『旅のおわり世界のはじまり』黒沢清監督、3度目のタッグ・前田敦子に感謝「期待以上のことをやってくれた」【ロングインタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

旅のおわり世界のはじまり』は、黒沢清監督が、前田敦子を主演に迎えた日本、ウズベキスタンの合作映画。ミュージックビデオとして製作された2014年公開の『Seventh Code』、人の概念を奪う侵略者たちとの攻防を描いた2017年公開の『散歩する侵略者』に続き、3度目のタッグを組んだ前田について、黒沢監督は「期待以上のことをやってくれたと思っています」と目を細めた。

旅のおわり世界のはじまり

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歌いたいという夢を秘めながら、レポーターとして生計を立てている葉子(前田)が、ウズベキスタンでのロケを通して、ひとりの女性として成長する姿を描く本作。腕はいいがどこか仕事に倦んだカメラマンの岩尾(加瀬亮)、テレビ映えばかりを気にしている若手ディレクター・吉岡(染谷将太)、気のいいADの佐々木(柄本時生)らクルーに囲まれ、言葉の通じない異国でのストレスを感じながら、日本にいる恋人とのスマホでのひとときだけが息抜きという葉子の様子は、リアルに映る。

そして、見知らぬ文化を受け入れる余裕のない葉子が、夕飯を買いに出かけた街で遭遇するちょっとした出来事が、彼女の何かに火をつけた。シルクロードの中心に位置するこの地で、己の内面に静かに向き合おうとする佇まいが終盤に迎える「愛の讃歌」独唱まで連なり、前田の際立つ演技に魅せられる。黒沢監督に話を聞いた。

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――主演の前田さんをはじめ、キャストの方々がすごく魅力的でした。信頼を置いている俳優に頼まれた、という理由がありますか?

黒沢監督 そうですね。柄本さんだけは今回初めてでしたが、加瀬さん染谷さんとはこれまでもやっておりますので、何となく知っているような感じでした(笑)。三人とも普段は主役級ですが、今回はメインの役ではなく、ちゃんとした説明もなされないけど、映画の中で、そういう魅力的な脇役こそ重要だとわかってくれている方に、というのがまずありました。映画で「この人、描写されないけど何をやっているんでしょう? すごく気になります」というのは贅沢な楽しみですよね。ただ、一部分しか描かれていない人物を演じることが難しい俳優も中にはいらっしゃると思うんですけど、一切説明していないんです。……僕も、この人たちが誰だか、わかっていないですから。

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――いつも決めこまないことが多いんですか?

黒沢監督 いつもそうです。………うーん……僕は自分で脚本を書いているからというのがあるのかもしれませんね。脚本と大きく違ったことをやってもらうことはないんですけど、書いていないことは、僕もわからないので、後は俳優に任せます。書いたことがすべてなので。……ひょっとして、別の方が脚本を書いていたら「裏には何があるんだろう? 何でこんな台詞を言うんだろう? こういう背景があるのかな」と、いろいろ想像したり、自然に裏を読み取ろうとしたり、膨らませたりするかとも思うんです。それは素晴らしいことですけど、どうしたものか、僕は自分で書いているものですから、これだけなんですよね……。演じる根拠が必要なら、勝手にご自分で想像してやってみてください、と。聞かれたら協力してお答えすることはできるかもしれませんが、「言いたいことがあるのに言わない」ということは一切ないんです。脚本に書かれていないことは「現場で作っていきましょう」という感じですね。

――前田さん演じる葉子のみ、情報量が多い役だったかと思いますが、プラスであえて前田さんにお話されたことはありましたか?

黒沢監督 あまり改まって何かを彼女に説明した記憶はありません。ただ、シーンによってですけど、見知らぬ海外で言葉も通じない中で、ひとりウロウロするわけですから、当然孤独で心細くなるでしょう。ほかの人たちと必要なことは会話しますが、それ以上の悩みを聞いてくれるわけでもない。そんな中で、ときに彼女も弱くなるというか、「どうしよう」と戸惑ったりすることがあったので、「戸惑わないでくれ」とは言いました。「無理にでも強く、自分は自分なのだ、孤独でいいのだ、という強い意思を持ってくれ。戸惑ったら向こうが悪いんだと思ってくれ」みたいなことは言いました。

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――前田さんは「はい」と?

