いまや、ジブリに次ぐアニメ映画を世に送り出している、映画監督・細田守。映画やアニメにうとい方でも彼の作品の名前は聞いたことがあると思います。そして、細田守監督の作品を音楽の面で支えている音楽家こそ、高木正勝。『おおかみこどもの雨と雪』から劇伴で参加し、映画の世界観に音楽で色を添えています。
今回は『おおかみこどもの雨と雪』と『バケモノの子』のふたつの作品を音楽の側面から掘り下げてみたいと思います。
映画監督・細田守
細田守監督の名前が世間に広まったのは2006年公開の『時をかける少女』でしょうか。口コミでのロングランヒットで、国内外で高い評価を受けました。以降の作品は語るのも不要と言うほどにどれもヒット作が続いてますね。いま、日本のアニメ映画を支える監督のひとりと言っても過言ではないでしょう。
非アニメーション的な描写にこだわりがあるようで、それは細田守監督の特徴のひとつなのかなと思います。それは食事のシーンや長回し、美しい背景にポツンと小さく人物が描かれるなど、実写の映画よりも実写的です。ファンタジックでありつつも、日常を丁寧に描くのが細田守監督の持ち味のひとつだと思います。
音楽家・高木正勝
音楽家・映像作家、高木正勝。Newsweekの日本版で「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれる、世界的にも注目されるアーティストのひとりです。
その名を聞くのは初めてでも、彼の音楽を耳にしたことがある方は少なくないでしょう。細田守監督の作品はもちろん、車メーカーやJR、ファッションブランドなど、数多くのCMに彼の音楽が起用されてます。飲料水のCMでは『おおかみこどもの雨と雪』の楽曲が使われていましたね。
長く親しんでいるピアノとコンピューターを用いた音楽制作に定評のある音楽家でしたが、現在では後者のエレクトロニカに当たる音楽は少なくなり、いまは生活環境を丸ごと録音したような“人間の暮らし”を音楽に落とし込んだ楽曲が増えています。
それもそのはずで高木正勝さんは『おおかみこどもの雨と雪』の花と同じような暮らしを送っています。生活環境の変化が音楽にも如実に表れ、そこから生み出される楽曲はどれも心地よいです。
『おおかみこどもの雨と雪』の静謐な美しさ
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『おおかみこどもの雨と雪』の前作『サマーウォーズ』と、次作の『バケモノの子』は登場人物も多く、多彩な人間模様が描かれます。大家族はもちろん、種族すらも超えたキャラクターたちの賑わいは映像的にもカラフルな印象を受ける人が多かったのではないでしょうか。
それに比べると、『おおかみこどもの雨と雪』はとてもシンプルです。メインの登場人物は母親とふたりの「おおかみこども」だけで、そのほかの登場人物は最小限。細田守監督のどの作品よりも静かで、穏やかな描写が目立ちます。
今作の名脇役とも言える雄大な自然の背景美術は、親子の成長と合わせるように丁寧に描かれ、登場人物の感情の機微にも用いられます。
たとえば、花とおおかみおとこが暮らす部屋に生けられた切り花の描写だけでも、慎ましい生活の一端を垣間見ることができますし、真っ白な雪原を駆け回る親子の姿は、生命の喜びを讃えるかのように躍動感に満ち溢れてます。
『おおかみこどもの雨と雪』のおもしろいところは、人目を避けるために選んだ暮らしが、結果的に人間同士のつながりや温かみを再確認させるところでした。大自然と、人間の温かさ。それが本作の根幹のように思います。
こどもたちに寄り添う母のような音楽
今作における高木正勝さんの音楽は、シンプルなピアノの楽曲はもちろん、おもちゃの楽器のような音も聴こえ、全体的にアコースティックな人間の手触りを感じられる楽曲が目立ちます。
