『ジョーカー』の衝撃を超える、最高危険度の謎解きサスペンスアクション。
よりダークに、よりゴシックに、よりサスペンスフルにリブートされた『THE BATMAN-ザ・バットマンー』。
『TENET テネット』(2020)のロバート・パティンソンがブルース・ウェイン / バットマンを演じるほか、ゾーイ・クラヴィッツがキャットウーマン、ポール・ダノがリドラー、ジェフリー・ライトがジェームズ・ゴードン警部補役で出演。
という訳で今回は、2022年の超重要作になるであろう『THE BATMAN-ザ・バットマンー』についてネタバレ解説していきましょう。
映画『THE BATMAN-ザ・バットマンー』あらすじ
両親を何者かに殺害された復讐心を抱きつつ、夜な夜なゴッサムシティを徘徊しては、犯罪者と孤独な戦いを続けているブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)。そんなある日、現職の市長が何者かによって殺害される事件が発生。犯人を名乗るリドラー(ポール・ダノ)は、犯行現場に“なぞなぞ”を残し、バットマンに挑戦を仕掛ける。
※以下、映画『THE BATMAN-ザ・バットマンー』のネタバレを含みます
ベン・アフレックから企画を受け継いだマット・リーヴス
『THE BATMAN-ザ・バットマンー』の企画は、DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)の初期から構想が練られ、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016)、『ジャスティス・リーグ』(2017)でブルース・ウェイン / バットマンを演じたベン・アフレックが監督、製作、脚本、主演を務めることが決まっていた。
共同脚本にジェフ・ジョーンズを招聘したシナリオは、『ジャスティス・リーグ』直後を描いた内容。ヴィランのデスストローク役にはジョー・マンガニエロ、アルフレッド役には再びジェレミー・アイアンズが続投することが伝えられ、『スーサイド・スクワッド』でジョーカーを狂演したジャレッド・レトの出演も噂された。
だが周囲の期待とは裏腹に、ベン・アフレックは次第にバットマンへの情熱を失っていく。
「『バットマン』の監督がいい例だ。私は「こんなことをしても、幸せにはなれない」と思ったんだ。この作品を手がけることは好きなはずだし、こういうことは常に望んでいるはずで、おそらく自分が32歳でも好きでやっていただろうね。
でも、そのときから、そんなことをしても意味がないと思うようになったんだ。優先順位を見直すことで、より経験を重視するようになり、気持ちが楽になったんだよ」
(Los Angels Times ベン・アフレックへのインタビューより抜粋)
2017年1月、ベン・アフレックは正式に監督を降板。後任としてマット・ロス(代表作:『はじまりへの旅』)、リドリー・スコット(代表作:『エイリアン』、『リブレードランナー』)、ギャヴィン・オコナー(代表作:『ザ・コンサルタント』、『ウォーリアー』)、ジョージ・ミラー(代表作:『マッドマックス』)、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(代表作:『ブレードランナー 2049』、『DUNE/デューン 砂の惑星』)、フェデ・アルバレス(代表作:『ドント・ブリーズ』)といった監督の名前が候補に挙がったが、最終的にその座を射止めたのはマット・リーヴスだった。
有名作を手がけているわりには、知名度が今ひとつ(失礼)なので簡単に説明しておこう。マット・リーヴスは1966年ニューヨーク州生まれ。脚本家としてキャリアをスタートさせ、『ハッピィブルー』(1996)で長編映画監督デビュー。
ニューヨークに突如現れた巨大怪獣を、擬似ドキュメンタリー形式で描いた『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008)で一気にブレイクを果たし、『猿の惑星』のリブート・シリーズの2作目、3作目に当たる『猿の惑星:新世紀』(2014)、『猿の惑星: 聖戦記』(2017)でも堅実な演出ぶりを発揮した、職人監督である。
晴れて監督に就任したマット・リーヴスには、もちろんベン・アフレック&ジェフ・ジョーンズの手によるオリジナル脚本を活かす選択肢もあった。アクション主体の『007』的なアプローチで書かれたこのシナリオを、本家本元の『007』映画と比較したこともあったという。
だが最終的に彼は、自分自身でイチから書き直すことを決意。それは、ホアキン・フェニックスが主演した『ジョーカー』(2019)と同じように、「これまでのDCEU作品との繋がりは一切断つ」という判断でもあった。
かくして『THE BATMAN-ザ・バットマンー』は、バットマン映画史上最も“陰鬱”な作品へとシフトチェンジしていくことになる。
