橋口亮輔監督が語る『ぐるりのこと。』から『恋人たち』までの7年間の思いとは?

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数多くの映画賞を授賞した『ぐるりのこと。』から7年。

絶賛公開中の新作『恋人たち』では第89回キネマ旬報ベスト・テン第1位授賞、多数の賞に輝いた橋口亮輔監督。最新エッセイ書籍 『まっすぐ』の刊行を記念して橋口亮輔監督トークショー&サイン会が、2016年3月25日(金)に代官山 蔦屋書店で行われました。 本書についてのことはもちろん、橋口監督の映画作品や監督自身の人生を読み解く貴重な夜となりました。

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最新エッセイ書籍『まっすぐ』は、7年の沈黙をやぶり新作『恋人たち』を発表した橋口亮輔監督による、2013年3月からweb連載している内容を再編集したエッセイ集です。この日のトークイベントは2008年に製作された『ぐるりのこと。』のその後から2015年公開作品『恋人たち』のプロデューサーとの出会いまでの話からスタートしました。

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橋口亮輔監督(以下橋口監督):
ぐるりのこと。』撮影後の7年間本当にさまざまなことがありました。まるで『恋人たち』の主人公・アツシのように悪いことの連続で、その時は映画を撮ること自体がバカバカしく思えてしまい仕事も手につかない状態になりました。そして、それまでは文章を書くことが得意な方だったのですが精神的にも疲弊してしまい文章が組み立てられず、簡単なメールすら打てないくらいまで陥っていました。
その人生のどん底の時に『恋人たち』のプロデューサーである深田誠剛さんが毎日私の家に「橋口さん映画を作りましょうよ」と辛抱強く通いつめてくれたことで少しづつ立ち直っていき、復帰するきっかけとなりました。本当に彼には救われました。

『恋人たち』が生まれるきっかけとなったワークショップ

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少しずつどん底から立ち直っていった橋口監督。深田さんに「映画をすぐに作るのは無理かもしれないでしょうけどまずワークショップやりましょうよ」と言われ、その言葉をきっかけにワークショップ企画を立ち上げました。その1回目は『ぐるりのこと。』をテーマにした演技ワークショップ。若手俳優、舞台人、映画人、学生、演技未経験者など多彩な面々が参加しましたが、その中に『恋人たち』に登場する篠原篤さんや成嶋瞳子さんが参加していたそうです。

橋口監督:
自分ではすごく心が動かされた、感動した!ということをそのまま撮ってるはずなのに人には伝わらない。 ”私”と”あなた”という距離を埋めるのが”表現”なんだということに17歳で気づき、それをずっとやり続けてきました。 そんな人間が『ぐるりのこと。』の後、人にものを伝えるって意味がないことだと悲観にくれていました。
しかし、このワークショップ企画を通して「やっぱり人にものを伝えるって意味があることなんだ」「伝えたことによって美しいもの、面白いものが返ってくるんだ」ということに再び気付かされました。 この企画をきっかけにもう一度映画が撮れるかな。もう一度を演出やれるかなと思うようになりました 。

リハビリとしてはじめたWEB連載

少しずつ表現することに前向きになってきた時に映画界往年の巨匠・木下恵介監督の名作『二十四の瞳』Blu-rayの予告編を依頼され、そこでの出会いがこのエッセイをうむこととなります。

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橋口監督:
二十四の瞳』Blu-rayの予告編や特別映像の制作の依頼は名作中の名作である作品の話で本当に荷が重いと感じました。ただこの時はとにかく目の前の仕事をやってこっぱみじんになった自分の自信を取り戻さなければいけないと思い、お話を受けました。
ある時、『二十四の瞳』の特典映像の撮影のために小豆島に行き、田中裕子主演版『二十四の瞳』のオープンセットがそのまま残っている二十四の瞳映画村という場所を訪れました。そこの館長さんがとても良い方で、身の上話をしていくうちに「映画村のホームページでエッセイの連載しませんか?」という話をいただいたのがこのエッセイのきっかけです。

その当時はメールの文章も書けないくらい自信喪失していた橋口監督。連載の文字数は2000字ほど。普段の橋口監督であればネタさえ決まっていれば一時間でかけるような文字量が第1回目の文章を書けるまでに1か月かかったそうです。

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橋口監督:
『まっすぐ』の文章はもう一度台本を書けるようになるまでのリハビリだと思ってはじめさせてもらいました。「こういうことが書けた!」「少し面白いことが書けた」というように毎月の連載が本当にリハビリになっていました。

橋口監督にとっての『まっすぐ』な思い

橋口監督にとって『まっすぐ』の連載はリハビリとしてはじめた連載ですが連載を続けていくうちにさまざまな思いが芽生えたそうです。

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橋口監督:
いろいろなことがあった7年間を踏まえて「もう自分の人生を他の誰にも汚されたくない、踏みつけられたくない」「嘘、偽りを書きたくない」と思うようになりました。その内容をそのまま書き記すと暗くなってしまいますので、読んだ人が嫌な気持ちになる文章にはしたくないという思いもありました。
ものを伝える側は「不幸の手紙」みたいなものを絶対に作ってはいけないと昔から思っています。これを読んだ人が嫌なものを受け取らない連載にしよう、そして自分の人生にはネガティブなことだけではなく、美しく、楽しい側面もあったはず、それをずっと書いていこうと思い連載を続けました。
ただ、”世の中は善意で溢れている”みたいな綺麗事を並べた嘘くさい文章にはならないよう、本当の自分のこと綴った「まっすぐ」な文章になったらなと思って作っていきました。

 

