【ネタバレ解説】映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』ウェスの“愛”が詰め込まれた、風変わりすぎる作風を徹底考察

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』を徹底考察。

ファンタスティック Mr.FOX』(2009年)、『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)、『犬ヶ島』(2018年)など、ユニークな作風で世界中にファンをもつウェス・アンダーソン。彼の記念すべき監督10作目『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』が現在絶賛公開中だ。

という訳で今回は、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(タイトル長い…)をネタバレ解説していきましょう。

映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021)あらすじ

20世紀フランスの、架空の街にある架空の雑誌社。「フレンチ・ディスパッチ」の編集部には、エルブサン・サゼラック(オーウェン・ウィルソン)、J・K・L・ベレンセン(ティルダ・スウィントン)、ルシンダ・クレメンツ(フランシス・マクドーマンド)、ローバック・ライト(ジェフリー・ライト)など、個性豊かなジャーナリストや記者たちが集まっていた。だが、突然編集長のアーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)が急死。雑誌は廃刊することになってしまう…。

※以下、映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』のネタバレを含みます

※以下、本作を『フレンチ・ディスパッチ』と表記します

フランス、「ザ・ニューヨーカー」、そしてアンソロジー。やりたいことを全て詰め込んだ一作

この映画の舞台は、アンニュイ・シュル・ブラッセ(Ennui-sur-Blasé)というフランスの架空の町。アンニュイ(Ennui)もブラッセ(blasé )も、どちらも“気だるい”、“退屈”、“物憂げ”という意味。大きな事件など望むべくもないフランスの片田舎に、架空の雑誌「フレンチ・ディスパッチ」の編集部は居を構えているのである。

小さい頃から芸術の都に憧れ、現在ではパリにアパートを構えているウェス・アンダーソンにとって、フランスを舞台にした映画を撮ることは必然だったのだろう。

「私の出身はテキサスですが、ずっとフランスに長期滞在したいと思っていました。長い間、『フランスから学んだことを活かして映画を撮りたい』という想いが日に日に増していきました。そもそもの理由の一つに、大のフランス映画好きということがあります。映画によってフランスに傾倒したとも言えますね」
(出典元:映画パンフレット ウェス・アンダーソンへのインタビューより抜粋)

フィガロの記事によれば、ウェス・アンダーソンが出演俳優&スタッフに「ぜひ、これを観るべし!」とレコメンドした映画が33本もあるそうだが、そのほとんどがフランス映画だ。

1.『資本家ゴルダー
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督 1930年/フランス映画

2.『舞踏会の手帖
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督 1937年/フランス映画

3.『素晴らしき放浪者
ジャン・ルノワール監督 1932年/フランス映画

4.『どん底
ジャン・ルノワール監督 1936年/フランス映画

5.『ゲームの規則
ジャン・ルノワール監督 1939年/フランス映画

6.『現金に手を出すな
ジャック・ベッケル監督 1954年/フランス・イタリア映画

7.『
ジャック・ベッケル監督 1960年/フランス映画

8.『肉体の冠
ジャック・ベッケル監督 1951年/フランス映画

9.『中国女
ジャン=リュック・ゴダール監督(ハンス・リュカス) 1967年/フランス映画

10.『男性・女性
ジャン=リュック・ゴダール監督(ハンス・リュカス) 1965年/フランス、スウェーデン映画

11.『女と男のいる舗道
ジャン=リュック・ゴダール監督(ハンス・リュカス) 1962年/フランス映画

12.『大人は判ってくれない
フランソワ・トリュフォー監督 1959年/フランス映画

13.『ピアニストを撃て
フランソワ・トリュフォー監督 1960年/フランス映画

14.『犯人は21番に住む
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督 1943年/フランス映画

