引っ越し大名!』が8月30日、公開される。主演は星野源、共演に高橋一生、高畑充希と確かな演技力を持つキャストが並ぶ。犬童一心監督は、「ケチのつけどころがないくらい、キャストが細部までそろっている」と、充実の表情で手ごたえを語った。
書庫にこもりきりの侍・片桐春之介(星野)は、藩主の松平直矩(及川光博)が幕府より姫路から大分へ国替え(=引っ越し)を言い渡されたことにより、突如、引っ越し奉行に任命される。桁外れの費用と労力がかかり、責任を一手に担う引っ越し奉行の役割におびえる春之介だったが、何とか成し遂げるべく、幼馴染の鷹村源右衛門(高橋)や、前任者の娘である於蘭(高畑)の助けを借りて準備を始める。
引っ越しの大騒動がコミカルに楽しめる本作の下敷きには、リーダーとして頼りなかった春之介が少しずつ彼なりの方法を見出し、実績と信頼を積んでいく過程がしっかりと描かれている。笑えるのに、じんとくる、老若男女が心おきなく楽しめる映画が誕生した。物語において大切にしたこと、キャストのアンサンブルの妙まで、犬童監督にとことん語ってもらった。
――土橋さんの原作「引っ越し大名三千里」が元になっています。映画化にあたり、どのあたりを特に大事にされましたか?
昔の姫路城の話ですけど、今のサラリーマンものとしての側面がこの映画にはあるつもりで脚色をしていきました。そして、星野さんにやっていただいた春之介というキャラクターが、リーダーになっていく話なんです。『のぼうの城』のときにも、困難を乗り越えていく普通ではないリーダーの話をやったんですが、今回も僕の思う理想的なリーダーの在り方、みたいなものを作っていきました。
――映画でも描かれている、犬童監督の思うリーダー像とは?
すごくシンプルなことなんですが、失敗したらまず謝ること、とにかく正直であり続けること、困難なときに笑えること。この3つをリーダーが持っている、そんなリーダーの在り方が今の時代に必要じゃないか、と思ったんです。
――「俺についてこい」的なステレオタイプのリーダー像とは、少し異なりますよね。
今リーダーになる人たちは、そういった昔のリーダーの在り方を踏襲しようとしているせいで、そうなれていないんじゃないか、と思ったんですよ。春之介たちは、前のリーダーの在り方を引き継がず、自分たちだけのやり方で、その困難を乗り越えていくんです。「自分たちのやり方を大切にすること」こそ、映画全体のメッセージとなりました。リーダー論をエンタメでやろうと思ったんです。
――春之介を演じる星野さんが、まさに体現されていました。
そうですね。星野さん自身のキャラクターもあるけれど、彼のインテリジェンスが、春之介がやろうとしていることを上手に理解して、エンタメとしての演技で見せていってくれました。
――演出されていても、手ごたえみたいなものは感じましたか?
星野さんは、ほかに代わりがないテイストをお持ちの方です。彼は、コメディとシリアスを軽々と行き来するんですよ。普通、コメディとシリアスが入れ替わるのには段取りが必要で、スピードがなくなってしまったりするんですけど、星野さんはフワッと入れ替わられる。本人にとっては当たり前のことだろうし、持って生まれたものかもしれないけど、僕は彼のインテリジェンスと関係していると思います。星野さんだから、コメディでありながらシリアスな側面も2時間の中に、交互に繰り出してくることができたんじゃないかな、と思いました。
――春之介とは対照的なキャラクター・源右衛門役の高橋さんも、非常に生き生きとした演技をしていた印象です。
一生さんのことは以前から拝見していて、前からすごく出てほしかったんです。特に「ああ!」と思ったのは、『シン・ゴジラ』での演技でした。あるシーンで、一生さんの役が大発見をして、急に部屋を「ワーッ!!」と走り回るところがあるんです。その演技が完全に爆発していた。気になって、樋口監督に「庵野さんや樋口さんが、ああいう風にして、と一生さんを演出したの?」と聞いたんですけど、「違う、リハーサルをしていたら勝手にやり出した」と言っていて。だったら、源右衛門なんて絶対に爆発できるんじゃないか、と思ってお願いしました。撮影していて、観ているのが最高に楽しかったです(笑)。『シン・ゴジラ』の一生さんの爆発を超えた自信が、僕にはあります。
――高畑さんの起用についても、教えてください。春之介が、恋心を抱く役柄ですよね?
