自分の住む家から学校、オフィス、デパートと、私たちの身の回りにはいろんな建物が立ち並んでいます。もちろん建物は無機物で、雨の日も雪の日も文句を言ったりせず、黙って私たちを守ってくれます。
でも、もし、建物が喋れたとしたら?
そんな奇抜な発想のもと、世界の映画監督6人がオムニバスで作り上げたのが現在公開中の『もしも建物が話せたら』です。
“I am this building here”という語りかけで始まる、6つの建物を巡る不思議な物語。あなたの身近な建物を見る目も変わるかもしれません。
(C)Wim Wenders
6つの建物が主人公
WOWOWの国際共同制作プロジェクトとしてスタートした本作は、『ベルリン・天使の詩』など都市を描く名手として知られるヴィム・ヴェンダース製作総指揮のもと、6人の監督がそれぞれ思い入れのある建築物を選び、その心の声を30分弱のストーリーに紡ぎ出しました。
ドキュメンタリーと銘打っているものの、主人公である建物の語り口は男だったり女だったり。すでに死んだはずの建築家も誰かが演じる形で登場するし、これはもはや建物を主人公にしたフィクションと言ってもいいかもしれません。
監督の手によって、命を吹き込まれた建物たち。個性豊かな“彼・彼女ら”は何を語るのでしょうか。
ヴィム・ヴェンダース「ベルリン・フィルハーモニー」
最初に登場するのは、ドイツの首都ベルリンにあるコンサートホールです。
2013年に50歳を迎えた彼女(語りは女性です)は、第二次世界大戦で焼け野原になったベルリンで、文化の復興の中心となるべくハンス・シャウロンの手で設計されました。その理念は、客席が取り囲むホールの中心に指揮者が立つ構造に見事に表れています。
彼女が「いちばん大切な場所」という指揮者室にはこれまで、カラヤンら3人が籍を置いてきました。目と鼻の先、ほんの100メートルのところに長大な「ベルリンの壁」が築かれた不幸な時代を経て、現在も彼女はドイツに、世界に音楽を響かせています。
マイケル・マドセン「ハルデン刑務所」
白く分厚く、堅牢な壁として、彼女は目の前に現れます。
彼女はノルウェー南部にある刑務所。厳重な警備を敷く中には当然犯罪者が収容されているのですが、ここの独房は大きな窓から光が差し込み、看守は銃を携帯しません。フットボール場もあれば、面会に来た家族と過ごす一棟建ての家まであります。
「刑務所にはある意味、その国の社会や文化が凝縮されている」とマドセン監督。ハルデン刑務所は世界でいちばん人道的と言われ、再犯率はヨーロッパで最も低いとか。森に囲まれ、彼女は静かに囚人たちを見守っています。
ロバート・レッドフォード「ソーク研究所」
俳優としても有名なレッドフォード監督が選んだのは、米カリフォルニアのサンディエゴにある生物医学の研究所。レッドフォード自身が11歳の時に患ったポリオのワクチンの開発者ジョナス・ソークが建築家ルイス・カーンとともに創設しました。
まるで2人の魂が今も研究所に宿っているように、この作品では彼らの声が交錯し、左右対称の建物や、その間にある広い庭、研究資材でごった返した建物内部を行き来します。
研究者が1000人に満たない小規模ながら、研究論文の引用度では世界で一、二を争うソーク研究所。科学と芸術の融合を夢見た2人の遺志はしっかりと根付いているようです。
図書館もオペラハウスも喋ります
見る楽しみを奪うわけにはいかないので、紹介はここまで。
他の3篇は、1795年に建てられたロシア最古の国立図書館(ミハエル・グラウガー監督)、氷山みたいなオスロのオペラハウス(マルグレート・オリン監督)、パリの芸術の中心ポンピドゥー・センター(カリム・アイノズ監督)です。
ぜひ、監督によって異なる建物たちの描き方も比べてみてください!
※残念ながら、グラウガー監督は2014年に亡くなり、今作が遺作となりました。
もしも日本の建物が話せたら
新国立競技場の問題や、ホテルオークラ東京、大丸心斎橋店の建て替えなど最近、建物に関する話題が続きます。『もしも』を見ていると、ふと“彼ら”が喋れるとしたら何を語るだろう?なんて考えてしまいました。
皆さんはお気に入りの建物はあるでしょうか。それに人格があるとすれば、どんな声で、どんな口調で話すでしょう?ありえないことではあるけれど、「もしも……」を想像してみると、面白いかもしれません。
いま“建築映画”が熱い!
