9月24日より公開のクリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス主演の2009年ニューヨークのハドソン川で起こった“奇跡”と賞賛された航空機事故の驚愕の生還劇を描いた『ハドソン川の奇跡』。
乗員乗客155名の命を救ったパイロットが一夜にして容疑者へ…。NYマンハッタン上空で実際に起きた未曾有の航空機事故とその知られざる真実を描いた本作は、9月9日に全米で公開され、週末興収ランキングで初登場No.1!週末3日間で36億円を突破の大ヒット中の話題作です。
今回「FILMAGA」では、フリーキャスター・雨宮塔子さんをお招きし、早くもアカデミー賞最有力の呼び声高い本作の、報道に携わるキャスターの目線や、女性ならではの視点から見た見所について教えていただきました。
報道では伝えられなかった真実を掘り下げた傑作
―映画の話の元になった航空機事故のニュースについて、2009年当時どう感じられましたか?また映画を観た後、事件に対する印象は変わりましたか?
雨宮塔子さん(以下雨宮さん):事件当時、私はフランスに暮らしていて、乗客の中に日本人がいたことなど具体的な事実は知りませんでした。この事件は、サリー機長の英雄談ということで世間には認知されて終わったと思うのですが、まさかそこにあのような知られざる真実があったということを知り驚きました。
サリー機長が直面した問題は、当時ニュースではなかなか伝えることができなかった点だと思います。ただ報道に携わる身として、私はそういったことも伝えていけたらと思っています。一見皆さんにとって興味のないことであり、その結果視聴率に結びつかなかったとしても、知っておくべき真実は掘り下げて伝えたいですね。
今回、クリント・イーストウッド監督が映画化したことによって、たくさんの方がそういったことに気付かされたと思います。報道側が当時報道できなかった真実を伝えているという点で興味深い作品だと思いました。
―「ハドソン川の奇跡」は、9.11(アメリカ同時多発テロ)後に起きた航空機事故でした。機長の決断によって乗客全員を救ったというニュースが当時のアメリカの人々に与えた影響についてどう思いますか?
雨宮さん:事故が起きた2009年のアメリカは、中東に派兵していたり、1年前にあたる2008年は金融危機もあり、とても暗い時代だったように思います。人々が不安に思っている時期に、事故が起きたけれど全員が無事だったというこのような明るいニュースは、アメリカの国民には目の前が明るくなるような希望を与えたのではないかと思います。
※事故直後の実際の写真
また今回、クリント・イーストウッド監督は映画を通じて、「目の前で救助を求めている人を助けたい」という良心は誰もがきっと持っているということを伝えたかったのだと思います。一人の英雄が155人の命を救ったという一面もありますが、そこに関わった様々な人々の想いから生まれる良心があったからこそ“奇跡”につながったのではないか。そんな深いメッセージ性が伝わってきます。
本作で描かれている「ハドソン川の奇跡」がいかに人々に影響を与えた出来事だったかということを考えると、今後は報道のスポットライトが当たらない部分もきちんと伝えることができたらと思いました。
―今まで報道に携わった中で、特に印象に残っている多くの人が勇気づけられるニュースはありましたか?
雨宮さん:東日本大震災の際、配給を待って静かに並ぶ日本人の姿は度々海外のニュースで取り上げられました。日本で生まれて暮らしているとそれは当たり前のことのように思われるかもしれませんが、暴動も起こらず、列を作ってちゃんと並んで待つということは他国では難しいことです。きっとその要因は、日本人の自我・感情を抑える力が優れている点にあるかと思います。極限の状況の中でも秩序を保てる日本人のすぐれた一面を切り取って、本国の方にも気付かせてあげたニュースは、震災後の日本の人々の心の支えになる明るいニュースだったと思いました。
事件だけを追って報道すると暗い一面が目立ってしまいますが、視点を変えればきっと人々を勇気づけるニュースはたくさんあると思いますし、それを自分の目で見て伝えられるような報道をしたいと思っています。
一瞬の決断に、これまで自分がどう生きてどう考えてきたかという経験が現れる
―サリー機長の決断の結果、乗員乗客すべての命を救うことができましたが、雨宮さんが人生において「大きな決断」をされたことはありましたか?
雨宮さん:多くの方の人生を左右したサリー機長の決断とは比べものになりませんが、今年「NEWS23」で報道の世界に復帰したということは、私にとって大きな決断の一つだったと思います。
トラブル発生から208秒でサリー機長はハドソン川への不時着水を決行します。その208秒間での決断は、40年という長年のキャリアから導き出された結果だと思います。決断はその瞬間だけで生まれるものではなく、自分がこれまでどう生きて、どう考えてきたかというその一つ一つが決断に現れると思います。
そういった意味では、私が報道の世界に再び挑戦したということは、フランスで17年間生きてきたことが関係しているかもしれませんし、少なくとも日本にずっといたらありえなかった決断だと思います。キャスターとしての仕事をお引き受けしたからには、全力で頑張りたいという想いです。
―報道に携わるにあたって、今後心がけたいことはありますか?
