いよいよ、10月15日から映画『何者』が公開されます。
公開前から、若手・主役級キャストが勢揃いしていることや、一流アーティストによる主題歌が起用されることで話題となっていたため、気になっていた方も多いのではないでしょうか?…しかし、注目すべきところはそこではありません!
(C)2016映画「何者」製作委員会 (C)2012 朝井リョウ/新潮社
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最も注目すべきは原作を書いた小説家・朝井リョウ、彼自身。それは、彼がこの「何者」で戦後最年少の直木賞を受賞し、新たな時代を切り拓いた人物だからです。とは言え、朝井リョウの小説を読んだことがない方も多いと思います。
そこで、今回は“楽しみ方指南書”と題して、いくつかの作品をピックアップしながら、朝井リョウ作品の魅力をご紹介致します。
Who is RYO ASAI?〜朝井リョウって“何者”?〜
朝井リョウは1989年、岐阜県に生まれ、早稲田大学文化構想学部卒ぎ…と言うお堅い文章は、今回ばっさり割愛します。その代わりに、ちょっとラフな感じで、小説家・朝井リョウをご紹介致しましょう。
2009年「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。お腹が弱い。……(中略)……13年『何者』で第148回直木賞を受賞し、一瞬で調子に乗る。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞するが、「イイ話書いてイイ人ぶってんじゃねぇ」と糾弾される。春服と秋服が同じ。物持ちがいい。バカ舌。
(「時をかけるゆとり(文春文庫)」より)
こっちの方が、親しみがわきますよね?
実は、この紹介文…2014年に出版された「時をかけるゆとり」に掲載された、彼自身が書いた自己紹介文です。学生時代のことだけでなく小説家になってからのエピソードも赤裸々に綴られている「時をかけるゆとり」は、目次を見るだけで、彼がユーモアあふれる人物であることがわかります。
ちなみに、最初のエピソードのタイトルは「便意に司られる」…衝撃的ではありますが、何だかクスッと笑ってしまうタイトルですよね?それもこれも「お腹が弱い」と公言する彼に、知らず知らずのうちに親近感を抱いているからでしょう。
出典 : 「時をかけるゆとり (文春文庫) 」 : 朝井 リョウ : 本 : Amazon.co.jp
そんなお腹が弱い小説家・朝井リョウは、実は小説家以外にも様々な場で活躍しています。
これまでに、ラジオ番組“オールナイトニッポン0(ゼロ)”でパーソナリティをつとめたこともあれば、 NHK 合唱コンクールの課題曲の作詞を担当したこともあります。その豊富な経験は自身の作品の彩りをより豊かにし、その結果として各界から称賛され、これまでに映画だけでなくテレビドラマ・アニメなど様々な形で映像化されてきました。
では、様々な人を虜にする朝井作品の魅力とは何なのでしょうか? これまで手がけた小説とともに、探っていきたいと思います。
主役が登場しない? 型破りなデビュー作。
手がけた小説とともに…と言っても、いきなり知らない作品からスタートしても退屈してしまうだけですので、誰もが知っている「桐島、部活やめるってよ」からスタートしましょう。
本作は、2012年に同名作品『桐島、部活やめるってよ』として映画化され日本アカデミー賞3冠を達成しているので、ご存知の方も多いはずです。
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本作のタイトルについて「ちょっと一発ギャグみたいな名前」とラジオでコメントしていた朝井リョウですが、実はこのデビュー作、とても型破りなものでした。何が型破りかと言うと、実はタイトルの“桐島”という人物は登場しないのです。
出典 : 「桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)」 : 朝井 リョウ : 本 : Amazon.co.jp
