主演ホアキン・フェニックス、監督マイク・ミルズ、製作A24スタジオ。今最もエッジーなクリエイター陣によって作られたヒューマン・ドラマ『カモン カモン』。
アメリカのニュース雑誌「タイム」や、月刊誌「ヴァニティ・フェア」が年間ベストテンに選出するなど、極めて評価の高い本作について今回はネタバレ解説していきましょう。
映画『カモン カモン』あらすじ
ジョニー(ホアキン・フェニックス)は、ニューヨークのラジオ局に勤めるジャーナリスト。ある時彼は、妹のヴィヴ(ギャビー・ホフマン )から甥のジェシー(ウディ・ノーマン )の面倒を見るように頼まれる。ひょんなことから、取材旅行に同行することとなった二人。やがてジョニーとジェシーのあいだに、強い絆が生まれていく……。
※以下、映画『カモン カモン』のネタバレを含みます
父、母、息子。マイク・ミルズの「家族3部作」最終章
マイク・ミルズはマルチ・クリエイターとして、90年代からカルチャーの最前線を引っ張ってきた。グラフィック・デザイナーとしてストリートファッション・ブランド「X-girl」のロゴを手がけ、CMディレクターとしてNIKEのコマーシャルを撮り、アルバム・ジャケット・デザイナーとしてソニック・ユースやビースティ・ボーイズを担当し、ミュージック・ビデオ監督としてオノ・ヨーコやエアーのMVを演出。
そして2005年に劇場用映画第1作『サムサッカー』を発表し、彼の肩書きに新しく“映画監督”が加わる。その後はドキュメンタリー『マイク・ミルズのうつの話』(2007)を経て、父親がゲイをカミング・アウトしたことをきっかけに、息子も人生を見つめ直していく『人生はビギナーズ』(2010)、15歳の少年とシングルマザーの母親とのエピソードを描いた『20センチュリー・ウーマン』(2016)など、ハート・ウォーミングな作品を発表。寡作ながらアメリカ映画を代表するフィルムメーカーとなった。
マイク・ミルズは、半径1メートル以内の、自分にとって身近な題材で映画を撮り続けて来た作家と言える。『人生はビギナーズ』は亡き父親、『20センチュリー・ウーマン』は亡き母親へ想いを綴った非常にパーソナルな作品。最新作『カモン カモン』(2021)もまた、自分に子供が生まれたことから着想を得た、極めて個人的な物語だ。
「『カモン カモン』は、自分の子供との間にある、とてもソフトでパワフルな親密さを表現したものです。それは私の本当の子供とも同じだし、父親になってから出会った子供たちの世界でもある」
(マイク・ミルズへのインタビューより抜粋)
父、母、そして子供。結果的にマイク・ミルズは家族についての3部作を完成させることとなる。だが彼の眼差しは、ジョニーとジェシーの、擬似的な父子関係だけには収まらない。家族とのコミュニケーションにおいて、どれだけ“母親”…つまりヴィヴが重要な役割を果たしているかを、尊敬の念を込めて解き明かしていく。ジャクリーン・ローズ著「母たち:愛と残酷さについて」の一節が本編に引用されていることについても、それは顕著だ。
母性とは我々の文化において、
完全な人間とは何かという葛藤を埋める場所だ。
母親は、個人や政治の失敗、あらゆる問題への究極の生贄であり、
すべてを解決するという不可能な任務を背負っている。
我々は母親に、社会や我々自身の最も厄介な重荷を押し付けている。
マイク・ミルズの「父、母、子供の家族3部作」は、実は「母親へのラブレター3部作」でもある。語り口がどこかエッセイ的、随筆的なのは、そんなところにも起因しているのかもしれない。
『カモン カモン』に魔法をかけたホアキン・フェニックス
ジョニーを演じたホアキン・フェニックスが、『カモン カモン』という作品に魔法をかけたことは間違いないだろう。繊細すぎるほどに繊細な彼の芝居は、この映画に柔和で温かなトーンを与えている。マイク・ミルズにとっても、この稀代の名優との仕事は念願でもあった。知的で鋭敏な感覚を備えた、生粋のアクター。出演オファーを受けたホアキン・フェニックスは、マイク・ミルズとのランチの場で「この役を引き受けることはできない」と辞退してしまうのだが、どんなオファーでも最初は断ってしまうのがホアキン流。ナンダカンダで出演を受諾し、『ジョーカー』(2019)でのマッド・アクトとは真逆の役柄を演じることとなる。
インタビュアー:「ホアキンはどの役でも、自分にも監督にも“この役には合わない”と思わせておいて、最終的にその役を引き受けるようなところがありますよね」
マイク・ミルズ:「そうそう、そうなんです(笑)。この状態がずっと続いて、彼がこの役を引き受けるのかどうか、ずっとわからなかった。でも正直なところ、とても楽しかったんです。彼はとても頭が良くて、面白くて、いい意味でハイボルテージなんです。脚本について話し合った時も、彼が躊躇していることや、彼にとって空白だと感じる部分など、すべてが魅力的だった。そんなこととは関係なく、すべてが良くなっていくのがわかったんだ」
(マイク・ミルズへのインタビューより抜粋)
マイク・ミルズが彼に全幅の信頼を置いていたことは、インタビューからも伺える。何よりも彼は、子供とのコミュニケーション能力がズバ抜けていた。ジェシーを演じるウディ・ノーマンとレスリングごっこするシーンは、もともとオリジナルの脚本にはなかったもの。オーディションの際にウディが弟との喧嘩ごっこに言及し、ホアキンが面白がったことから加えられた。二人の芝居が微笑ましいこのシーンは、ウディにとって一番のお気に入りの場面となった。
子供たちにインタビューするシーンでも、ホアキン・フェニックスは抜群の対応を見せる。