序盤の花とおおかみおとこの生活や、雪が生まれたばかりの子育てのシーンは、音楽そのものが家族を見守るようにやさしい。今作の見どころのひとつに「母の強さ」があると思いますが、それが音楽にも宿っているように感じられます。「そらつつみ」という楽曲がまさにそういった楽曲ですね。
また、物語のもうひとつのキモとも言える「人間として生きるのか、それとも動物として生きるのか」というテーマ。前述の雪原で駆け回るシーンの「きときと – 四本足の踊り」という楽曲は、後者の「動物として生きること」の楽しさを表しているように聴こえます。大自然に触れたときの喜びや、新たな世界に出会ったときの目の前が輝くような感覚。今作を象徴する楽曲のひとつでしょう。
生きにくさを抱える人たちを『バケモノの子』は肯定する
『バケモノの子』は、バケモノの世界に迷い込んだ少年・九太と、そこで出会うバケモノ・熊徹が織りなす冒険活劇。細田守監督の作品でもっともエンターテイメントに徹した作品です。
細田守監督の作品に惹かれるポイントのひとつに「現実とファンタジーのバランス」があると思います。これまでの作品は空想的な出来事が起こっても、それは主人公の身の回りで完結することがほとんどでした。『時をかける少女』では主人公・真琴のタイムリープ、『おおかみこどもの雨と雪』のおおかみこどもたちの存在。どちらも周囲のわずかな人間に気づかれるのみでした。
しかし、『バケモノの子』では現実の世界にファンタジーの世界がなだれ込みます。これは仮想現実の世界が現実に影響を及ぼす『サマーウォーズ』の構造とも似てますね。しかも、今作の舞台は渋谷のど真ん中。スクランブル交差点は世界的にも有名ですし、そういった誰もが知ってる場所での描写は物語への没入感も高まります。
今作はバケモノの世界も人間の世界もきっちりと描き、二つ分の映画の情報量なのではないかと思うほどです。それは物語も同様で、バケモノの世界ではエンタメに徹した冒険活劇を、人間の世界ではわたしたちが生きる世界での現実的な側面を描いてます。心のどこかで生きにくさを抱える人たちを後押しするような肯定的で力強い作品です。
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高木正勝さんの持ち味のひとつにピアノは欠かせないものだと思うのですが、今作ではピアノを用いた楽曲よりも、オーケストラやパーカッションなどの華やかな音楽が目立ちます。不穏なシーンで鈴などの金属の音色が聴こえるのもおもしろいですね。ほかの楽曲よりも浮いているので、印象に残っている方もいるかと思います。
物語の舞台からも賑やかな音楽が似合うイメージが感じられ、たとえば、バケモノたちが暮らす<渋天街>はモロッコのマラケシュという都市がモデルで、石畳の町並みはヨーロッパを思わせる雰囲気です。さまざまな国の要素が詰め込まれた<渋天街>には繊細な音楽よりも、祝祭感に満ちたオーケストラが似合います。予告編で流れる「祝祭」という楽曲が、まさに今作を表す一曲でしょう。
その他にも、気持ちを盛り上げるような楽曲が多く、「子どもの宇宙」という楽曲はジブリを彷彿させる子どもの小さな冒険のような楽曲ですし、戦闘シーンで流れる「バケモノ交興曲」や「白鯨」は音楽を聴くだけでも映画での名シーンが頭に浮かぶほどです。
映像よりも出しゃばらない高木正勝の音楽
高木正勝さんの音楽は繊細なものでも、派手なものでも、映像よりも出しゃばらないのが素晴らしいです。それはサウンドトラックの本来の役割でしょう。しかも、音楽を単体で聴いても十分に楽しめる。筆者も日頃から『おおかみこどもの雨と雪』のサウンドトラックを聴いてますが、とても穏やかな気持ちにさせられます。冒頭でも述べたように高木正勝さんの音楽は映画やCMで数多く使われているので、気になる方は彼の音楽を聴いてみてくださいね。
※2022年2月27日時点のVOD配信情報です。