映画『猫の恩返し』で隠されている“猫の国”のある秘密とは?本作の魅力を徹底解説【ネタバレ】

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ネジムラ89

ジブリ映画『猫の恩返し』の魅力をネタバレありで徹底解説!

スタジオジブリの作品でも、『猫の恩返し』ほど異彩を放つ映画もないでしょう。ジブリ作品で唯一森田宏幸監督のもと制作され、2002年の夏休み映画として中編の『ギブリーズ episode 2』と同時上映を果たした映画ということで、制作体制も上映方式も、キャラクターデザインに至るまで、従来のスタジオジブリ映画とは、一風変わった映画となっていました。そもそもその他のジブリ映画に比べると本編の時間が若干短く、『猫の恩返し』自体にあっさりとした印象を感じている人も多いのではないでしょうか。

しかし、実はこの『猫の恩返し』にも読み解いていくと深みのある映画となっています。本記事ではその“深み”の部分についてをネタバレありで解説していきます。

映画『猫の恩返し』(2002)のあらすじ

普通の女子高生だったハルは、偶然トラックに轢かれそうになっていた黒猫を間一髪のところで救出する。危うく死にかけた猫は、突如後ろ足で立ち上がり、ハルにお礼を言って去っていくのだった。

不思議な出来事に戸惑うハルだったが、早くもその夜、ハルの家の前に猫の大名行列が現れ、猫の国から猫王がハルにお礼を言いに現れる。実はハルが救った猫は、猫の国の王子だったのだ。

困惑するハルをよそに、翌朝から早くもハルの身の回りで不思議な出来事が起こり始め、全て猫たちの仕業であることをハルは悟るのだった。ついには猫の国に連れていかれることになったハルだったが、どこかから聞こえる声の指示に従い、猫の事務所に助けを求めることにするのだった。

※以下、映画『猫の恩返し』、また原作となる『バロン猫の男爵』のネタバレを含みます。

映画『猫の恩返し』というある映画のスピンオフ作品

この映画を語る上での大前提として、まず踏まえておきたいのが、この映画があるジブリ映画のスピンオフ作品であること。ジブリ映画好きならすぐ様ピンと来るように猫の恩返し』は、1995年に制作されたジブリ映画『耳をすませば』のスピンオフ作品の立ち位置となっています。

『耳をすませば』は、中学三年生の少女・月島雫が、同級生の天沢聖司との出会いをきっかけに、バイオリン職人という夢を追う聖司の姿に感化され、自身も物語の執筆に勤しんでいくという物語でした。そして、作中で雫が物語の主人公に選ぶのが、雑貨屋「地球屋」にて不思議と心惹かれたスーツ姿の猫の人形・バロンでした。

耳をすませば』でこそ、映画の中のキーアイテムではありながらもわずかな活躍だったバロンでしたが、後年別の形でスポットが当たることになります。それが、『耳をすませば』の原作者である柊あおいがバロンを主人公に描いた新たな漫画「バロン 猫の男爵」です。この漫画は実は、スタジオジブリの宮崎駿のバロンを主人公にした物語という要望を経て、アニメーション化を前提に手がけられた漫画でした。

こうして生まれた漫画「バロン 猫の男爵」を原作に制作されたのが、映画『猫の恩返し』だったわけです。ちなみに、この『バロン 猫の男爵』は『耳をすませば』の雫が書いた物語だという裏設定があり、その設定は作品の随所からも垣間みれます。

普通の猫ではないバロンとは何者だったのか

猫の恩返し』のみ観ている方が勘違いしやすいのが、猫のバロンが“本物の猫”ではない点です。ついその姿から、バロンもその他の猫と同じ仲間に見えてしまうところですが、『耳をすませば』でも描かれていたように猫の人形という設定に準じており、本物の猫ではありません。見た目こそムタの姿に近いのですが、性質で言えばカラスのトトの仲間に近いと言えるでしょう。カラスのトトも本来の姿は石像であり、本物のカラスではありませんでした。

猫の恩返し』と言えば、一見人間の世界と猫の世界の二つの世界の物語に見えるのですが、実はもう一つ、心を持った物質の世界があることが分かります。古来より日本では、長い年月を経た道具には神や魂が宿るという付喪神という考え方があるように、バロンはそういった感覚に近い存在と言えるのかもしれません。

