映画の画はなぜテレビ番組と違って見えるのか?【画のトーンの話】

映像の編集とか演出やってます

ホンダカット

フィルムカメラ撮影にせよ、デジタルカメラ撮影にせよ、映画の画はさまざまな要素でトーンが作られています。

しかし今やテレビ番組や家庭用ホームビデオですら、解像度(4Kなど)やコマ数(秒間24コマの設定が可能)の点で、映画撮影用のカメラと近くなってきています。

では、何の差で画のトーンが違ってくるのでしょうか。今回は画のトーンについて解説してみたいと思います。

レンズとフィルム(撮像素子)

たいていの映画で使うカメラのレンズはもちろん交換可能です。その中でもシネマ用のレンズは大きなスクリーンで映写することを前提にしているのでレンズ自体の解像度・キレが圧倒的に違います。

また撮影監督はどのカメラをどのレンズと組み合わせるとどういう質感の画になるのかを、映画ごとにテストし、決めるのです。レンズは光学的な製品なので個体差もあり、一本一本検証して準備します。

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出典 : http://leicarumors.com/2011/08/05/leica-summilux-c-cinema-lenses-now-shipping.aspx/

フィルムの種類も大きな要因です。どのネガフィルムで撮影し、どの上映用ポジフィルムに焼くのかテストを重ねます。

デジタルカメラの場合、それに替わるのはカメラ内の撮像素子と言えるかもしれません。カメラの種類によって違うそれは、レンズを通した画をカメラ内部でどう変換して保存するのか、クセが違います。

デジタルシネマカメラの2大メーカー

年々変化の速度が速いデジタル機材ですが、現状だとデジタルシネマカメラはRED社ARRI社の製品が世界的には主流で、邦画だとSONYとの三つ巴でしょうか。それにCanonが続いています。

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http://www.slrlounge.com/arri-vs-red-dominated-2014-academy-awards/

RED社はサングラスのオークリーの創始者が立ち上げた、デジタルシネマカメラを製作しているベンチャー企業です。ここのカメラをいち早く使い、好んでいるのがデヴィッド・フィンチャー監督。『ゾディアック』以降はすべてREDカメラで撮影しています。リドリー・スコット監督もプロメテウスで使用し(2台くっつけて3D撮影)、邦画では寄生獣進撃の巨人など。画の特徴は非常にクリアで精細であること。

『第9地区』などでも使われていますが、そのパキパキの画がドキュメントタッチのSFに非常にマッチし、CGなどとの相性も抜群です。Blu-Rayで鑑賞すると、なるほどこういう画にしたかったのだな、というのが映画館で観るよりも良く分かると思います。

ARRI社はフィルム時代からの老舗カメラメーカー。ALEXAという製品を筆頭に、いま映画・CM業界で最も使われているデジタルカメラだと思います。画の特徴はフィルムに近い柔らかさ、そこからノイズ的要素を減らしたような印象です。

007 スカイフォール(撮影監督ロジャー・ディーキンス)やバードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)(撮影監督エマニュエル・ルベツキ)、マッドマックス 怒りのデス・ロード(撮影監督ジョン・シール 73歳!)などたくさんの映画で使われてます。

インターステラー』をIMAXフィルムカメラで撮った撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマher 世界でひとつの彼女ではALEXAを使ったデジタル撮影をして、未来の話を柔らかく色彩にあふれた独特のトーンで切り取っています。

ドラマと映画の見た目

撮影機材だけではなく、撮影時に作るトーンというのもあります。

照明美術の色、まき散らす人工的なフォグ(霧)、それらも全てコントロールされています。映画は光と闇の芸術と言われるように照明のルックが大きく作用します。前の記事で紹介した撮影監督ロジャー・ディーキンスも、カメラの種類に限らず、もはやアートのように撮影時に深淵な画を作り上げます。

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※ロジャー・ディーキンスによる撮影『007 スカイフォール』

出典 : http://www.seduniatravel.com/blog/how-to-visit-james-bond-007-skyfall-locations

(余談ですが、007シリーズ最新作『007 スペクター』の撮影監督は、前述のホイテ・ヴァン・ホイテマ!現代最高峰のカメラマンの仕事を007シリーズで比べられるという最高の贅沢!)

日本のいわゆるドラマがつるんとした画が多いのは、照明を作り込む撮影時間が取れないというのが要因のひとつでもあります。ただ実際は、一般の視聴者には明るいクリアな画が好まれるというのもあります。

NHK大河の『龍馬伝』や『平清盛』、ドラマ『SP 警視庁警備部警護課第四係』などでチャレンジしていた映画的ルックは、映画ファンには興奮する画でしたが、あまり評判が良くないという悲しい現実もあるのです。

現像〜後から作るトーン〜

撮影が終わってから、更に画のトーンを作る重要な作業が残っています。【現像】です。元々はフィルムでの用語で、色味や明暗のコントロールを現像作業で行っていました。

アメリの緑と赤が色鮮やかな黄味がかった画はもちろん現実の見た目とは違います。ネガフィルムの中には明るさも色も実際の見た目よりも多く階調が残っているので、それを引き出しながら変化させていくのです。

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出典 : http://screenmusings.org/movie/blu-ray/Amelie/pages/Amelie-0165.htm

