出世作はゲイ映画だった
『マイ・レフトフット』(89)・『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)・『リンカーン』(12)でアカデミー賞主演男優賞を受賞したイギリスを代表する名優ダニエル・デイ=ルイス(60)が先日、公式に引退を発表しました。
『マグノリア』(99)などで知られるポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作『Phantom Thread(原題)』(現在製作中)が最後の出演作となります。
出演作を厳選するダニエル・デイ=ルイスが、この20年で出演した映画はわずか6本、そのため、映画界での圧倒的な評価の高さのわりに、日本での知名度は意外に低いのかもしれません。
しかし、レオナルド・ディカプリオ主演のヒット作『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02)でレオ演じる主人公アムステルダム・ヴァロンの父親の仇である義眼のギャング=ビル・ザ・ブッチャーと言えば、ピンと来る人も多いのではないでしょうか?
アムステルダムの宿敵、残忍な男でありながらもなぜかアムステルダムの父親のようにすら感じさせる不思議な存在感には、魅せられましたね。
他の追随を許さない演技で観客を魅了してきた人だけに、早すぎる引退が惜しまれます。
ところで、ダニエル・デイ=ルイスの初主演映画『マイ・ビューティフル・ランドレット』(85)こそ、不動の人気を誇るゲイ映画だということはご存知でしたか?
80年代のイギリスはゲイ映画ラッシュ。
ルパート・エヴェレット、コリン・ファースが出演する『アナザー・カントリー』(84)や、ジェームズ・ウィルビー、ヒュー・グラント出演の「モーリス」(87)は、現在でもゲイ映画の金字塔となっています。
そんな流れの中で登場した『マイ・ビューティフル・ランドレット』、濡れ場の濃度(!)ではダントツに突き抜けた作品なんですよね。
せっかくですから今日は、ダニエル・デイ=ルイス出演作の中でもちょっと異色のこの作品をご紹介してみたいと思います。
(以下はネタバレを含みますのでご注意ください。)
ロンドンのパキスタン移民社会をリアルに描く
舞台は1980年代のロンドン。主人公のオマル(ゴードン・ウォーネック)はパキスタン移民二世で、実業家の叔父の仕事を手伝っています。
ある時、叔父が所有する南ロンドンのコインランドリー店<ランドレット>を見せられたオマル。すっかり近所の不良たちのたまり場になって荒れ果てた店の経営を、叔父はオマルに任せます。
腕試しのチャンスを与えられたオマルは大喜び。さっそく幼馴染みの不良ジョニー(ダニエル・デイ=ルイス)を雇って、店を荒らす不良たちを追い払うことに成功します。
ジョニーの腕力とオマルの商才とで店の経営は上向きに。そして、気が付けば2人は深い関係になっています。
一方で、オマルの経営手腕を認めた叔父は、娘のタニアとの結婚を勧め、タニアも乗り気の様子。
それを知ったジョニーは……
オマルとジョニーの関係を描いたゲイ映画であると同時に、ロンドンのパキスタン移民社会と、彼らに対するイギリス人社会からの強い反発を描いた社会派映画でもあります。
映画史に残る大胆なラブ・シーン
古い映画でありながら、いまだにゲイ映画ランキングの上位にランクインしている本作。その最大の理由は、前述の濃厚なラブ・シーンにあります。
実は本作、NY版「TIMEOUT」が発表する“The 100 best sex scenes of all time”(映画のセックス・シーン ベスト100)の常連でもあるんです。
ジュリエット・ビノシュやウィノナ・ライダーなど過去には共演女優とも交際の噂があったダニエル・デイ=ルイスだけに、女性とのラブ・シーンのほうがイメージに合う……と思われるかもしれませんが、多分、彼の出演作で一番大胆でエロティックなラブ・シーンが撮られたのはこの作品です。
もっとも、本作のラブ・シーンは特別露出度が高いわけではありません。
じゃあ何が凄いのかというと……
フェティシズムの真髄を突いた演出!
もう、これに尽きます。
目玉のラブ・シーンの舞台は、店の奥の事務室。
店は営業中で、部屋のブラインドの隙間からは、店内にオマルの叔父たちがいるのが見えています。
まずはこのスリリングなシチュエーションが、第一のポイント。
そんな状況で、大胆にもオマルを後ろから抱き寄せ、Yシャツの胸元のボタンをはずして素肌を愛撫するジョニー、されるままに身を委ねるオマル……ここで、オマルがネクタイを締めたままなのが第二のポイントです。
もしや裸ネクタイは宴会芸専用のパフォーマンスだと思っていませんか?
とんでもない! 裸ネクタイこそ超王道の萌え要素だということが、この映画を観るとよ~く分かるはずです。
しかもYシャツ半脱ぎ状態というのがまた……中途半端な肌の露出がなんとも言えず淫猥。まさにゲイ映画史に残るエロスの表現と言えるんじゃないでしょうか。この偉大なる萌えシーンをオマージュしたBL作品が量産されたことは想像に難くありません。
他にも口移しに酒を飲むなど大胆な愛情表現が盛りこまれている本作、同性愛への偏見が強かった当時、こんな濃厚な場面を演じきっていること自体凄い。
ダニエル・デイ=ルイスの突き抜けたプロ精神が本作からも伝わってきます。
恋のライバルを寝取る、ディープな三角関係
ゲイ映画的観点から、もう一つこの映画の面白さを挙げるとすれば、同性愛絡みならではのディープな三角関係が描かれていること。
当時のパキスタン移民社会ではいとこ結婚が当たり前だったようで、オマルの叔父も親族たちも、オマルが叔父の娘タニアと結婚するのを望んでいます。
商売で叔父に世話になっていることもあって、オマルもまんざらでもなさそうな態度。
しかしジョニーはそれが気にくわない。
そこで彼は、わざとタニアの関心を惹いて自分に恋愛感情を持つように仕向けるんですよね。
そうしておきながら、一緒に駆け落ちしようというタニアの誘いを、オマルを見捨てられないからと断る。
トドメに、「あんたはあいつと寝た?」と聞くジョニーの口調には、「俺はあいつと寝たのでね」という勝ち誇った含みが。
さらっと描かれていますが、冷静に考えるとかなりエグい男の争奪戦。ジョニーの一途さと手段を選ばない悪魔ぶりがせめぎ合うこの辺りは、本作の大きな見せ場。当時28歳のダニエル・デイ=ルイスのつややかな容姿とひとクセある雰囲気が存分に生きるシーンでもあります。
移民に対する反感を同性愛がくつがえす
本作は同性愛を特別なものとして描いてはおらず、同性愛に対する差別や偏見もまったく描かれていません。
むしろ、同性愛が根強い移民差別に突破口を開く要素になっているのが面白いところ。
かつては移民排斥運動に参加していたジョニーが、愛情からオマルの従業員に……ビジネスではオマルが上の立場ですが、メイク・ラブの場面ではジョニーがリードする側なのもいいバランスです。
重いテーマを扱いながら、味付けは軽妙でコミカル。ネイティブ・移民どちらに対しても距離を置いた視点は非常にドライで、そこもまたイギリス映画らしいところかもしれません。
移民問題に同性愛を絡めたことにどんな意味があったのかは今となっては分かりませんが、同性愛にしろ異性愛にしろ、愛という感情が解決する問題は多いということは、ひとつの真理でしょう。
もっとも、ジョニーがライバルのタニアを排除したように、愛と排他性は表裏一体でもあるんですけどね。
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