そんなバロンの背景を知る鍵は、スピンオフ元である『耳をすませば』で描かれています。バロンの持ち主である聖司の祖父・司郎は、作中で描かれる時代から大きく遡った戦前に、バロンを譲って貰うことになります。ただし、譲って貰う相手からは、対となるもう一体の猫の人形がまだ修理から返ってきていないため最初は断られていたとされます。そこで、偶然近くに居た女性が、修理が終わったもう一体の人形を買取り、必ず2体を引き合わせると名乗り出たことから、バロンは司郎の手に渡ることになります。しかし、その直後に戦争が始まってしまい、約束を交わした女性の行方もわからなくなり、バロンも対になる人形と離れ離れになってしまいます。

猫の恩返し』では、一切『耳をすませば』で描かれたバロンの物語への言及はありません。しかし、バロンの事務所にはその対となる人形のルイーゼの肖像画が飾られています。バロンの逸話を知っている雫が描いた物語という設定を踏まえると、『猫の恩返し』のバロンも、ルイーゼを求め追い続ける存在なのでしょう。

本当の自由を表すムタ

一方でそんなバロンとは対照的な本物の猫が、ムタです。当初は人間の世界で普通の太った白猫として登場していながら、実はバロンの事務所への道案内も出来てしまう存在であり、さらには、猫の国で湖の魚を全部食べて逃げたと語り継がれる伝説のルナルド・ムーンであったりといくつもの顔を持つ猫でした。

この複数の顔を持つという設定も、実は『耳をすませば』との繋がりがあります。『耳をすませば』にもムーンという名の白い太った猫が登場し、街のあちこちを渡り歩き、各所で別の名前を付けられては可愛がられているというマスコット的な扱いを受けていました。まさにそんなムーンの姿を見て、雫は自身の物語に取り入れたのだろうと、想像ができます。

そしてもう一つ、ムタはこの物語においても重要な存在として描かれています。ハルは、猫の国を気ままに生きられる場所として、少し憧れを持つように描かれます。しかしムタはそんなハルに、猫の国について「俺みたいに自分の時間を生きられないやつの行くところ」と諭します。

猫王らの言動からも、ムタがどうやら異常な長寿の猫であることは確かなことからも、他の猫とは猫の国に対するスタンスが違うのでしょうが、そこには、この映画において猫の国が長く居ついておくような場所でないことを表しているようにも思います。「自分の時間」とは何か。その秘密は実は原作漫画の「バロン 猫の男爵」に隠されています。

実は隠された猫の国の秘密

映画『猫の恩返し』は、その多くを原作漫画「バロン 猫の男爵」の要素を取り入れて映画化していますが、ある一点だけ大きく映画化の際に描かれていない要素があります。それが猫の国が、実は人の世界にいられなくなった猫の来る所という設定です。

漫画では、ハルに助言をするユキが死別した存在であったことを改めて噛みしめる展開が用意されています。親しかった白猫のユキに、いつからか会えなくなったのはやはりユキが死んでいたからであり、かつてと同じように人間の世界で暮らそうというハルに対して、ただ首を振る切ないシーンも存在します。猫の国とは実は死後の世界のような一面を持つ国だったわけです

映画化の際には重い内容にしないよう、死に関する要素は取り入れられませんでしたが、猫の国がどことなく“居付くべき場所ではない”という雰囲気として残っています。ムタの言う「自分の時間」とは生きている期間を意味していたのです。

そして、そんな猫の国とは対照的に最後にハルが猫の国から戻って来ることができる力となるのが、自身の目標を持つバロンや、真の自由を持つムタ、さらにはかつての自身の行った善意で行なった行動であったり、バロンへの恋心だったりします。これらの要素も原作漫画に描かれている要素です。猫の国の死に対する設定こそ取り除かれてはいながらも、生きていくために必要なポジティブなエネルギーとはなんなのか。その答えは原作から変わらずこの映画に詰まっていたのです。

冒険を経て、ハルは物語の冒頭から成長したように描かれています。気ままなハルの性格から、冒険によって教訓めいたものを得られていないかのようにも見えましたが、しっかりとバロンやムタ、雪から前進する力を授かっていたことが描かれているのです。

(c)2002 猫乃手堂・Studio Ghibli・NDHMT

※2021年8月20日時点の情報です。

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