【ネタバレ解説】映画「ジョーカー2」ラストの意味は?前作を“脱神話化”させる、型破りなアプローチ。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』徹底考察

ポップカルチャー系ライター

竹島ルイ

2019年の大ヒット作『ジョーカー』の続編、ホアキン・フェニックスとレディー・ガガが共演する『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』。本作が描こうとしたもの、型破りなアプローチを徹底解説。

2019年の大ヒット作『ジョーカー』の続編、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』が10月11日(金)より劇場公開中だ。ジョーカーことアーサー・フレックをホアキン・フェニックスが再び演じ、近年は俳優業の活躍も目覚ましいレディー・ガガが、謎の女リー役で新しくキャストに加わっている。

本作は第81回ベネチア国際映画祭で世界初披露され、上映後には12分間に及ぶスタンディングオベーションが巻き起こった。その一方で評論家からの評価は賛否真っ二つに分かれており、錯乱と興奮が入り乱れた衝撃作となっている。

という訳で今回は、2024年最大の話題作『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』についてネタバレ解説していきましょう。

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映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(2024)あらすじ

理不尽な世の中の代弁者として、時代の寵児となったジョーカー(ホアキン・フェニックス)。彼の前に突然現れた謎の女リー(レディー・ガガ)とともに、狂乱が世界へ伝播していく。孤独で心優しかった男の暴走の行方とは?誰もが一夜にして祭り上げられるこの世界……彼は悪のカリスマなのか、ただの人間なのか?(公式サイトより引用)

※以下、映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』のネタバレを含みます

反体制のアイコンとなったジョーカー

まずは、前作『ジョーカー』について簡単に振り返っておこう。2019年に発表された本作は、R指定作品としては初となる世界興行収入10億ドルを突破。ヴェネチア国際映画祭では金獅子賞を受賞し、アカデミー賞でも最多11部門ノミネート、2部門で受賞。バットマン最大のヴィランを描いた作品でありながら、アメコミ映画の文脈には収まりきらない強度を備えたことによって、批評的にも興行的にも大成功を収めた。

監督のトッド・フィリップスは、制作にあたって’70〜’80年代のアメリカ映画を数多く参照したと語っている。『フレンチコネクション』(1971)、『狼よさらば』(1974)、『タクシードライバー』(1976)、『キング・オブ・コメディ』(1982)。特に『キング・オブ・コメディ』は、人気トークショーのホストを誘拐して番組に出演しようとする展開といい、黒人女性に片思いしている設定といい、どちらにもロバート・デ・ニーロが出演していることといい、公開当時からその類似性が指摘されていた。

おそらくトッド・フィリップスは、リファレンス元をはっきりと示すことによって、DC映画、アメコミ映画の引力から逃れようとしたのだろう。そして、その目論見は成功した。’70〜’80年代アメリカ映画の意匠でコーディングされた本作は、主人公アーサー・フレックの孤独と疎外感を克明に描くことで、地獄のような現実にツバを吐く、激ヤバ映画としての地位を確立したのである。

同時にこの映画は、現実世界でもジョーカーをシンボリックな存在として浮き上がらせてしまう。2019年10月17日にレバノンが緊縮措置を発令した際に、首都ベイルートなどで増税に対する大規模な抗議運動が勃発し、その一部が白塗りのメイクアップを施したことが話題となった。レバノンだけではなく、チリ、イラク、中国でも同様な事例が報告されている。トッド・フィリップスやホアキン・フェニックスの思惑を飛び越え、ジョーカーは反体制のアイコンとなった。

『ジョーカー』の参照元のひとつ『タクシードライバー』でも、ジョン・ヒンクリーという青年が娼婦役を演じたジョディ・フォスターに一目惚れして、大統領暗殺未遂という事件を起こしている。あらゆる芸術作品は、作り手の意思とは関係なしに、人々を悪しき方向へと扇動してしまうことがしばしば起こってしまう。

筆者は2020年に寄稿した『ジョーカー』のレビューで、最後をこう締めくくった。

CNNの情報によれば、アメリカのトランプ大統領がこの作品をえらく気に入り、ホワイトハウスで『ジョーカー』の上映会を実施したという。しかし筆者は、いつの日かジョーカーのお面を被った者たちがホワイトハウスを囲むではないか、という妄想が頭をもたげてしまうのだ。

(「【ネタバレ解説】映画『ジョーカー』純粋なる悪か?社会の犠牲者か?製作秘話から隠されたテーマを徹底考察」より抜粋)

実際にジョーカーたちがホワイトハウスを取り囲むことはなかったが、2021年にアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件が発生。ジョー・バイデンとの大統領選に破れ、「選挙に不正があった」とするドナルド・トランプの主張に呼応して、熱狂的なトランプ支持者たちが議会議事堂に雪崩れこんだのである。これは筆者の想像だが、『ジョーカー』続編を作るにあたって、観客が無邪気にエンタメとして消費することに、作り手は相当の警戒心を抱いたのではないだろうか。

