1月30日から、竹内結子・橋本愛主演の『残穢-住んではいけない部屋-(以下、残穢と表記)』が公開されました。
本作は2015年の東京国際映画祭・コンペティション部門に出品された作品です。2015年の東京国際映画祭と言えば、11年ぶりにコンペティション部門に日本映画3作品が出品されたことでも話題となりました。中でも『残穢』は「恐怖演出の歴史に新たな金字塔を打ち立て、日本映画の実力と多様性を世界に発信できる作品」として出品され、多くの話題を呼びました。
ほとんどの方がフィクションだと思っている本作…しかし「実話なのでは?」という声も多く寄せられています。今回は、そんな“曰くつき”の映画『残穢』について、原作とあわせてお伝えしていきます。
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小説家の私のもとに、読者である久保さんから1通の手紙が届く。「今住んでいる部屋で、畳を箒で軽く掃くような奇妙な“音”がする」…好奇心を抑えきれずに、久保さんと共に調査をはじめた私は、かき集めた話を元にある仮説を立てる。
着物を着た女性が首を吊って自殺した―。
しかし、不動産に問い合わせても「これまでに自殺者はいない」と断言されてしまう。では、この音の正体は何なのか…?恐怖の“震源”を探るべく、マンションが立つより前のことを調べ始める私と久保さん…そして、徐々に明らかになっていく真実…震源にたどり着いた時、本当の恐怖がはじまる。
日本に古くから伝わる「穢れ」とは?
本作で、鍵となるのが日本古来の「穢れ(けがれ)」という考え方です。穢れとは、共同体にとってタブーと見なされる様々な事物に触れることによって生じるもので、穢れを帯びたものに触れた者もまた、穢れてしまいます。とりわけ、死によって生じる穢れは恐れられていて、過去の無残な死によって生じた穢れは最も危険とされています。
伝染する“穢れ”
中村監督自身も舞台挨拶で話していましたが、本作では直接的には登場しない「触穢(そくえ)」という考え方が非常に重要となります。「触穢」とは、簡潔に述べると“穢れに触れると伝染する”という考え方です。
私たちは、穢れから逃れるために祭祀を行っています。葬儀後の清めの塩も、その一種…つまり、穢れとは本来、人の外面に付着するものであり、除去するための祭祀を行うことや一定期間が過ぎることで消えるものです。
しかし、もし時間の流れや呪術的な清めでも浄化しきれない穢れ…“残穢(ざんえ)”があったとしたら…?穢れが複数重なることでさらなる穢れを生むとしたら…果たして、どうなってしまうのでしょうか?
過去へと遡り、穢れの震源を探る。
日本を代表するホラー映画『リング』や『呪怨』、『着信アリ』は“触穢”によって、穢れが拡大していく恐怖を描いた作品です。例えば、『リング』ではVHS、『着信アリ』では携帯電話を介して穢れが広まっていきます。つまり、登場人物たちは、何らかの“モノ”を介して拡大していく穢れに蝕まれていくのです。
そう考えると家を介して穢れが拡大していく『呪怨』が、本作『残穢』に最も近いものだと考えられます。しかし、両者には決定的な違いがあります…それは、ストーリーが未来へと向かうか、過去へと向かうか、です。
多くのJホラー作品は、穢れが拡大していくパンデミックの様子が描かれてきました。しかし、本作は穢れの“震源”を探るべく、ひたすら過去へと遡っていくストーリー構成となっています。
もう一つ重要となるのが、VHSや携帯電話のように時代の変化によって廃れていくものではなく、いつの時代になっても価値観が変わらない家…もっと言ってしまえば、土地が本作で重要とされているところです。『呪怨』のように「あそこの家には近づいてはいけない」「幽霊が出る」などの噂を持つ、あからさまな“曰くつき物件”ではなく、本作ではどこにでもあるような家、マンション、土地が舞台となっていることが大きな特徴だと言えます。
“そばに置いておくだけでも怖い”原作とは?
