これは“脅威”か“誤解”か…変化する恐怖を描く 映画『胸騒ぎ』クリスチャン・タフドルップ監督インタビュー

ホラー映画『胸騒ぎ』監督・脚本を務めるクリスチャン・タフドルップ氏にインタビュー。『胸騒ぎ』がどのようにして生まれたのか、作品のテーマやタイトルの秘密について聞きました。

第38回サンダンス映画祭でワールドプレミア上映されるや「血も凍るような恐怖」、「今年最も不穏な映画」と話題を呼んでいる映画『胸騒ぎ』。

本作は、デンマーク人の夫婦が、意気投合したオランダ人夫婦の家に招待されることから始まる。最初こそ和気藹々とした雰囲気だったが、彼らの“おもてなし”に次第に違和感を覚えはじめ、恐怖が加速していくホラー作品。

『M3GAN/ミーガン』や『ゲット・アウト』などでお馴染みのブラムハウス・プロダクションズにも一目を置かれ、ジェームズ・マカヴォイ主演でリメイク版の製作も決定している。

監督・脚本を務めるのは、俳優としても活躍するデンマーク出身のクリスチャン・タフドルップ氏。『胸騒ぎ』はデンマークのアカデミー賞・ロバート賞で11部門にノミネート。さらに、第41回モリンス・デ・レイ・ホラー映画祭最優秀映画賞、第26回富川国際ファンタスティック映画祭最優秀監督賞を受賞し、注目を集めている。

FILMAGAでは『胸騒ぎ』がどのようにして生まれたのか、そして作品のテーマタイトルの秘密についてインタビューしました。

クリスチャン・タフドルップ監督

『胸騒ぎ』は実際の体験から生まれた?

物語内でデンマーク人夫婦はオランダ人夫婦の家へ招かれ恐怖に巻き込まれますが、脚本に取り掛かるにあたって着想はどこから得たのでしょうか?

タフドルップ監督:以前、イタリアへ家族旅行に行った時、オランダ人の家族と仲良くなってメールアドレスを交換したんです。旅行から帰ってしばらく経ってから『オランダに来ないか?』と誘われました。結局、お断りしたんですが、“もし行っていたらどんなことがあっただろう?”と想像が膨らんだ。本作では部分的にそうした実際の体験も取り入れています。物語の設定が出来上がったら、それをベースに自由に発想していきます。デンマーク人夫婦の妻は菜食主義で、子供がいて……というように構想を立てていくんです。

さらにそこにパーソナルな体験も加えていく。例えば、私の娘はウサギのぬいぐるみをすごく大切にしていて、世界中を旅行する度に色々なところに置き忘れるんです。サンディエゴに6〜7週間ロードトリップに行こうとした時も2日目にしてぬいぐるみを失くしてしまって、私は一人で1時間くらい街中を探し回りました。やっとの思いで見つけて浜辺の方で待っていた妻と娘の元に走っていきました。「ニヌス(ウサギのぬいぐるみの名前)を見つけたぞ〜!」と叫びながら走っていった時、その瞬間がスローモーションに感じられたのです。娘は泣きながら笑顔を見せ、妻は私にキスしてくれました。

その時に「これってある種、現代的なマスキュリニティ(=男性性)の表現になるのではないか」と思いました。現代のマスキュリニティとは、誰かと戦って表すのではなく、娘のぬいぐるみを見つけるようなことで男性らしさを証明しているのではないかと。そのような体験を少し変えて、映画にも落とし込んでいきました。

実際の体験が活かされているのですね。

タフドルップ監督:だからこそ、映画作家として日常的に目を見開いて、色々なことを観察することが大切だと思っています。常に目の前で面白いことが起こっているわけで、それをフィクションの世界に落とし込めるのか、落とすためにアイデアとして残しておけるのか、というのが大事になっていきます。

デンマーク人の夫・ビャアンと、オランダ人の夫・パトリックの関係も印象的でした。

タフドルップ監督:2人の間のドラマでは「現代社会におけるマスキュリニティとは」というものを一つのテーマとして構築していきました。オランダ人の夫・パトリックが古風な権威のあるマスキュリニティ、デンマーク人の夫・ビャアンが現代的なマスキュリニティの欠如というのを表現しています。

本作は、ある種のカップル同士のラブストーリーであるとも言えます。デンマーク人のカップルが持てなくなった親密さをオランダ人のカップルは持っていて、どこか憧れも持っています。ストーリー的にもオランダへ訪問する理由が必要でしたが、その憧れが理由の一つにもなっています。アメリカにカップルリゾートのような場所がありますが、デンマーク人のカップルたちも本来の自分を取り戻すためにオランダ人のカップルの元へ向かうのです。

“脅威”と“誤解”の間を揺れ動くサスペンス

『胸騒ぎ』は、ジャンプスケアや心霊による恐怖とは違うアプローチを踏まれていました。表現についてこだわりを教えてください。

タフドルップ監督:今回の場合、特に着目したのは行間の部分です。登場人物たちは表面的には笑顔ですが、水面下では様々なことが起こっている。その状況をどのようにして伝えようかとよく考えました。