黒沢監督 ええ。いちいち僕が言わなくてもほぼ完璧でした。前田敦子は本当に強い人です。葉子はどうあれ、前田さん本人の持つ芯の強さが自然に出てくれば、それでOKなのです。

――ある種の戸惑いも内包しつつ、黒沢監督の撮り上げる力とともに、異国がなせた力みたいなものを、前田さんの佇まいから感じました。

黒沢監督 当然そうだと思います。俳優は皆そうですけども、ある場所、周りの人たち、出演者やスタッフも、まったく初めての状況でそれらと格闘しつつ、かつ、自分に与えられた役とも格闘せざるを得ないわけですね。最初から自然に役になるなんて、たぶん無理で、一生懸命その役と格闘する。いちいち前田さんの格闘ぶりが出ているんだと思うので、面白かったですね。いろいろなことと格闘する主人公ですから。撮影クルーの中で出演者として格闘する、まさに彼女そのままなわけですね。見知らぬ土地で、バスに乗るにも食べ物を買うにも格闘しなければなりません。かつ、それでも動じない主人公というキャラクターとも格闘もしているわけです。あらゆるシーンで、その様子が見えているのではないでしょうか。

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――見せつけられた感じがしました。

黒沢監督 そうですね。1個1個は言葉が通じないとか、染谷くん演じるディレクターにむちゃなことをやれって言われたとか、些細なことなんですけどもね。懸命に負けまいと格闘している姿は、最終的に見ていて胸を打つも? ??になってくれればいいなあ、と思いました。最たるものが、歌うことだったのかな、と思います。もちろん彼女は歌手でもあるんですが、それでも「愛の讃歌」を堂々とたったひとりで、オーケストレーションをバックに歌うのは、前田さんにとって相当に大変なことでした。あの歌と格闘する様が最後には見えていると思います。その分、歌い切ったときのある種の達成感みたいなものも、あったのかもしれませんね。

――標高2,443メートルの山頂での歌唱が圧倒的で、撮っていたときは、いかがでしたか?

黒沢監督 あれは見ていても感動しました。本当にこの歌は大変でしたし、実際に生で歌ってもらいましたので。あらかじめ録った歌に合わせて、口をパクパクしてもらったわけではないので。本当にとんでもないところで1曲……しかも歌い出したら最後まで歌い切ってもらう、カットは割らなかったので。さすがの前田敦子も大変だったようです。でも頑張ってもらいました。

――最初から現地で歌って、その声を使うと、決めていらしたんですね。

黒沢監督 決めていました。ええ。伴奏に合わせて歌うのではなく、歌が先行している歌なので。もちろん何度も東京で林さん(※音楽)と練習していたんですけど、山で歌うところは即興で、林さんがカメラの脇で電子ピアノを弾いてくれたんです。林さんも彼女の歌に合わせて弾きはじめるから、歌と鍵盤の掛け合いでした。その場でしかできないものを撮りました。彼女の歌のテンポに合わせたオーケストレーションを後で録音して重ねたのですが、これがまた難しい作業でした。

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――様々な作品で記憶に残る撮影をされている黒沢監督だと思いますが、そんな監督でも山頂でのロケは記憶に残るものでしたか?

黒沢監督 それはそうですね。あんな場所に行ったことはなかったですし、いろいろな意味で記憶に残りました。……ただ、僕自身は段取りだけは確実にして、前田さんに頑張ってもらおうと決めると、後は楽でした。ただ見ているだけなので「うまくいってください」と祈っているだけで(笑)。演出するものではないので、前田さんがうまくいけばOKで、前田さんがダメなら何度もやると。それは前田さんもわかっていたので、「今の歌はうまくいった」となればOKで、僕は聴いているだけ。「もう1回」のときは、ああ、かわいそうだな……と思いましたね(笑)。

――「愛の讃歌」という曲については、脚本の段階から決めていたんですか?

黒沢監督 今回、ウズベキスタンの観光大臣から「タシュケントにあるナボイ劇場がとても美しい場所なので、どこかひとつのエピソードで撮影してもらえないだろうか」という要望があったので、それをどう扱うかをまず考えました。劇場ですから、単に観光で行くのも変なので、「オペラ劇場に彼女が行く理由は何だろう」と思って、「歌ってもらおう」となりました。歌いにいけば、劇場も映せるし、彼女がそこに行く理由も作れる。で、まっさきに思いついたのが前から僕が好きだった「愛の讃歌」です。まず非常に有名な曲ですから、何となく皆さんも知っていらっしゃる。それに、難しい曲ですけど、オペラほどは歌いづらくなく、前田さんも十分に歌えるスタンダードな名曲だったので、あの曲に決めました。幸い著作健もクリアできましたし。

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――ちなみに、前田さんとは初号を一緒にご覧になって語り合いましたか?

