「令和」がいよいよ施行。約1年後に迫った2020年東京五輪はこの新しい年号のもとで開催されることになりそうです。2020年、東京五輪といえば、今からさかのぼること2年前、1本の映画が公開されました。
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『あゝ、荒野』。2020年の東京五輪から一年後の日本を予見した近未来青春映画で、各映画誌のベストテンでは上位にランクイン。とりわけ主演の菅田将暉は、毎日映画コンクールや報知映画賞などで主演男優賞を総ナメにする圧倒的な人気と実力を見せつけました。
住民の生活を奪う土地再開発、海外で地獄を見た自衛隊員の苦悩、さらには選択的徴兵制による奨学金返済……。新次と建二、新宿に生きるふたりの若者の周りからは『炎のランナー』や『クール・ランニング』などに見られたような五輪特有のキラキラした輝きは微塵も感じられません。
そう、「光あるところに、必ず影はある」。
国家、組織、大富豪――。五輪に迫る魔の手
少し歴史を紐解いてみましょう。1936年ベルリンでは、五輪を国威発揚のプロパガンダにと目論むヒトラーと、ナチスの人種差別政策に反発するアメリカ・イギリスが対立。あわやボイコット寸前までいきます。その混迷の中、五輪史上初の4冠を達成したのがアメリカの陸上選手ジェシー・オーエンス。映画『栄光のランナー 1936ベルリン』は、彼の偉業も実はかなりの綱渡りであったことを教えてくれます。
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1972年ミュンヘンではパレスチナゲリラ「黒い九月」が選手村を襲撃。イスラエル選手団9名を含む11名が犠牲となりました。その後日譚、モサッドによる報復の全貌を克明に描いたのが、世界的名匠スティーヴン・スピルバーグ監督。政治サスペンス『ミュンヘン』のラストシーンには、今はもう見ることのかなわぬワールドトレードセンター・ツインタワーが突如として姿を見せ、観る者の心臓を凍り付かせます。
「復讐は連鎖し、決して終わることがない」
スピルバーグはあたかもそう言っているかのよう。秘密裏に撮影したのも頷ける、息を飲むエンディングです。
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五輪利用の野心は何も国家や組織だけとは限りません。第67回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞(ベネット・ミラー)した『フォックスキャッチャー』では、1984年ロサンゼルスのレスリング・フリースタイルで金メダルを獲得したマーク・シュルツと、同じく金メダリストの兄のデイヴ・シュルツのふたりにデュポン財閥の御曹司の魔の手が……。
このトゥルーストーリー、その結末も衝撃的ですが、プロローグで描かれる明と暗に分かれた「五輪後」のふたりの兄弟の対比もまた深く心に沁みます。
「芸術か記録か」五輪映画の金字塔、市川崑監督『東京オリンピック』
五輪映画で最初に注目を集めたのは、ドイツの女性監督レニ・リーフェンシュタールの『オリンピア』(1936年/ベルリン)。その映像美と斬新さが世界中から高い評価を受け、ヴェネツィア国際映画祭で最高賞(ムッソリーニ杯)を獲得。「民族の祭典」「美の祭典」の二部作の形で公開された日本でも「キネマ旬報」1940年度外国映画ベストテンの第1位に輝いています。
この作品は結果的にナチスの宣伝に一役買った形となったことから、戦後はリーフェンシュタールともども黙殺されたことも。しかし果たして彼女自身はどうだったのか? ただ芸術家として映画を撮りたかっただけではないのか? ヒトラーの寵愛を受け、自信に満ち溢れたその姿は、前述の『栄光のランナー 1936ベルリン』でも垣間見ることができます。
そして1965年、日本で突如として「記録か芸術か」の論争が巻き起こりました。そう、五輪初のワイドスクリーン映画『東京オリンピック』(市川崑総監督)です。
冒頭、スコープ・サイズの横長スクリーンいっぱいに映し出されたのは巨大な白熱の太陽。続いてカメラは鉄球によるビル解体の現場へ。使用カメラ数103台。レンズ232本。映画は超望遠レンズ、スローモーション、ストロボアクション、アニメの挿入など、ありとあらゆる映像技法を駆使してトップアスリートの表情や動作を追い、その内面へと深く迫っていきます。
