【映画が誕生して120年】当初の映画って知ってる?奥が深い初期映画の魅力とは

俺は木こりだいい男よく眠りよく働く

谷越カニ

映画が誕生して今年で120年になります。1895年にリュミエール兄弟が発明した撮影・映写の複合機シネマトグラフが話題を呼び、紆余曲折を経て今日に至るわけです。

これほど長い歴史があるわけですが、初期の映画と聞いた時どんな作品をイメージするでしょうか?

例えば多くの人が連想するであろうチャップリン。彼の初主演作は1915年公開で、それでも映画が誕生してから既に20年も経っています。映画が生まれた頃の映画はいったいどのようなものだったのか、どのような経緯でチャップリンが誕生したのか…気になりませんか?

そこで今回は映画の生みの親・リュミエール兄弟の映画を実際にとりあげながら、いわゆる初期映画の特徴を紹介します。

リュミエール兄弟の映画 これ、映画?

では、リュミエール兄弟の作品の中で最も有名な3作品を見てみましょう。

1.『工場の出口』(1895年)

世界初の実写映画です。映画はここから始まった!…今の映画との違いが大きすぎると思いませんか?偉大な先人たちが努力に努力を重ねた結果が今日の映画界なんですよ! 進歩に進歩を重ね、今の姿があるんです。

内容は単純。工場の出口から女工さんたちと犬が出てくるだけ! でも、非情に重要な作品なんです。なぜなら、演出された最初の映画だから。

女工さんたちはカメラに向かって歩いてこず、画面の左右に向かって歩きます。そして、誰もカメラを意識していないということに気づいたでしょうか。

当時の最先端技術であるシネマトグラフを意識しないのは不自然なんですよ。これは、リュミエール兄弟の兄ルイが女工さんたちに「カメラを意識するな!」と指示していたから、何テイクも撮影したため女工さんたちが撮影を理解していたからなどの理由があるとされています。どちらにせよ、彼女らの表情は自然ではなく、演出されたものに違いありません。

そして、中盤で登場する犬は兄弟が飼っていた犬なんです。「犬でも出してみるか」と考えたのでしょうが、これは明らかに演出ですよね。

リュミエール兄弟はシネマトグラフをただの珍品と捉え、大衆はすぐに飽きてしまうだろうと考えていたそうです。しかし、初めての実写映画には演出がある。今日の映画界へ繋がる共通点が既に存在していたのです。

2.『列車の到着』(1896年)

マーティン・スコセッシ監督のヒューゴの不思議な発明にも登場した映画です。画面の奥から電車がやってきて、駅に止まる。たったそれだけなのですが、当時の観客は大いに驚いたそうです。

その理由は、当時の観客が映像に対するリテラシーを持っていなかったこと。映写された映像と現実の区别ができなかったのです。だから、列車がカメラに向かってやってくると、観客は驚いてのけぞった。衝撃を受けたのです。

『ヒューゴの不思議な発明』には、本作に対する当時の観客の反応を踏まえたシーンがあります。中盤に登場するモンパルナス駅の脱線事故シーンは、3D映画が珍しくなくなった現代の観客を昔の観客が驚愕した映像に似た映像で驚かせてやろうという意図があったそうで。良いオマージュだと思いませんか?

3.『水をかけられた散水夫』(1895年)

世界初のコメディ映画であり、筋のある映画です。1895年12月28日、フランス・パリのカフェ「インドの間」で初めて映画興行が行われた際に上映された映画で、世界中で模造品が制作されたことでも知られています。当時は著作権に対する人々の意識が低く、後に世界中で人気を得るジョルジュ・メリエスも模造品の数々に頭を悩ませました。

リュミエール兄弟が撮影した映画のほとんどは記録映像ばかり。映画が家族の肖像になり得ることを証明してみせたり、絵画の再現をしてみたり…筋のある映画は珍しいんです。史上初の映画興行でこのような作品が上映されたことは価値があると言えますね。

もしかしたら、客として興行を見に来ていたメリエスは本作を見て映画制作を思い立ったのかもしれません。彼は本作のリメイクを制作したのですから。

初期映画の不思議 違和感の理由とは

フェルディナン・ゼッカ監督のある犯罪の物語という映画を見てみましょう。この映画は初期映画の特徴がよく現れています。

男の家に泥棒に入り、あえなく捕まってしまう主人公。刑務所で眠りながら子供の頃を思い出しています。

左のベッドで寝ているのが主人公。壁に映しだされる映像は主人公が見ている夢なんです。えっ!と思いますよね。今は夢シーンの前後に誰の夢シーンなのかを示す演出がありますが、当時はそんな技法が存在しなかった。だから漫画のフキダシのような形で映像を映すことで「これは夢です!」と言い張っているんですね。