「ホアキンはその場に溶け込むのが非常にうまいのです。(中略)彼が子供たちにインタビューするシーンでは、撮影のタイミングが映画『ジョーカー』のプロモーションと重なっていたこともあって、その点を非常に心配していました。ときどき子供たちの誰かが、 “あ、ジョーカーだ!”と言うんです。でもホアキンは冷静に、”そうなんだ、すごいね。その話をしたいのなら、撮影が終わってからにしよう。今はこの部屋に興味があるんだよ。どこに住んでいるの?どこで寝ているの?車についてどう思う?” と問いかける。相手の聞きたいことに本当に興味を持って、ただひたすら耳を傾けているうちに、インタビューはあっという間に終わってしまうんです」
(マイク・ミルズへのインタビューより抜粋)
「対話する」ということ。そして「魂に寄り添う」ということ
この『カモン カモン』という映画において、登場人物はとにかく会話をする。たくさんたくさん、言葉を交わす。もちろんそれは、「相手の言葉に耳を傾ける」というコミュニケーションの第一歩なのだけれど、それによって自分自身が心の奥底に閉じ込めていた“想い”に気づかされる、という構造にもなっている。ジョニーとジェシーの会話シーンを引用してみよう。
ジェシー「なぜママと話さないの?」
ジョニー「話しているよ」
ジェシー「話してない」
ジョニー「…わからない」
続いて、ジョニーが『オズの魔法使』を読み聞かせしているシーン。
ジェシー「なぜ結婚してないの?」
ジョニー「ルイーザと長いこと一緒だった」
ジェシー「好きだった?」
ジョニー「今でも好きだ」
ジェシー「じゃなぜ別れたの?」
ジョニー「…わからない」
ジェシーの問いに、ジョニーは何一つマトモに答えられない。だから彼は逡巡を経て、レコーダーに自分の正直な想いを吹き込み、自分の内面を見つめ直していく。性急に「答え」を出すのではなく、ゆっくりと、自分のペースで。この「性急に答えを出さない感じ」が、マイク・ミルズ自身のバイオロジカルな感覚なのだろう。
では本作は、言葉によって答えを見出していく、“テキスト”の映画なのだろうか?否。筆者は『カモン カモン』を、(多少気恥ずかしい表現を使うならば)“魂に寄り添うこと”を重視した作品だと考えている。
ラストシーンを思い出して欲しい。ジェシーは気丈にも「僕は大丈夫」と繰り返すが、ジョニーは「僕は大丈夫じゃない!」と叫んで、感情を爆発させるように喚き散らす。心から怒り、哀しみ、喜ぶこと。感情を共有すること。二人が「Blah blah blah blah(ベラベラ)」と意味のない会話をするようになるのは、非常に示唆的だ。『カモン カモン』が最終的に提示するのは、言葉の向こう側にあるコミュニケーションなのである。
筆者がこの映画を観終わって一番感じたことは、『ドライブ・マイ・カー』(2021)との類似性だった。思えばこの濱口竜介監督作品も、膨大なセリフの積み重ねによって物語の輪郭を形づくられていくが、最終的に言葉が無効化され、お互いの感情に寄り添うことで魂が補完される物語だった(詳しくは拙稿 【ネタバレあり】映画『ドライブ・マイ・カー』はなぜ世界的に高い評価を受けたのか?徹底考察 をお読みください)。
間違いなく、ラストシーンの西島秀俊の慟哭は、ジョニー&ジェシーの叫びと同質のものである。
大きな主題が据えられた、ミニマルな物語
『カモン カモン』は、一人の中年男性と少年とのエピソードを丁寧に紡いだ、非常にミニマルな物語だ。デトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオーリンズへと旅をするロードムービーの形式をとってはいるが、我々の印象に残るのはマンハッタン・ブリッジに代表されるようなランドマークではなく、バスタブやベッドといった日常空間である。
だがその視線の先には、“未来の地球”という、とてつもなく大きな主題が据えられている。果たして自分は、子供たちにより良い未来を引き継がせることができるのだろうか?そしてバトンを受け取る子供たちは、未来をどんな風に考えているのだろうか?そんなマイク・ミルズの純粋な想いが、この映画にパッキングされている。それは、彼自身が親になったことに起因しているのだろう。
「親であるということは、世界や過去や未来への見方を変え、細胞レベルで新しく生まれ変わることです。それくらい、私にとっては深いものなのです。だから、すべてが変わりました。自分自身について、パートナーについて、すべての視点が変わりました」
(マイク・ミルズへのインタビューより抜粋)
本作には、次代を担う子供たちへのインタビューが数多くインサートされている。彼ら・彼女らは、未来を決して悲観的なディストピアとは捉えてはいない。より良い未来が待っている/作り出すことができる、と力強く答える。『カモン カモン』は、「未来には希望がある」というポジティブなメッセージが織りこめられた映画なのだ。
もちろん、未来への道は平坦ではない。曲がりうねっている。それでも真っ直ぐに先へ進もう…そんな想いが、本作のタイトルになっている。
「起きると思うことは絶対起きない。
考えもしないことが起きる。
だから先に進むしかない。
先へ(カモン) 先へ(カモン)。
先へ(カモン) 先へ(カモン)」
『カモン カモン』は、大きな主題が据えられた、ミニマルな物語なのである。
『カモン カモン』作品情報
■公式HP:https://happinet-phantom.com/cmoncmon/
■原題:『C’mon C’mon』
■公開日:2022年4月22日(金)
■上映時間:108分
■配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
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※2023年6月1日時点での情報です。