かつてロンドン裏社会に君臨した双子のギャングがいた
ビートルズに世界が熱狂した60年代、「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれる若者文化の発信地として時代を牽引したロンドンにあって、その裏社会に君臨した一卵性双子のギャングがいたことをご存知でしょうか。
レジナルド(レジー)・クレイとロナルド(ロニー)・クレイ、ひとまとめに「クレイ兄弟」と呼ばれる彼らは、60年代に頭角を現し、一時はロンドン裏社会の頂点に立ったものの、1968年には殺人罪で共に逮捕。彼らの時代は終わります。
あっけなく消えたクレイ兄弟の野望……にもかかわらず、彼らを題材にした映画の製作は今も後を絶ちません。
日本で公開された作品としては、1990年の『ザ・クレイズ/冷血の絆』のほか、トム・ハーディ主演の『レジェンド 狂気の美学』(15)も記憶に新しいところ。日本未公開の作品もここ数年で複数製作されています。
冷酷な犯罪者でありながら、一体何故クレイ兄弟は人々の心を捉えて離さないのか? 今日は映画『レジェンド 狂気の美学』のご紹介をかねて、実在のクレイ兄弟の物語に迫ってみたいと思います。
(以下には一部『レジェンド 狂気の美学』のネタバレになる内容を含んでいますのでご注意ください。)
いつも2人ワンセットだったクレイ兄弟
ロンドンの下町・イーストエンドで、古着の商いをしていた父親と美人と評判の母親のもとに育ったクレイ兄弟。
黒い髪に黒い瞳、人形のように可愛らしい双子を溺愛していた母親は、2人にいつもお揃いの服を着せ、2人がいつも公平になるように心がけていたといいます。
やがて成長した双子は揃ってボクサーになり、2人揃って徴兵されるものの連隊から脱走。
それがきっかけでギャングの世界に入った2人は、ロンドン中心街で高級クラブを経営するなど実業の世界でも成功をおさめ、一時は政治家や芸能人とも交流を持つ名士としても知られる存在でした。
成長するにしたがって兄弟には距離ができるもの。しかしクレイ兄弟はいつも一緒でした。
ただ、見た目はそっくり、いつも一緒でも、2人には大きな違いが。
バランス感覚があり、大物ギャングとしての素質を備えていたレジーに対して、精神疾患と診断されたこともあるロニーは、彼を「デブホモ野郎」と言った相手を公衆の面前で射殺したこともある凶暴なトラブルメーカー。
2人がずっと二人三脚だったのは、ロニーは一人では生きられず、レジーの助けを必要としていたという理由もあったようです。
(『レジェンド 狂気の美学』より、すぐに暴走するロニー(左)を抑えるのがレジー(右)の役目)
ロニーが暴走してレジーが尻ぬぐいする2人の構図
クレイ兄弟の組織「クレイ商会」を金のなる木にしたのは、明らかにレジーの才覚。
ロニーはレジーに嫉妬したり、自分がもっと大きなことをしようとして失態をおかしたりと、せっかく手にした2人の成功をぶち壊すようなことばかりしでかす、レジーの頭痛の種でした。
しかし、レジーは辛抱づよくロニーの尻ぬぐいに奔走していたようです。
もっとも、双子のさまざまなエピソードの中心になるのはロニーのほう。
レジー1人なら卒なく裏社会でのし上がった男の話になっていたところ、それをブチ壊すロニーがいることで、2人の物語は暴走と迷走を繰り返します。
良くも悪くも自分に正直にしか生きられないロニーの存在が、皮肉にも物語としての魅力を生み出しているのです。
一卵性双子でもセクシュアリティは違う?
