11歳の娘が父親と2人きりで過ごした夏休みを、繊細なタッチで描いた『aftersun/アフターサン』。2022年のカンヌ国際映画祭で評判を呼び、世界中の映画賞を席巻した傑作が、7月10日(水)からAmazonプライム・ビデオで見放題配信される。

脚本・監督を務めたのは、これが長編監督デビュー作となるシャーロット・ウェルズ。娘のソフィを演じるのは、オーディションで800人の中から選ばれた新人フランキー・コリオ。その父親カラムを演じるのは、近年『異人たち』(2023年)や『Gladiator 2(原題)』(2024年)など、話題作への出演が続くポール・メスカル。彼は本作の演技で第95回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
この作品は単純な家族ドラマではない。一度観ただけでは物語の全体像が掴みきれない、ある種の難解映画でもある。という訳で今回は、『aftersun/アフターサン』についてネタバレ解説していきましょう。
映画『aftersun/アフターサン』(2022)あらすじ
11歳の少女ソフィ(フランキー・コリオ)は、ふだん一緒に生活していない父親のカラム(ポール・メスカル)と、トルコへバカンスに出かける。二人きりで過ごす、かけがえのない夏休み。時が経ち、大人になったソフィは、思い出のビデテープを再生してあの日々を思い返していた…。
※以下、映画『aftersun/アフターサン』のネタバレを含みます。
“エモーショナルな自伝的作品 ”

本作の監督を務めたのは、シャーロット・ウェルズ。1987年6月13日生まれ、スコットランド出身。幼少時から映画に関心を抱いていたものの、大学卒業後は金融関係の道へ。やがて学生時代の友人と映画関連の会社を共同経営するようになり、改めて映画の道に進むことを決意。ニューヨーク大学ティッシュ芸術学部に入学し、『Tuesday』(2015年)、『Laps』(2017年)、『Blue Christmas』(2017年)という3本の短編映画を制作した。
サウス・バイ・サウスウエスト(SBSW)のショートフィルム・アワードで審査員特別賞を受賞、サンダンス映画祭で編集部門審査員特別賞を受賞。フィルムメーカー・マガジンの「インディペンデント映画の新しい顔25人」の1人にも選出されるなど、その才能が世界各国から注目される。
シャーロット・ウェルズにとって初となる長編映画『aftersun/アフターサン』は、自身曰く“エモーショナルな自伝的作品 ”。彼女もティーンエイジャーの頃に、父親を亡くしている。ある日家族のアルバムを見ていると、自分の父親が非常に若いことに気づき、映画の着想を得た。
11歳のソフィが、新学期が始まる前の1週間を、30歳の父親と過ごす物語。確かに映画を観ていると、カラムとソフィは父娘という感じがあまりしない(演じているポール・メスカルとフランキー・コリオが、14歳しか離れていないこともあるのだろうけど)。バカンス先で知り合った若者から、兄妹に間違われるシーンもあったりする。それが、この映画のキモなのだ。
“ダメな父親と利発な娘”という設定は、よくある映画やドラマのテンプレート。だが『aftersun/アフターサン』は、その「あるある」から抜け出し、新しい父娘像を提示している。この映画が指向するのは感動の親子ドラマではなく、もっと別の、はっきりいえば非常に残酷なドラマ。そのためには、精神的に未成熟の、若すぎる父親でなくてはならないのだ。
<明快な記憶=現実>と<曖昧な記憶=想像>

