【ネタバレ考察】映画『Cloud クラウド』ラストシーンの意味と佐野の正体を結末とともに考察。見えない悪意を具現化した物語。

わざわざ聖地で結婚式を挙げた映画ドラマオタク

古澤椋子

『スパイの妻』や『蛇の道』を手がけた黒沢清監督が菅田将暉を主演に迎え、集団狂気を描いた映画『Cloud クラウド』。海外の映画祭で上映され、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞の日本代表作品に選出されている。

『スパイの妻』や『蛇の道』を手がけた黒沢清監督が菅田将暉を主演に迎え、見えない悪意による恐怖を描いた映画『Cloud クラウド』。第81回ヴェネツィア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門や第49回トロント国際映画祭のセンターピース部門で上映され、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞の日本代表作品に選出されている。

“転売ヤー”を生業にする主人公・吉井がいつの間にか生み出した憎悪は狂気へと変化し、吉井に襲いかかる。襲う側の狂気のみならず、吉井やその味方の心にも存在する不気味な感情が表現されている。

主人公を含めこの作品に出てくる登場人物たちは、みな満たされない気持ちを胸の内に秘めている。俳優陣の芝居はもちろんだがライティングによって生まれる光と影が、人物の狂気に満ちた表情を浮き上がらせているのも特徴だ。

本記事では、『Cloud クラウド』の吉井の描かれ方や、物語の結末、そしてラストシーンの意味を考察する。

『Cloud クラウド』(2024)あらすじ

工場で働きながら、生産者を買い叩き高額で売り捌く転売ヤーとして、小銭を稼ぐ吉井(菅田将暉)。高専の先輩・村岡(窪田正孝)の儲け話や工場の上司・滝本(荒川良々)からの管理職への打診も断り、コツコツと転売を続けていた。吉井は転売のみで生計を立てようと、一念発起して工場を退職。郊外の湖畔に自宅兼倉庫を借りて、地元の若者・佐野(奥平大兼)を雇い、恋人の秋子(古川琴音)と悠々自適な生活を送り始める。転売業が軌道に乗り始めた矢先、人の気配を感じたり、窓が割られたり、吉井の周りで不可解な事件が発生。転売業も、うまく売れないことが多くなり、吉井は無理矢理な方法で人気商品を仕入れ始める。吉井の誰に対しても無関心な態度や人の感情を蔑ろにする転売業など、彼が撒いた悪意の種が集団狂気として芽吹き、吉井を襲い始める。

※以下、物語のネタバレを含みます。

救いようのない主人公

本作は主人公・吉井が、町工場で生産された電子治療器を安値で買い叩くシーンから始まる。その後、吉井は商品を丁寧に撮影し、高額でECサイトに販売。吉井自身はこの行動になんの罪悪感も感じていないのだ。映画がはじまった瞬間から、吉井の悪意の種のばら撒きが始まっている。

吉井は、工場でも働いており、昇進を打診されるほど勤勉に働く社員。転売業を教えてくれた高専の先輩・村岡からは、「儲け話に乗らないか」といわれるなど、公私ともに好かれ信頼が置かれている人物といえる。問題なのは、そんな人からの好意や信頼に吉井自身が全くの無関心であること。工場の上司・滝本や村岡は、吉井からなにかしらの反応を期待しているのにも関わらず、吉井は何もしないのだ。

そういった吉井の身近な人への無関心、転売業という生産者も消費者も踏みにじる行為、罪悪感のなさなどは、吉井と関わる人物たちのなかに悪意を生んでいく。滝本や村岡だけでなく、吉井に商品を買い叩かれた工場の社長、吉井と同じく転売業を行う若者の三宅(岡山天音)なども含めて、膨らんだ集団狂気が吉井に襲いかかる。

結末はどうなる?

吉井の無意識の態度、当たり前のように行っていた転売が、周りから反感を買う発端になっていた。吉井の自宅に滝本と三宅が押し入り、吉井は必死に逃げる。一時は難を逃れ、自宅に戻るものの、そこには村岡が。吉井は薬で眠らされ、廃工場に運ばれてしまう。彼らは吉井を殺害する様子をライブ配信すると言い始める。まさに集団狂気だ。特に、滝本が躊躇せずに無関係の男性を撃ち殺す場面は、異常な不気味さがある。

絶対絶命の吉井を助けに来たのは、吉井が雇っていた地元の若者・佐野だった。佐野も裏の人間で、便利屋のような存在。何者かからピストルを受け取り、吉井を襲ってきたメンバーとの銃撃戦を繰り広げる。吉井は、人を殺すことにはじめは躊躇しながらも、自分と佐野の命を守るために、敵を射殺していく。最後に村岡を殺して、すべてが終わったと思った矢先、吉井の元に銃を持った秋子が現れる。秋子もまた、吉井の無関心さに苛立ち、恨みを募らせていた人物の一人だったのだ。秋子は吉井を銃殺しようとするが、銃の扱いに戸惑っているうちに佐野に撃ち殺されてしまう。吉井は、秋子の亡骸を抱きしめて涙を流す。

吉井と佐野は車に乗り、灰色の雲が立ちこめる空に向かって走る。佐野は、吉井にこれまで通り転売の仕事をしてほしいと告げ、それ以外の汚れ仕事は全部やると宣言。佐野を雇っていた吉井が佐野の手中に落ち、映画は終了する。

ラストの意味は?佐野の正体と吉井のこれからを考察

この作品には吉井に対する様々な“悪意”が登場した。自分の大切なものを踏み躙られたことによる恨み、自身の提案を拒否されたことへの逆恨み、同業によるマウンティングと嫉妬、インターネット上の不特定多数による晒しあげ、愉悦のため、あるいは憂さ晴らしのための攻撃、金銭目当ての歪な擦り寄り……。登場人物たちの行為自体は過激だったが、このような“見えない悪意”は、現代ではそこらじゅうに蔓延っている。

一方、吉井はというと、冒頭でも述べたように、何に対しても関心がなく、転売行為を繰り返す救いようの無い主人公。現代に溢れる悪意を擬人化したような登場人物たちと、無関心な転売ヤー・吉井との攻防が本作では描かれていたように思う。そこに登場したのが、佐野だった。

登場人物たちが“見えない悪意”の象徴として描かれているとしたら、佐野の正体は、“絶対的な悪”なのだと思う。なぜなら、彼は裏社会と繋がりを持つアウトローな存在として描かれているからだ。登場人物たちの悪意自体は犯罪ではない。それは吉井も同じで、転売行為は違法行為ではない、所謂グレーな行いだ。そんなグレーな仕事を繰り返す吉井に、絶対的な悪は静かに、そしてまるで心強い味方かのように近づいてきた。

佐野の手を取った吉井は、あらゆる悪意を始末し、物語は一見ハッピーエンドにも見えた。しかし、車の窓の外に映るのはどんよりとした雲と、この世ならざる景色。悪とともに進む決意をした転売ヤーの行き着く先は、地獄。そういう風にとることもできる。

キャッチコピー「(君も)狙われている。」の通り、この物語は決して他人事ではない、現代に点在する悪意を描いている。時に、人はその悪意に狙われることもあれば、自身が取り憑かれることもあるだろう。そうなったとき、“絶対的な悪”は意外とすぐそばにあるのかもしれない……。“見えない悪意”に注目しながらぜひ、もう一度観てみて欲しい。

 

※2024年9月27日時点の情報です。

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