映画『残穢』の原作は、ホラー小説家・小野不由美が手がけた同名のドキュメンタリー・ホラー小説です。ホラーと言っても穢れの“震源”を探るという意味では、ミステリー要素が多分に含まれたものであり、現実的な恐怖感を与えるものとなっています。
原作の映像化にあたって行われた不可解な変更
原作は「そばにおいて置くだけでも怖い」といわれる小野不由美の傑作小説です。私自身、原作を読みましたがまさに「そばにおいて置くだけでも怖い」という言葉そのもの…どの小説よりも丁寧な文章は、音や情景がいやでも浮かび上がってくるようなものです。
今回の映画『残穢』では、原作小説の主要部分はほぼそのままに映像化されており、原作が持つ日本独特の“何かがいるかもしれない”という恐怖をそのまま受け継いでいます。大きな違いと言えば、エンディング…そして、手紙の送り主・久保さんが30代の女性から学生へと変更されていることでしょう。
原作の映像化にあたり設定が変更されることはもちろんよくあることです。しかし、本作は原作小説と照らし合わせると、登場する部屋番号や登場人物の名前が微妙に…いえ、不可解とも言えるほど細かく変更されていることに気づきます。
例えば、原作では久保さんの住む部屋は204号室…しかし、映画では202号室に変更されています。そして、映画で「私」の同業者として登場するホラー作家・平岡、そして平岡の知人の心霊マニア・三澤は、原作ではそれぞれ平山と福澤として登場しています。
あえて変更した理由は何なのでしょうか?そこには「ノンフィクションだ」と言われる理由が隠されていました。
ノンフィクション?禁断の映像化と言われたる所以。
実は、映画で登場する佐々木蔵之介演じるホラー小説家・平岡、坂口健太郎演じる心霊マニア・三澤は、原作では実在する人物として登場しています。平岡と三澤はそれぞれ、実在するホラー小説家・平山夢明、福澤徹三なのです。…となると、原作はノンフィクションであると考えられます。
しかし、中村監督は「この物語はフィクションです」とあくまで否定…ですが、著者・小野不由美からその言葉は発せられていません。小野不由美はこれまで読者の体験談を元に多くの作品を世に送り出してきたホラー小説家です。つまり、多かれ少なかれ、彼女が書き上げてきた作品には実在する物語が紛れ込んでいるということになります…となると、多くの噂話が交差する本作にも実話が紛れ込んでいてもおかしくはありません。
実在する人物、そして彼女のこれまでの作品…これらを踏まえて考えると、物語の主人公「私」は著者自身だと考えられます。それは、映画・原作ともに「私」の姓名が一切語られないことからも感じ取れることです…しかし、語られる経歴からして「私」は小野不由美自身であると推察することが出来ます。
そう考えると、映像化するにあたって中村監督は“あえて”細い部分を変更したと考えられます。これは、多くの観客が違和感を覚えた劇中の“黒い影”からも考察することが出来ます…“黒い影”にはあえてCGが使われ、どこか現実離れした描写となっています。なぜ、そうしたわざとらしいことをするのか…?
それは、実存する人物等を出すことで、映画自体が本当の意味での「穢れ」を帯びてしまうからです。中村監督は、無理矢理にでもフィクションへと持っていき「穢れ」から逃れようという意図があったのではないでしょうか?「禁断の映像化」と言われたる所以はここにあると言えます。
では、映画『残穢』の注目すべきポイントはどこなのでしょうか?
恐怖演出の歴史における新たな金字塔
過去へと遡っていくストーリーを要とした本作では、劇場でしか味わうことの出来ないある工夫がなされています。それが、音響と情景描写です。
“何かがそこにいるかもしれない”恐怖
映画館と言えば、サラウンド…つまり客席を包み込むようなかたちで前後左右から音が聴こえることが特徴です。言うまでもなく、一般の家庭では味わうことの出来ないものです。本作ではこの音響が最大限に活かされています。
前方から聞こえてきたと思ったら、次は後方…後方から聞こえてきたと思ったら左…実際にその場に“何か”がいるのではないかと錯覚するほどのものです。特に畳を箒で掃いているような音は、日本人にとってトラウマになること間違いありません。
見えるようで見えない…が掻き立てる恐怖
本作はひたすら過去へと遡っていくため、劇中には登場人物たちの過去の回想シーンがいくつも登場します。その描写は古い映画のフィルムを使用したかのような荒っぽさ、そしてぼんやりとした描写の仕方になっています。見えるようで見えない…その描写方法が、私たちの想像力を掻き立てるのです。
また回想シーンになると、再び音響に工夫がなされます。それが音がくぐもって聴こえるという工夫です。これによって観客は異世界へと足を踏み入れてしまった感覚を味わうこととなります。
様々なJホラー映画を観てきましたが、ここまで描写や音響にこだわった作品は、出会った事がありません。気になる方は是非、劇場でその感覚を味わってみてください。
Jホラーの原点ここにあり。恐怖のテイクアウトムービー誕生。
1月30日の朝、初日の舞台挨拶ということもあって多くのマスコミ関係者が劇場にいました。舞台挨拶を待っている私の後ろで待機していた一人の女性がぼそっと呟いた言葉で、とても印象的な言葉がありました。
「この作品、おそらく声を出すようなホラーではないですよね…」
この言葉は的確な表現だと感じました。本作はミステリー要素も含んでいるため、映画を観ているときに恐怖を感じることはほとんどないかもしれません。最近のJホラーにありがちな“驚かす”要素はほぼなく、映画が終わってから、そして家に帰ってからその恐怖がじわじわと押し寄せてくる作品となっています。
この日本独特の“じめじめ”とした空気感は、古くから伝わる怪談話に近いものを感じます。つまり、Jホラーの原点とも言える作品になっているのです…穢れに触れることで伝染していくストーリー構成となっている『残穢』を、主演・竹内結子は「テイクアウトムービー」とも表現しています。
映画『残穢』は世界11の国・地域での配給、そして4月22日から行われるイタリア「第18回ウディネ極東映画祭」のコンペティション部門への出品も決まっており、この日本古来の恐怖が世界ではどう評価される…楽しみです。
“何かがいるかもしれない”という恐怖、Jホラーの原点を描いた『残穢』…お見逃しなく!
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(c)2016「残穢-住んではいけない部屋-」製作委員会
※2020年10月25日時点のVOD配信情報です。