イソップの思うツボ』は、2018年に邦画界の一大トピックとなった『カメラを止めるな!』のクリエイター陣が再集結して仕掛けた渾身作。「騙されるな!」のキャッチコピーで、すでに期待値がマックスとなりそうな本作は、浅沼直也、上田慎一郎、中泉裕矢という気鋭の3人がトリプル監督となり、文殊の知恵で撮り上げた。
主人公は3人の少女。家族の仲は良いが、友達は亀だけという内気な女子大生・亀田美羽。大人気なタレント家族の娘で、大学の講師に恋をする女子大生・兎草早織。父親とふたり、復讐代行屋として、その日暮らしの生活を送る戌井小柚。それぞれの物語が絡み合い、彼女たちが出会うとき、はたして何が起こるのか……。
各監督のこだわりがそこかしこに詰まっている本作では、3人だからできた、やれた意義があったと、インタビューで熱く語られた。「自分に課したハードルを越える自信はある」ときっぱりと言い切った上田監督を中心に、「ネタバレだけはNG」という掟のもと、想いを言葉にしてもらった。
ーートリプル監督という試み、予想を幾度も裏切るストーリーと、非常に実験的な作品に思います。プロジェクトの始まりは、どこからだったんでしょうか?
上田監督 「3人で1本長編を作る」という企画の体制だけが決まったのが最初でした。2年間くらい「どんな企画がいいか」とすったもんだして、3人ともタイプが違うから、全然決まらなかったんですよ。
浅沼監督 そうですね。一旦、僕とアドバイザーの竹内清人さんという方で、「イソップ寓話で掘っていこう」と決めて、それを上田さんにパスしました。もともとは1,000万円をめぐって、最終的に1,000万円がヤギに喰われる、という話だったんですけど、上田さんに投げたら、今のような形に仕上がりましたね。
上田監督 「イソップ寓話をモチーフにした誘拐」という要素だけは残して、中身は結構変わりました。
――監督がダブルは割と聞きますが、トリプルは珍しいですよね。
中泉監督 『カメ止め!』とかの全然前、もともともうひとりの監督と僕ら3人で、オムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』を撮っていたんです。『猫』は、実は僕らの商業デビュー作で、短編でした。打ち上げのとき、「長編を撮りたい」、「3人でまた作品を作りたいね」という話で盛り上がって、それから動き始めました。やりたいと思った動機や理由は、各々で違うんですけど、僕は、今このタイミングで3人でやれば自分にとっての成長がすごくあるんじゃないか、ふたりから盗めるものがあるんじゃないか、と思ったんです。自分の成長の速度を上げるためにも、チャレンジする価値があると感じましたし、3人でやるからには、ある種、失敗があってもいいとすら思っていました。
――浅沼監督、上田監督はどんな思いで参加したんですか?
浅沼監督 当時、実力的にも、みんなひとりでは長編を撮れなかったんです。(能力を)出し合ってみんなで長編を撮りたい、という気持ちだったと今振り返って思います。
上田監督 実力的にというか、ひとりで長編をやれる企画が通るほど知名度もないし、ということもあったと思うんですよね。いろいろな人に3人で1本の長編を作ることを話したら「やめとけ」、「うまくいくわけない」、「無理やろ」と言われたんですよ。言われたからこそ、やりたくなったのはありますね。失敗する可能性が高いほど、僕は燃えるタイプなので(笑)。前例がないことをやることへの興味がありました。ひとりで映画を監督することが当たり前とされているけど、3人で監督する映画があっちゃいけないという法律があるわけではないので、「どうなるのかな!?」と思いながら、乗り出しました。
――実際、どのように進んでいったんですか? 場面やパートごとに担当が分かれていたわけではなく、現場にお三方が常にいて、みたいな感じだったんですか?
上田監督 そうですね。現場には3人ともいて、シーン毎にメイン監督を決めて、ほかのふたりが助監督、という状態でした。都度話し合いもあったりしつつ、何かあったら「こそっと言おう」という話やったんですけど……。
――助監督の意見は、こそっとメイン監督に言う、と。
上田監督 そう。けど、こそっと言うことを忘れるときもあったりしたんです。俳優の人たちは、「え、どうするん!?」となっていたと思います。
中泉監督 上田さんがメイン監督のとき、僕が助監督だったので、現場を仕切っているふりをしながら、キャストに「こっちの(演技の)ほうがいいと思うな……」とか耳打ちしたりしましたねえ。
浅沼監督 え!? それ、知らなかった(笑)。衝撃的だよ。
上田監督 知らなかった(笑)!
中泉監督 何回かだけね(笑)。でも、演出をナシにするようなことじゃないよ! プラスで「こう見えているよ」とかを、こそっと言ったりとか。
――お三方それぞれのこだわりポイントがちりばめられていますが、どこを特にこだわったのか、ネタバレにならない範囲で教えていただきたいのですが……。
全員 難しいな!!
