【ネタバレ】映画『オッペンハイマー』複雑なストーリーを時系列ごとに徹底考察

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

映画『オッペンハイマー』をネタバレありで徹底解説。

クリストファー・ノーランが監督、脚本、製作を務めた話題作『オッペンハイマー』が、3月29日(金)より劇場公開されている。原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」の責任者だった物理学者ロバート・オッペンハイマーの半生を描いた、上映時間3時間に及ぶ超大作。第96回アカデミー賞では、作品賞を含む最多7冠に輝いた。

オッペンハイマーを演じるのは、数々のノーラン映画に出演してきたキリアン・マーフィー。その妻キティを演じるのは、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)や『ボーダーライン』(2015年)で知られるエミリー・ブラント。そのほか、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、ジョシュ・ハートネット、フローレンス・ピュー、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーら豪華キャストが出演している。

という訳で今回は、『オッペンハイマー』についてネタバレ解説していきましょう。

映画『オッペンハイマー』(2023)あらすじ

第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加した J・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、オッペンハイマーはのまれてゆくのだった……。

※以下、映画『オッペンハイマー』のネタバレを含みます

“信念”の人、クリストファー・ノーラン

まずは、この映画が制作されるまでの経緯について簡単におさらいしておこう。クリストファー・ノーラン監督が初めてオッペンハイマーという名前を知ったのは、スティングの「Russians」(ロシア人)という曲がきっかけだった。1985年のアルバム「The Dream of the Blue Turtles」に収録されたこのナンバーは、アメリカ・ソ連の冷戦を批判した反戦ソングとして知られている。この歌詞のなかに、レーガンやゴルバチョフといった名前と並んで、「オッペンハイマーの死のおもちゃ」という一節が書かれていた。

やがて、2006年にピュリッツァー賞を受賞したノンフィクション・ノベル「オッペンハイマー : 原爆の父と呼ばれた男の栄光と悲劇」を読んだノーランは、彼の生涯を映画化することを検討し始める。実は前作『TENET テネット』(2020年)でも、アルゴリズムという時間を逆行させるシステムについて語り合うシーンで、オッペンハイマーの名前が引き合いに出されていた。核がもたらす脅威についてより深く考えるようになったノーランは、温めていたオッペンハイマーの映画化プロジェクトに乗り出す。

『インソムニア』(2002年)以降はワーナー・ブラザースで映画を発表し続けてきたノーランだが、この『オッペンハイマー』はユニバーサル作品となっている。2020年末にワーナーは、新型コロナウイルスの影響を鑑み、映画館で上映するタイミングで、ワーナー系の定額制動画配信サービス「HBO Max」でも同日配信することを発表。その決定に対し、ノーランは真っ向から反対した。

クリストファー・ノーランといえば、頑固なまでの復古主義者であり、伝統主義者。リアリズムを重視してCGは可能な限り使用せず、デジタルではなくフィルム撮影にこだわり続けている。ストリーミング配信ではなく、映画館の大きなスクリーンで上映されることは、いわずもがなの最優先事項だった。彼はワーナーの対応に対して、こんな皮肉めいたコメントを発している。

「最も偉大な映画製作者と最も重要な映画スターたちは、最も偉大な映画スタジオのために働いていると思って夜に就寝し、最悪のストリーミング・サービスのために働いていることを知って目を覚ました」
(出典:variety.com

かつて彼は、新型コロナウイルスの影響で映画館が休業を余儀なくされたときも、安易にストリーミング配信へと舵を切らず、あくまで映画館での上映にこだわり続けた。2020年に公開された『TENET テネット』は、パンデミックで悲鳴を上げていた映画業界を活気づけた、救世主的作品だったのである。

「映画は芸術ではなくコンテンツになったという考え方がある。私は “コンテンツ “という言葉が嫌いだ。『オッペンハイマー』のような映画が大スクリーンで公開され、イベントとなることで、映画は映画館で体験されるべきで、とてつもない芸術であるという考えにスポットライトが当たるのです」
(出典:imdb.com

このアツいコメントからも、クリストファー・ノーランは“信念”の人であることが窺い知れる。

時系列ごとのストーリー解説

この映画は、2つの公聴会のパートで構成されている。

1.核分裂(カラー)

安全保障に関する公聴会に召喚された、オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の視点で描かれたパート

2.核融合(モノクロ)

商務長官の承認公聴会に出席した、米国原子力委員会長官ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)の視点で描かれたパート

主人公オッペンハイマーと、それと敵対するストローズの視点を交互に入れ替えながら、物語を進めていくという手法は非常に面白い。それは科学の天才と、その天才に嫉妬を覚える男との対立という、『アマデウス』(1984年)のモーツァルトとサリエリのような構造でもあるからだ(実際にストローズを演じたロバート・ダウニー・Jrは、サリエリのような振る舞いを意識したとインタビューで語っている)。