15.『犯罪河岸
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督 1947年/フランス映画

16.『真実
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督 1960年/フランス映画

17.『ぼくの伯父さん
ジャック・タチ監督 1958年/フランス、イタリア映画

18.『プレイタイム
ジャック・タチ監督 1967年/フランス映画

19.『赤い風船
アルベール・ラモリス監督 1956年/フランス映画

20.『鬼火
ルイ・マル監督 1977年/フランス映画

21.『北の橋
ジャック・リヴェット監督 1981年/フランス映画

22.『ナポリの黄金』
ヴィットリオ・デ・シーカ監督 1954年/イタリア映画

23.『白夜
ルキノ・ヴィスコンティ監督 1957年/イタリア映画

24.『テナント/恐怖を借りた男
ロマン・ポランスキー監督 1976年/フランス、アメリカ映画

25.『私は逃亡者
アルベルト・カバルカンティ監督 1947年/イギリス映画

26.『市街
ルーベン・マムーリアン監督 1931年/アメリカ映画

27.『今晩は愛して頂戴ナ
ルーベン・マムーリアン監督 1932年/アメリカ映画

28.『ヒズ・ガール・フライデー
ハワード・ホークス監督 1940年/アメリカ映画

29.『あなただけ今晩は
ビリー・ワイルダー監督 1963年/アメリカ映画

30.『知りすぎていた男
アルフレッド・ヒッチコック監督 1956年/アメリカ映画

31.『成功の甘き香り
アレクサンダー・マッケンドリック監督 1957年/アメリカ映画

32.『Painters Painting』
エミール・デ・アントニオ監督 1972年/アメリカ映画

33.『ワン・フロム・ザ・ハート
フランシス・フォード・コッポラ監督 1982年/アメリカ映画

ちなみに、この33本を年代別で分けるとこんな感じ。

1930年代 7本
1940年代 4本
1950年代 9本
1960年代 8本
1970年代 3本
1980年代 2本

この作品には、まるで映画黎明期ようなオールド・ファッション演出がそこかしこに施されているが(その感覚がとっても現代的でもあるのだが)、彼が古き良きフランス映画に傾倒しているからこそだろう。

そして架空の雑誌「フレンチ・ディスパッチ」は、ハロルド・ロスと、その妻で「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者だったジェーン・グラントによって1925年に創刊された老舗雑誌、「ザ・ニューヨーカー」から大きなインスパイアを受けている。個性豊かなライターたちによる、鋭い切り口&上質なユーモアにあふれた記事は評判を呼び、ニューヨークのみならず全米で読まれる雑誌となった。

テキサス州ヒューストンの田舎中学生だったウェス・アンダーソンも、この雑誌に夢中になった一人。

「私はずっと、「ザ・ニューヨーカー」についての映画を作りたいと思っていたんです。この映画に出てくるフランスの雑誌は、明らかに「ザ・ニューヨーカー」ではないけれど、完全にインスパイアされたものです。中学1年生のとき、学校の図書館でホームルームが行われて、私はみんなに背を向けるようにして椅子に座り、定期刊行物と書かれた木の棚に向かったものでした」
(出典元:ザ・ニューヨーカー ウェス・アンダーソンへのインタビューより抜粋)
https://www.newyorker.com/culture/the-new-yorker-interview/how-wes-anderson-turned-the-new-yorker-into-the-french-dispatch

彼の「ザ・ニューヨーカー」愛は凄まじく、カリフォルニア大学バークレー校が処分しようとしていた40年分の製本セットを買い上げ、今では1940年代からほとんどすべての号を所有しているほど。

そしてこの映画は、雑誌というメディアが記事を寄せ集めて作られているように、小さなエピソードを寄せ集めたアンソロジー形式になっている。前作『犬ヶ島』も、元々はこのアンソロジーの中の一本として考えられたもので、アイディアがどんどん膨らんだことから一本の映画として公開されたんだとか(ライブストリーミング番組 DOMMUNE での本人の談話による)。

「アンソロジー映画を作りたかったんです。特定のストーリーがあるわけではなく、一般的なオムニバス形式の作品集をね。私が一番好きなのは、ヴィットリオ・デ・シーカ監督『ナポリの黄金』と、マックス・オフュルス監督『快楽』の2本ですね」
(出典元:ザ・ニューヨーカー ウェス・アンダーソンへのインタビューより抜粋)
https://www.newyorker.com/culture/the-new-yorker-interview/how-wes-anderson-turned-the-new-yorker-into-the-french-dispatch

フランス、「ザ・ニューヨーカー」、そしてアンソロジー。記念すべき監督10本目となった『フレンチ・ディスパッチ』は、ウェス・アンダーソンのやりたいことを全て詰め込んだ、集大成的な一作なのだ。

ウェス・アンダーソンの頭の中の“誇張しすぎた”フランス

ハリウッドザコシショウの「誇張しすぎた◯◯◯」ではないけれど、『フレンチ・ディスパッチ』で描かれるフランスはだいぶ“誇張”されている。この映画で描かれるのは現実世界ではなく、よりビューティフルで、よりチャーミングで、よくポエティックに脳内変換された、ウェス・アンダーソンの“頭の中のフランス”だ。小さい頃から浴びるほど観てきた古いフランス映画の世界がそのまま、『フレンチ・ディスパッチ』に上位互換されている。

本作のロケハンにあたって、ウェス・アンダーソンはフランス各地を探し回ったというが、その際にイメージしていたのは「ジャック・タチの映画に出てくるような、古き良きパリ」だったという。最終的に撮影場所に決まったのは、パリ南南西およそ400キロに位置する古都アングレーム。監督のこだわりに満ちた世界観を再現するため、美術スタッフはこの街を「誇張しすぎたパリ」に仕立て上げたのだ。