例えば、子供たちが親に見せるダンスのシーンはデンマークではよくある状況で、観客からすると見慣れている場面です。しかし、そこで一人の親が子供に「下手だから」と何度も踊らせることで、徐々にバイオレンスなシーンに変化していきます。観客が慣れ親しんでいて先が読みやすい場面を捻っていき、予測を裏切るシーンをかなり取り入れています。そのような脚本の準備はしっかりあったので、それにあわせて役者にはリラックスして演じてもらいましたが、彼らもホラーということは理解していたので演技という要素も足されていきました。

オランダ人夫婦の家での出来事は、現実でもありえそうな違和感の積み重ねが恐ろしかったです。

タフドルップ監督:オランダ人夫婦の行動については、一線を超えないように意識しながら脚本を書きました。これは“脅威”なのか、自分の中で“誤解”してしまっているのか。そうした状況になった時に、人間の傾向として「自分が思い込んでいるのかも」と先に考えてしまうと思うんです。

当初、脚本ではいかにも脅しのような表現も入れていましたが、この状況だと(デンマーク人夫婦は)普通に逃げるよな……と思い返し、上手くレベルを落としていきました。例えば、菜食主義のデンマーク人の妻にオランダ人の夫は肉を食べさせようとします。それは彼がただ忘れているだけなのか、挑発しているのかわからないわけですよね。自分の誤解かなと考えさせつつも、脅威レベルを明らかに上げていくことでサスペンスを作るという部分はかなり考えながら積み上げていきました。

タイトルと夫・ビャアンの人物像に込められた想い

英題「Speak no evil」は「悪口を言わない/言わざる」という意味ですよね。

タフドルップ監督:実はタイトルはすごく悩んで、最終的に決まったものなのです。しかし、映画のタイトルというのは作品をつまびらかにするものではなく、少し考えると「なるほど」と全てを表現してくれるものがベストだと思っています。

タイトルを決めるのに苦労している中で、私が東欧思想を調べていて見つけた言葉でした。(「見ざる聞かざる言わざる」/ Speak no evil=言わざる)ホラーとしてもしっくりくるし、舌のない少年が話せないということにも通じたのでピッタリだと思いました。慣用句でもあるので、ただの言葉以上に何かの意味を感じさせます。特に本作はコミュニケーションを題材としていますから、観客たちの日々の振る舞いに関しても何かを想起させるタイトルだと思います。実は作品が完成する前日に、このタイトルを決めたんです。

デンマーク人夫婦の夫・ビャアンは常に笑みを浮かべ、強く主張しない人物である一方、悩みも持っています。そんな彼の内面性には日本でも共感する人は多いと思いますが、デンマークでも彼のような人は多いのでしょうか?

タフドルップ監督:ビャアンのキャラクターは私ともかなり近く、現代的なデンマーク人の家族像に近いと思います。良いところもありますが、疑問を抱く部分もあります。

我々の世代は「良き人間であるべきだ」という思いが強いんですよね。親としては子供に厳しくしたくないし、好きなことをやらせたい。家族の権威みたいな存在にはなりたくないんです。自分たちの子供と友情みたいな絆を持ちたいと思っている人は多く、昔ながらの父親が持つ権威みたいなものが良くも悪くも欠如しているように感じています。ビャアンは、恵まれた環境で素晴らしい妻子と共に人生を送っているのに、実は何も感じることができなくなっている。だからこそ、どこかでカタストロフィを望んでいる人物なんですよね。ありのままの自分の姿に戻りたいと本能的に求めているのです。

また、日本も近いかもしれませんが、デンマークの国民性として居心地の悪い瞬間に立ち会っても「NO」と言えないことが多く、上手く取り繕って自身を納得させて状況を流そうとする傾向があります。私自身もそうですが、物事が起こった時に自分のせいにしがちです。脚本を書いているときはローカルなテーマだと思っていたのですが、いざ世界中の方に観ていただいたら普遍的なテーマで、どの国の方でも共感することを知りました。

多くの方が人の前で「良い人でありたい」と願っているのだと思うのと同時に、もしかしたらそのようなことを一切思わず、自分が思ったことをしている人の方が人生楽に生きられるのかもしれないと思ったりもします。自分のために声を上げられないまま進んだ先の悲劇を描いた映画でもあります。

この映画を観た人の中には、ショックを受ける方もいるかもしれません。日本の観客たちに向けて、メッセージをいただけますか?

タフドルップ監督:ショックを受けるような、心が乱される映画は価値のあるものだとお伝えしたいです。なぜなら、観終わった後に人生において重要なテーマについて語り合えると思っているからです。ホラーというのは、人の根源的な感情、恐怖や不安を喚起するものでもあります。感じることって、生きていく上でとても重要なことだと思っています。観終わった後に何か考えてもらえるような映画になっていれば嬉しいです。

胸騒ぎ』作品情報

公開日:2024年5月10日
監督:クリスチャン・タフドルップ
脚本:クリスチャン・タフドルップ、マッズ・タフドルップ
出演:モルテン・ブリアン、スィセル・スィーム・コク、フェジャ・ファン・フェット、カリーナ・スムルダース、リバ・フォシュベリ
配給:シンカ
公式サイト:https://sundae-films.com/muna-sawagi/

(c) 2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures

*2024年5月10日時点の情報です。

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