カンヌで男優賞受賞のヴァンサン・ランドンインタビュー!その抑制的な芝居の魅力とは

2015年のカンヌ国際映画祭でヴァンサン・ランドンに男優賞の栄冠をもたらした『ティエリー・トグルドーの憂鬱』がまもなく公開されます。『母の身終い』などで知られるヴァンサン・ランドンは、コメディからシリアスな作品まで幅広くこなすフランスを代表する名優。

今回ランドンが演じるのは失業中の51歳の中年。障害を持った息子と妻を養っていかなければいけないが希望の職にはつけず、やっとの思いで得た仕事はスーパーマーケットの監視員。自らも厳しい境遇にあるティエリーですが、スーパーで貧しい人々が起こす万引きなどを監視する立場に。淡々と仕事をこなしながらも自分と似たような境遇の人々を追い詰める立場に、次第にティエリーは苦しみを憶えるようになります。

そんなどこにでもいそうな男の苦しみをセリフも少なく、抑制された演技で体現したランドンはカンヌ国際映画祭男優賞とセザール賞主演男優賞を受賞しています。そんな彼の芝居の秘訣をインタビューしてきました。

ティエリー・トグルドーの憂鬱

普通の男を演じる難しさ

ーティエリーという役は役作りが非常に難しかったんじゃないでしょうか。ロダンのような彫刻家の役(ヴァンサン・ランドンの次回作はロダンの役)なら特徴をつかみやすいと思いますが、今回のような普通の男を演じるのは逆に難しさがあるように思います。

ヴァンサン・ランドン(以下ランドン):だからこそ、私はカンヌで男優賞をもらった時、とて嬉しかったです。大きな映画祭の賞は一般的に、(難病ものなど)とても難しい役に挑戦した役者に与えられることが多いですからね。オーギュスト・ロダンの役を演じた時には、私も8ヶ月間毎日8時間彫刻の勉強をしましたが、今回の映画ではそうではありません。ティエリーという役にはわかりやすい方向性がありませんでしたので、まるでそれは無人島で自分の内面を掘り下げるようなアプローチでしたね。

ティエリー・トグルドーの憂鬱メイン

すごく抑制された芝居でしたね。セリフもなく佇んでいる姿、あるいは背中だけしか映されていないのに何かを表現しているというか、絶えず観客が、ティエリーが何を考えているのか想像させるような芝居を心がけていたように見えます。

ランドン:おっしゃるように私はこうした、演技で観客がいろんなことを空想でき、想像力を掻き立てさせるような演技が好きなんです。観客がその人物に共感したり一体化するには、セリフは必ずしも必要ではないんです。この役を演じるにあたって私は受け入れること、なされるままに周りで起こっていることを傍観すること、そして内面で苦しむことを心がけました。

映画に真実味を持たせるために

今回プロではない俳優と共演でしたが、新しい刺激を得られましたか。

ランドン:そうですね、まずとても心地よかったです。彼らはとても真面目ですし。特に素人の俳優さんたちは映画の中で演じている人物と、プロの俳優よりも近い人たちです。そのおかげで映画にとても真実味や誠実な部分を与えることができたと思います。そして彼らとの撮影はほとんどワンカットで行われました。技術上の問題があった時のみテイクを重ねていますが、彼らのおかげで映画はとても実人生に近いものになったんじゃないでしょうか。

テイクを重ねることで芝居が嘘っぽくなってしまうのを避けたということなんでしょうか。また彼らをあなたはどのように彼らを助けていたんですか。

ランドン:私がなにかをしてあげなければいけないということはありませんでした。映画の撮影というより実際に人生を生きているような感じで彼らと接していました。彼らから自然に出てくるものを映像に残すのが重要でしたから、テイクを重ねると彼らの持っている自然さがなくなってしまいますし。それと彼ら素人に何度もテイクを重ねることの意味を納得してもらうのも難しい作業です。

ティエリー・トグルドーの憂鬱サブ2

自然な芝居を作るための様々な工夫にも関わることですが、どれだけ脚本に忠実に撮影が進められたのでしょうか。

ランドン:概ね忠実に作られていますよ。この役を演じるにあたって二週間はシナリオを読み込み、台詞を覚えましたが、後から監督がシナリオを取り上げてしまったんですよ。手元に脚本がない状態で、前日に監督からメールで翌日の撮影の指示がきます。動きの指示などがあって、この場所ではこの台詞というような感じでしたが、最終的にはオリジナルのシナリオに近い形に完成しました。