またロバート・ダウニー・Jrといえば、『アイアンマン』(2008年)のトニー・スタークが当たり役だが、彼の父親ハワードはマンハッタン計画に関わっていた、という設定。MCUとも不思議な関連が見受けられる。

さて、ノンリニア(非直線)な時間操作といえば、クリストファー・ノーランのお家芸。この『オッペンハイマー』も、当時の出来事を証言するという形式で回想シーンがインサートされるため、複雑な時系列が入り乱れている。一回鑑賞しただけではストーリーを咀嚼するのは、かなりの無理ゲー。時系列に沿ってストーリーを確認していこう。

1920年代

ケンブリッジ大学で物理学を学ぶオッペンハイマーは、ホームシックでかなり精神的にも不安定。気の迷いで、リンゴに毒を注射して、担任の教授を毒殺しようとする蛮行に及んでしまう。

ニュートンが万有引力の法則を発見したきっかけとなったリンゴが、まだ青く熟していなかったのは、オッペンハイマーがまだ科学の青二才であることを示しているのかも。理論物理学者ボーア博士(ケネス・ブラナー)がリンゴを食べかけるのを慌てて阻止するが、その後オッペンハイマーが原爆開発に邁進することを考えると、非常に示唆的なオープニングといえる。

ボーアはゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンで物理学を学ぶことを勧め、オッペンハイマーはそこで博士号を取得する。

1929年〜1941年

アメリカに戻ったオッペンハイマーは、カリフォルニア大学バークレー校とカリフォルニア工科大学で物理学の教鞭を取るようになる。パーティでアメリカ共産党のメンバーのジーン(フローレンス・ピュー)と出会い、交際に発展するが長続きせず、生物学者で元共産党員のキティ(エミリー・ブラント)と結婚。ドイツでプルトニウムの核分裂に成功したというニュースが飛び込んでくる。

オッペンハイマーが初めてジーンと夜を明かすシーンで、「いま、私は世界の破壊者である死となった」というヒンドゥー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」の一節を朗読するが(しかもサンスクリット語で)、トリニティ実験でも同じ言葉を引用している。自らの運命を予知しているかのようだ。

1942年〜1944年

アメリカ陸軍のグローヴス大佐(マット・デイモン)から、オッペンハイマーはマンハッタン計画に任命される。ラビ(デヴィッド・クラムホルツ)、ハンス(グスタフ・スカルスガルド)、テラー(ベニー・サフディ)ら優秀な学者をリクルーティングしてチームを結成し、ニューメキシコ州北部のロスアラモスに研究所を建設。原子爆弾開発のプロジェクトに専念する。このリクルーティングのシークエンスは、まるで『七人の侍』(1954年)で侍をひとりひとりスカウトするシーンを彷彿とさせて、面白い。

テラーは、原子の爆発は大気を引火させる連鎖反応(チェーン・リアクション)を引き起こす可能性があることを示唆。オッペンハイマーはアインシュタイン(トム・コンティ)とも相談し、その可能性は限りなくゼロであると結論づける。「ゼロ」ではなく「限りなくゼロ」であるにも関わらず、マンハッタン計画を進めてしまったことに対して、彼は終生苦しめられることになる。

共産党員の友人シュヴァリエ(ジェファーソン・ホール)から、「仲介者を通じてソ連に情報を提供することが可能」と諭されるが、反逆罪にあたるとしてこれを拒否。後日、情報将校のパッシュ(ケイシー・アフレック)からこの件について詰問されるが、何とか切り抜ける。

妻に隠れて密会を続けていたジーンが自殺。妻に不貞を告白するオッペンハイマーの姿が、あまりにも無惨だ。

1945年

ドイツが降伏。ロスアラモスの科学者の中には、原爆の製造を続けることを疑問視する者もいたが、オッペンハイマーは「原爆によって太平洋戦争を終結できる」としてプロジェクトを継続。トリニティ実験を成功に導き、トルーマン大統領(ゲイリー・オールドマン)の命令によって広島と長崎に原爆が投下される。一躍オッペンハイマーは英雄として賞賛されるが、大量殺戮に手を貸した罪悪感に苛まれるようになり、悪夢を見るようになる。

ゲイリー・オールドマンが、トルーマン大統領役でサプライズ出演。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017年)ではチャーチルを演じていたから、当時の英米の指導者を演じたことになる。

なお、トルーマンが「泣き虫を二度とここに連れてくるな」と言い放つセリフがあるが、これは実際に国務長官に宛てたメモの中で、オッペンハイマーを形容するのに使った言葉と言われている。

1947年〜1949年

ストローズの要請で、オッペンハイマーはアメリカ原子力委員会の顧問として迎えられる。これは1946年に設立された、原子力技術の研究と利用を目的とする独立行政機関。このときオッペンハイマーとアインシュタインが庭で交わした内容が、「自分を中傷したものではないか」とストローズから疑念を向けられてしまう(実際にはストローズについては話をしておらず、核軍拡競争という連鎖反応に加担してしまったことに対する悔恨だった)。

