大島渚監督が80歳で生涯を閉じてから今日で3年が経ちます。
一般的に彼のイメージは「文化人」や「気難しそうな人」、はたまた「昨年逝去した野坂昭如に右フックをかまされマイクでどつき返した人」など様々かと思いますが、彼は日本を代表する世界的な映画監督の一人でもありました。
彼の作品はそのイメージから「難解な作風」と思われがちです。現に初期の作品には登場人物たちによる政治的な主張が多く見られ、「これは一体何の話なんだ?」と思わされることもしばしば。しかしながら年代を経るごとに作風も大きく変貌し、ドラマとして非常に見ごたえのある作品も多く作られました。
そこで今回は30本近くある彼のフィルモグラフィーから、「大島映画はもちろん昔の邦画もあまり観たことがない!」という方にもオススメできる5作品を紹介していきたいと思います。
戦場のメリークリスマス(1983)
日本軍捕虜収容所に英国人将校が収容されたことから収容所内に不穏な空気が漂い始め、それぞれが抱え持つ「罪」「恥」といった感情が国籍を超えてぶつかり合う戦争映画です。
一介の芸人であったビートたけし、音楽人であった坂本龍一を世界レベルの文化人にのし上げたという事実にとどまらず、一貫して自作に戦争への主張をちらつかせていた大島監督の彼なりの一つのけじめなのではないかと思います。
テレビで一度は観たことがあるであろうビートたけしが「メリークリスマス、ミスター・ローレンス!」と微笑むシーンは、彼がいかなる葛藤の末に辿り着いた表情なのか、それは異文化への理解を仄かに感じさせる希望の表情なのか、それとも彼がローレンスにあることを託した悲哀の表情なのか、ぜひ全編通して鑑賞してみてください。この力作の前に、演者の演技力など瑣末な問題なのです。
※本記事を執筆中の今月10日、本作でセリアズ少佐を演じたデヴィッド・ボウイ氏が亡くなられました。収容所が舞台という泥臭い戦争映画にあって、ここまで美しい男性を観たことがありませんでした。謹んで哀悼の意を表します。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】夏の妹(1972)
「兄を探しに沖縄へやって来た妹と、彼女を取り巻く人々を描くロードムービー」の体裁を取りながら、返還直後の沖縄と日本(本土)の距離感を寓話的に描く異色作です。
「寓話的に」と表現しましたがそこは大島監督らしく、怪しい顔のオッサンから気の強そうな淑女から美少女アイドルまでもが違和感丸出しの表情で政治談議を繰り広げます。
互いに対立しあう関係性の人同士が入り乱れて終わりの見えない議論を繰り広げる浜辺のシーンはあまりに滑稽であり、それらを緩やかに昇華するラストの演出には大島監督の荘厳さと優しさを感じさせます。
先述の通り、堅苦しいことを考えず「沖縄を舞台にしたロードムービー」として観ても非常に楽しめる一作です。筆者の大島映画ベスト1でもあります。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】青春残酷物語(1960)
青春を持て余した少年少女の恋愛を描く大島監督初期の作品です。
満たされない青春のエネルギーを社会へ向け、社会はそれを無情に捻りつぶす、という図式は何年経っても変わりません。つまるところ若者は「やることが見つからない」というのが最も残酷で、最も取り返しがつかないことなのだと言うことです。いつの時代も「青春」は「社会」の前にひれ伏すしかないのです。
1958年頃からフランスで始まった若い映画作家たちの波を「ヌーヴェルヴァーグ」などと形容したりしますが、本作は「松竹ヌーヴェルヴァーグ」という言葉を生み出しました。
本家ヌーヴェルヴァーグのジャン=リュック・ゴダールなども大島を敬愛 していましたが、2年後の『日本の夜と霧』騒動による松竹との軋轢によって大島が独立し、吉田喜重など他の作家も芸術志向のATG(日本アートシアターギルド)へと流れたため、結局のところ松竹ヌーヴェルヴァーグは長く続きませんでした。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】少年(1969)
「当たり屋を生業とする家族」という空間に閉じ込められた少年が半ば強制的に自我に目覚め、やがて諦観気味にその運命を受け入れるまでを描くロードムービー風のドラマです。ヴェネチア映画祭ではスタンディング・オベーションを巻き起こしました。
「当たり屋」とは走行中の車にわざとぶつかることで事故を装い、示談に持ち込んで損害賠償金を巻き上げる犯罪です。同じ地域で何度も同じ行為を重ねられないし住むところもない、ゆえに日本を転々とする姿が図らずもロードムービー風に作用しているのです。とある地で「もっと日本が広ければいいのにね」と呟く少年の一挙一動が心を抉ります。
雪原へ向かう少年に弟が着いてくるシーンは邦画史に残るといっても過言ではないのではないでしょうか。他ではなかなか見られない大島流の叙情主義的な一本です。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】愛の亡霊(1978)
実際に本番行為を行ったことで知られる『愛のコリーダ』という作品があり、これは大島映画でも1,2を争うほど世界的に有名な映画ですが、同じく藤竜也主演、アナトール・ドーマン製作の『愛の亡霊』という傑作があります。
本作は人力車夫の女性が兵隊帰りの若い男と恋仲になり、共謀して旦那を殺すという一見ありがちなお話なのですが、その夫が亡霊の姿となって女性や村人の前に現れ村を混乱させるという部分が一味違います。特に製作陣に怪談映画を手掛けた経験のあるスタッフが多く参加しており、怪談映画の傑作としても数えられると思います。
吉行和子は当時40代にして自己中心的であどけなさの残る妖艶な人妻を見事に演じており、特に「旦那は既に殺されているのでは?」と噂する村人に絶叫して食って掛かるシーンなど鬼の憑依したような形相で見事でした。
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少しは興味を持っていただけたしょうか。
筆者は『戦場のメリークリスマス』で大島監督との邂逅を果たした後、『飼育』『日本の夜と霧』『日本春歌考』と立て続けに60年代の難解な作品を鑑賞してしまい匙を投げかけました。しかし、「生きている年代が違うんだからこの台詞も特に深い意味を考える必要はない」と思うようになってからはその難解さが徐々にクセになっていきました。
年代によって彼の作品が与える印象は大きく違いますし、特に上に挙げた5本は比較的観やすいと思うので、数本鑑賞して挫折していた方もこれを機に他の作品に挑戦してみてはいかがでしょうか。
※2021年9月29日時点のVOD配信情報です。