「え、どういうこと?」と思った方のために説明すると、本作は“バレー部のキャプテン・桐島が部活を辞める”という出来事を発端に、周囲で起こる様々な“変化”が描かれています。つまり、物語の軸である桐島の人物像は、間接的に構成されているのです。
しかし、登場していないにも関わらず、桐島の人物像がとてつもなく細かく想像できる…とても、不思議です。
ここでもう1つ伝えておきたいことは、彼の作品は原作小説と映像作品で大きく異なるということです。どちらかと言えば、朝井リョウの小説は映像化が難しい傾向が強い…そのため、映像作品にする場合、アプローチが異なってきます。そのため、原作は原作として、映像作品は映像作品として、2度の楽しみが生まれるのです。
圧倒的な妄想力が生んだ名作
これは、お腹が弱いことと同じくらい有名な話ですが、朝井リョウは自他共に認めるアイドル好きでもあります。特にモーニング娘。などが含まれるハロープロジェクトが大好きだとか…。そんなアイドルオタクとも言える彼が、2015年に出版された「武道館」は大きな話題となりました。
出典 : 「武道館」 : 朝井 リョウ : 本 : Amazon.co.jp
この「武道館」は、アイドルグループの成長、そして、武道館公演という夢を描いた物語です。中には、実際に存在するアイドルを彷彿されるグループ改編やスキャンダルのエピソードなどもあり、とにかく生々しい…。それだけでなく、アイドル本人にしか分からないような感情も事細かに描かれているため、ハロープロジェクトの総合プロデュースをしていたつんく♂の度肝を抜きました。
元々、人間模様を描くことに長けているとは思っていましたが、ここまで長けているとは正直思っていませんでした…。特にラストシーンでの仕掛けが「武道館」の良さをさらに際立てています…これに関しては口に出来ないので、是非読んで頂きたいです!
朝井作品の魅力あふれる“ハズレ”作?
読者の私たちからすると、ふと手にした小説が“ハズレ”だった…なんてことはよくあることです。
実は、次にご紹介する「世にも奇妙な君物語」も、朝井作品には珍しく世間では酷評された作品です。しかし、彼の作品を知っている人こそ楽しめる…知る人からすると“ハズレ”なんて言葉は不釣り合いの作品なのです。
出典 : 「世にも奇妙な君物語」 : 朝井 リョウ : 本 : Amazon.co.jp
さて、この「世にも奇妙な君物語」というタイトルを聞いて、誰しもがあの『世にも奇妙な物語』を思い浮かべるはずです。それはあながち、間違いではありません。なぜなら、この一冊は、彼が“R25”で『世にも奇妙な物語』への愛を語ったことを機に、プロデューサーに会うことになり、執筆に至ったもの…そう考えると“100%縁もゆかりもない”とは言い切れないのです。
気になる小説の中身は…と言うと、一見すると見覚えのあるような作品が並んでいます。それは朝井リョウが、実際の番組構成を意識して創ったからなのですが、実は様々な場面で朝井作品独特の“朝井節”が炸裂しています。では、朝井作品の特徴とは何なのでしょうか?
降り注ぐ辛辣な言葉
誰もが日常生活の中で、人には言えないような思いや言葉を抱えていることでしょう。もっと言えば「これを言ったら絶対に嫌われるから、ここでは言えない…」と、本音を溜め込んでストレスを感じている人も多いのではないでしょうか。そんな、絶対に口には出来ない言葉や思いを、彼は小説の中に惜しみもなく文字にしています。
思わずドキッとするような登場人物の台詞が、胸にぐさりと刺さります。しかも、要所要所でその辛辣とも言える言葉が、雨のごとく降り注いできます。
読んでいるときは「実は朝井リョウって人は、ものすごく性格が悪いんじゃないか…」と思うことでしょう。しかし、読み終わると、不思議と嫌な気分がしない…それどころか、スッキリとしているはずです。それは、自分自身が普段、口に出せない感情を代弁してくれているからなのではないでしょうか?
