超・難解映画『メメント』時系列を整理すると…?実は全てが存在しない?もう一つの“新解釈”とは?図解ありで徹底考察【ネタバレ解説】

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

クリストファー・ノーラン監督の『メメント』。一度じゃ理解しきれない超難解映画です。本記事では図解を用いて時系列を徹底分解することで、複雑な物語の構造を考察。また、実は全てが嘘?

『ダークナイト』(2008)、『インセプション』(2010)、『インターステラー』(2014)などの大ヒット作を次々に手がけ、名実ともにハリウッド・ナンバーワンのフィルムメーカーに上り詰めたクリストファー・ノーラン

彼のキャリアのターニング・ポイントになったのが、2000年に発表した『メメント』だ。時系列が逆向きに進行するという奇想天外な構成が評判を呼び、インディーズ映画として製作されたにも関わらず、公開3ヶ月後には全米興行成績ランキングで8位にランクイン。映画界にクリストファー・ノーランの名前を知らしめた。

しかしこの映画、トリッキーすぎる内容ゆえに“難解映画”と称されることも。という訳で今回は、『メメント』をネタバレ解説していきましょう。

映画『メメント』(2000)あらすじ

保険会社の調査員をしていたレナード(ガイ・ピアース)は、ある日強盗に襲われて妻を失ったうえ、犯人との格闘で頭部を損傷し、10分間しか記憶を保てない前向性健忘症を患ってしまう。復讐の鬼と化したレナードは、体中にタトゥーを彫って記憶を刻みながら、犯人探しを始める。果たして彼は犯人の正体を暴くことができるのだろうか?

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※以下、映画『メメント』のネタバレを含みます

弟のアイディアを元にして書かれた、世にも複雑怪奇なシナリオ

メメント』はクリストファーノーランの長編映画第2作だが、商業用映画として取り組んだ初めての作品と言っていいだろう。処女作の『フォロウィング』(1998)は完全なる自主映画で、友人たちと毎週土曜日に集まっては少しずつフィルムを回し、完成した作品をサンフランシスコ映画祭で上映したところ、ツァイストガイスト映画会社が配給権を買ってくれた、というラッキーなデビューだった。

趣味の映画製作ではなく、商業監督としての映画製作へ。それはなかなかに大きなプレッシャーであったことは想像に難くない。さるインタビューで、ノーランはこんなコメントを残している。

インタビュアー:
『バットマン ビギンズ』において、『インソムニア』の4500万ドルから製作費が三倍になったことについてお聞かせください。どれくらい重圧を感じましたか?

クリストファー・ノーラン:
(中略)私の場合、自分の服を来た友人やサンドイッチを作ってくれる母親と製作した『フォロウィング』の撮影と、他人の400万ドルを使い、何百人ものクルーを動員した『メメント』との違いのほうがずっと大きな飛躍でした。自分の身長よりも深いところで泳ぐこと学ぶということに似ています。
(ユリイカ2012年8月号 特集・クリストファー・ノーランより)

プレッシャーのかかる本格的な映画製作にあたって、ノーランは「時制が逆向きに進行していく」という、世にも複雑怪奇なシナリオを創り上げた。実はコレ、弟のジョナサン・ノーランが執筆した『Memento Mori』というプロットが元になっている。

「Memento Mori」とは「いつか必ず訪れる死を忘れるな」というラテン語の警句で、Memento(メメント)は「思い出せ」という意味。まさに映画の主題そのものだ。ノーランは『メメント』を演出するプロセスが、主人公の境遇と一緒だと述懐している。

奇妙な皮肉を感じるのは、自分が書いたメモを信頼しなければならない主人公の立場に、映画製作者として自分自身を見つけたからです。ちょっとばかげて聞こえますが、本当です。
(IndieWireインタビューより)

撮影監督には、特殊効果アーティストでもある才人マーク・ヴァーゴに白羽の矢が立った。しかし彼はスクリプトを読んでも内容がさっぱり分からなかったため、オファーを断る。代わって撮影監督となったのが、マーク・ヴァーゴのカメラ・オペレーターとして働いていたウォーリー・フィスター。彼はこの作品をきっかけにして以降のノーラン作品の撮影監督を務めることになる。実はウォーリー・フィスターも、「話が全く理解できなかった」と後年告白しているのだが。