そして次のシーンでは主人公が処刑場に連れて行かれるのですが、なんと部屋の配置が真逆になっている! 別の部屋じゃねーか! 現代人がこれを見ると驚かずに入られませんよね。

なぜこのような不思議なことになっているのかというと、当時は時空間の連続性という概念が存在せず、各シーンは独立した存在とされていたんです。つながりを持たせる必要がないから、ベッドの位置が突然ズレても問題なしとされていたんですね。

奥が深い初期映画の世界

現代映画とは全くの別モノに見えてしまう初期映画ですが、勉強するとかなり面白いです。どのように進化していったのか、ジョルジュ・メリエスD・W・グリフィスの功績は映画にどのような影響を与えたのか、知れば知るほど映画が好きになります。初期映画だけではなく、現代映画も。共通点は意外と多いので、いろんな初期映画作品を観ることをおすすめします。

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  • 島豆腐lover
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    工場から人が出てくる映画。シネマトグラフが運動+記録の造語に示されるように、単なる映像記録。記念碑的作品。
  • ボロロボ
    3
    録画していたNHK BS番組『驚きのトリック映像! 発掘! アナログ・エフェクト遺産』を見ていたら、番組内で当作が紹介された。 映画の原点👍
  • ぺぷたか
    -
    「事実、映画は、1895年にごく僅かなものを被写体として、ごく単純な画像として成立しました。例えば、リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』がそうであるように、画面がとらえているものは、乗客の待つプラットフォームに到着する蒸気機関車と、それに引かれた客車だけだったわけです。機関車は、ただ向こうから走ってきて止まる。ただそれだけのことで、人々を興奮させることができました。何かが目の前で起こっている。それが映画本来の姿なのです。その後、映画は物語を持ち始めましたが……(以下略)」 (蓮實重彦『映画への不実なる誘い 国籍・演出・歴史』第二章 映画における演出 p.67) 本作は引用文に出てくる『ラ・シオタ駅〜』と共にリュミエールが撮った最初期の映画のうちの一つ。三つほどヴァージョンがあるようですが、自分はYouTubeに転がってる、最後に二頭立ての馬車が出てくるヤツと馬車が出てこないヤツの二つを観てみました。工場の中から沢山の従業員(ほとんど女性)がワラワラと出てきて左右に捌けていく、というただそれだけの50秒ほどの映像で、リヨンにあるリュミエールの自社工場で撮られたらしいです。 シンプルなんですけど、カメラを上下左右に振ったりとかカメラ自体を動かしたりとか劇的な照明を当てたりとか、そんな今じゃ当たり前の映像作法がまだ技術的にも発想的にも概念的にも無いであろう時代に、カメラをどこに置いてどちらに向ければ良い画が撮れるか、ということには絶対腐心してるハズで。左に小さな通用口、右に大きな門があって、その門の左端の直線が画面中央を分つように配置してる構図は絶対意図的ですよね。 映画という四次元ポケットみたいな容れ物の中には、余りに多種多様なひみつ道具……じゃなかった、様々な要素が内包されていて、それぞれが複雑な関係性を結んでいる訳で、それを繙いていくのが楽しいんですけどね。脚本が良くないだの、演出がパッとしないだの、キャスティングがハマってないだの、チョイチョイ自分もだのだの立場を弁えずエラそうに語っちゃいがちですが、邪念は傍らに置いといて、もっと単純に画面の中で起こっていることに目を凝らして感動した方が良いんでしょうね。初心忘るべからずというか。 ストーリー性の無い日常を映しただけの1895年の映画を観るような態度で、最新のVFX技術の贅を尽くした2026年の映画も観ることが出来るんじゃないかなぁ。画が動くだけでもスゴいのにカメラまで動いちゃったりしたら、そりゃエラいことだよね‪🤔‬
  • 木尾
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    新年1発目に何を見ようと迷いに迷った挙句、映画の始まりを観るのが無難なんじゃ無いかということで見ました YouTubeにある『リュミエール!』の本編映像版を見た 解説がこれが最初の映像と言っているのだから間違いない 何度か見ている映像だし、記録映像なので特に語ることもないのだけれど、工場から出てくる人々で撮影の実験をしてみようと考えた、そこに想いを馳せてみた
  • ミシンそば
    3
    世界初の実写商業映画、らしいリュミエール兄弟の作品。 僅か50秒ちょっとのランタイムの間に、描かれるのは工場から出てくる人の波、基本的にそれが全ての短編で、黎明期の映画にそれ以上を期待するのは酷であるとも思う。 観て真っ先に思い出したのは、本作を直接的にオマージュしてたアキ・カウリスマキの短編「Valimo」でした。
工場の出口
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