岩井俊二監督が生み出す「現実を超える美しい現実世界」を体感できる作品選

映画と現実を行ったり来たり

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岩井俊二監督、映画好きの方はもちろんご存知だと思いますが、あまり映画を観ないという方でも名前は聞いた事があるのではないでしょうか。

筆者がこの監督の作品に出会ったのは今から15年前、2001年の事、当時の衝撃は未だに鮮明に記憶しています。

あれから15年、彼の生み出す作品は、常に【現実を超える美しい現実世界】を観るものに強く、そして優しく提示しているように感じます。

そこで今回は岩井俊二監督が生み出す作品の魅力をいくつかの公開作品、公開予定作品と絡めてご紹介します。

『花とアリス』〜光と色、音楽に彩られた柔らかな青春の日々〜

花とアリス

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まず一番におすすめしたいのがこちらの作品。

主人公は鈴木杏演じること荒井花蒼井優演じるアリスこと有栖川徹子が手塚高校に入学し、学生生活を通じて花が恋した郭智博演じる宮本先輩を巡る3角関係を描いた青春映画です。

もともとネット配信された3章の短編映画を元に制作された長編作品なのですが、花とアリス、切り取られた二人の日常はすぐ隣町で本当に起こっているようなありふれた設定でありながらもシーン1つ1つが丁寧に描かれ、まるで写真集のページをめくっているかのような目を見張る美しさの連続なのです!

この作品は、私たちが生きるありふれた日常がいかに喜びや愛に溢れた美しいものであるかを教えてくれます。

観賞後はきっといつもの風景が少し違って感じられるはずです!

またこの作品でもう1点注目してほしい要素は劇中に流れる音楽です。これらの音楽は監督自らが作曲しており、作品の世界感をより繊細で神秘的なものへと昇華させる要素の1つとして大きく作用しています。

多感な時期を過ごす少女の心の動きをそのまま音にしたような音楽に、ぜひとも注目してみてください。

【YOUTUBE:花とアリスオリジナルサウンドトラック】

さらにこの作品が公開された11年後、2015年2月に前日譚となる関連作品『花とアリス殺人事件』が長編アニメーションで公開されています。

花とアリス殺人事件

主人公の二人の声を15年前と同じ配役で鈴木杏蒼井優が演じています。その他キャストの配役にも注目してみてください。

プレスコの手法を用いて制作されているため、声が軸になるようなアニメーションの動きと、3DCGによる印象的な絵作りと色合いに監督のこだわりと挑戦を感じる作品です。こちらも合わせて観るのがおすすめです。

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『スワロウテイル』〜美しい映画世界が現実世界に与える影響力〜

スワロウテイル

次におすすめしたいのが1996年に公開された『スワロウテイル』です。日本の円が世界で一番強いとされた架空の時代の日本【円街(イェン•タウン)】に住み着いた海外違法労働者【円盗(イェン•タウン)】の物語です。

この作品で岩井俊二監督は日本と中国中東の文化と人種が混じり合う荒廃した町という架空の設定を生み出しました。それを映像化するための美術を手がけたのが、近年タランティーノ監督作品『ヘイトフルエイト』で美術監督も務めた、今世界的に注目される美術監督の種田陽平なのです。

またCHARA演じるグリコが劇中で所属するYEN TOWN BAND、このバンドが物語の登場人物名義でアルバムを販売し、異例のオリコンチャート1位を獲得したことも大きな話題となり、これまで様々なアーティストがカバーしています。

監督の頭の中に生まれた現実とは全く異なる新しい世界が、実際の現実世界にまで大きな影響を与えたこの作品、まだ観たことの無い人は是非観てみてください。

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他にも岩井俊二監督は映画業界において様々な形で活躍しています。エヴァンゲリヲンシリーズで有名な庵野秀明監督の『式日』に俳優として参加していたり、プロデューサーとしても活動しています。

式日

『リップヴァンウインクルの花嫁』(3/26公開)〜岩井俊二が原作、監督、脚本を手がけ、現代社会の光と闇を描く〜

リップ

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そんな多彩な岩井俊二監督が2015年12月に発売した小説『リップヴァンウインクルの花嫁』岩井俊二監督自身が脚本、監督を勤め、来たる2016年3月26日に公開となります!

今回の作品は現代社会が抱える深い闇に焦点を当てつつも、人間と人間の愛のつながりを表現した小説の映画化です。

岩井俊二監督自身が現代社会の光と闇、繊細過ぎる心を持った登場人物達の不思議な繋がりをどう映像化し、提示するのかがとても興味深い作品です!

俳優陣は今をときめく黒木華綾野剛、そしてCoccoが演じる役どころが物語のキーパーソンとなるのではないでしょうか。3/26の公開がとても楽しみです。

上記のように、岩井俊二監督がこれまで生み出してきた作品から共通して感じる【現実を超える美しい現実世界】。

彼は作品のなかで実際の現実世界で生きる私たちがつい見過ごしてしまう日々の光、音、色を、彼独自の視点と感性で切り取り、細部にまでこだわって映像化しています。その世界はあたかもすぐそこにある現実であるかのようにリアルでありながら、日々の美しさ、人々の優しさが少しだけクローズアップされているのです

私たちの現実は単調な毎日の繰り返し。とはいえ映画のように余韻を残してエンドロールにすることはできません。だからこそ、今私たちが生きる世界の延長線上に、少しだけ付加価値を与えてくれる、そしてこの世界の美しさや優しさに気付くきっかけを与えてくれるような作品に出会えることはとても素敵な体験だと思います。

