『ムーンライト』の魅力を深田晃司監督が語る!オスカーを制したシンプルで緻密な作劇の秘密とは?

3月23日(木)、本年度アカデミー作品賞受賞作『ムーンライト』の試写会がFilmarksユーザー限定で行われ、上映後、『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した深田晃司監督と、映画評論家の森直人さんによるトークショーが行われました。

アカデミー賞では大本命と目されていた『ラ・ラ・ランド』を抑え、大逆転で作品賞を受賞した『ムーンライト』。本作を鑑賞した深田監督は、「シンプルで力強く、アカデミー賞らしからぬ作劇に驚いた」と語ります。そんな『ムーンライト』の魅力について、映画評論家の森直人さんとともにたっぷりと語っていただきました。

ムーンライト

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劇的な瞬間をあえて避ける作劇に驚いた

深田晃司(以下深田):映画監督の深田晃司です。よろしくお願いします。

森直人(以下森):僕は深田さんとは何度かこうしてご一緒させていただいているんですが、『ムーンライト』に深田晃司という組み合わせはどんな形になるのかまったく読めないですね(笑)。そういった意味でも今日のトークは非常に楽しみですが、まずはざっくりと映画を観た感想を聞かせていただけますか。

深田:面白かったですね。面白かったというよりびっくりしました。アカデミー賞らしからぬ、ものすごくシンプルな構成で。ちょうど香港から帰ってくる2日前に飛行機の中で『タイタニック』を観たんですが、飛行機の中で船が沈む映画観るのもどうなんだろうと思いながら(笑)、これ同じアカデミー作品賞なんだよなって思うと、アカデミー賞の幅広さというか、懐の深さを感じますね。

森:タイタニックは1997年ですから、その後20年経っているわけですが、この『ムーンライト』という映画はLGBTQ映画であることも含めて、20年前だったらアンダーグラウンド映画扱いだったかもしれないですね。

深田:そうですね。この映画の強みは、いわゆる黒人カルチャーを描いたブラックムービーにありがちな描写が周到に避けられている点ですね。差別の問題というのは当然出てくるのですが、例えばスパイク・リーの作品とは違うし、ゲイの映画としても観ても、数年前の『チョコレートドーナツ』なんかは、社会との軋轢を描いていましたけど、そうしたものを避けながら、当たり前のように黒人コミュニティの中の一人の人物の物語になっているんですよね。

森:おっしゃる通りですね。映画のフォームとしてはストイックですよね。でも描いているものは実はすごいスタンダードで。初恋だったり、疎外感だったり。作劇の点ではどういいった関心を持たれましたか。

深田:一番目を引いたのが、やはり物語の劇的な瞬間をほとんど避けている点ですね。いわゆる感情をむき出しにしたり、怒りで社会を撃つみたいな。
中盤で主人公が怒りを爆発させてキレるシーンはありますけど、すぐに時間を飛ばして、事件の顛末はほとんど描かない。こういう省略の仕方はすごく面白いですね。
作り手として共感するのは、映画では通常ドラマチックなシーンを見せ場にしますが、実際の僕達の人生の99%は平凡な日常が繰り返されていて、映画のような劇的な瞬間って1%あるかないかだと思うんです。でも映画はなぜかそこにフォーカスしようとする。
すごくいいなと思ったのは、これが主人公の成長物語というわけではないという点ですね。主人公が成長して何かを手に入れるとかそういう話じゃなくて、ただ時間が流れていくような感覚で。それが僕達の生きるリアルに近いというか、たった2時間で人間がすごく成長する映画ってどこかで嘘くさくなりがちなんですけど、この映画はそれがない。

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シンプルで力強い愛の物語

森:バリー・ジェンキンス監督は長編2作目で、79年生まれ、深田さんは80年の1月1日生まれで、同学年なんですよね。

深田:そうなんですよね。今年のアカデミー賞は、32歳のデイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』とこの作品が競ったわけですが、ハリウッドは世代交代が進んだというよりは、世代交代が完了したという印象を受けますね。

森:映画を作る時の意識など、何か共通点を感じられたりしますか。

深田:バリー・ジェンキンス監督と自分はあまりにも生まれ育った環境が違うので、世代でくくれるのかどうか難しいですが、さっき言った作劇の話にも繋がりますが、劇的な瞬間を描くことが生きることのリアルにつながることではないという感覚は、共通しているかもしれません。
でも『ムーンライト』を見ると、同世代の日本映画とは違う力強さがあるというか、これは日本映画の弱さでもあるんですけど、政治性とか社会問題とかに対する姿勢ですよね。『ムーンライト』は決して社会問題をガチンコでテーマにしていませんが、麻薬の問題などが当たり前のようにそこに存在しているものとしてきちんと描いています。でも、この映画は主人公のすごく純朴な気持ちを中心に描いているんです。「今ここまでシンプルな純愛でいいの?」と思っちゃうぐらい。最後の2人のシーンとか。ラストカット、あれで終わらせられるんだみたいな。

