映画『エゴイスト』は、コラムニストの故・高山真氏が浅田マコト名義で出版した自伝的小説を原作としたフィクションと作品。脚本と演出を松永大司、主演は鈴木亮平と宮沢氷魚が務める。
鈴木亮平が演じる浩輔と宮沢氷魚が演じる龍太のあたたかくも切ない日常が、ドキュメンタリー風のタッチで淡々と描かれていく。
エゴイストとは、フランス語で利己的な人を指す言葉だ。ただ、誰かをエゴイストだと判断するのはどの立場の人間なのだろうか。映画を観て、愛とエゴの表裏一体の関係を見つめて欲しい。
『エゴイスト』(2023)
14歳で母を亡くし、ゲイであることを隠して田舎町で育った斉藤浩輔(鈴木亮平)は東京で雑誌編集者として自由な生活を送っていた。ある日、彼はパーソナルトレーナーの中村龍太(宮沢氷魚)と出会う。龍太は母親を支えるために、身体を売って生活費を工面していた。そんな龍太を見て、浩輔は金銭面の援助を始める。金銭的に対等な関係ではないにしろ、浩輔と龍太は共に満ち足りた日々を送っていた。そんなある日、ドライブに行く約束をしたはずの龍太が浩輔の元に現れず……。
浩輔という“イケてるゲイ”が本当に欲しいものは
窮屈な田舎を出て、東京で雑誌の編集者として働く浩輔は、鎧のようにハイブランドの服を纏い、良い家に住み煌びやかな環境に身を置く。彼は東京でイケてる生活を送ることで、幼い頃に認められなかった自分を満たし、また戦うための力を蓄える。華やかな生活を送っている姿を周りに見せることが、浩輔に自信と活力を与えてくれている。
しかし、どんなに東京で良い生活を送っていても、14歳で亡くした母親のことを忘れることはなかった。浩輔には、母が望んだ家庭を持つ姿を見せることはできない。母親に自分がゲイであると伝えられなかったことや、理想の息子になれなかったことが、浩輔にとって大きな後悔となっている。
そんな浩輔にとって、自らの美しさに無頓着で、自然体で生きている龍太は眩しかった。母親のために身を粉にして働く龍太の姿や、母子で支え合って生きている姿を見ると、後悔と郷愁が溢れ出す。浩輔がどんなに願っても、もう叶えることができない情景が目の前に広がる。その時から、浩輔の欲しいものが増えた。亡き母への想いを捧げるように、龍太だけではなく、龍太の母親をもサポートするようになる。
そして、浩輔の愛ともエゴとも言える感情が顔を出す。身売りをやめてほしい、自分が龍太と母親を精神的にも金銭的にも支えたい。その愛とエゴを受け止めた龍太は身売りをやめて、昼夜バイトに勤しむようになる。
天使か悪魔か?浩輔にとっての龍太
龍太は浩輔と出会い生活を救われる一方で、浩輔は自分の生活水準が徐々に下がっていることを実感せざるを得ない。浩輔は龍太に金銭だけではなく、手土産、車などの物品も買い与える。浩輔にとっての愛情表現は、物を通して何かを与えることなのだ。
龍太は自分の魅力に無頓着な分、浩輔へのアプローチや甘えは純粋な愛情にも浩輔を利用しているようにも見える。自分を犠牲にし龍太に尽くしている浩輔は、龍太に出会ったことでその魅力に囚われて、身を滅ぼしているといっても過言ではない。そう考えれば、龍太は浩輔にとって悪魔だとも言えるだろう。
しかし、浩輔は龍太を通して自分の母親への後悔を無意識に解消しようとしていた。 龍太は浩輔が抱えてきた心のわだかまりを解してくれた存在でもあるのだ。そして龍太も浩輔へ、愛を表現している。与えられることに一切の抵抗がない訳ではなく、二人が決めた形で、この関係を試してみていたのだろう。そこに金銭的な媒介があったものの、浩輔と龍太の間に幸せな時間が流れ、愛し愛されていたことには間違いない。自分を偽らずに生きるための愛をくれて、母親への後悔をも解消してくれた龍太は、浩輔にとって天使でもあったのだ。
この物語は“愛”か“エゴ”か

龍太が、ある日突然この世を去った。原因は言及されないものの、昼夜を問わない肉体労働による過労死であったと推察できる。浩輔は龍太を亡くした悲しみを、龍太の母親・妙子(阿川佐和子)と分かち合い、龍太が亡き後も龍太の母の生活を支えるようになる。その時間もまた浩輔にとって一種の罪滅ぼしであり、龍太への愛と執着だ。
しかし、妙子も病に犯されてしまう。浩輔は自分が龍太に無理をさせたせいで龍太が亡くなり、龍太が亡くなったせいで妙子の病に気づくのが遅れたのだと後悔の念にかられてしまう。浩輔が龍太や妙子に注いだ愛は、自分の後悔と愛の押し付けのエゴだったのだと突きつけられる形になるのだ。
この物語は、自分が愛を伝え続けた結果、愛する人を失ってしまう物語。浩輔からすれば、自分のしたことは愛ではなくエゴだったと感じてしまうのも無理はない。
しかし、龍太も龍太の母親も、浩輔から受け取ったものは愛だと感じている。妙子に対して献身的なサポートをする浩輔に妙子が言った「自慢の息子なの。」というセリフは、龍太と妙子が浩輔からの愛をしかと受け止めている何よりもの証。浩輔のなかにある自分の母親への後悔も含めてすべて救ってくれる言葉だ。
受け取る側が愛だと感じているならば、それは愛だと言えるだろう。自分の愛をエゴだなんて言わないでと浩輔に懇願したくなってしまう。しかし、外野の言葉は届かないのだろう。『エゴイスト』というタイトルをつけた故・高山真氏は、この愛をエゴだったと思うのかと考えると、無性に胸が締め付けられる。
(C) 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会
※2024年1⽉26⽇時点の情報です。
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