高畑さんは以前ワークショップに来てもらったことがあって、彼女が「ピーターパン」をやっている頃から知り合いだったんです。僕よりうんと年下ですけど、それでも僕が昔から「お姉さん……!」という気持ちで人生相談したくなる雰囲気が高畑さんにはあるんです(笑)。彼女が偉そうにしているのではなく、正しく生きている感じがするんですね。高畑さんは星野さんより年下だけど、星野さんといたら絶対に年上の姉御肌に見えると思ったので、「姉御肌の女房はダメ?」と僕が頼みました。もともと持っているしっかりとしていて正しいところが、登場しただけで出せると思ったので。
――犬童監督の見立てがばっちりだったことは、映画を観ると一目瞭然です。
本当に、ケチのつけどころがないくらい、キャストが細部までよくそろってくれた、と思います。出番が少ししかない方でも、「あの人に出てほしいな……」と頼んだら、実現してくれたので。ただ、僕としては出てもらうなら、とにかく「やっただけのことはある」というものを残して去ってもら? ??ことが大事だと思っています。それでいて、主役の邪魔をしないことがポイントで。オールスターキャストだけど、主役の邪魔をしないけど、それぞれが全力だ、という理想の状態ができました。……(プレスを見て)向井(理)くんも、撮影は1日だけだったんですよ。
――引っ越しの発端となる柳沢吉保役。向井さんも犬童監督の希望だったんですか?
向井くんも、僕が頼みました。実は向井くんのデビューって、僕がやったCMなんです。当時、彼はこの世界に入ってまだ2週間目とかだったのかな……。でもオーディションの部屋に入ってきたときから最高なんですよ。そこでは『メゾン・ド・ヒミコ』(※犬童監督作)がすごく好きだという話を淡々として帰っていっていたのを覚えていますね。今回もお願いして、すごく上手だなと思いました。
――犬童監督のお話を伺っていると、完全なる自信作、と言い切れそうですか?
ええ、そうですね。オールスターキャストで、バランスよくできたと思っています。全員死にキャラなしで、主役の邪魔をしないけれど、物語の中にちゃんと組み込めた感じがします。それに、みんなが頑張れば頑張るほど春之介が立つ、という構図がうまくできました。
今回、僕としては軽い映画を作りたかったという気持ちもありました。もちろんシリアスなシーンはちゃんとやっているけれど、映画としての軽さを出すことが目標で、うまくやれた気がします。軽さは意外と一生懸命意識してやらないと難しいと思っていたんです。いっぱい映画を撮っていて、少しできるようになったかな、と思いました。
――ありがとうございました。最後に、映画業界を目指す若者たちに、犬童監督から一言アドバイスをいただけますか?
今、映画の変わり目にきていることを、ひしひしと感じています。僕は17歳から映画を撮りはじめて、今もう40年撮っているんですね。17歳のときに8ミリで映画を撮り出して、当時から音も入るし、カラーだし、モンタージュを学んで編集して、ということをしてきたので、意外と、『引っ越し大名!』の今まで、そこまで変わらないところがあったんです。けど、今はテクノロジー的にはあまりにも変わり目にいるので、僕の40年とは全然違う変化をするタイミングにきている気がするんです。映画が変化していくことをきちんと見極めながら、上手に捉えて映画に挑んでいくことは、すごく重要だと思います。(取材・文=赤山恭子、撮影=齊藤幸子)
映画『引っ越し大名!』は、2019年8月30日(金)より全国ロードショー。
出演:星野源、高橋一生、高畑充希 ほか
監督:犬童一心
公式サイト:hikkoshi-movie.jp
(C)2019「引っ越し大名!」製作委員会
※2022年7月10日時点のVOD配信情報です。