長編デビュー作『コンプリシティ 優しい共犯』(2018)が複数の国際映画祭に招待され、高い評価を得た近浦啓監督の二作目である映画『大いなる不在』。
第48回トロント国際映画祭ワールドプレミアを飾り、第71回サン・セバスティアン国際映画祭では藤竜也が最優秀俳優賞を日本人初の受賞、第67回サンフランシスコ国際映画祭では最高賞グローバル・ビジョンアワードを受賞するなど、日本公開前から国際的な評価を受けている。
本稿では、映画『大いなる不在』について、ネタバレありで解説していく。
『大いなる不在』(2024)あらすじ
主人公・卓(たかし)を森山未来が演じ、父親役に藤竜也、卓の理解者となる妻の夕希役を真木よう子、行方知れずの義母・直美役を原日出子が演じる。
あらすじ:幼い頃に自分と母を捨てた父親が、事件を起こして警察に捕まった。久しぶりに父・陽二の元を訪れた卓は、認知症により別人のようになった父と再会する。父と一緒に住んでいたはずの父の再婚相手・直美は行方をくらましていた。家族を捨ててまで結ばれた二人に、何があったのか。卓は、父と義母のこれまでの生活を調べ始める。父の家に残された大量の手紙やメモ、父の知人からの話を通して、卓は父の人生をたどっていく。
※以下、『大いなる不在』のネタバレを含みます。
サスペンスの皮を被ったラブストーリー

卓は、事件を起こした認知症の父(陽二)の世話をしていくうちに、行方知れずの義母(直美)を探すことになる。幼い頃に母と自分を捨て、一緒になった彼らの人生を断片的に拾っていく。
ストーリーは、陽二が事件を起こしてからと、陽二が直美とともに生活を送っていた時間が交互に描かれていく。陽二は大学教授を辞めてからも趣味である無線作りに傾倒し、語り口も理路整然とした一見しっかりとした文化人だ。そんな彼が、認知症という病に少しずつおかされていく。
卓は、陽二と直美が幸せに暮らしていると思い込んでいた。しかし、肝心の直美の行方がわからない。入院していると聞いた病院にもいない上に、直美の息子にも話をはぐらかされる。卓は、直美の行方を探すなかで、家に残された手紙やメモから、陽二の直美への想いを知ることになる。陽二は、卓の母と結婚する前から直美だけを想いつづけていたのだ。卓は様々な人から話を聞くなかで、直美が心臓を患ったことや、直美の妹が陽二の世話をするために家を訪れていたことを知る。
一緒にいられなかった時間を取り戻すかのように仲睦まじく暮らしていた陽二と直美だったが、陽二の病(認知症)の発症により、二人の間には歪みが生まれていく。直美に物忘れを咎められて激昂し危険な行動を繰り返すようになり、直美に送った大切な恋文の内容を忘れてしまっている陽二。挙句の果てに、直美のことも忘れかけてしまい、出先で倒れた直美を助けることもできない。そんな陽二とともに暮らしている直美の心は、少しずつ削られていく。しかし、陽二には間違いなく直美への愛情があり、記憶が混濁していく中でも、その気持ちは変わらないのだ。手や頬を優しく撫でる手つきやふとした目線から、認知症による妄想で直美が死んだと泣く姿から、それがありありと伝わってくる。
父と義母に何が起きたのかを追っていく展開はサスペンス仕立てだが、陽二と直美の間にあった愛情や、認知症がもたらした様々な変化に対する心の機微を抑えた演出で丁寧に描く様は、極上のヒューマンドラマだ。サスペンス要素を主体にしながらも、今作は父と義母の愛の歴史を浮き彫りにしていくラブストーリーとも言えるだろう。
ラストはどうなる?
父の人生を知る旅の終わりに、卓は直美の妹・朋子の元を訪れる。直美に会うことはできず、朋子に渡した直美の日記も突き返され、陽二がいまでも直美を想っていることを伝えてほしいという伝言も断られてしまう。朋子の元を訪れた卓の前に、直美が姿を現さないことが、彼女の答えなのだ。
朋子は、直美が心臓の病で入院中に陽二の世話をしにきていた。陽二は認知症の症状がありながらも、心で直美を求めて叫ぶ。直美は退院後、認知症の症状が進行する陽二に耐えきれなくなり、家を去ってしまう。直美が最後に家を出る日、陽二は車の鍵を渡し、直美の頭をゆっくりと撫でる。それはまるで、「ありがとう、もういいよ」と言っているようだった。直美がいなくなった家で、陽二は110番をして「事件です」と叫ぶ。陽二は、虚偽通報者扱いを受けて、警察に捕まった。
全ての謎が解け、長年疎遠であった父の人生を垣間見た卓は、自身の役者としての活動にひとつ深みをもたらした。
タイトルの意味は?
タイトルの『大いなる不在』とは、何を意味するのか。「大いなる」とは、偉大なと言う意味で、「不在」とは、その場にいないということだ。不在であるということは、過去には確かにそこに存在していたということになる。
卓は、自身の表現の糧のために、陽二の過去を調べていた部分があった。陽二が認知症になったことは、過去の陽二の「大いなる不在」につながり、卓にとって表現のヒントを得るきっかけになっているのだ。最後に、卓は陽二の延命治療を選択する。より深く陽二を知るためという部分もあるのかも知れない。
卓が行方を探すも、事件後の時系列では決して姿を見せることがない直美は、作中で不在である人物といえる。そして陽二にとっては、長年愛し続けた女性という偉大な存在を失ったことになる。卓にとってもまた、幼い頃に別れた父親と再会を果たしたものの、あの頃の父はもういない。このタイトルは、大切な人を失った3人の、愛の中ですれ違う三者三様の「大いなる不在」と呼べるだろう。
※2024年7月11日時点での情報です。