雨宮さん:生放送という限られた短い時間の中で、今視聴者の皆さんに伝えるべきことは何なのか?と考えることをプロとして常に心がけなくてはならないと感じています。また先ほどもお伝えしたように、本作にあるような、知れ渡っているニュースの裏に込められた本当の事実や、視聴者の皆さんが知るべきことを伝えたいという使命感があります。
マスコミには、情報をコントロールする力があります。だからこそ、どう見せていくかということは常に慎重であるべきだと思います。不純なことは、事実としてきちんと報道すべきですが、受け止める側への影響というのも同時に考えていくことが大切なことだと思います。
自分が今できる最大のことをやりきる大切さが分かる
―今回の試写会が女性限定であり、本作は女性が見ても楽しめる作品になっていたかと思いますが、特におすすめの見所ポイントはどこでしょうか?
雨宮さん:『ハドソン川の奇跡』は、派手なアクション映画というわけでは決してなく、まさにフランス映画のように生活の中での心の機微を描いた深い映画だと思います。事件が起きた後のサリー機長の奥さん(ローラ・リニー)との電話でのやりとりなども印象的なシーンのひとつだと思いました。
(サリー機長が)今手掛けている仕事はこれからどうなるのかなど、今後の生活面での心配が前面に出ているシーンです。日本人なら旦那さんの置かれている状況や気持ちを考え、感情をストレートには伝えないかもしれませんが、サリー機長の奥さんはハッキリ言います。それが欧米らしい所だなと思いますし、フランスでもよく目にするようなシーンでした。そういった、自分の想いを率直に伝えることによって、心に湧き上がる感情ひとつひとつをパートナーと共有する欧米のカップルの姿がよく出ていると思いました。
また、自分をヒーローとして扱われることを良しとは思わない、一般的なアメリカ映画とは一味ちがう映画だと思います。機長のサリーは自分の仕事を精一杯しただけで、その他周りの人々が自分ができることを考えて実行したからこそ大きな「奇跡」を生んだという、そんな大きなメッセージが込められた一作だと思います。
世界中で様々な重い現実を抱えている現代社会で、一人一人ができることとは何だろう…。自分がやるべきことをやりきることの大切さ、そしてそれが集まると“奇跡”を起こすほどの力になることを教えて頂きました。
もちろん女性でも、心に残るポイントがたくさんある温かい作品ですので、ぜひ今、この時代に多くの方にご覧いただきたいです。
―普段、映画はどんなときに、どんな映画を観ますか?
雨宮さん:映画は大好きで、フランスで西洋美術史を学んでいた頃は、平日に授業の合間がある時など、いつも映画を観ていました。フランスでは土日のどちらかには、家族で映画を観る習慣がある家庭も多く、身近に劇場があるのはもちろん、学校でも映画のことを話す環境が整っているようで、映画が生活に根付いている国だと思います。長年住んでいたこともあり、フランス映画をよく観ますね。
―トム・ハンクスが出演している映画ではどの作品が好きですか?
雨宮さん:『フォレスト・ガンプ/一期一会』や『ターミナル』でしょうか。彼の憎めないような、可愛らしい所が好きですね。純粋な心を持つ主人公を演じたら右に出る人はいないと思います。今までのどこかコミカルな役のイメージではなく、本作のような人間的な葛藤を演じている役もぴったりはまっていて幅の広い役者さんだと思います。
『ハドソン川の奇跡』をこれからご覧になられる方は、今までのイメージとは違うトム・ハンクスの熱演にも期待してほしいです。
マスコミでは報道されなかった知られざる真実を描いた本作。クリント・イーストウッドがこの事件を通じて、何を世の中に伝えたいと思ったのか?そこに込められたメッセージをぜひ映画にてお確かめください。
『ハドソン川の奇跡』は、2016年9月24日(土)丸の内ピカデリー 新宿ピカデリー 他全国ロードショー。
原案本『機長、究極の決断 「ハドソン川」の奇跡』発売中
C.サレンバーガー著 静山社刊
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:http://www.hudson-kiseki.jp
(C)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
▼雨宮塔子(あめみや とうこ)さん プロフィール
フリーアナウンサー/エッセイスト。1993年成城大学文芸学部卒業後、株式会社東京放送(TBS)に入社。『どうぶつ奇想天外!』『チューボーですよ!』等の人気番組を担当する。その他、報道番組やスポーツ番組、ラジオ番組などでも活躍。1999年、6年間のアナウンサー生活を経て、単身パリに遊学、フランス語、西洋美術史を学ぶ。2016年7月「NEWS23」(TBS)キャスターに抜擢。拠点を日本に移す。
雑誌「ロフィシャル ジャパン」でもエッセイを連載中。著書に『金曜日のパリ』『雨上がりのパリ』(ともに小学館)、『それからのパリ』(祥伝社)、『パリ アート散歩』(朝日新聞出版)、『パリごはん』『パリのmatureな女たち』(幻冬舎)、『パリ、この愛しい人たち』(講談社)等。