ソ連が原爆実験に成功すると、ストローズは水爆の開発を強硬に主張するが、オッペンハイマーはそれに反対。二人の対立は決定的なものとなる。

1954年

ストローズは、オッペンハイマーの社会的地位を抹殺しようと画策。安全保障に関する公聴会を開き、彼が共産主義者と繋がりがあったことをつまびらかにして、公職から追放することに成功する。

1954年は、反共時代の真っ只中。彼は国家安全保障を脅かす存在として非難されたのだ。

1959年

ストローズが商務長官に任命されるための指名公聴会で、物理学者のヒル博士(ラミ・マレック)が、オッペンハイマーの失脚を画策したのはストローズ本人であることを暴露。指名は否決される。

ちなみにクリストファー・ノーランは、1000ページにも及ぶ公聴会の記録をしらみつぶしに調べて、ヒル博士の証言を知ったのだという。

1963年

ジョンソン大統領からエンリコ・フェルミ賞を贈られるオッペンハイマー。夫に対して敵対する立場をとった者に対し、あからさまに侮蔑の表情をみせるキティ=エミリー・ブラントの顔面芝居が凄まじい。

オッペンハイマーは、「自分たちが、核軍拡競争という連鎖反応(チェーン・リアクション)を始めてしまった」という悔恨を表明する。

アメリカン・プロメテウス

1963年に、エンリコ・フェルミ賞を受賞したオッペンハイマー。実は映画の終盤で、著名な物理学者であるエンリコ・フェルミ(ダニー・デフェラーリ)その人が、トリニティ実験の見学にやってくる様子が描かれている。

彼は、「もし宇宙人が存在するのなら、なぜ地球人に接触してこないのか?」という、フェルミ・パラドックスと呼ばれる問いを提唱したことでも知られる人物。その仮説には様々なものが存在するが、そのなかの一つが「十分に知的な種であれば、自滅的な行動によって壊滅することは避けられない」というもの。技術力が高度であれば、自分たちを一瞬にして滅ぼしてしまう兵器を造るのも容易いはず、という理屈である。

テラー博士の計算によれば、原子の爆発は大気を引火させる連鎖反応(チェーン・リアクション)を引き起こし、人類を滅亡の危機に追いやる可能性があった。ボーア博士は「人類はまだ原子爆弾を持つ準備ができていない」と警告を発し、ギリシャ神話になぞらえてオッペンハイマーのことを「アメリカン・プロメテウス」と呼んでいる。プロメテウスとは天界の火を盗んで人類に与えた神のことだが、その強大な力を人類は御しきれず、自ら破滅に向かうだろうと予言しているのである。フェルミ・パラドックスと同じように。

クリストファー・ノーランはこう語っている。

「原爆によって地球上の生命が滅亡する可能性というのは、世界史上最も劇的な状況だと思っている。世界の歴史上、誰も直面したことのない責任だ。私の前作『TENET テネット』には、オッペンハイマーがその状況に言及した台詞がある。歯磨き粉をチューブに戻すことはできるのか?知識の危険性とは、知識であることが明らかになることであり、いったんそれが知られて事実となってしまうと、時計を巻き戻してそれを片付けることはできないのだ」
(出典:imdb.com

これは非常に興味深いコメントだ。10分おきに時間が遡っていく『メメント』(2000年)や、時間が逆行する『TENET テネット』を描いてきたノーラン自身、「時計を巻き戻してそれを片付けることはできない」という、時間の不可逆性に自覚的なのだから。

“アメリカン・プロメテウス”と称された男によって生み出された強大な炎は、人類を絶滅においやるのだろうか。その答えは、我々の未来にかかっている。かつてジェームズ・キャメロンは、『ターミネーター』シリーズで核戦争後のディストピアを予兆してみせたが、クリストファー・ノーランはその先を現実の世界に定めてみせた。ノンリニア(非直線)な時間操作で描かれた『オッペンハイマー』は、リニア(直線)な時間に向かって放たれているのである。

我々も、この映画のクルー(一員)なのだ。

 

作品情報

Cillian Murphy is J. Robert Oppenheimer in OPPENHEIMER, written, produced, and directed by Christopher Nolan.

映画『オッペンハイマー』は、3月29日(金)より全国ロードショー IMAX(R)劇場 全国50館 同時公開中。

監督・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、ロバート・ダウニー・Jr、オールデン・エアエンライク、スコット・グライムズ、ジャック・クエイド、フローレンス・ピュー、ゲイリー・オールドマン、トム・コンティ、マット・デイモン、ほか
配給:ビターズ・エンド  ユニバーサル映画

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※2024年4月4日時点の情報です。

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