黒沢監督 いえ……まったく撮影中は知りませんでしたけど、彼女、撮影終了後に結婚されまして、お子さんが産まれるところに完全に重なったので、初号のときには臨月近かったのでご一緒できず。その後、無事、お産まれになったそうで……僕はまだ、会っていないんです。(※取材日時点)

――かなり珍しいことですよね?

黒沢監督 はい、大変珍しいです。ただ、偶然にもこの映画の内容で語っていることと大変似た状況が帰国後、起こったようなので、祝福すべきことだと思っています。ほほえましく見守っていますね。彼女にとっては、二重に記憶に残る作品だったのではないかと思いますね。

――今、改めて、前田さんを主演に迎えてよかったというお気持ちですか?

黒沢監督 もちろんです。何にも似ていない、独特な個性がある方です。たったひとりで異国の地にいて、場所や周りの人に飲み込まれず、くっきりと際立つのはなかなかこの若さで、日本人ではほかにいないと思いました。そう思ったので、彼女にお願いしたんですけど、期待以上のことをやってくれたと思っています。歌も含めまして、ここまで出ずっぱりで、ほとんど休みもなく……かつ、こういう場所ですからトイレもないとか、大変過酷な撮影状況の中で、文句も言わず、ずっと付き合っていただけた。俳優さんは皆さん慣れているとは思いますが、彼女のこれまでの経歴から、辛抱強く耐えることができる資質を持たれていました。

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――本作もですが、前作『散歩する侵略者』でも愛を描いていらっしゃいますよね。

黒沢監督 そうですね。

――たまたま続いたのか、今の興味がそちらなのか、そのあたりは?

黒沢監督 たまたまだとは思います。今回も全面に愛の映画だと思って作りはじめたわけではないんですが、まったく誰も周りに頼るもののいない彼女が、唯一、映りはしませんが東京にいるらしい彼氏との交流だけが、彼女を支えているという構図には自然になっていきました。

それに、「愛の讃歌」を歌うことで、より愛が大きなテーマに見えてきましたね(笑)。最初からそのためにあの曲を選んだわけじゃないんですけどね。あまり「愛」という言葉を使うと気恥ずかしいですけど……うん。最終的には、そういう心の動きがすべてを救う……と言うと、より恥ずかしいですけど……。どんなに孤? ??していても、そこに拠り所がある、人とつながりの基本がある、というわかりやすいテーマを持つことはできたかなとは思っています。

――ありがとうございます。一方で、例えば本作でも、ちょっと暗いような不穏な感じが漂うと、「くる……くる……」と期待してしまう自分もいます。今後、またホラー、サスペンスなどを撮る予定もありますか?

黒沢監督 (笑)。もちろん、もちろん。そういう需要があれば、ええ。怖いほうが僕の得意とするところですので(笑)。何やら薄気味の悪い作品がお望みでしたら、ぜひやりたいと思っています。(取材・文=赤山恭子)

映画『旅のおわり世界のはじまり』は、2019年6月14日(金)より全国ロードショー。

旅のおわり世界のはじまり

出演:前田敦子加瀬亮染谷将太 ほか
監督:黒沢清
脚本:黒沢清
公式サイト:https://tabisekamovie.com/
(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

