増え続ける「実話もの」映画。2020年ならではの『シカゴ7裁判』と『ヒルビリー・エレジー』の対比を、宇野維正が分析

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Netflix Japan編集部

話題となっているNetflixオリジナルの新作ラインナップを眺めていると、あることに気がつきます。それは実話をもとにした作品が目立つということ。ドキュメンタリーはもちろんですが、映画作品にもその傾向があるように感じられます。

そこで今回は、「実話もの」であるNetflixオリジナル映画最新作『シカゴ7裁判』と『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』を題材に、映画・音楽ジャーナリストである宇野維正さんに、その理由や魅力、作品の傾向について分析してもらいました。(Netflix Japan編集部)

「実話もの」は賞レースに有利な傾向。近年は「そっくりさん」に注目が。

近年のアカデミー賞の傾向といえば、とにかく作品賞ノミネート作の半数近く(年度によっては半数以上)がいわゆる「実話もの」に占められていることだ。そして、これは近年に限った話ではなく長年続いているアカデミー賞の伝統だが、主演男優賞&主演女優賞受賞への最短の道は「実在の人物を演じること」と言いたくなるほど、特に演技部門では「実話もの」が強い。そんな背景もあるのだろう、アメリカ映画の実話もののエンドロールでやたらと目にするのが、その実話の対象となった本人の映像や写真だ。作品の最後、観客の多くは「こんなに本人に似ていたのか!」と驚くことになる。でも、それって役作りとか演技力とかだけじゃなく、もはや「そっくりさんショー」の領域なんじゃないかと思わないでもないのだが。

このところNetflixは例年秋からクリスマスシーズンにかけて「賞狙い」の作品を立て続けに配信しているが、思えば一昨年の『ROMA/ローマ』も、昨年の『アイリッシュマン』や『2人のローマ教皇』も、「実話もの」であったのはただの偶然ではないだろう。そして、今年配信されたNetflix映画で「賞狙い」の筆頭に挙げられる作品にも、『シカゴ7裁判』『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』『Mank /マンク』『マ・レイニーのブラックボトム』と、ずらりと「実話もの」が並んでいる。『Mank /マンク』『マ・レイニーのブラックボトム』についてはまた機会を改めるとして、本稿では『シカゴ7裁判』と『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』の2作品を取り上げて、その「実話もの」としての見どころと作品の背景を解説していきたい。というのも、この両作品はある側面において対になっている作品なのだ。

大統領選直前に発表された『シカゴ7裁判』が描く、リベラルの自己批判

2020年といえば、アメリカでは大統領選の年。11月3日におこなわれた投票の結果はご存知の通りだが、投票日前の10月16日に配信が開始された『シカゴ7裁判』はいわばアメリカの民主党サイドから民主主義の重要性を訴えた作品となっていて、投票日後の11月24日に配信が開始された『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』はいわば共和党支持者(というよりも「ドナルド・トランプ支持者」と言った方が正確だが)のバックグラウンドを知る上で重要な手がかりを与えてくれる作品となっている。ここで重要なのは、必ずしも『シカゴ7裁判』が民主党を支持するいわゆる「リベラル」の人々をただ称揚しているわけではなく、また『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』が共和党の中心的支持層であるいわゆる「ラストベルト」(失業者の多いアメリカ中西部を中心とするかつての工業地帯)の人々にただシンパシーを寄せているわけではないことだ。歴史的にも、優れたアメリカ映画には必ずと言っていいほどアメリカそのものへの自己批判精神が宿っているが、この両作もそうした優れたアメリカ映画の系譜にある作品と言っていいだろう。

ソーシャル・ネットワーク』『マネーボール』『スティーブ・ジョブズ』などでお馴染み、登場人物のセリフが異常に多い脚本を書くことで知られるアーロン・ソーキンが、脚本だけでなく監督も手掛けた『シカゴ7裁判』は、大統領選を控えた1968年8月、シカゴでの民主党大会中の暴動を扇動したとして共謀罪に問われた7人(+1人)の裁判の行方を描いた法廷劇。当時の共和党政権の策略によって起訴された7人(+1人)は、パフォーマンス性を重視した政治活動をおこなうイッピー(青年国際党)の中心メンバー、よりシリアスな政治活動家、熱心な民主党員、ブラックパンサー党のリーダーなど、それぞれリベラル派に属していること以外は社会的な立場も地位もバラバラ。そんなメンバーが暴動を事前に「共謀」するなんてあり得ない、ということを彼らは法廷で証明していかなくてはいけないのだが、そもそも考え方も生き方もバラバラなので共闘することもままならない。倒すべき敵ははっきりしているのに、内輪揉めばかりで全然まとまらないその様子は、アメリカだけでなく現在の日本の政治状況にも通じる、知識人の多いリベラル層特有の根深い「病」であることに気づかされる。