どれも「あなた」の物語
忘れてはいけないことは、朝井作品は、読めば読むほど自分自身の話のように思えてくるということです。小説の読者といえば、第三者の視点で物語全体を客観的に眺める傍観者にすぎません。
しかし、彼の小説を読んでいると、どうも他人事のように思えない…なぜなら、自身が抱いたことのある誰にも言えないような感情が必ず登場するからです。そのため、ただただ客観的に読むという単純作業ができなくなり、いつの間にか小説の世界に踏み込んでいます。
(C)2016映画「何者」製作委員会 (C)2012 朝井リョウ/新潮社
さらに時間が経つと「自分も、こうやって周りから見られているのかな…」という不安が芽生え、世界観から抜け出すことはできなくなります。包み隠さない“本音”が、小説の中の“人間関係の生々しさ”をよりリアルにし、読む者の心をあぶり出すのです。
あんた、本当は私のこと笑ってるんでしょ。
“心をあぶり出す”という表現で言えば、今回映画化される「何者」がずば抜けています。
本作は、就職活動…いわゆる就活が題材とされた作品ではありますが、大きな枠組みで捉えれば“人間関係”を描いた作品だと言えます。 2012 年冬に出版された原作小説は、リアルタイムで就活を行っていた学生たちからは「就活が嫌になるくらいリアルでトラウマになる」と言われ、大きな話題となりました。
出典 : 「何者 (新潮文庫)」 : 朝井 リョウ : 本 : Amazon.co.jp
本作に関しては多くを語ってしまうと面白さが半減してしまうので触れませんが、現代の若者が抱く様々な葛藤が嫌になるほど描かれています。もちろん、今回も映画は原作とは異なる描き方になると思われます…さらに、映画化にあわせて、登場人物たちのアナザーストーリーが描かれた「何様」も出版されているので、原作・映画・スピンオフ小説の“3度”楽しむことが出来ます!
今回ご紹介した朝井作品を含め、彼の作品は、人間の深層心理が浮き彫りになっていくものがほとんどです。その描写は「どうして、他人(ひと)の心がそんなに分かるの?」と言いたくなるほどリアルで、時には自分自身と重ね合わせてドキッとすることさえあります。では、ここまでリアルに描くことができるのはなぜなのでしょうか?
声に耳を傾ける姿勢が“リアル”を生み出す。
その謎を解く鍵は、朝井リョウのエッセイが掲載された「18きっぷ」に隠されているように思えます。
出典 : 「18 きっぷ 」 : 朝井 リョウ : 本 : Amazon.co.jp
ここには、人生の岐路を迎える18 歳、46名の今とその後が記されています。夢を追って夢を叶えた若者もいれば、夢破れて現実を目の当たりにした若者もいる…様々な“声”を通して今を知ることが出来るものです。実は、この「18きっぷ」の中で朝井リョウは、18歳の少年・少女たちに、ある質問をぶつけています。
その質問は「最近怒ったこと」というとてもシンプルなもの…ですが、なぜ、朝井リョウはこの質問を投げかけたでしょうか?その答えは、映画『怒り』に関するコメントにありました。
「怒り」とは、自分にとって大切な人やものを必死に守り続けている人ほど、抱きやすい感情なのである。
世の中には「ゆとり世代」や「コミュニケーション能力がかけている」と言った若者を批判する言葉があふれています。時には、頭ごなしに否定してくる“社会の声”もある中で、朝井リョウは若者の“声”に耳を傾けようとしている…しかも「怒り」という感情に焦点をあてて、より人間くさい部分を引き出そうとしています。
(C)2016映画「何者」製作委員会 (C)2012 朝井リョウ/新潮社
朝井作品をリアルに感じるのは、今の若者たちの声…つまり、想いが詰まっているからではないでしょうか。そこには、そうした“生の声”をいつまでも大切にしようとしている小説家・朝井リョウがいる…もちろん、こればかりは本人にしか分からないことですが、私はそう思います。
よくよく考えれば、リスナーの“声”を聴きながら番組を進行していく必要があるラジオのパーソナリティの仕事や、その時代の若者を映し出すものとも言える“NHK合唱コンクールの課題曲”の作詞の仕事も、彼がその時々で“声”に耳を傾けてきた証拠です。彼の若さや才能からすれば、様々な人の視点に立つことは容易いことかもしれません。それでも彼は“声”を聴く…そう考えると、物語の細部まで見落としてはいけないような気がします。
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