ彼は、なにか長く辿ってここまで巡ってきたんだと察する。 部屋には余計なものはなく、好きなものと必要なものだけを整然と並べていると思ったら、物置部屋は自らが封印した過去を押し込めたような雑然とした空間で、姪っ子の登場で否応なくそこへ自らも押し込められ、過去がちらりとこちらを見る、後ろを振り返ってはならないし、もう元の場所には戻れない。 実際、戻らなくてもしあわせなんだし、強がりじゃなくてピュアな笑顔に嘘はない。 世界は交わらない でもたまにある交差、他愛のないやり取り いろいろ切ないけれど、切なさを持って生きていくのが日々だとおもう。 同じことをする、でも、同じ一日なんてない。すべてが完璧な、自分だけの世界
  • マイケル
    4.3
    あれ以来自分も毎日が完璧な日だと奮い立たせている。
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