観る人はきっと、彼に共感する

ー演技も傍観することが大事だったと仰いましたが、ティエリーの寡黙さは日本人には理解しやすいものですが、欧米ではどのように受け止められたのでしょうか。

ランドン:この映画は欧州で大きく成功しました、特にフランスでは大ヒットしたんです。ティエリーは残酷なシステムには従わないと決意することによって、観客はシステムに抗う模範的な例を見て、自分もティエリーのようになりたいと思ったんじゃないでしょうか。

家庭の中でのティエリーが非常に印象深く、家族3人がとても美しいと思いました。夫婦でいがみあうこともないし、奥さんも彼のことをとてもよく支えています。

ランドン:この家族はとてもセクシーだと思います。妻は妻の役目を務め、夫は夫の役目を務め、互いに尊重しあっています。この2人はお互いがいるからいろんなことができるんだと思います。彼らは金銭的には貧しいかもしれませんが、心理的な面、感情的な面ではとても豊かな人たちだと思います。

ティエリー・トグルドーの憂鬱サブ1

障害を持った息子についても同様です。この家族は強く結びついています。最後にティエリーが決断をする時も、妻も彼の決断に同意してくれるだろうと確信を持っていたんです。ティエリーをとりまく環境は家庭の外では失業など非常に厳しい状態ですが、家庭の中では平和です。ですから家の外で何があっても彼は幸せなんです。

ティエリー・トグルドーの憂鬱』は8月27日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

(C)2015 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINEMA

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  • カラミン
    2.5
    何ていうか素っ気ない、お国柄なのかな。日本でこういう映画作るともっと凄い盛り上げようとするでしょうね。 たので却ってリアリティあった。 私も尊厳死選びたいな、最期に立ち会ってくれる気がある家族に看取られて死ねたら嬉しいけれど自分が反対の立場なら絶対に嫌だ。 取り乱してしまいそうで。 何かそういう目的のマシンもあるそうな。
  • theocats
    3.1
    「尊厳死」を選択した重病の老母と、ムショ帰り失業者である中年息子の物語。 2013年フランス映画 基調は淡々としているがエモーショナルな場面もいくつか。 しかし、こちらの心情に強く響いてくるわけではない。 個人的な眼目点はもっぱら「尊厳死」のシステム。 当時のフランスでは法的には認められておらず、スイスに自ら足を運んでの「国家承認の尊厳死という名の自殺」には大いに考えさせられた。 いったん映画から離れて、あるオカルト的考察によると自殺者の魂は成仏できずに地上を彷徨うとされているが、はたして「尊厳死自殺者の魂」はどうなるのだろうか? もちろん現代科学ではナンセンスな話ということになるだろうが、「魂の存在と行方」という観点を深く考察する必要が今こそ必要ではなかろうか?と思わされないわけにはいかなかった。 たとえ望んだ形の死に方ではなくても、生が尽きるその時まで「覚悟を決めて」生きるべきではないかと。
  • MoscatoBianco
    2.5
    どうせなら屋外がいいな。ベランダとかからいい景色でも見ながら。薬飲んだあとは一服して。(-。-)y-~~ 『世界一キライなあなたに』に出てきたディグニタスとは違うっぽいです。もっとはるかに質素な感じです。 母はきちんとした人です。身なりも良い。綺麗にしてはります。 こういう人がよく考えた上で尊厳死を選ぶのであれば、止めようはありません。 へそ天キャリーは災難でした。回復して良かったです。 主人公アランはOUTです。早く死ね とか 一発お見舞するぞ とか言ってました。ワイ的にはこれらは一発OUTな台詞です。 どれほど謝っても許しません。終わりです。 "つまらん仕事"と言ってマジメに働かない人は、それによって評価も下がるので、もっと良い仕事にはますます就けなくなります。
  • m
    -
  • ja
    3.9
    尊厳死について考えさせられる映画。 やっぱり自ら死を選ぶと言うこと頭ではそれが最善の方法だと思っても、いざとなると怖いしこれで選択肢はあってたのかなと思うよね。 小言を言う母親とカッとしやすい性格のあらん。言った後にあーあ言っちゃったなって感じ、、自分も思い当たるところがあったな。 薬を飲んだ後、愛してると言い合う2人に涙。
母の身終い
のレビュー(344件)