中泉監督 すごくたくさんあるんですよね。特にこだわったところは、限りなくネタバレしてしまうので……(笑)。そうでないひとつを挙げるなら、僕は最初の学園パートを担当していたんですけど、色みで言うとファンタジーの要素、少し幻想的な雰囲気を入れたいこだわりがありました。ふたりに「もう少しパキッとした色でもいいんじゃない?」とか、いろいろ言われても、強く残しました。映画じゃないとできない表現は残したいと思っていたから、そこがこだわりです。そのほか、僕は感覚でやっているところがあるので、演出的にわかりにくいところは、もうちょっとわかりやすくやったほうがいいんじゃないか、というのは話し合いながら作っていきました。
上田監督 そうですね。僕はこだわりというか、悩んだところで……えー……ある秘密が明かされるときの、表現のさじ加減にこだわりました。編集のラフをスタッフとかに見せたときに、すぐに秘密がわかった人と、わからなかった人が、半々くらいだったんです。本当はもっとわからないようにしようと思ったんですけど、ちょっとわかるかもしれないカットを入れて、それでもわからなくて「あっ」となるほうが、驚きが大きいかなと思って、そうしました。
浅沼監督 僕は戌井家を担当しているんですけど、戌井家のキャラクターの魅力に一番こだわりました。車上生活者というところで、意外と社会的な問題と復讐代行屋という社会通念上よくない仕事をしているふたりを、どう魅力的に描くかは考えましたね。
上田監督 車の中の美術も、すごくこだわっていましたよね。
浅沼監督 うん、こだわった。撮影的にもiPhoneを使ったり、ドローンを映画で初めて使いました。3監督でやること自体が挑戦的なので、自分の演出も自分の挑戦というところも合わせて、こだわって撮りましたね。
――トレーラーでは「騙されるな!!」と銘打たれています。観客はそのつもりで観ると思うんですが、騙しを感じさせない見せ方をする選択もありましたか?
中泉監督 僕らが、もしインディーズ映画でやっていたとしたら、たぶん「騙す」云々は言わないと思います。もっと言えば、『カメ止め!』がなかったら、言わないと思います。何も情報がない状態で観てもらったほうが、作品的には本当はありがたいので。けど、ね。
上田監督 そうなんですけど、「騙す」云々がないトレーラーだったら、そもそも観にこない人もいるかもしれないと思うので、難しいところですよね。有名スターが集結している映画やったら、「実はこんな映画だったんや!」ということもあるかもしれないけど、兼ね合いの問題もありますね。
中泉監督 だから、楽しみに観に来てほしいんだけど、来た瞬間に全部忘れてほしいです(笑)。
上田監督 「どんでん返しがあるよ」と言うのって、ある種自分にハードルを課すところもあるんですよ。ハードルを越える自信はある、っていう気持ちでもあると思います。
――今お話があったように、商業映画だからこうしよう、とか、多くの方の目に触れる映画になるだろうから、と意識して作られたところもありましたか?
上田監督 商業映画だから変えたということはないんですけど、最初にエンターテインメントにしよう、というのは言っていました。
中泉監督&浅沼監督 うん、うん。
中泉監督 できるだけ多くの人に観てもらえる作品にしようというのは、3人のひとつの方向性として決めました。
上田監督 何か重たいものを引きずるような、とか、社会派の、とかではなく、エンターテインメントにしようという大きな方向性は変えていません。
――最後に、無事お三方で撮り終えて公開に至るわけですが、終えてみての充実感や、手残りは今ありますか?
中泉監督 いっぱいありますね。一番は上田さんや浅沼さんがやりたいことを理解できたことが、自分の映画監督としての財産になっているとすごく思います。僕とは全然違うやり方や言葉で演出されることを目の前で見て理解できたし、熱量と現場の居方をもって経験できたのが、すごく財産になりました。
浅沼監督 撮影がすごく楽しかったことが、僕にとっては大きかったです。普段は僕、苦しみながらやっているんですよ(苦笑)。今回はみんながいたりしたので、すごく楽しい現場でした。「映画作りっていいな」と思ったのが、僕の財産だったかもしれないです。根源的なんだけど、忘れていってしまうものを、もう一度思い出させたというか。
上田監督 結構映画作りに苦しむっていう監督、いるよね? 俺は思ったことないけど……。
中泉監督 俺もないんだよね。
――浅沼監督は何かの経験があって、苦しいと思われたんですか?
浅沼監督 以前、南相馬で撮影したときがあって、「本当に俺が作るべきなのか」とすごく自問自答したんです。ずっと答えが出せないまま、けど地元の人と仲良くなって「撮ってほしい」と言われたので、「じゃあ、撮ります」と入っていきました。撮り終えた後、海を見ながらずっと泣いていたんですよね。苦しかったんだな、と思って。辞めようかなとまで考えていたんです。でも今回、表現することと作ることをもう一度「楽しい」と思い出させてもらえたので、僕的には大きい財産です。ふたりには、すごく感謝しています。
上田監督 「苦しいと思ったことない」っ て、さっき言いましたけど、苦しいのもわかるんです。今回は3人がいたから、のしかかるものも3つに分けられたのもあるんです。いつもひとりの背中に乗っているので、そういう意味での苦しさは、もちろん映画監督はあるんやろうなって思います。ひとりで監督するよりも、より楽しめたところはあるかもしれないです。3倍楽しかったけど、3倍大変やった、という感じかな。(取材・文=赤山恭子、撮影=齊藤幸子)
映画『イソップの思うツボ』は2019年8月16日(金)より、全国ロードショー。
出演:石川瑠華、井桁弘恵、紅甘 ほか
監督:浅沼直也、上田慎一郎、中泉裕矢
脚本:上田慎一郎
共同脚本:浅沼直也、中泉裕矢
公式サイト:http://aesop-tsubo.asmik-ace.co.jp/
(C)埼玉県/SKIP シティ彩の国ビジュアルプラザ
※2022年10月20日時点のVOD配信情報です。