『いのちスケッチ』は、東京で漫画家を目指し奮闘していた田中亮太(佐藤)が、自分の夢に限界を感じ、故郷の福岡に帰ってくるところから始まる。実家に頼れず、旧友の古賀孝之(塩野瑛久)の部屋に居候する亮太が紹介されたのは、地元の延命動物園でのアルバイトだった。園長の野田(武田鉄矢)や、獣医師の石井彩(藤本泉)たちと働いていくうちに、亮太は動物の健康と幸せを第一に考える「動物福祉」に力を入れる、世界でも珍しい動物園であることを知り、やがて夢中になっていく。
一度は諦めた漫画の道だが、亮太は園が予算縮小で危機的状況に陥っていることを受け、取り組みを自分の絵で訴えようと決心してまた筆を執る。亮太の心の機微を汲み取り繊細に演じた佐藤に、話を聞いた。
――動物園を舞台に描かれる、ひとりの青年の成長物語です。主人公・亮太を演じる上で何を意識していましたか?
佐藤:亮太はもともと漫画家を目指して家を飛び出したんですけど、うまくいかずに地元に帰ってきて、動物園でアルバイトを始めます。僕自身も役者を目指して上京して、今5年目ですけど、もし夢に破れて実家に帰るときは「亮太みたいな気分だろうな」とすごく親身になったというか、すぐに想像できました。家族だけではなく、地元の友達にも話は回るだろうから、帰ることにもすごく勇気がいるだろうなと思って、亮太の境遇と照らし合わせました。もし帰ってきて、自分の先行きが見えないまま日々を過ごすことになったら、今の自分の年齢だったらまだ親に甘えてしまうと思ったんです。すごくリアルに感じて、演じる上で寄り添えました。
――しかも、舞台は佐藤さんの出身地である福岡県ですよね。
佐藤:そうなんです。それはすごく大きかったです。福岡弁でお芝居できたのもあって、感情的になる場面では、心の中の言葉がスッとそのまま出てくるような感じがありました。あとは、本当に大牟田市の地域の方がずっと支えてくれました。朝早くに車を出してくれたり、夜遅くには炊き出しまでしてくれて、ずっと面倒を見てくださって。だから、僕もほかの役者さんもスタッフさんも、福岡弁というか、大牟田弁というか、地元の言葉でずっとしゃべっていました。
『いのちスケッチ』の現場には、インターンの学生さんが、現場に7人入っていたんです。通常は1、2人なんですけど、みんなが日々勉強しながら動いていて、それもあってか本当に和気あいあいしていました。キャストとスタッフのチームワークがすごくよくて、一緒にひとつの作品を作り上げている雰囲気がすごくありました。毎日、みんなが一生懸命でした。
――佐藤さんの心にしまっておきたいような、大牟田市での思い出はありますか?
佐藤:撮影期間中は、毎朝5~6時に起きて、支度場所まで歩いていっていたんです。空がキレイだから、毎日空の写真を撮っていて。今振り返って、「もうあそこに通うことはなくて、朝の空気を感じることもないんだな」と思うとちょっと寂しいんですけど……けど、映画を通してもその空気感が僕には伝わるので、自分の中でのすごく素敵な思い出です。
――亮太を演じる上で、漫画家と動物園の飼育員というふたつの職業と向き合ったかと思います。それぞれ仕事のやりがいなど、何か感じるところはありましたか?
佐藤:職業ひとつひとつに大変なことがあると、改めて知りました。漫画家のほうからお話しすると、普段から僕、漫画が好きですごく読むんです。今回、漫画を練習してみたんですけど、いざ自分で描いてみたら月並みな言葉ですけど「大変だ…」って……。少しでも携わることで、手のかかっているシーンがわかるようになりましたし、景色の画1コマにしても「ここは作者が力を入れて伝えたい部分だろうな」と思ったりして、漫画に対して感動することが増えました。
飼育員については、動物の見方がすごく変わりました。劇中、獣医師の石井(藤本泉)さんが、「動物園は、ただ動物を愛でに来る場所じゃない」と言うシーンがあるんです。動物園は命を感じる場所であり、人間のエゴを満たす場所ではないことを、飼育員の経験を通して知りました。動物園で働く人たちは、命というものに対して常に真摯に向き合っていますし、命を預かっている職業だから、強さみたいなものも感じました。
――佐藤さんが触れ合った中で、一番印象深い動物を挙げるなら?
佐藤:キリンです。わかっていたはずなんですけど、生で見たらとにかく「でかい!!」んですよ。あんなに大きいのに、鼻息を感じるくらい、すごく近くまできてくれることに感動しました。動物園で撮影をしていると、動物たちも慣れてくれるのか、なついてくれるようになるんです。例えば、僕が糞の片付けをしているとちらっと覗きにきてくれたり、近くにいると寄ってきて「ごはんちょうだい」と甘えてきたりして。そういうコミュニケーションを取ってくれた一番の動物がキリンでした。本当にかわいかったです。
――動物とのコミュニケーションは、撮影の経験を通してだいぶ上手になりましたか?
佐藤:ほとんどの動物がマーキングの習性を持っているので、逆に言えば、鼻がすごくきくんです。僕らの姿が見えなくても、いつも来ている飼育員とにおいが違うと、それだけで反応するようなデリケートな生き物なので。動物園の飼育員として携わったからこそ、もろい生き物であることを知れたので、とにかく動物を不安にさせないように意識しました。当たり前のことですけど、急な動作をしないとか、なるべくストレスを与えないようにとか。
――ところで、先日、アン・リー監督とも対談していただきました。「いつか」というハリウッドへの夢について、「こういう映画に出てみたい」などはありますか?
佐藤:たくさんあります! 僕、クリストファー・ノーラン監督の作品が大好きなんです。ノーラン監督の作品には常連俳優もいますけど、日本人やアジア人の起用も多いので、「いつかチャンスがあれば、オーディションを受けてみたい!」という夢は持っています。そのためにも、もっと英語を勉強して準備したいです。
――ノーラン監督の何が、それほど佐藤さんを惹きつけるんでしょう?
佐藤:僕、アメコミ? ?画が大好きで、もはや何周ずつか観ているほどで。これまでのスーパーヒーロー像といえば、格好よくて、強くて、勝ち上がっていく、というのがベースだったけれど、(ノーラン監督の『ダークナイト』では)あんなに人間っぽくて、生々しいヒーローの在り方でをしていて、初めて観た感じだったんです。悪党側の正義もありますし、様々な人間がいて、それぞれがぶつかり合うんだな、と思って。ステレオタイプではない描き方をしているから、惹かれているのかもしれないです。(取材・文=赤山恭子、撮影=映美)
映画『いのちスケッチ』は2019年11月15日(金)より、全国ロードショー(11月8日 福岡県先行ロードショー)。
出演:佐藤寛太、藤本泉、芹澤興人、須藤蓮 ほか
監督:瀬木直貴
脚本:作道雄
公式サイト:inochisketch.com
(C)
※2021年12月27日時点のVOD配信情報です。