ロニーが自分に正直だったという一つの例が、同性愛に対する偏見が強かった当時のイギリスで、ゲイであることを隠していなかったこと。(厳密には、隠してはいたが周囲には暗黙の了解だったというほうが正しいようですが。)
彼は「ロニーのスパイ」という名目でいつも少年をはべらせていたといいます。
双子が所有するクラブには当時のゲイ・アイコン(ゲイの崇拝を集める人物)として知られるジュディ・ガーランドも訪れていたとか。
一方のレジーは『レジェンド 狂気の美学』にも登場するフランシス(映画ではエミリー・ブラウニング演)と結婚。ただし、2人の結婚生活は数か月で破綻しています。
(『レジェンド 狂気の美学』より、レジーとフランシス。幸せだったのは束の間だった。)
「レジーが女の子に関心を示すと、必ず裏切り行為と受取り、腹を立てた」(注1)というロニーがいる限り、レジーの結婚生活がうまくいくはずがありません。
ただ、結婚後まもなく、新婚生活のために用意した高級フラットを捨ててロニーの部屋の真下に引っ越すなど、レジーの側も自らロニーに手繰り寄せられていったのは不思議です。
これでは花嫁のフランシスが出ていったのも無理はないでしょう。
実はレジーもバイセクシュアルだったという証言もあるようですね(注2)。
一卵性双子のセクシュアリティは二卵性双子の場合よりも同一である確率が高いという研究もあって、レジーのバイセクシュアル説には説得力がありますが、ただ、今となっては真相は藪の中。
1つ言えるのは、レジーにとって結婚は「ロニーと距離をとる」という意味合いも大きかったのでは?ということ。
彼の短い結婚生活は、それが無駄なあがきだったということを証明する結果に終わったわけですが……双子の並々ならない絆の強さは、当事者であるレジーの予想さえ超えていたということでしょうか。
『レジェンド 狂気の美学』では、レジーとフランシスにとって最後の会話となったやりとりの中で、よりを戻したいというレジーをフランシスが、
「最初から(私を)愛してなんかいなかったくせに」
とさびしげに突き放すシーンがありますが、このシーンも、レジーのセクシュアリティをどう捉えるかで、意味するところが全く変わって来ます。
(『レジェンド 狂気の美学』より、警察に勝利し祝杯をあげるクレイ商会の面々。そこにレジーの妻フランシスの姿はない。)
双子の絆がもたらした破滅
ロニーに掻き回され続けたレジーの人生。
しかしレジーは、自分の前途をも危うくするロニーという爆弾を最後まで放り出そうとはしなかった――これは、クレイ兄弟の物語の核心であり、彼らの物語が「絆」という言葉抜きには語れない所以でもあります。
もちろん、ロニーのやっていることも犯罪なら、レジーがロニーのためにした「尻ぬぐい」も、物証だけでなく時には人間さえ消し去る真っ黒な犯罪であって、2人に同情の余地はありません。
ただ、アンバランスな部分を抱えつつもあくまで互いの半身であろうとした双子の姿には、どうにも魅せられてしまいます。
最終的には、まるでロニーの狂気に感応したかのように、レジーも無謀な殺人を犯し、2人共々終身刑に。双子の王国は崩壊したものの、皮肉にも2人は最後まで同じ運命を共有します。
クレイ兄弟の物語が好まれるのは、暴力にまみれた2人の物語の裏側に、兄弟愛と双子の不思議な宿命という人を惹きつけてやまない要素が秘められているからなのでは……2人のことを知るほどに、そんな気がしてきます。
トム・ハーディ×トム・ハーディを贅沢に堪能できる『レジェンド 狂気の美学』
映画『レジェンド 狂気の美学』には、ゲイのロニーがそばにはべらせている美青年の1人・テディ役として『キングスマン』のタロン・エガートンが出演。『キングスマン』のスパイ役とは全く毛色の違う役柄、オールバックに撫でつけたヘアスタイルから色香が漂います。
同じくロンドンのギャングの世界を描いた『ギャングスター・ナンバー1』(00)のポール・ベタニーとデヴィッド・シューリスが出演しているのも面白いところです。
しかし最大の見どころはなんといってもトム・ハーディの一人二役!
時に凶悪、時に滴るような男の色気を見せつけるレジーと、レジーよりずんぐりしていて表情も乏しいのにどこかユーモラスなロニー……文字通り一粒で二度おいしいのが一人二役の醍醐味。
ぜひトム・ハーディ×トム・ハーディの濃厚な双子ワールドを堪能してください。
(注1)「ザ・クレイズ 冷血の絆」(早川書房)による。
(注2)ドキュメンタリー映画“The Krays: Kill Order”(15 日本未公開)
作品名 『レジェンド 狂気の美学』
発売日 DVD&Blu-ray好評発売中
価格 3,900円(税抜) (DVD)
発売元 『レジェンド 狂気の美学』フィルム・パートナーズ 販売元 (株)ハピネット
(C)2015 STUDIOCANAL S.A. ALL RIGHTS RESERVED.
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※2021年8月24日時点のVOD配信情報です。