No、アイスピック!No、電気ショック!愛と芸術で人を癒す、精神病院の女医の闘い

人との出会いに日々感謝(ライター・編集)

大久保渉

――私の武器は、愛と絵筆――

第28回東京国際映画祭グランプリ&最優秀女優賞をW受賞したブラジル映画の傑作『ニーゼと光のアトリエ』が、2016年12月17日(土)より渋谷ユーロスペースほかにて全国公開中である。

アイスピックや電気ショックが最新の治療道具としてもてはされた1940年代。暴力的な心理療法の常識に屈することなく、アートや動物を介して人を癒した実在の女医、ニーゼ・ダ・シルヴェイラの気高き魂を描いた本作。

真っ白なスクリーンに映し出されるのは、ニーゼの怒り、哀しみ、喜び、楽しみ……。

ポスター

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例え周りから理解が得られなくとも、同僚たちから妨害にあおうとも、次第に落ち着きと生きる活力を見せ始める精神病患者たちを前に、自分の信じる診療を続ける彼女の表情は気高く、美しく、その眼差しは、観るものに力と安らぎを与えてくれる。

ドキュメンタリー出身の奇才、ホベルト・ベリネール監督が構想に13年を費やした渾身の1作を、ぜひ劇場でご堪能いただきたい。

「あなたがやっていることは治療じゃない。サディスティックな治療をしているだけ。私の道具は絵筆、あなたのはアイスピックよ」

<STORY>1943年、郊外の病院からリオデジャネイロに戻り、ペドロ2世病院の扉を叩くニーゼ。そこで彼女は、同僚医師が行う電気ショック療法で患者が絶叫する姿に衝撃を受け、以後、暴力的な治療を断固拒否する。

それにより、彼女は「作業療法」部門へ配置されるが、そこは「壊れたモノの修理」「トイレの清掃」といった、患者たちをただ働かせるためだけの寂れた一室だったのである。

アトリエ

「彼らを病院の外へ出したら人を殺す」「ケダモノ」。汚れた衣類を着させられ、医師たちの意にそわないと暴力を加えられ、監禁され、ただうつろに院内を歩きまわる患者たち。

ニーゼはそんな彼らの数人を自らの部門に招き入れ、観察し、言葉をよく聞き、見守る中で、同僚の提案と協力の元、患者が自由に絵の具を使ってアートを親しむアトリエをオープンする。

絵のそば

そこで描かれる絵の数々が、時の精神科医・心理学者のユングから思いがけない言葉を貰い、そしてブラジルの著名な美術批評家からは絶賛の声を受け、患者たちには人間としての尊厳と芸術家としての才能が、ニーゼにはその献身的な活動と結果に光が当てられるかに見えたが、事件は不意に訪れる……。

絵の前

数々の賞を受賞!ブラジルを代表する大女優による、静かな、燃えるような瞳が心に焼きつく

グロリア・ピレス(主人公・ニーゼ役)

顔

1963年、リオ・デ・ジャネイロ生まれ。1968年より女優業を始め、以来40年以上に渡りTV、映画で活躍。これまでに『愛の四重奏』にてハバナ映画祭最優秀女優賞を、『Smoke Gets in your Eyes』にてブラジル映画祭最優秀女優賞を、本作にて第28回東京国際映画祭最優秀女優賞を受賞している。

本作のニーゼ役では、94歳でこの世を去るまで明るく活発に動き回った実在の人物を、エピソードの列挙に留まる偶像的な偉人としてではなく、時に声を荒げ、歯を見せて大きく笑い、深く悩む、ひとりの女性として繊細に生き生きと演じている。

キャンバスに描かれる美しい色や形。言葉にならない思いが胸に迫る

劇中で語られる物語はニーゼの生涯の一部ではあるけれども、それと同時に、実在の入院患者でありアーティストである人たちの生涯もここでは丁寧に描かれている。

モデルとなった人物への入念なリサーチの結果が、時間の経過順に撮影されていく現場の中で、自然な感情のうつろいとして表れ始め、患者たちの変化に魅了させられてしまう。

庭犬

カメラはまるでドキュメンタリー映画のように、人物が動き出すその一歩を映し撮り、ゆるやかに追っていく。

歴史の闇と光を丹念に演じきった役者とスタッフの力が、患者自身の心の内を描いた絵画と同じように、倫理を超えた無意識に訴えかけてくる魅力となって、心にするりと入り込んでくる。

メイン

映画のラスト、ほんの一瞬だけ晩年のニーゼの映像が映し出される。その時の彼女の表情に、何を感じ取るか?

――ドン、ドン、ドン、ドン。心が激しく、打ち鳴らされる。

(C)TvZero

『ニーゼと光のアトリエ』公式HP

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※2022年9月22日時点のVOD配信情報です。

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  • 映画好き交流CINEPARA
    5
    【こもけんのレビュー】 2020/08/22 20:39 「わたしの道具はアイスピックじゃない、筆よ」 電撃が走った。シビレタ⚡︎⚡︎ 論理的な言語の治癒を狙う科学と 感情的な言語で意思疎通を狙う芸術との衝突。 ニーゼが医者という立場で これを実行していくのが鳥肌。 男尊女卑の時代なので特に。 芸術とは咲いた表現の花ではなく、 興味のタネから先の探究の根だという。 哲学なんだなと最近認識した。 精神病棟は無意識の世界への扉を開き 入り込める才能の集まりだ。 ひとえに変人になろうとする 芸術家たちの理想の境地にいる。 ただ、文化の影響を受けていないので 彼らのそれは天然物。 筆を取ってから抽象から構造へと変わる絵。 それはまさに印象からキュビズム、 モネらからピカソへと 移っていくさまと似ている、歴史に裏付けされている。 そして、介護者たちも 決して強制して描かせたりはせず、 「筆を持っててくれないか」 「絵具を移してくれないか」 という促し方。 こちらから教えはせず、 聞かれたことにだけ答えあとは自由にする。 彼らの独り言に耳を傾ける、 そこに無意識の世界へのヒントがある。 ただ、論理的な世界で暮らす彼らのストレスは計り知れないだろう。 介護者が患者に暴力を振るう事情も頷ける。 無意識を恐れず向き合い 受け入れる勇敢さ、マジリスペクト。 精神病は先天的なものは少なく なにかのきっかけから後天的に 病んでしまうことが多いと知った。 自制心のコントロールが 多少利かないのかもしれないけど、 結局そんなものは個人のものさしで 見方は変わるんだから判断基準としては論外。 誰だって大切なものを失ったら 喪失感で自暴自棄になる。 論理的ではない言語を学び直そう。 無意識の世界を探究しよう。
  • won
    4.2
    あの環境に逃げ出さないニーゼの姿と印象的な言葉にとても勇気づけられる。救われた人がたくさんいたと思うが、どれだけ辛いことや怒りの気持ちがあったのか想像し難い。
  • Anna
    4.1
    アートは人間にとって太陽のようなもの。それを示してくれる映画。ニーゼと対立する医者の方が患者(クライアント)よりも病んでいる。
  • バニラアイス
    3
    患者の絵、私の絵より全然上手くて草
  • m
    4.1
    今では考えられないような治療法 当時だろうとおかしいと思うひとは絶対いたはず 権力や圧力に負けずクライアントに向き合うニーゼ凄い
ニーゼと光のアトリエ
のレビュー(1341件)