かくして作られた『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、前作以上に奇妙な輪郭を帯びた、風変わりすぎるくらいに風変わりな映画となった。

ホアキン・フェニックス+レディー・ガガ

続編の構想は、実は1作目の制作時から話し合われていたという。

「ホアキンと私は、おそらく1作目の撮影55日間のうち30日目くらいから、続編について話し始めていたんだ。半分は冗談だけど、半分は本気だったよ。お互いが笑いあいながら、“こうしたらどうだろう?”、“ああしたらどうだろう?”と話していたんだ。そして映画が完成した。映画は人々に受け入れられ、人々はホアキンと同じくらいアーサーを愛してくれたし、私もアーサーを愛してた。だから僕たちは、“さて、どうする?”という感じだったんだ」
colliderによるトッド・フィリップスへのインタビューより抜粋)

普段は同じ役を再び演じることには興味を示さないホアキン・フェニックスにとって、本作は初めての続編映画。それだけ彼は、ジョーカー=アーサー・フレックという役に惚れ込んだのだろう。

レディー・ガガにハーリーン・“リー”・クインゼル役を演じてもらうという神キャスティングは、物語にどんどん音楽的な側面が強くなっていくにつれて、自然と生まれたものだった。世界的シンガーソングライターの彼女が、俳優としても注目されるきっかけとなった作品といえば、ブラッドリー・クーパーが監督・主演した『アリー/ スター誕生』(2018年)。

レディー・ガガは、バーのウェイトレスから世界的シンガーへと飛躍を遂げていくアリー役を熱演し、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、全米映画俳優組合賞の主演女優賞にノミネートされた。この映画のプロデューサーとして参加していたのが、実はトッド・フィリップス(ちなみにブラッドリー・クーパーとは、トッド・フィリップスの代表作『ハングオーバー!』シリーズに出演している間柄でもある)。その縁もあって、レディー・ガガの出演が決まった。フランク・シナトラのスタンダード・ナンバーを歌い、バート・バカラックの曲が流れるような作品で、彼女以上にこの役にふさわしい俳優はいないだろう。

続編嫌いのホアキン・フェニックスがジョーカーを再演し、世界的歌姫レディー・ガガが相手役を務める。この時点で我々は、最凶カップルによる極悪バイオレンス・スリラーを想像してしまう。だが、トッド・フィリップスはその期待を裏切る。前作に濃厚に刻まれていた「悪のカリスマが街を扇動する」というモチーフをリセットして、思いもよらない方向へと舵を切ってしまう。

『ジョーカー』の脱神話化

この映画は、前作から2年後という設定。TVホストを生放送中に惨殺し、ゴッサムシティを大パニックに陥れる暴動を引き起こしたアーサーは、アーカム州立病院に収容されている。今なお彼を崇拝する者は多く、アーサーの生涯を描いたTV番組も作られるほど。同じ病院に収監されているリーという女性もジョーカー崇拝者のひとりで、やがて二人は運命的な恋に落ちる。

映画の序盤で、リーが火事を起こしてアーサーと一緒に逃亡を図るシーンがあるのだが、てっきり筆者は「病院から抜け出した二人が、ジョーカー&ハーレイ・クインとしてゴッサムシティに君臨する」ものと思っていた。だが意外にもこの計画は失敗に終わり、アーサーは独房に監禁されてしまう。やがて映画は、裁判所でアーサーの罪が問われる<法廷ドラマ>と、彼の妄想がフレッド・アステアのような歌とダンスへと昇華される<ミュージカル>の2つによって構成される、摩訶不思議な展開を見せていく。

法廷で証人の声に耳を傾け、終われば病院に戻り、妄想のなかで「Get Happy」や「For Once in My Life」や「That’s Life」といったナンバーを歌い踊る。現実と空想の交錯。この映画は、ほぼこの繰り返しだ。アーサーがジョーカーとしてゴッサムシティに舞い戻ることはなく、トッド・フィリップスは最後まで悪のカリスマ復活を阻止し続ける。もはや、それがこの映画の究極的な目的であるかのように。

アーサーの弁護士メアリーアン(キャサリン・キーナー)は、彼が幼少期のトラウマにより精神が分裂した哀れな被害者であり、ジョーカーはアーサーとは別人格であることを主張していた。だが最終弁論で、アーサーはジョーカーとはまぎれもなく自分自身であり、犯した罪の責任は全て償うと宣言。第一級殺人罪で有罪となる。