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最後に橋口監督は今回の書籍と映画への思いについて語ってくださいました。

橋口監督:
今回の『まっすぐ』は出版担当者の方が「『ぐるりのこと。』と『恋人たち』 の空白の7年間を結ぶいいテキストになると思うんです」と連絡をくださったことで、書籍化が実現しました。
自分の中では力を入れて書こうと続けた連載が今回一冊の本となり、またこれからも頑張って書いていこうという思いにつながりました。
そして、全部は説明しきれていませんがこの本を読んで「映画のあの場面は不器用な監督がいろんな思いがあってこういう風に撮ったんだな。もう一回映画を見てみようかな。」というふうに文章を読んでまた映画へと循環するようになればいいなと思っています。

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トークショー終了後には質問タイムやサイン会が開催され、監督は丁寧にサインや握手、写真撮影に対応。監督自身のまっすぐな人柄が滲み出たイベントとなりました。一つひとつの日常を積み重ね、素直に、真摯に現実と向きあい表現を続ける橋口監督に今後もますます目が離せません。

 

(取材・文・撮影 / 鸙野茜)

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  • けーはち
    3.6
    「恋人」は現代語では相思相愛の相手だが古くは片想いも含む言葉(英題: Three Stories of LoveでLoversではない)。妻を殺された土木作業員、不倫するパートの主婦、親友に恋するゲイの弁護士と、3人の報われない3つの変わり種恋愛群像劇。2015年の映画として2020年五輪招致に向けた空騒ぎが始まり、水素水(をイメージした美容水に劇中ではなっている)の怪しいマルチ商法が流行っている世相で、妻が殺害され民事訴訟で首が回らず行き詰まった状況で自殺しようにも度胸がなくカミソリでサッサッと軽く腕を撫でるだけの男性、中年になっても小説や漫画を書いて理想の王子様に憧れる乙女のような女性、近くに居ながら気持ちを打ち明けられない大好きな親友の頭の影をなぞるゲイ……虚しさや悲しさの中にフッと失笑するような諧謔を散りばめながら、悲惨な絶望の中でも営々と続く明日を生きよう、取り敢えず前に進もうとする人生の一端を切り取るような生々しい筆致に魅せられる。
  • たかいりょう
    3.7
    恋人たち?てか、 可哀想な人たち、だね・・・ 不器用な人たち、でもいいけど。 可哀想トリップにすごく引き込まれた。 けど、あいつ何で最後あんな明るくなってたの🤔?
  • ゆまゆめ
    3.5
    評価が良くて鑑賞。 出てくる俳優さん達や ストーリーなどに派手さは無いけど 闇を抱えている人達や そこら辺にいそうな 普通の人の闇の部分などを 分かりやすく上手く描いてるなぁと思いました。 主演の篠原篤 この作品でたくさんの賞をもらってるんやね〜 演技が上手くて引き込まれた!
  • つん
    4.3
    いや、きっつーー!! きついけど、めちゃくちゃ見応えあった。 篠原篤さんが好きなので観てみたら、とんでもない映画だった。 若い頃観てたらわかんないだろうな。 橋口さん、すごい脚本書くわ…いやこれは誰にでも薦めるような内容じゃないけど、観て欲しい人いるな。 キャラクター設定が見事。 生きてくのって大変。 どうして自分が人間を好きじゃないかが凝縮されてた。 観てる間、ずっとドキドキして、心が不安で仕方ない。 会社の上司と事務員さん(とお母さん)みたいな人が救いだね。 その一言とか、その人に出会えてるかどうかで人生ぐっと変わってしまいそう。 楽しい時に一緒にいてくれる人はたくさんいるけど、大切なのは本当に大変な時に寄り添ってくれる人だね。 一人でもそんな人がいれば、なんとか生きられるのかな。 見終わってもなんか心に影を落とすな。 演技とか役者って、本物はこういうのなんだなと思いました。
  • otomisan
    3.5
     心ここにあらぬうちに人を殺してしまったら民事でも敗けはしない?  アツシ君は弁護士4人に断られて、5人目でやっと取り合ってもらったら、今度は弁護士都合「辛くなっちゃう」のでキャンセルを食らう。公的保険の払いも止めて貢いできたのに弁護士料、時間5万円は返してくれるんだろうか?誰もそんな疑問をもって加勢してくれるやつがいないのか?  このように、アツシ君には妻を殺した通り魔男、役場の胸先三寸職員、つらい弁護士と仇が増えて次は誰だろう?職場の先輩は殺したらもうこうして話もできないだろ、というがどうなんだ?余計なお世話だぜとこの人で4人目となるのか?  アツシ君のほか、倦怠気味な夫婦関係と木野花似の姑にギスギスしたパート先を持つ主婦の危ないよろめき話が出て来て、更に、つらい弁護士まで同性愛に関わる悩みを打ち明けてくるのが鬱陶し気で、アツシ君にどう絡むのか謎めいたまま終わるから不思議だ。  自分も含め誰も殺せそうにないアツシ君の失意の中、グラウンドレベル以下、高速のフタの隙間から見上げる日々の青空が何の意味を担っているのだろう。左翼活動の火薬扱いの失敗で左手をなくした先輩が殺すなと諭すのも何の役に立つのだろう。ついでに、つらい弁護士もセレブな女子アナから温かい心情を誤解されて、愛を失い続ける我が身の拙さにでも気付くのだろうか?それでアツシ君の事でも思い出すというのだろうか?  とうとう主婦だけ夫婦の事は夫婦任せにして、なるようになるさと放り出された感じがあまり腹立たしくないのはなぜだ?
恋人たち
のレビュー(10667件)