アーロン・ソーキン作品ならではの圧倒的な情報量が、小気味のいい編集によって見事に整理されながら、エディ・レッドメインサシャ・バロン・コーエンジョセフ・ゴードン=レヴィットらの演技合戦が尻上がりにヒートアップしていく『シカゴ7裁判』。本作にもし弱点があるとしたら、それは「おもしろすぎる」ことだ。「おもしろすぎて何が悪いの?」と思うかもしれないが、本作が「実話もの」であることに立ち返った時、確かに60年代末の政治を取り巻く異常な熱は忠実に捉えているものの、細かい時系列や事実関係は史実にかなりアレンジが加えられているのだ。アーロン・ソーキンのような腕が良すぎる脚本家は、時に作品のおもしろさのために発話者を入れ替えたり、話を盛りぎたりしてしまう。『ソーシャル・ネットワーク』の時も、同作の主人公であるFacebook社CEOのマーク・ザッカーバーグ本人がその描き方に異論を唱えていたことが知られているが、そのような史実改変問題は(特に登場人物が存命中で反論の機会がある)「実話もの」の宿命と言えるだろう。

大統領選後に発表された『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』が、賛否両論を呼んだ理由

アポロ13』『ビューティフル・マインド』『ダ・ヴィンチ・コード』をはじめとして、数えきれないほどのヒット作と受賞歴のある名匠ロン・ハワードが監督を務めた『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』は、アメリカ中西部のオハイオ州で生まれ育ち、現在はアメリカ東海岸の名門校イェール大学のロースクールに通う主人公とその家族を描いた作品。原作は「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」(光文社)というタイトルで日本でも翻訳版が出版されている、作家でベンチャー投資家でもあるJ・D・ヴァンスの実人生の回顧録だ。2016年に出版された同作は、その年におこなわれた前回のアメリカ大統領選で、ほぼすべてのメディアや専門家の予想に反して勝利を収めたドナルド・トランプの支持層への理解が深まると評されて大ベストセラーとなった。

もっとも、ロン・ハワードはそんな社会学的な見地からも高い評価を集めていた原作から、ファミリードラマの要素だけを周到に抜き出して、お得意のハリウッド的感動作品に仕上げてみせた。結果、批評家や原作をよく知る視聴者と、映画で初めて本作に触れた視聴者の間で、評価は真っ二つに。『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』に関しては「実話もの」の難しさ以上に、日本でもありがちな「ベストセラー小説の映画化」の難しさが評価のハードルとなってしまったわけだ。

とはいえ、ロン・ハワードのファンである自分にとって『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』は、70年代に『アメリカン・グラフィティ』やドラマ『ハッピーデイズ』でアメリカの「普通の若者」像を役者として演じてきた彼が、『バックマン家の人々』や『バックドラフト』といった80〜90年代の監督作を経て、久々に同時代のアメリカの「普通の家族」を描いた作品というだけで胸が躍らずにはいられなかった。特に物語が深刻な様相を帯びてくる前、子供時代の主人公がバカンスを過ごすケンタッキー州での一連のシーンは、何度繰り返し見てもうっとりしてしまう。

しかし、本作に出てくる「普通の家族」は、これまでロン・ハワードが描いてきた「普通の家族」と違い、当事者である主人公にとってあまりにも過酷な足かせとして描かれている。原作に書かれている「ラストベルト」地帯の歴史的背景や社会的背景をふまえずにいきなり「これがトランプ支持者の実像だ」と言われても、当のトランプ支持者たちはもちろんのこと、リベラル層にとってもすぐには飲み込みづらいだろう。ロン・ハワードはそうした「実話もの」としての社会性や同時代性と引き換えに、「貧しい家族からの立身出世もの」という普遍性を選んだのだ。

やっぱりすごい。本人の再現度にも注目を

冒頭で触れた近年のアメリカ映画の傾向通り、『シカゴ7裁判』も『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』も、モデルとなった登場人物たちの本物の写真を見比べてみると、役者たちがかなり忠実に本人を再現していることがわかる。ロン・ハワードはここでもベタに徹していて、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』のエンドロールでは、しっかりと役者と本人を対比した映像が披露される。で、他の映画だったら自分はそこでちょっと白けてしまうところなのだが、主人公の母親を演じたエイミー・アダムス、そして祖母を演じたグレン・クローズの二人がちょっとショッキングなほど本人たちにそっくりで、ハリウッドを代表する名俳優2人にここまで凄まじい成り切りぶりを見せつけられると、もう平伏すしかないような気持ちになってしまった。百聞は一見にしかず。是非、その目で確かめてもらいたい。

文・宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)
Twitter: @uno_kore

『シカゴ7裁判』
https://www.netflix.com/title/81043755

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』
https://www.netflix.com/title/81071970

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