【ネタバレ解説】『レヴェナント 蘇えりし者』ディカプリオにオスカーを与えた“苦難”

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侍功夫

レオナルド・ディカプリオに祈願のアカデミー賞主演男優賞をもたらしたレヴェナント 蘇えりし者

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監督は本作で2年連続のアカデミー賞監督賞に輝いたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥだ。前作バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)では全編ほぼワンカットという技巧を凝らした作りで、内容も一筋縄ではいかないものだった(コチラも参照)。しかし、この新作では壮麗で険しい大自然でのサバイバルが描かれ、壮烈なダイナミズムと激しいアクションが問答無用に迫ってくる作品である。とはいえ、腐ってもイニャリトゥ。人を困惑させる場面には事欠かない。

そこで、本作の基本的な解釈のようなものを書いてみる。オチがどうこうといった映画では無いが、ラストについても解説してあるので、まずは鑑賞をオススメする。

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実録「クマに襲われたけど帰ってきた男」

タイトルの「レヴェナント(revenant)」とは「幽鬼/幽霊」を意味している。ただ、生きている人に対して使う場合には「長い不在から帰ってきた人」を指すので「どこか遠くへ行ってしまった人が、ずいぶん変わって帰ってきた」というニュアンスになるだろう。

本作の場合はもちろんディカプリオが演じたヒュー・グラスを指し「死んだと思っていたヒュー・グラスが“あの世”から蘇えって、ずいぶん変わった雰囲気になった。」という意味になる。

実は、この『レヴェナント 蘇えりし者』は19世紀初頭のアメリカ北西部で、実際にクマに襲われ重傷を負いながら一命を取りとめ、しかし介添え人2人の裏切りで置き去りにされたものの、自力で戻ってきた男「ヒュー・グラス」をモデルにした映画である。

元になったエピソードは様々な形で150年以上アメリカで連綿と語り継がれてきたポピュラーな冒険譚で、日本で言えば伊能忠敬や忠臣蔵のような存在だと言えるだろう。

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ヒュー・グラスの物語を掲載した1922年の新聞。
(出典 : https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hugh_Glass_News_Article.jpg

バイソンの頭蓋骨の山が示す意味

『レヴェナント 蘇えりし者』の原作は作家マイケル・パンクがヒュー・グラスの実話を元にして描いた、あくまでフィクション小説だが、比較的史実に忠実な物語になっている。

ただ、映像化された本作には宙に浮く妻に見つめられる場面などマジック・リアリズム的な表現を得意とするイニャリトゥ監督らしい、美しく幻想的な場面も多くある。中でも、堆く積まれたアメリカン・バイソンの頭蓋骨の山が禍々しく印象的だ。

しかし、この場面は史実通りである。

コロンブスがアメリカ大陸を発見し、ヨーロッパ各国から入植者が移住し始めた頃からすでに、アメリカ先住民族「インディアン」は“狩り”の対象であった。インディアン側も住みなれた地の利と勇猛果敢な精神とで反撃。この戦いは「インディアン戦争」とは呼ばれているが、ありていに言って入植者たちによるインディアンのジェノサイドだった。

その“戦争”の中で、入植者たちはインディアンの食料を絶つためにバイソンの大虐殺を行う。その結果、1890年頃にはバイソンは1,000頭以下まで激減してしまう。劇中に登場する、あの頭蓋骨の山は当時の実際の風景なのである。

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実際の19世紀アメリカで撮影されたバイソンの頭蓋骨の山。
(出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bison_skull_pile-restored.jpg

映画劇中の、あの風景はアメリカ大陸に移住してきたヒュー・グラスを含めた全ての入植者が罪深い悪人ではなかろうか? と、観客に問いかけるのだ。

ヒュー・グラスの因果と朽ち果てた教会

レヴェナント:蘇えりし者

直接手を下してはいなくとも、インディアンたちを殺すためにバイソンの虐殺をした入植者の一人でもあるヒュー・グラスは、まずクマに襲われ、重傷を負った引け目からフィッツジェラルドに委託する形で自殺を決意したとたん、息子を殺され、自分は生きたまま埋められてしまう。復讐を誓って隊へ戻ろうとすると、大自然と向き合うこととなり、熾烈なサバイバルをするハメになる。

つまり、キリスト教的な罪を犯そうとすると、とたんに災難が立ちはだかるのだ。

また、重傷を負い朦朧とする中、壁くらいしか残っていない朽ち果てた廃墟で死んだハズの息子との邂逅を幻視する場面がある。キリスト受難の画が描かれ、鐘が残っていることから教会であることがかろうじて解る。この朽ちた教会は、ヒュー・グラスが数々の受難で失いかけているキリスト教への信心の象徴だろう。旧約聖書のヨブ記で神から理不尽とも思えるさまざまな苦難を与えられ、神に悪態をつきまくるヨブじいさんの心象と同じだ。

復讐するは我にあり

本作で繰り返し登場し、ラスト近くでも印象的に語られる言葉がある。

Revenge is in God’s hands. Not mine.