一方でカメラは、選手に声援を贈る観客、プレスセンターの記者、さらにはグランドを整備する係員、警備員といった“裏方”にも向けられ、この「〈平和の祭典〉が世界中の〈名もなき人たち〉によって支えられたものである」ことを私たちに教えてくれます。
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この映画『東京オリンピック』は、所管大臣など行政府の一部から「記録性」について疑義が挟まれたものの、あらかじめ児童生徒への集団鑑賞通達が行われていたこともあり、日本映画史上空前の大ヒットを記録。作品に対する世界的な評価も高く(同年度のカンヌ国際映画祭で国際批評家賞、英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞を受賞)、その後の五輪映画に多大な影響を与えました。
クロード・ルルーシュ、フランソワ・レシャンバック共同監督による幻想的な映像詩『白い恋人たち』(1968年/フランス・グルノーブル冬季)もその一本。スキー滑降選手のすぐ後ろをカメラマンがストックも持たずに高速で滑り降りながら撮影。
映画を包み込む作曲家フランシス・レイの哀愁漂う甘美なメロディは、これが競技であるということを忘れさせ、どこか別世界をさまよっているかのような忘我の境地に観る者をいざなってくれます。
市川崑とクロード・ルルーシュは1972年ミュンヘン五輪のオムニバス映画『時よとまれ、君は美しい/ミュンヘンの17日』にも参加。この映画には他にもアーサー・ペン(ex.『俺たちに明日はない』)、ミロス・フォアマン(ex.『パパ/ずれてるゥ!』)、ジョン・シュレシンジャー(ex.『真夜中のカーボーイ』)など、当時の映画シーンを牽引した8人の映像作家がそれぞれ任意の種目・題材を担当し撮影。
原題は『Visions of Eight』。つまり「8つの異なる視点で五輪を撮る」です。
この発想も、作家の個性を前面に打ち出し、ドキュメンタリー映画における「芸術性」を世に問うた『東京オリンピック』がなければ生まれなかったかもしれません。
2020年東京五輪では『あん』『光』の河瀬直美監督が公式記録映画の監督を務めます。日本屈指の技巧派・市川崑監督とはある意味対極に位置する、ゆったりとしたテンポが彼女の持ち味。精緻に紡ぎあげた上質のタペストリーを思わせる『東京オリンピック』とはまた別の新たな「伝説」が生まれることを期待したいものです。
2020年東京五輪、その「映画」を撮るのは!?
五輪と映画監督の関係は映画本編ばかりではありません。2008年北京五輪のチャン・イーモウ監督(ex.『初恋のきた道』)に続き、2012年ロンドンでは『トレインスポテッィング』のダニー・ボイル、2016年リオでは『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレスと、その国を代表する監督たちがそれぞれ開会式の総監督を担当。
そして2020年の東京では山崎貴監督に白羽の矢が立ちました。映画『ALLWAYS 三丁目の夕日’64』では1964年東京での「五輪雲」を再現した山崎監督だけに、この開会式でも私たちの想像も及ばぬ「何か」を見せてくれるに違いありません。
とはいえ映画ファンが真に観たいのは、やはり2020年東京に材を取った個性的な「映画」の数々。『あゝ、荒野』の岸善幸監督、「東京2020」公式記録映画監督の大役を担うことになった河瀬直美監督に続いて、誰がその“リング”に立つのか? 今からその日が楽しみですね。
(C)2017「あゝ、荒野」フィルムパートナーズ、(C)MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.、(C)2016 Trinity Race GmbH / Jesse Race Productions Quebec Inc. All Rights Reserved.、(C)2012「ALWAYS 三丁目の夕日‘64」製作委員会
※2022年2月27日時点のVOD配信情報です。