バットマン映画史上、最も心身を病んだブルース・ウェイン
ベン・アフレックから監督と脚本を引き継いだマット・リーヴスは、この映画を探偵ノワールとして構築することを模索する。もともとバットマンは、World’s Greatest Detective(世界最高の探偵)の異名を持つ、頭脳系のヒーロー。スーパーマンやワンダーウーマンと異なりスーパーパワーを持たない彼は、その卓越した推理力によって、ゴッサムシティにはびこる悪を殲滅せんと日々暗躍するのである。
インスパイアの元となったコミックは、ブルース・ウェインが“闇の騎士”として活動を始めるまでをハードボイルドタッチで描いた『バットマン:イヤーワン』(1987)と、罪悪感に苛まれて人格が二つに分裂してしまう『バットマン:エゴ』(2000)。
マット・リーヴスはこのダークサイド全開の原作を手掛かりにして、「精神的には極めて不安定な男が、夜になるとコウモリのスーツに身を包んで犯罪者を狩っていく」という、ヴィジランテ(自警団)映画としての側面を強く押し出した。
ティム・バートンの「バットマン」シリーズではお気楽なプレイボーイの大富豪、クリストファー・ノーランの「ダークナイト・トリロジー」では神経症的なヒーロー、そしてDUEUではジャスティス・リーグの頼れるリーダーとして描かれてきたブルース・ウェイン。しかしこの『THE BATMAN-ザ・バットマンー』では、ある種の狂気に取り憑かれた男として登場する。
ロバート・パティンソンの目元はまるでスプレーを吹きかけたように真っ黒だが、これはバットマンのマスクをかぶる時に地肌が見えないように配慮したもの。だが筆者には、この姿がまるで麻薬中毒者のように見えてしまう。ロバート・パティンソンの痩せこけた表情には、“生に執着していない感じ”が刻まれている。彼はバットマン映画史上、最も心身を病んだブルース・ウェインなのだ。
象徴的なのは、極端にカメラの被写界深度が浅いこと(ピントが合っている範囲が狭く、被写体以外の背景がボケている)。この映画は“精神的には極めて不安定な男”の視点で描かれるのだから、隅々までピントの合っているのではなく、鬱屈とした、滲んだ世界こそがふさわしい。舞台となるゴッサムシティは、雨が降りしきる荒廃した犯罪都市。それはまるで、『ブレードランナー』(1982)の近未来L.A.のようだ。
またマット・リーヴスは、『フレンチ・コネクション』(1971)、『コールガール』(1971)、『チャイナタウン』(1974)、『大統領の陰謀』(1976)、『タクシードライバー』(1976)など、’70年代のアメリカ犯罪映画に大きな影響を受けたと公言している。どの作品も主人公が巨悪に立ち向かう作品ではあるものの、そのタッチはドライで救いようがない。
特に『タクシードライバー』は、“精神的には極めて不安定”なタクシー運転手が、勝手にヴィジランテを気取り、街の犯罪者を一掃しようとする物語。本作と非常にアウトラインが似ている。
そしてもう一つ、マット・リーヴスが新しいバットマンを創造するにあたって、参照した人物がいる。“伝説のロックバンド”ニルヴァーナのフロントマン、カート・コバーンだ。
ブルース・ウェイン=カート・コバーン
この映画には、ニルヴァーナの2ndアルバム『ネヴァーマインド』(1991)に収められている『Something in the Way』が流れるシーンがある。まさにこの曲はマット・リーヴスがシナリオ執筆中に聴いていた曲であり、インスパイアを受けた曲でもあった。
ほぼアコースティックギター一本で作られたこのトラックは、橋の下に住む路上生活者のメランコリアが切々と歌われるバラード。曰く、「防水シートに穴が開いてしまった」、「草を食べてなんとか生きている」、「魚は感情がないから食べても問題がない」。そして最後には「何かが邪魔している(Something in the Way)」と繰り返す。
マット・リーヴスはこの曲を聴いているうちに、天啓が閃く。映画『ラストデイズ』(2005)で、カート・コバーンは俗世間から距離を置いた“引きこもり生活者”として描かれていたが、新しいブルース・ウェインもそのようなアプローチで描けば良いのではないか?と。
「今までにないブルース・ウェインをどう描くべきか?何か悲劇が起きて(つまりウェインが両親の殺害を目撃して)、この男が引きこもってしまい、何をしているのかわからなくなったらどうしよう、と考え始めたんだ。この男は無謀な薬物中毒者なのだろうか、とね。真実は、彼が一種の麻薬中毒者であるということだ。彼にとっての麻薬とは、復讐に依存していること。彼はバットマンの姿をしたカート・コバーンみたいなものなんだよ」
(Esquire マット・リーヴスへのインタビューより抜粋)