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※2022年12月29日時点のVOD配信情報です。

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  • 松井の天井直撃ホームラン
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    ↓のレビューは、以前のアカウントにて鑑賞直後に投稿したレビューになります。 ☆☆☆☆ 第1章 自分探しの旅 主人公は(おそらく)無名な旅番組のリポーター。 寝坊してしまい、自力で撮影隊を追い掛けなければならない様な立ち位置にいる。 以後、色々と撮影するも自身の心は満たされない。 映画自体もこの時点では、一体(映画全体で何を表現しようとしているのか?)何を撮ろうとしているのか?は謎だ! ただ、ぶっきら棒な顔を終始している前田あっちゃんと、適当に撮影している様に見えるカメラマン役の加瀬亮。何かにつけてジャパンマネーをチラつかせては、簡単に事を解決するのを選択する染谷将太等。どうやら全員が、自分自身が今置かれている立場に満足はしていない様に見受けられる。 そんな時に前田のあっちゃんは突如街へと繰り出す。 ちょっとした買い物をはするが、一体何の為に街へ出るのかが分からず。観ていて困惑してしまうのだが、そんな折に前田のあっちゃんは寂しそうな1匹の山羊を見つける。 映画は、見るからにこの1匹の山羊と。前田のあっちゃんを一対の様な存在として見ている様に見える。 「この山羊を解放してあげたい!」 その想いこそは、満たされない毎日にあがき続けている自分に対し。目の前の希望に迎え!と言っているかの様に…。 第2章 歌への渇望 毎度毎度、街へと繰り出す前田のあっちゃん。 まるで迷路の様な街並みをウロチョロウロチョロ。 それでいて、しっかりとホテルには帰れてしまうのが、全く持って意味不明なのだが(笑) そんなある日。美しい歌声を耳にし、或る劇場へと迷い込む。 実は、前田のあっちゃんの夢は歌手で。歌への渇望が強い。 この時に、舞台で熱唱する前田のあっちゃんと、客席でそれを聴いている前田のあっちゃん。 その導入の入り方。更には(何故だかホテルに戻っている)目が覚めた時の部屋のノックの音。風に揺れるカーテン。揺れる陽だまりの妖しさ。 『岸辺の旅』や『ダゲレオタイプの女』等、近年の黒沢清映画で表現されて来た。単純なホラー映画とは一線を引く、(一般映画なのに)黒沢清流ホラー描写が観ていて楽しい。 ホテルの部屋の中で、意味なくゴロゴラと転がる描写等は。その直前に妖しく光る陽の光と共にこの作品で最高の白眉のシーンでした。何よりもその意味の無さが(^^) 第3章 迷路 進まない(尺が埋まらない)撮影。そんな時に、先日行った劇場の話題が。 その劇場こそ、日本人捕虜が建設時に尽力した劇場だった。 生きて帰れるのか分からないのに…。そんな日本人捕虜の心の奥底と、今置かれている自分の立場の位置を探す日々との比較を…。 …………流石、黒沢清と言うべきなのか?兎にも角にも、そんな美談なんぞは清の心には全然刺さらなかったらしい(´⊙ω⊙`) だから、前田のあっちゃんは再び街を徘徊し始める。しかも今度は或る意味で表現者として。 それまでは自分を押し殺して来たからホテルに戻れた…のか?今度は表現者になった事で後戻り出来なくなったのか?全く持って清の考える事はなかなか理解出来ん(u_u) しかし、この時に東京で或る災害が起こり…。 「原発ですか?」 何気なく言った一言。この一言こそ、前作の『散歩する侵略者』に繋がる台詞ではないだろうか?山羊を巡る騒動での、あっちゃんが全速力で走る横移動のカメラワークもやはり『散歩…』を彷彿とさせる。 第4章 エピローグ 映画は半ば強引に大団円を迎えるのだが。 まさかまさかの…。 『サウンド・オブ・ミュージック』とは ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3 あっちゃんが、ジュリー・アンドリュースになっちゃった〜٩( ᐛ )و 何だかんだと不思議と感動させられてしまったな 〜。 何よりも、そのいい加減さの素晴らしさが全てと言って良い(*´ω`*) ラストカットの美しさは筆舌に尽くしがたい。 まるでこの1カットの為だけに、それまでに2時間とゆう長〜い時間を掛けて来たみたいに。 まだまだ清は見過ごせん! 2019年6月18日 シネ・リーブル池袋/シアター1
  • AmgN
    3.2
    スパイの妻の後に見て良かった そのまま隠居するのかなと思った。
  • 4
    キアロスタミ要素と恐怖要素を混ぜた感じの映画
  • すこやか
    3.3
    記録
  • nana
    3
    ドキュメンタリー調な見せ方で一緒に異国の地に来てるような感覚になる不思議な映画。 言葉の通じない場所に行ったらきっと誰しもがああなる。それなのに外に出て行くのは勇敢すぎるでしょ!ってツッコミたくもなったけど。 女優・前田敦子だから成り立ったような作品かも。
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