TVドラマ『おっさんずラブ』の予期せぬブームや、『君の名前で僕を呼んで』の日本公開など、2018年はボーイズ・ラブが熱い話題を呼びました。
シネマート新宿の特集上映「のむコレ」で大好評を博した『ゴッズ・オウン・カントリー』もブームを牽引した作品のひとつ。連日立ち見が出る大盛況で、2019年2月からは拡大上映がスタート。当初は予定なしと言われていたDVD・Blu-rayの発売も決定しました。
『ゴッズ・オウン・カントリー』は、イギリス北部のヨークシャー地方にある酪農農場を舞台にした男と男のラブ・ストーリー。酪農の現場が舞台という共通点から、ゲイ映画の金字塔『ブロークバック・マウンテン』とも比較されることが多い作品です。
もっとも、同じ“酪農ゲイ映画”でも、20世紀が舞台の『ブロークバック・マウンテン』と21世紀が舞台の『ゴッズ・オウン・カントリー』では大きな違いがあります。しかもそれぞれに魅力的。
2つの作品の違いとは? 酪農とゲイ映画はなぜ相性がいいのか? まずは、それぞれの作品を酪農絡みのシーンに注目しながら振り返ってみましょう。
※以下、『ブロークバック・マウンテン』『ゴッズ・オウン・カントリー』のネタバレを含みます
『ブロークバック・マウンテン』(2005)
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1963年のアメリカ、ワイオミング州。ひと夏の間、山で羊を追う季節仕事を求めて出稼ぎに来た若きカウボーイ、ジャック(ジェイク・ギレンホール)とイニス(ヒース・レジャー)の二人が、雇い主の事務所の前で面接を待っている。『ブロークバック・マウンテン』は、そんな場面から始まります。
遅れて到着したジャックが話をしたげに目線を送っても、ふてくされたように目も合わせようとしないイニス。ジャックはあきらめたのかイニスに背を向け、車のミラーの前で髭を剃り始めますが、彼が覗き込んだミラーに映り込んでいるのは、彼自身の顔と、その向こうに佇むイニスの姿。
ミラーごしのジャックの視線に、彼の中に灯ったひとつの「予感」が仄めかされています。一方、イニスの心はこの時点では見えない。
さまざまな困難が襲うブロークバック・マウンテンでの過酷なキャンプ生活に耐えるうちに、次第に「戦友」にも似た絆で結ばれていく二人。そして、ふとした勢いで、肉体的にも結ばれます。しかし、事の後でこう言い合うのです。
「俺はゲイじゃない」「俺もだ」
都会ではともかく、地方ではまだまだ同性愛差別が激しかった当時、二人は自身の中に生まれた感情を決して愛とは認めないまま、放牧の季節が終わるとそれぞれの家に帰っていきます。
やがてそれぞれに結婚し、子供も生まれて、そのまま平穏な日々が続くはずだった。ところが、ジャックの誘いで再会したことがお互いの人生を狂わせていくことに……。
ジャックとイニスがひと夏を共に過ごしたブロークバック・マウンテンは、彼らにとって地上で唯一本当の自分でいられる場所。 まさしく二人の聖地であると同時に、二度と戻れない場所でもありました。
作品を観終わってからもう一度、序盤のブロークバック・マウンテンでのシーンを観直すと、二人の眩しいほど輝いた表情に胸を締め付けられます。
それにつけても、山の羊番生活は男同士のコンビが映えるシチュエーションです。
ハプニングで食料を失い、飢えた二人がこっそり鹿を密猟しようとする場面では、イニスが銃の腕前を披露。機嫌の悪い馬のあしらいは、ロデオ好きのジャックの領分。お互いの力量を見せつけあい、張り合うのも男同士ならではです。怪我をしたイニスをジャックが手当てしようとして嫌がられる、という萌えどころも。
山を下りる日、抱擁ひとつできず、殴り合うのが精一杯だった2人……。決してお互いへの想いを愛とは認めようとしない頑なさ、それゆえの切なさもまた、この作品がいつまでも心に疼きを残す所以でしょう。
『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017)
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こちらは21世紀のイギリス・ヨークシャー地方が舞台になっています。
「God’s Own Country(神の恵みの国)」とも呼ばれる自然豊かなこの地で、父親と二人で酪農農家を切り盛りするジョニー(ジョシュ・オコナー)が、本作の主人公。
父親は体を壊し、今や力仕事は実質ジョニーが全てこなしているにもかかわらず、主導権はあくまでも父親。もともと家業を継ぎたくなかったジョニーのフラストレーションは溜まる一方。ゲイであることを隠し続ける孤独も相俟って、彼の生活は荒れています。
そんな日々を送る中、父親が雇った季節労働者のゲオルゲ(アレック・セカレアヌ)が農場にやってきます。肌の色の浅黒いゲオルゲがルーマニア人と知ると「ジプシー!」と見下すジョニー。しかし、ゲオルゲの人柄に触れるうちに、次第に彼が気になり始め……。
この作品でも『ブロークバック・マウンテン』と同じく、羊を連れての山籠もりがきっかけで2人の関係が進展します。厳しい大自然の中で助け合って過ごす時間は、二人の心の距離を一気に縮めるのでしょうか?