『もしも建物が話せたら』以外にもここ数年、建築をテーマにした映画が相次いで公開されていることをご存知でしょうか。
バブルから震災まで……現代日本の建築の舞台裏
例えば、『だれも知らない建築の話』(2015年)。
これは2014年のヴェネチア・ビエンナーレでプレミア上映された映像作品を再編集した劇場版で、安藤忠雄や伊東豊雄、レム・コールハースといった世界的な建築家たちのインタビューを通し、1970年代から現在に至る日本の建築史を紐解きます。
国際化の波、バブル経済、そして東日本大震災。目まぐるしく変化する社会情勢の中で彼らは何を夢見て、何を生み出して来たのか。そして、未来の建築の在り方とは?
建築史と言うと固いイメージですが、専門的な知識がなくても心配無用。建築家たちの言葉はまるでジャム・セッションのように響き合い、年表には現れない歴史の舞台裏までのぞかせてくれます。
50年間、世界の建築の第一線に立つ男
建物が何十年も同じ場所に存在し続ける一方で、何十年にもわたって活躍し続ける建築家もいます。『フォスター卿の建築術』(2014年)で取り上げられたノーマン・フォスターもその一人でしょう。
今年の年明けには東京・六本木ヒルズで、フォスターが1967年に設立した国際的な建築設計組織「フォスター+パートナーズ」の日本初となる大規模展覧会が開かれ、話題を呼びました。
「パートナーズ」が遂行してきたプロジェクトは、ロンドン市民に「ガーキン」の愛称で親しまれるスイス・リ本社や、東西ドイツ統合の象徴「連邦議会新議事堂 ライヒスターク」など世界45ヶ国300件に上ります。
半世紀近くも建築界の一線に立ち続けるフォスターとはいったい何者か。映画はその実像に迫ります。
ガウディの夢、あと10年で完成
長く活躍する建築家。かたや、何十年かけても、いや百年経っても完成しない建物も。
スペインのバルセロナで建築家アントニ・ガウディが構想し、1882年に着工した聖家族贖罪教会――サグラダ・ファミリア。『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』(2015年)は今なお建設が続く(!)、この世紀の建築プロジェクトを描いています。
(C) Fontana Film GmbH, 2012
「神は急いでおられない。焦らなくていい」との言葉を残したガウディは教会の完成を見ることなく、1926年に73歳で亡くなりました。その没後100周年にあたる2026年、いよいよサグラダ・ファミリアは完成予定と公式発表されています。
かつて300年かかると言われたプロジェクトはいかにして工期が短縮されたのか。彫刻家や建築家のインタビューからは、彼らが時を超えてガウディの夢を引き継ごうとする固い意志が見えてきます。また、本作では、普段はスタッフしか入れない内部の映像も必見です。
建築は映画との相性がいい
なぜ建築にまつわる映画はたくさんあるのでしょうか。建築を鑑賞するのに、いちばんいいのは現地に行って実際に見ること。それが難しければ写真集やフォスター展のような展覧会でもいいのでは……?
もちろんそれでも建築は楽しめます。しかし、映画=ムーヴィング・ピクチャー。動く映像で、大きな建造物の外観を端から端までダイナミックに見せることもできるし、細かな造形を大きくクローズアップして見せることもできます。
また、実際には見られない空からの眺めや、配管などがうねる内部の構造も楽しめます。サグラダ・ファミリアのように、建設途中の姿を記録として残すことも可能です。映画は建築を描くのにぴったりのメディアと言えると思うのです。
渋谷アップリンクで建築映画特集!
そして、せっかく見上げるほどに巨大な建築を映画で楽しむなら、大きなスクリーンのある映画館がいちばん!渋谷アップリンクでは『もしも建物が話せたら』の公開にあわせ、2月27日から3月中旬まで建築映画を特集上映します。
先に紹介した作品のほか、世界中で親しまれているイームズ・チェアの誕生秘話に迫る『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』(2011年)など3本を上映予定。
詳しくは【建築映画特集】まで。この機会に、ぜひスクリーンで建築映画を楽しんでみてください。