よって、この『フレンチ・ディスパッチ』には往年の名画オマージュが横溢している。冒頭、カフェのボーイがアパートの階段をジグザグに登っていくシーンは、明らかにジャック・タチ『ぼくの伯父さん』(1958)へのオマージュだろう。

ベニチオ・デル・トロ演じる牢獄の天才画家の設定は、ジャン・ルノワール の『素晴らしき放浪者』(1932)がヒントになっているし、パリ五月革命を描いたエピソード「宣言書の改定」には、ジャン=リュック・ゴダールの『中国女』の影響が見て取れる。

いわば、この映画で描かれる架空都市はウェス・アンダーソンにとってのユートピアなのだ。それも、資本主義世界に背を向けたユートピア。編集長のアーサーが、「(雑誌は廃刊しそうだけど)何があっても寄稿している記者の給料は下げるな」と言うシーンがあったが、根っからのアーティストであるにウェス・アンダーソンにとって、そんな世界こそが最高に楽しい場所なのだろう。

彼は同じ役者を何度も起用することで知られているが(ビル・マーレイは9回目、オーウェン・ウィルソンは8回目、ジェイソン・シュワルツマンとは7回目のコラボレーションとなる)、いつもの仲間たちとユートピアで愉快な時間を共有することが、彼にとって至上の喜びであるに違いない。

雑誌をめくるように、細部のディティールを存分に味わうべき映画

正直なことを申し上げると、ウェス・アンダーソンは個人的に苦手な映画監督の一人である。特に『フレンチ・ディスパッチ』は、アンダーソン節が「これでもか!」と唸りを上げていて、観ていてちょっとツラかった。絵と文字情報の洪水に完全に溺れてしまい、鑑賞中は脳内がずっとパンク状態だったというのもあるけれど、そもそも筆者が映画という芸術に期待する「アクションとしてのケレン味」が完全に削ぎ落とされていることがツラかったのである。

勘違いして欲しくないのだけれど、筆者はこの映画を「失敗作ナリ!」と糾弾したいのではない。美術・衣装・キャストはサイコーだし、ある種の映画表現を極北にまで突き詰めた、後年まで語り継がれるべき作品だとすら思っている。“神は細部に宿る”を完璧にまで遂行し、何度でも見返したくなる映画だとも思っている。

『フレンチ・ディスパッチ』が極めて特異なのは、あらゆる要素が極度に抽象化されているからだ。役者の演技からはリアリズムや身体性が漂白され、画面は細密に計算された平面的構図で統一され、カメラワークは縦横の垂直な移動撮影・パンに限定されている。映画的なアクションなど望むべくもなし。

STORY#3の「警察署長の食事室」のクライマックスは警察と誘拐犯とのカーチェイスだが、最もアクションが期待されるであろうこの場面で、ウェス・アンダーソンはアニメーションで見せることを選択する。この徹底ぶりったら!筆者が映画に最も求めるファクターを、ウェス・アンダーソンは徹頭徹尾ズラしまくるのである。

そしてオムニバス形式をとった本作は、ストーリーからエモさすらも剥奪し、物語の無効化を図っている。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)にせよ、『ライフ・アクアティック』(2004)にせよ、『ダージリン急行』(2007)にせよ、初期ウェス・アンダーソン作品には、“肉親の死”というフックがストーリーをエモーショナルに駆動させる仕掛けになっていた。

『フレンチ・ディスパッチ』でも、精神的父親である編集長アーサーの死で物語が始まるのだが、そこにいっさいの感傷性はない(むしろラストシーンなどは、彼の遺体がギャグとして利用されているくらいだ)。

筆者には、アーサーの部屋に飾られていた”ある言葉”が、ウェス・アンダーソンからのメッセージのようにも思える…「泣くな(Don’t cry)」。もともと寓話的なエッセンスが強かったウェス・アンダーソン映画だが、極度な抽象化、極度な感傷性の排除によって、『フレンチ・ディスパッチ』はより寓話性が際立っている。この映画は、喜怒哀楽のエモーションを掻き立てるのではなく、まさに雑誌をめくるように、細部のディティールを存分に味わうべき作品なのだ。

まあ苦手とか言っておきながら、これまでのウェス・アンダーソン作品はしっかり追いかけてしまっているのだから、結局僕も彼が描くユートピアに心惹かれてしまっているのだろう。

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』情報

■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
■公開日:2022年1月28日(金)
■コピーライト:(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
■公式サイト:https://searchlightpictures.jp
■公式Twitter:https://twitter.com/SsearchlightJPN
■公式Instagram:https://www.instagram.com/SearchlightJPN/

※2022年2月5日時点での情報です。

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