本作の大きな魅力は、酪農農家の仕事を通じての二人の関係の深化が細やかに描きこまれていることです。そこは自身が酪農農家の出身であるフランシス・リー監督の作品ならでは。
死にかけていた羊の新生児が、ゲオルゲの根気強い蘇生処置で息を吹き返し、小さな産声をあげる場面は、とりわけ感動的です。羊の赤ん坊を抱いて哺乳瓶でミルクを与えるゲオルゲも、ジョニーが惚れ直しそうな甲斐甲斐しさ(笑)
ボーイズ・ラブ作品の場合(オメガバース設定の作品は別として)、出産はありえないので、二人が新しい生命の誕生の喜びを分かち合う場面は希少。農場という舞台はその意味でも、男同士のカップルにとって意義の深いシチュエーションと言えるのではないでしょうか。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】動物の死の描き方に表れた2つの作品のテイストの違い
ただ、酪農には、動物の誕生という神聖な瞬間に立ち会える反面、誕生と表裏一体のところにある動物の死にも向き合わなければならない一面があります。『ブロークバック・マウンテン』にも『ゴッズ・オウン・カントリー』にも登場人物たちが動物の死に直面するシーンがあるので、比較してみましょう。
『ブロークバック・マウンテン』には、イニスとジャックが初めて一夜を共にし、羊の番をサボってしまった翌朝、放牧地へ行ったイニスがコヨーテに襲われた羊の死骸を見つけるシーンがあります。
まるで二人の行いの罰でもあるかのように、骨と皮を晒された無残な羊の姿……。この羊の死骸は、イニスが幼い頃父親に「教育」として見せられた、リンチで殺されたゲイの死体を連想させるもの。イニスの中に植え付けられた「許されざる愛の罰」のイメージそのものです。
この辺り、同性愛への強い偏見が残っていた時代を描いた『ブロークバック・マウンテン』らしさが強く出ています。
一方、『ゴッズ・オウン・カントリー』では、動物の死が二度にわたって描かれています。
一度目は、ジョニーが牛の競り市場で出会った男との性処理的アバンチュールを済ませて帰ってくると、留守中に牛が仔牛を産み落としていたシーン。付き添う人間がいなかったために仔牛は骨折していて助かる見込みはなく、ジョニーが自ら銃殺します。
二度目はジョニーとゲオルゲとの付き合いが始まってからのこと。ある寒さの厳しい朝、農場で生まれたばかりの子羊が一匹死んでいるのを見つけた二人。沈み込んだジョニーの前で、ゲオルゲは死んだ子羊の腹にナイフを入れて、毛皮を剥ぎ取ります。
一見残酷に見える作業ですが、そうではないことがゲオルゲの次の行動で分かります。ゲオルゲはその小さな白い毛皮を、別の子羊に着せてやります。死んだ羊の体が生き残った羊のために活かされる……。死の先に再生が描かれているのです。それはある意味で農業の本質でもあります。
このシーンはジョニーが仔牛を銃殺せざるをえなかったシーンと対になっていて、ゲオルゲがジョニーと農場に希望をもたらしたことを象徴的に見せています。笑顔が戻ったジョニーの顔に、ハッピーエンドへの強い暗示が漂う。
ここが『ゴッズ・オウン・カントリー』と『ブロークバック・マウンテン』との大きな違いです。農場のさまざまな出来事の中で最も重い「死」と向き合う場面に、2つの作品のトーンの違いが出ているのは面白いですね。
20世紀に語られた夢物語が、21世紀に実現する
酪農の現場は重労働、男手は多いほどいい仕事です。それだけに、男同士のカップルには向いているし、彼らがお互いの活躍に惚れ直す場面にも事欠きません。
広大な大自然の中でセクシュアリティの問題を見つめ直した時、そこにつきまとう偏見がいかに無意味でちっぽけなものかがクリアに見えてくるということも、“酪農ゲイ映画”の特徴のひとつであり、支持を受ける理由のひとつでもあるでしょう。
『ブロークバック・マウンテン』は時代に阻まれて成就しなかった愛の悲劇を描いた作品。ハッピーエンドではありませんが、偏見への問題提起を含んでいること、結ばれることはなくても変わらなかった二人の想いだけでなく、彼らに苦しめられ続けた妻たちの想いにも目を向けた、深く心を抉る傑作です。
ただ、ジャックがイニスに持ち掛けた、一緒に農場を経営する夢がもし実現していれば……と、そこだけは無念に感じた方も多いのではないでしょうか。二人にもう一度、ブロークバック・マウンテンと同じように自由になれる自分の居場所を見つけてほしかった。でも、彼らの生きた時代には、それは難しかったのでしょう。
そう考えると、『ゴッズ・オウン・カントリー』は、まるで『ブロークバック・マウンテン』のイニスとジャックの遺志を継いだかのように、奇しくも彼らの夢を実現した物語です。
『ゴッズ・オウン・カントリー』のハッピーエンドの意味は、二人の恋が実るというだけでなく、ジョニーがパートナーを得たことで、彼ひとりでは手が回らなかった農場経営に希望が生まれたという意味でのハッピーエンドでもあります。
本作のエンドロールの背景には、古い時代の麦の刈り入れの映像が映し出されます。一見本編とはつながらない映像ですが、一面黄金色に染まった畑で大人も子供も総出で刈り入れをする人々の姿は収穫の喜びに満ち、フランシス・リー監督が敢えてこの映像で作品を締めくくりたいと考えた意図がよく分かる気がします。ある意味、この作品自体も彼なりの農業讃歌なのかもしれません。
21世紀の酪農ゲイ映画『ゴッズ・オウン・カントリー』はポジティブ・シンキングが身上。ゲイや移民に対する周囲の風当たりの強さもしっかり描かれているものの、二人で立ち向かえば恐れるものは何もない! そんな確信に満ちた二人の表情がとても印象的です。
『ブロークバック・マウンテン』シーン画像出典元:YouTube(Movieclips Classic Trailers)
(C)2005 Focus Features LLC/WISEPOLICY、(C)Dales Productions Limited/The British Film Institute 2017
※2021年1月30日時点のVOD配信情報です。