これから岩井俊二監督作品に出会う皆様が日々の現実にすこしだけ美しい、優しい要素をプラスして感じられますように。是非岩井俊二監督作品を体感してみてくださいね。

 

※2021年1月30日時点のVOD配信情報です。

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    女のロマンはこれか阿佐ヶ谷姉妹。
  • みょん
    3.2
    なんか黒木華ってこういう役多い 幸せになってくれ 登場人物のほとんどがちょいちょいおや?って感じの人 最後のシーンとか頭おかしいよー
  • まちゃん
    -
    序盤の展開で気分が悪くなってリタイアしかけた 綾野剛さいごまでこわい おうたのしーんとちゅーするしーん、大変よかった。黒木華がこんなにえっちな使われかたをしていていいのかと叫びたくなりました。真白とふたりでピアノ弾いてるとこ、絶対猫ふんじゃったでかわいいだった 七海の純粋さと優しさは殆ど自滅のそれに近くて、良い子だなでは終われなかった
  • mari
    4.2
    黒木華さんが本当にハマり役。 七海は、心が綺麗なんだと思った。
  • hermit_psyche
    4
    岩井俊二のフィルモグラフィーの中でも、とりわけ現代社会における関係性の虚構と自己の希薄化を徹底して可視化した作品であり、その背景にある構造を読み解くと、単なる女性の成長譚や孤独の物語では到底回収しきれない、より深層的な社会批評と存在論的問いが浮かび上がってくる。 まず本作の背景にあるのは、SNSやインターネットによって媒介された関係性が日常化した社会である。 主人公・七海は、現実の人間関係において主体的な選択を行う力をほとんど持たず、むしろ外部から与えられる役割に従属することでしか自己を維持できない存在として描かれている。 ここで重要なのは、彼女が騙されやすい人物であるという心理的特徴ではなく、自分自身を規定する内的基準を持たないことにある。 この欠如が、彼女をして、SNS上で知り合った相手との結婚や、偽装家族、さらには疑似的な友情へと無批判に接続させていく。 つまりこの作品の舞台装置としてのインターネットは、単なる便利なツールではなく、自己の輪郭を外部に委ねる構造を象徴している。 次に注目すべきは、安室というキャラクターの存在である。 彼は便利屋として、結婚式の代理出席者を用意したり、偽の関係性を構築したりする役割を担うが、この人物は単なるトリックスターではない。 むしろ彼は、現代社会における関係性の商品化の体現者であり、あらゆる人間関係が交換可能なサービスへと変換され得ることを示している。 ここで描かれているのは、家族、友人、恋人といった本来は固有性を持つべき関係が、演じられるものとして流通してしまう現実である。 つまり本作は、人間関係の本質がすでに演技と差異のつかない地点にまで後退しているという冷徹な認識を提示している。 しかし、この作品が単なる虚無的な社会批評に留まらないのは、終盤にかけて展開される里中真白との関係性にある。 真白は七海と同様に社会的には周縁に位置する存在でありながら、決定的に異なる点として自らの在り方を演じることを引き受けている人物として描かれる。 彼女は自己の虚構性を自覚しつつ、それでもなお他者との関係を肯定しようとする。 この差異が、七海にとっての転回点となる。 つまり七海は、他者に与えられる役割を受動的に引き受ける段階から、自分が演じることを選び取るという段階へと移行するのである。 ここで重要なのは、本作が本当の自分への回帰を一切提示しない点である。 多くの物語が内面的な真実や純粋な自己の発見を救済として描くのに対し、本作はむしろそのような本質主義を否定する。 七海が最終的に辿り着くのは、自己とはもともと演じられるものであり、その演技を引き受けることこそが主体性であるという認識である。 この点において本作は、近代的な主体概念を解体し、ポストモダン的な自己理解へと踏み込んでいる。 さらに象徴的なのがタイトルに含まれるリップヴァンウィンクルというモチーフである。 これはリップ・ヴァン・ウィンクルに由来し、長い眠りから覚めたときに世界が変わっているという寓話的構造を持つが、本作においては逆転している。 すなわち、世界が変わるのではなく、目覚めるべき主体そのものが最初から不在であるという事態が描かれている。 七海は覚醒するのではなく、むしろ覚醒という物語そのものが幻想であることを体験する。 このように整理すると、本作の真意は、現代においては、もはや真正な関係性や純粋な自己は存在しないという認識を出発点としつつ、それでもなお人は他者と関わらざるを得ないという条件の中で、虚構を引き受ける倫理を模索することにあると言える。 これは単なる諦念ではなく、むしろ積極的な選択としての虚構の肯定である。 すなわち、人間関係が演技であるならば、その演技をいかに誠実に遂行するかが問題となるのであり、そこにこそ新たな意味での主体性が立ち上がる。 最終的にこの作品は、本物か偽物かという二項対立を無効化し、生きるとは演じることであり、演じることの中にしか他者との接続は存在しないという、極めてラディカルな命題に到達する。 そしてその命題は、現代社会において多くの人が無意識に抱えている違和感——すなわち自分の人生がどこか借り物のように感じられる感覚——を、逃げることなく正面から引き受けるための、一つの思考の枠組みを提示しているのである。
リップヴァンウィンクルの花嫁
のレビュー(60328件)