時系列が逆向きの「カラーパート」と、時系列がそのままの「モノクロパート」

では改めて、『メメント』の構成を検証してみよう。この映画では、時系列が逆向きに進行する「カラーパート」と、時系列がそのまま進行する「モノクロパート」に分かれている。「カラーパート」と「モノクロパート」は順番に繋がっており、ある時点になるとそれが交わる、というトリッキーな物語構造になっている。

…と言っても何のこっちゃよく分からないと思うので、下記の図を参考していただきたい(筆者が一生懸命作りました!)。映画では「カラー22」、「モノクロ1」、「カラー21」、「モノクロ2」…という順番に進行するが、実際の時系列は「モノクロ1」、「モノクロ2」、「モノクロ3」、「モノクロ4」…という事になる。

ちょうど中間地点となる「モノクロ21」が「カラー1」へのブリッジとなっていて、映画のエンディングはここに該当する。そしてこの中間地点で、全ての謎が解き明かされる仕組みになっている。テディの説明によれば、

  • 妻が何者かに暴行されたとき、彼女はまだ生きていた(映画をよく見ると、死んだと思われた彼女の目が瞬きしているのがわかる)
  • 前向性健忘を患った夫との関係に疲れて自ら死を選んだのは、サミーの妻ではなくレナードの妻だった
  • レナードは精神病院に収容されていた
  • レナードはすでに1年前に“ジョン・G”を殺害していた。しかしその事実を忘れてしまい、すでに殺した“ジョン・G”に再び復讐しようとしていた

ということになる。いわばレナードは前向性健忘症の殺人鬼だったのだ。

クリストファー・ノーランが一貫して描く“時間の操作”

考えてみれば、クリストファー・ノーランは一貫して「時間をどう操るか」にこだわってきた映画作家といえる。『フォロウィング』はランダムに時系列がシャッフルされていたし、『インセプション』は夢の階層が深くなるごとに時間の経過も遅くなるという設定だった。

『インターステラー』では相対性理論に基づく時間の歪みが描かれ、『ダンケルク』に至っては「陸地」で描かれる1週間、「海」で描かれる1日、「空」で描かれる1時間の物語を並行して描くという荒技を繰り出している。

なぜ彼はここまで“時間”にこだわるのか?そのヒントは彼が嗜好する探偵小説にあるようだ。

インタビュアー:
あなたは長年にわたって探偵小説のファンだと聞きました。探偵小説は、フラッシュバックや時間の移行に関して様々な仕掛けを使っています。ノンリニアなストーリーテリングに対するあなたの趣味は、そこから来ているのですか?

クリストファー・ノーラン:
ええ、いくつかの影響があります。16歳のときに、グラハム・スウィフトの小説『ウォーターランド』を読みました。そこには並行的時間操作に注いて驚くべきことがなされており、異なった次元において極めて明快なストーリーが語られていたのです。
(ユリイカ2012年8月号 特集・クリストファー・ノーランより)

寸断された時間を、メビウスの輪のごとく円環構造に収めてしまう『メメント』の手法は、まさに「並行的時間操作」の極みといえるだろう。映画とは、煎じ詰めればモンタージュの芸術。それを今、最もアヴァンギャルドな形で実践しているのが、クリストファー・ノーランなのだ。

『インセプション』がヒントに?『メメント』もう一つの解釈

「大切な記憶ではなく記録である」という信念のもと、レナードは事実をポラロイドで写真に撮り、メモを取り、タトゥーを己の体に刻む。しかし、彼は都合のいい事実だけを取捨選択しているだけで、事実を改ざんしていた。自分の“探偵ごっこ”を続けるために。レナードは観客をミスリードさせる、典型的な“信頼できない語り手”だ。

“信頼できない”のは、テディも一緒。彼は警官でありながら、ジミーの20万ドル目当てにレナードを上手く操って漁夫の利を得ようとする。親身になってレナードの手助けをするナタリーも、実は麻薬がらみでドッドから脅されており、彼を利用してドッドを殺害しようと企んでいる。モーテルの管理人さえ、レナードの前向性健忘症をいいことに、2部屋ぶんの宿泊料をせしめようとしていた。この映画、登場人物はぜーんぶ信用できない奴ばっか、なのである!