『aftersun/アフターサン』は、非常に奇妙な手触りを持った映画だ。父と娘が束の間のバカンスを楽しむというシンプルなストーリーなのに、妙に現実感が希薄で、まるで夢を見ているような感覚に襲われる。えもいわれぬ、不思議な浮遊感。おそらく、その感覚は正しい。<明快な記憶=現実>と<曖昧な記憶=想像>が入り混じって、物語のなかに並置されているからだ。
この映画は、ビデオカメラを再生する“音”で始まる。荒い画像のカラムの姿が映し出され、「私は11歳になったばかり。パパは130歳だけど、131歳になるよね?」とソフィが語りかける。他愛のない親娘の会話。動画が早送りされ、父親との思い出が走馬灯のように駆け巡る。すると、暗闇のなかで光が明滅し、現在のソフィの顔が一瞬だけ映る。彼女はビデオカメラに残されたわずかな映像だけを頼りに、在りし日の思い出を遡ろうとしているのだ。
だが記憶というものは、時が経つにつれて劣化していく。もしくは別の内容に置き換えられる。MiniDVの映像が、ビデオテープに記録された<まごうことなき現実>とするなら、35mmフィルムのシーンは<明快な記憶=現実>と<曖昧な記憶=想像>の混交。そして、彼女の心象風景=イメージもそこに重ね合わされる(ややこしい!)。
ボンクラ男子のマイケルとソフィがプールサイドでキスする場面で、扉をノックする人物たちが水面に映るのは、自分自身が扉をノックした記憶とオーバーラップしたからだ。この映画には二人が寝ている場面が何度となくインサートされるが、それは半醒半睡=半分が現実、半分が夢であることを示しているのかもしれない。
もちろん、シャーロット・ウェルズ自身の記憶をそのまま引き写したものでもない。あくまで『aftersun/アフターサン』は、彼女の体験に基づく“フィクション”なのだ。
「私の記憶だと言われるのは、おかしなことです。脚本に書かれた出来事で、実際のやりとりを忠実に再現したものは、映画にはほとんどありません。それは私自身の過去ではなく、映画に貢献したものなのです」
(theguardian.comのインタビューより引用)
シャーロット・ウェルズは父親のビデオテープを持っておらず、残されたのは1枚の写真だけ。だが彼女は父と娘の思い出を繋ぐ装置としてビデオカメラを選択し、記憶の断片を貼り合わせていったのである。
濃厚に漂う死の匂い

この映画に漂う“非常に奇妙な手触り”には、もうひとつの側面がある。死の匂いが濃厚に漂っていることだ。
明らかにカラムは死に取り憑かれている。自殺願望を抱えている。このバカンスがソフィと過ごす最後の日々になることを、彼は最初から分かっていたのかもしれない。その兆候は、映画のあちらこちらに隠されている。バルコニーの縁に立ったり、ギプスを自分で切ったり、マスクを取りに深海へと潜ったり。「40歳なんて想像できない。30歳の自分に驚くよ」というセリフも、それを示唆するものだ。ふと気を許すと、死神が彼のそばで笑っている。
印象的なのは、ソフィがベッドで寝ころびながら、「すごく最高の日を過ごした後で家に帰ると、疲れて落ち込んじゃう。骨が動いてくれない。クタクタで何もしたくなくなる。沈んでいくみたいなミョーな感じ」と語りかけるシーン。カラムは沈痛な面持ちでそれを聞いている。はからずも娘の言葉に、死の影を嗅ぎ取ってしまったのだろう。
もしくは誕生日の父親を祝おうと、岩壁の上にいるカラムにソフィが「彼はいい人、彼はいい人、みんなそう言う…」と歌を歌うシーン。カラムは嬉しそうな表情を微塵も見せず、映像は泣き崩れる彼の背中にオーバーラップする。すでに彼女の優しさも彼の心には響かない。
バカンス最後の日、カラムはソフィとダンスをする。かかっている音楽は、クイーンとデヴィッド・ボウイによるロック・ナンバー「Under Pressure」。「重いプレッシャー、路頭に迷う人々。世の中すべてから目をそらし、知らん顔では変わらない。愛を求めても傷だらけに」…。カラムの心情をそのまま言葉にしたような歌詞。明滅する暗闇のなかで、カラムは一心不乱に踊り続ける。ダンスフロアは、死への入り口なのだ。
映画のラスト、ソフィと空港で別れたあと、カラムは踵を返して反対側の扉に向かっていく。ドアを開けると、そこは光が点滅するダンスフロア。終幕。
ニューヨーク・タイムズはレビューで、「35歳のスコットランド人監督シャーロット・ウェルズによる、優しくも破滅的な初長編」と評している(参照:ニューヨーク・タイムズ)。そう、『aftersun/アフターサン』は残酷なまでに優しく、優しいまでに残酷な映画だ。鋭敏すぎる感性で長編第1作を撮り上げてしまったシャーロット・ウェルズには、畏敬の念を覚えるばかり。彼女はまるで詩人のような手つきで、意識と感情の世界をスクリーンに焼き付けてみせたのである。
※2024年7月3日時点での情報です。