筆者は特に、「魚は感情がないから食べても問題がない」という歌詞に、どこかバットマンとの付合性を感じてしまう。彼は警察という公的機関に頼ることなく、自分の裁量で犯罪者に正義の鉄槌を喰らわす。「犯罪者は悪なのだから罰してしまっても問題がない」という論法で、社会的モラルを逸脱していることを正当化しているのだ。
おそらくカート・コバーンも、「魚は感情がないから食べても問題がない」ことを肯定している訳ではなく、偽りの感情であることを分かった上でこの歌詞を書いたのだろう。カート・コバーンも、ブルース・ウェインも、自分自身を保つためにあえて倫理観に背を向けている。
ゾディアック事件とウォーターゲート事件
マット・リーヴスは本作の着想に当たり、ゾディアック事件に大きなインスパイアを受けたと語っている。
このあまりにも有名な連続殺人事件は、’60年代後半から’70年代にかけてカリフォルニア州で発生。ゾディアックを名乗る謎の人物がマスコミに犯行声明文を送りつけ、全米を恐怖のドン底に叩き落としたことから、いわゆる劇場型犯罪の先駆けとも言われている。現在に至るまで真犯人が見つかっていない、未解決殺人事件だ。
この事件は、フィクションの世界にも大きな影響を与えた。『ダーティハリー』(1971)に登場する殺人犯スコルピオは、ゾディアックに触発されて創られたキャラクターだし、デヴィッド・フィンチャーはその正体に迫った『ゾディアック』(2007)を撮っている。
だが『THE BATMAN-ザ・バットマンー』が非常に特異なのは、本作におけるゾディアック……すなわちリドラーが、ゴッサムシティの不正を暴くために、彼自身もバットマンと同じくヴィジランテとなって、悪者を次々と血祭りにあげていくことにある。彼は単なる病的なシリアル・キラーではない。リドラーは逮捕される直前に、この街を裏で牛耳っていたボスのファルコーネを殺害することで、彼なりの正義を全うしようとする。バットマンとリドラーは、コインの表裏のように表裏一体の関係にあるのだ。
では、ゴッサムシティにはびこる不正とは何だったのか? これが若干ややこしいので、下記にまとめさせていただきます。
・マローニとファルコーネという二大マフィアのボスが、ゴッサムシティを牛耳っている。
・ブルース・ウェインの母親のマーサは、精神を病んでアーカム精神病院に入院していた。また、その事実を新聞記者に嗅ぎつけられてしまう。
・市長選目前だった父親トーマスは、その事実が公表されることを恐れ、ファルコーネに事態の収拾を依頼する。
・ファルコーネは新聞記者を殺害。トーマスはファルコーネに弱みを握られてしまう。
・トーマスは、劣悪な環境だったゴッサム孤児院を、巨額の資金を投じて再開発することを宣言(この孤児院で暮らしていたのが、リドラーだった)。その後トーマスはマーサと共に凶弾に倒れる。
・再開発に投じられるはずの基金を管理する者がいなくなったことから、政治家やマフィアが群がり、不正の温床となる。
・ファルコーネはこれを機に、ライバルであるマローニの情報を警察に渡して逮捕させる。
・ファルコーネはその後も、「ゴッサム孤児院基金」に群がる悪人の情報を定期的に警察に渡し、それによって警察官や役人が出世するという癒着関係が出来上がる。ネズミの正体は、ファルコーネだった。
本作は一見すると、『セブン』(1995)のような猟奇殺人事件を扱った作品に思えるが、実は街ぐるみの犯罪を糾弾する社会派映画でもあるのだ。
マット・リーヴスが影響を受けた作品の一つに、『大統領の陰謀』を挙げていることは前述した通り。この映画で描かれているのは、現職の大統領リチャード・ニクソンをはじめ、国のトップが盗聴や証拠隠滅などの犯罪行為に手を染めたとされる、ウォーターゲート事件。これもまた国ぐるみの犯罪だ。
ゴッサムシティ現職の市長の名前がドン・ミッチェルで、検事の名前がギル・コルソンなのは、ウォーターゲート事件の首謀者の一味とされる元アメリカ合衆国司法長官ジョン・N・ミッチェルと、特別補佐官チャールズ・コルソンの名前に由来しているのだろう。
本作は、ゾディアック事件に象徴される猟奇連続殺人をモチーフにしつつ、その裏にはウォーターゲート事件に象徴される国家的政治事件が渦巻いているのである。
Vengeance(復讐)トリロジー
すでに『THE BATMAN-ザ・バットマンー』は、3部作として制作されることが伝えられている。コリン・ファレル演じるペンギンにスポットを当てた、スピンオフ・ドラマも進行中だ。
ブルース・ウェインの両親を殺害したのは、本当にファルコーネだったのか? ラストにちらっと姿を見せたジョーカー(演じているのは、『エターナルズ』のドルイグ役でもお馴染みのバリー・コーガン)は、次回作のヴィランなのか? そして、警察に収監されているもう一人のボス・マローニの登場はあるのか? 全ては第2作で明らかになることだろう。
Vengeance(復讐)の物語は、まだ始まったばかりだ。
(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC
※2022年12月15日時点の情報です。