「彼は、自分が常にアーサー・フレックであったという事実を受け入れている。彼は、ゴッサムの人々が彼に押し付けたこのアイディア…つまり彼がアイコン的な存在であることを決して受け入れなかった。彼は知らず知らずのうちに象徴となっていた。それは彼に押し付けられたもので、アーサーはもう偽りの人生を送りたくない。彼は自分自身でありたいんだ」
varietyによるトッド・フィリップスへのインタビューより抜粋)

ジョーカーという悪のカリスマは存在しない。アーサー・フレックという名前の、ごくごく平凡で傷つきやすい人間がいるだけ。この映画はジョーカーを否定し、リーがハーレイ・クインに覚醒することを拒否する。それは、社会的な責任を作り手が担ったことによる必然の結果なのだろう。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』が試みているのは、『ジョーカー』の脱神話化なのだ。

トッド・フィリップスが仕掛けた、誰一人笑えないジョーク

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の北米オープニング興行収入は、約4000万ドル。ボックスオフィスでは首位を獲得したものの、第1作が9000万ドル以上だったことから考えても、期待を大きく下回る結果となってしまった。

作品への評価も手厳しい。アメリカのレビューサイトRotten Tomatoesでは、批評家のスコアが33%、オーディエンスのスコアが31%の大酷評。評論家のレビューを拾ってみても、辛辣な言葉が並んでいる。

「長大な法廷劇に足止めされ、レディ・ガガの眩しいばかりの存在感をスポットライトから遠ざけるだけでなく、映画の中心はまったく新しい何かをすることなく、前作の続編に終始している」(IGN)

「『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、その大半の退屈な上映時間中、その場でのタップダンスを披露しているだけ。圧倒されない音楽の数々を次々とつなぎ合わせているが、それはあまりにも鼻につくか、あるいは登場人物とあまりにも漠然としか関連していないため、まったく何も表現できていない」(indieWire)

「驚くほど退屈で、観客を軽蔑しているかのような無意味な手続きだ」(Vanity Fair)

「トッド・フィリップスは、ジョーカーの個性を引き立てるために必要な、このジャンルに不可欠なきらびやかさを表現することができていない」(Collider)

「前作のようなパンチ力に欠ける、行き過ぎたミュージカル」(CinemaBlend)

かくいう筆者も、試写で拝見したときには大きな戸惑いを感じてしまい、エンターテインメントとしての最低水準に達していないのでは?と思ってしまった。だが、そもそも自分は何を期待していたのだろう。ひょっとしたら心の奥底で、「ジョーカーとハーレイ・クインがゴッサムシティを扇動して、再び街が混沌と混乱に陥る」クライム・ストーリーを想像していたのかもしれない。だがそれは、現実に起こってしまった国議会議事堂襲撃事件をフィクションの世界で変奏するものであり、ジョーカーを反体制の象徴として再び称揚するものだ。非常に皮肉的で逆説的だが、批評家やオーディエンスのスコアが低ければ低いほど、トッド・フィリップスのアプローチは成功といえる。期待していたものとのギャップによって我々の悪性が露わになり、内面に巣食うジョーカーを駆逐することができるのだから。

トッド・フィリップスは、誰一人笑えないジョークを映画全体に仕掛けるという、途方もない戦略を立てたのである。

アーサーは本当に死んだのか?

アーカム州立病院へと引き戻されたアーサーは、若い受刑者に腹部を刺されて絶命する。トッド・フィリップスは、人気シリーズの主人公をいともたやすく葬り去ってしまった。作り手が社会的責任を背負った本作において、この結末は妥当性のあるものといえるだろう。

……だが果たして、本当にアーサーは死んだのだろうか? 前述したように、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は現実と空想の交錯によって構築されている。これもまた、自分のなかに潜むジョーカーを抹殺したいという、アーサーの願望によって生み出された妄想かもしれない。

注目すべきは、モニターに映るカートゥーンだ。アーサーが検事のハービー・デント(ハリー・ローティー)に死刑を求刑されたときも、判決前にリーに電話しているときも、看守に呼び出されたときも、そこには戯画化された自分が映し出されていた。それは、いま目の前で起きていることが現実ではないことを示しているのではないだろうか。

アーサーに刃を突きつけた受刑者が、口ずさんでいたジョークにも注目だ。それは、アーサーがジョーカーのメーキャップを施し、TV番組の生放送中にマレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)を殺害したときと同じジョーク。そう考えると、若い受刑者が刺殺したのはアーサーその人ではなく、ジョーカーという人格を抹殺したとも考えられる。

もしくは、若い受刑者にジョーカーの悪意が転移したのか。この役を演じたコナー・ストーリーは、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(2008年)でジョーカーを演じたヒース・レジャーにどこか似ている。

二重、三重にも張り巡らされたトッド・フィリップスの策略。我々は彼の掌でコロコロと転がされている。聞こえてくるのはジョーカーの高笑いではなく、トッド・フィリップスの笑い声だ。

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※2024年10月11日時点の情報です。

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