また【銀残し】という手法を良く使い、ざらっとした昔のカメラで撮ったようなノイズ感、ふわっと膨張した光を作り出しているのが、スピルバーグ映画で知られる撮影監督ヤヌス・カミンスキー

多くのスピルバーグ作品で知られ、例えば『ロスト・ワールド』では、別の人が撮った1作目『ジュラシック・パーク』と全然ちがう大人びた画。その差が分かりやすいかもしれません。宇宙戦争リンカーンなど、その手法で不穏さを表したり、荘厳さを表したりしています。

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出典 : https://reelclub.wordpress.com/2013/02/10/second-time-is-a-charm-re-watching-lincoln-with-middle-schoolers/

カラーグレーディングという作業

デジタルではその現像作業および、色味質感調整のことを【カラーグレーディング】と言います。専用のグレーディングソフトと、カラリストと言われる専門のスタッフによって行われるその作業は、色や明るさだけでなく、レンズの特徴を引き出したり、カバーしたり、ノイズの増減や、人の顔だけの色を調整するなど、映画の語り口に密接に関わる作業になります。近年では「DaVinci Resolve」というソフトが業界標準です。

分かりやすい例として、マン・オブ・スティールにおいて、トーンが違うだけでどれだけ印象が変わるかという動画があります。最終形の色を派手に戻しているので、本来の工程とは逆ですが、撮影素材からはこのどちらの方向にも仕上げる事が可能なのです。見た目の印象で「ポジティブな話」なのか「シリアスな話」なのか、映画の印象がぜんぜん違ってくるのが分かると思います。

ダイナミックレンジとは

グレーディングをするためには、元々の光の情報をなるべく多く残しておく事が重要です。

デジタルシネマカメラではRAWという生のデータや、logという特殊なデータで撮影することが多く、それはネガフィルムのようになるべく幅広い明るさ・色情報を記録していくための形式です。(※これも後処理に時間がかかるため、日本のドラマや通常のTV番組ではあまり使われません。CMでは確実に使われます)

通常のビデオカメラでは、暗めの部屋の中で人物をちゃんと見せようとすると、背景の外は白飛びしてしまいます。デジタルシネマカメラでは、暗い部分と明るい部分の両方のディティールを残すことを各メーカーは競っています。これを【ダイナミックレンジが広い】と言います。

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Blackmagic Design社のカメラ

業界一メジャーなカラーグレーディングソフト「DaVinci Resolve」はおそらく8割以上のシェアを誇ります。元々はアメリカのグレーディングシステムの会社を、オーストラリアのBlackmagic Design社が買収し、低価格+無償版の配布などによりシェアを伸ばしました。

そのBlackmagic Designが2012年、突如自社カメラを発売しました。「DaVinci Resolve」のほか、コンバーターやキャプチャーカードなどの周辺機器を作っていた会社が、カメラ本体を作るのは異例の出来事でした。

グレーディングという工程を知り尽くした会社が、その作業を前提としたカメラを作る。ある意味理にかなったそのカメラ【Blackmagic Cinema Camera】は独自の広いダイナミックレンジで撮影する事が可能で、正にグレーディングを前提とした映画用カメラ、なのです。

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出典 : https://www.blackmagicdesign.com/jp/products/cinemacameras

1本の映画でもいくつかのカメラ

実は映画というのは1本の映画にいくつもカメラを使う場合も多く、例えばメインのカメラとは別にスーパースローモーションは別の専用カメラを使ったりすることもあります。

またカーチェイスやアクションなどでは、車にくっつけて撮影する必要性から、小型のカメラを使わざるを得ない場合もあります。最近はGoProという小さいアクションカムなども流行っていますが、映画に使うには画質の部分で若干不安があります。

しかし機材は年々向上してゆくもので、例えば、先のBlackmagicには、Blackmagic Pocket Cinema Cameraという製品もあり、超小型のデジカメサイズでありながら、ダイナミックレンジの広い画を撮ることが可能。『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』などでも使われています。

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出典 : https://www.blackmagicdesign.com/jp/products/blackmagicpocketcinemacamera

また小型のカメラの利点として、狭い場所で何台ものカメラを使用しないといけない場合も多々あります。ライブの撮影シーンなどがまさにそれで、邦画の『日々ロック』ではライブハウスの天井や壁にくっつけて使用されています。

テクノロジーとアートの交差点

最近だとキングスマンにおいては、メインをALEXA、シーンによってはBlackmagic Cinema Camera、Blackmagic Pocket Cinema Camera、と使い分けられてるようです。恐らく予想するに、例の教会での大アクションシーンでは小型カメラのPocket Cinema Camera が活躍したに違いません。

監督や撮影監督のイマジネーションがあってこそですが、【そのカメラがあるからこれが撮れる!】というのもテクノロジーと芸術の化学反応だと思います。

キングスマン

【映画】という表現をするため、物語を伝える為に、作り手は色々な選択肢からチョイスし、組み合わせ、新しいトーンを模索しているのです。メイキング映像などを見て、どんなカメラを使っているのか探ってみるのも、映画ファンの楽しみのひとつでもあります。そのカメラは、あなたにも手が届くカメラかもしれません。

(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation

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