直訳すると「復讐は神に委ねられた。私にではない。」となるが、これは宗教的に有名な一節「復讐するは我にあり」のことだろう。この言葉の出自は様々あるが、一番有名なのはキリスト教研究者のパウロが、迫害を受けるローマのキリスト教信者に対して送った手紙(新約聖書:ロマ書)の一節だ。

この一節をカンタンに意訳すると以下の様になる。

「ローマの愛すべきキリスト教信者のみなさん。自分で復讐をしようと考えないでください。神様は「復讐は私の仕事だ。」と言っています。もしも、あなたの敵がお腹を減らしていたら、食べ物を上げてください。そうすることで、あなたは敵の頭の上に燃える炭火を置くことになるのです。」

これらを踏まえてラストシーンを鑑みれば、グラスの決断の意味が解るだろう。

「息をしろ。できるだけ長く。」

『レヴェナント 蘇えりし者』はヒュー・グラスが妻から言われた言葉を回想する場面から始まる。

「息をしろ。できるだけ長く。抗ってでも息を続けろ。嵐が来たときの大きな木を思え。細い枝は折れるかもしれない。しかし、太い幹は動かず立ち続けている。」

ここで語られる「息」とはもちろん生きるための呼吸のことだが、同時に「信心」のことでもある。人間生きていれば辛い目にも会う。精神的、肉体的に傷つくこともある。そんな時でも、しっかりと息を続け信心を保ち、生き続けよ。という意味になるだろう。

ヒュー・グラスは過酷なサバイバルを「復讐を遂げてやる!」という一心で乗り越える。しかし、実際に復讐を遂げてしまえば、すなわちキリスト教的禁忌を犯し、信心は捨てることになる。家族を失った上に、信心まで捨ててしまえばヒュー・グラスには何も残らない。それは精神的に「息」を止めることになる。

レヴェナント:蘇えりし者

映画終盤、フィッツジェラルドからナイフを奪い、あとは刺し殺すだけとなったヒュー・グラスは自分たちがアリカラ族の一団に囲まれていることに気付く。

万事休す。進退窮まり、どうすることも出来ない状況の中で「あぁ、こうなっちゃったら私がどうこうするという事態では無くなってしまった。正に「復讐するは我にあり」で、神様がどうなさるか次第だな!」という境地にいたり、フィッツジェラルドを川に流すのである。

アリカラ族はフィッツジェラルドの頭の皮をはいで殺し、死を覚悟していたヒュー・グラスは見逃される。何故なら、彼がいきがかり上助けた形になったインディアンの娘がアリカラ族族長の娘だったからだ。

ここで、ヒュー・グラスの因果の輪がクルリと閉じるのだ。

『レヴェナント 蘇えりし者』が描いたもの

本作に度々登場するキリスト教のモチーフや台詞から、宗教的な意味を想像しそうだが、例えば「復讐してはいけません」とか「自殺はいけません」といった教えはキリスト教のみならず、ユダヤ教にもイスラム教にも、『論語』や『老子道徳経』にもある、極めて普遍的な教えだ。

また、「復讐するは我にあり」への言及から「悪いことをすれば神の力で報いを受ける」といった神秘的なパワーによる報復をイメージするかもしれないが「恨みを買うような行動をする人は、酷い目に会いがち」という「悪いことした人あるある」でしかない。

本作で最も時間をかけて描写されるのは、残酷で厳しくも美しく壮大な自然である。時にヒュー・グラスを襲い、痛めつけ。時に空腹を癒し、寒さをしのがせもする“自然”は「計り知れない神の御心」といった神秘体験のように思えるかもしれないが「冬は寒い」とか「肉や魚は食べられる」という、当たり前の光景でもある。

『レヴェナント 蘇えりし者』は、「森の中では火を焚いて寒さを凌ごう」とか「川に仕掛けを置くと魚が取れる」といった「自然の法則」に則ったサバイバル術と並列に、「復讐しても辛い思いは消えない」とか「自殺とは自分が愛する人を傷つける行為だ」といった宗教的な教えもまた「自然の法則」に則ったのサバイバル術なのだと描く。

そして、映画というものは描かれた状況が過酷であればあるほど、観客が喜ぶという「自然の法則」を持っている。ホカホカしたフトンに包まって幸せそうに寝ている人がスクリーンに映っても面白くも何ともない。

冬の冷たい川に流され、ベジタリアンなのに生のレバーや魚にかぶりつき、目の前で子供を殺された父親を9ヶ月に渡って演じ続けたディカプリオが、最も晴れやかな賞を受けたのもまた「自然の法則」なのである。

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※2020年8月6日時点のVOD配信情報です。

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