しかし筆者は、もう一つの可能性を指摘しておきたい。それは、そもそも映画に登場する人物は全て存在しない、という可能性だ。

映画に一瞬映し出されるテディの運転免許証には、「有効期限 02-29-01」と記載されている。2001年2月29日はうるう年ではないため、実際には存在しない日にちだ。さらに運転免許証の住所には、実際のサンフランシスコの郵便番号にはない「94181」との記載がある。

なぜテディはこんな嘘だらけの免許証を所持していたのだろうか? それはすなわち、彼が存在しない人物という証明ではないだろうか? テディの本名はジョン・ギャメル、すなわち“ジョン・G”。この響きは、名無しの権兵衛を意味する“ジョン・ドゥ”を思わせる。そこから推論を進めると、

レナードは精神病院に入院していたことが明かされるが、実はまだ彼は入院していて、映画の中で描かれていること全てはレナードの空想なのではないだろうか?

自分が妻を死に追いやったことを受け止めきれず、この世に存在しない“ジョン・G”への復讐を、ただ夢想しているだけではないだろうか?

これは筆者の浅薄な妄想かもしれない。しかし、かつてクリストファー・ノーランは、現実と夢がごちゃ混ぜになったような、そんな映画を撮っていなかっただろうか?『インセプション』と名付けられたフィルムで。

もしレナードが、『インセプション』のエンディングと同じようにコマを回したらば、そのコマは回り続けるのか、それともやがて止まるのか。その正解は世界でただ一人、クリストファー・ノーランが知るのみである。

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※2020年5月23日時点の情報です。

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  • kanamin
    -
    すごー、、、!
  • Lazy
    -
    2024年⑭ おもしれえー!!!!!!!! どんどん繋がって、どんどん塗り替えられていく様子が、怖くも興味深くもあり、 とても面白い
  • YuaTanaka
    3.8
    難しい
  • ラッコ
    3.6
    1度観ただけでは意味が分からず、2度目、3度目で新たな発見・理解があり、どんどん作品にハマっていく。まさにその部類の映画だと思う。 個人的によほど大好きな作品でもない限り、何度も視聴することは無いため、感想としては没入感は凄いがそもそも内容が難しい。というシンプルな感想に落ち着きました。 全てのシーンに意味があるではないかと思いながら観るので飽きは全くありません! というかストーリー難解すぎるよな😂 サニー夫妻の注射を難度も刺すあのシーン、この病のホラーな部分を表現するのにドンピシャで、奥さんの夫に対する切なすぎる愛を 感じ忘れられないシーンになりました。
  • ryosuke
    3.7
     このテクニカルな構成をどう評価するかが全ての映画だが、個人的には、どうも映画の生理に反しているように思え、『フォロウィング』に引き続き、初期ノーランは肌に合わないことを確認した。メインのカラーパートのシーンを逆順に並べるというアイデアについては、音と映像で時空間の連続性を紡ぎながらリズムを生み出していくという映画の基本原則にそぐわず、物語のドライブ感を減じているように思う。  当然、釈然としないままに観客を放置する時間も通常の構成より長くなるわけだが、観客に作品の時間の流れを強要する映画というメディアでこれをすることは適切なのだろうか。クライマックスで言葉で一気に説明せざるを得ない部分も出てくるし......。まあこれが『フォロウィング』に始まり『テネット』まで続いているノーランの一つの妄執なのだろう。  『フォロウィング』はロジックのみが存在し、印象に残るカットが皆無であったことも不満であったのだが、本作も基本的にそれは変わりがない。もっとも、侵入者に勢いよく殴り倒された主人公が、半透明の膜に包まれた死にゆく(とその時点では思われた)妻と互い違いの形になる俯瞰ショットは良いキメのカットだった。  まあ好みではないし、全容も理解できていないのだが、ナタリーが主人公を挑発して手を出させるとき、予感されていた企みが起動した瞬間などやはり面白いし、この過剰な陰謀と自己欺瞞の物語は非凡なものだとは思う。ラストシーンでカッと目を開け「開き直ってしまう」主人公の突き抜け方もどこか空恐ろしいものがある。映画の終着点において、その主人公が、これまで上映してきた物語世界の創造主に成り変わってしまうのだから。
メメント
のレビュー(137026件)