森:ある種のブラックムービーというのが、社会や政治の具体性を描くものだとしたら、この作品ってすごく抽象化されてるじ感じがありますよね。年代の違う3つのパートがありますが、いつ頃なのかよくわからない。最後のパートでレストランのシーンがありますが、古風なジュークボックスが出てきて、バーバラ・ルイスの「ハロー・ストレンジャー」という1963年の曲が流れるんですが、ますますこれはいつの話なんだろうってなる。

深田:あまり特定の時代性や地域性を出さないように作るっていうのは、作り手として確かに意識することがあって、例えばエリック・ロメールっていうフランスの監督は、地方で映画を作る時、有名なモニュメントのような地域性が特定されるようなものは絶対に撮らないようにしてるんです。この映画はそこが非常に上手くできていると思います。
黒人だけが活躍する映画って相当少ないですし、最近ハリウッドは人種のバランスを取らなくちゃいけないみたいな風潮のため、黒人をキャストしたり、差別を描くために黒人を使うなど何かの手段になりがちなんですが、そういったところからまったく解き放たれて、抽象化された地域、時代でこれほど純朴でピュアな愛の物語を描くというのはすごいですね。

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登場する俳優すべてが素晴らしい

森:シャロンの父親代わりになるドラッグディーラー役を演じたマハーシャラ・アリが、アカデミー助演男優賞を受賞しましたが、なんと24分間という出演時間で見事助演男優賞を獲得したという、すごくコスパのいい仕事だなと(笑)。
でも、すべての俳優が短い時間でもとても印象に残る芝居をしてますよね。俳優演出という点に関しての印象をお伺いしたいんですけど。

深田:これはもうやっぱり上手いですよ。上手いっていうだけじゃなくて、キャスティングももちろん素晴らしいし、特に主人公3人のキャスティングで言うと、最初の時代と次の時代はなんとなく繋がりがわかるじゃないですか。でも最後のパートはまさかここまで変わるかという(笑)。あれびっくりしますよね。僕達がある意味黒人さんに対してステレオタイプに抱く黒人さんの像に収まってしまう。
でもそこが上手いところで、ああいう風にいじめられて、強くなりたいと願った主人公が、社会の抱くステレオタイプな黒人像にはまっていってしまうところが、キャラ設定として上手いなと思いますね。

森:今の話はすごく重要な点だと思います。要するにわかりやすいペルソナを武装として肉体化しちゃうということですよね。

深田:それとヨーロッパやアメリカの映画を観ていて思うんですが、俳優の裾野の広さを実感します。画面に映るすべての人が上手いのが当たり前のような感じで。母親役のナオミ・ハリスもいいですよね。第二部のあたりで、主人公が帰宅したら、最初はにこやかにしているんですけど、家の中に入った瞬間ジャンキー中毒の一面が見えるっていう。ああいう地に落ちる感じというか、徹底してますよね。

森:それと楽屋ではこの映画の予算を気にされてましたね。

深田:おそらく予算はそんなにかけていないと思うんですけど、お金のかけ方が上手かったんでしょうね。時代が飛んでもいろんな場所を見せない、いろいろ見せるとそれだけ作り込まないといけなくなりますから、演出の狙いと予算規模、お金の使い所などが上手くハマっているんだと思います。

森:これで成功したから、バリー・ジェンキンスも次は結構大きい予算で撮るんでしょうかね。でも予算が増えていくと、不思議なことに緊張感がなくなっていってしまう場合もありますしね。

深田:作家は処女作に向かって成熟していくっていう言い方があるのですが、この作品はバリー・ジェンキンスの2作目ですが、ほぼ出世作です。ここに監督の原点みたいなものがたくさん詰まっていると思うんですよね。今後順調にキャリアを伸ばして言った時にどんな作品が観られるのか、それも楽しみですよね。

最後に、「一番好きなシーンは?」との質問に、最後の方のレストランのシーンと応えた深田監督。感情がぶつかり合う場面なはずなのに、あえてそうせずに主人公と再会した友人ケヴィンとの心の距離感の変化が、緻密な計算のもと、絶妙に描かれているとのこと。森さんは深田監督の解説を聞いてもう一度観直してみたくなったそうです。

ネタバレを避けるため詳述はしませんが、レストランのシーン、皆さんもじっくりご覧になってみてください。低予算ながらアカデミー賞を制した緻密な演出で描かれる、シンブルで力強い愛の物語、『ムーンライト』は3月31日より全国ロードショーとなります。

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(C)2016 A24 Distribution, LLC

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※2022年3月20日時点のVOD配信情報です。

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    3.4
    ゆったりと
  • れもん
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    ✍️
  • r
    3.5
    なんかずっと苦しかったぞ、、
  • あかねこ
    4.3
    大人になったごっつい見た目でも中身は昔のシャロンのまま
  • blue
    4.2
    chapter1のファンが素敵。 静寂が心地よい。ホッパーの絵画のようなクールな色彩。
ムーンライト
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