1960年代に“アングラの旗手”として注目を集めた伝説的な映画監督、足立正生の最新作『断食芸人』が公開されました!
約10年ぶりとなる新作で足立監督が題材を求めたのは、20世紀を代表する作家フランツ・カフカ。不条理で孤独で不安、でもどこかユーモラス――“絶望名人”の異名をとるカフカの同名小説を原作に、キッチュで奇想天外な足立ワールド全開です。
スチール撮影にはなんと世界のアラーキー(=荒木経惟)も名を連ねる『断食芸人』。その魅力とは?足立監督の過去の作品とともに紹介します。
足立正生×カフカ『断食芸人』
ある朝、目覚めると僕は虫になっていた――。
カフカと言えば、こんな一節で始まる『変身』を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。独特の作品世界は日本でも多くのファンを魅了し、村上春樹もその影響を受けて『海辺のカフカ』を書いたとされるほど。そんなカフカの作品の中でも、さまざまな解釈が可能な短編「断食芸人」がこの映画の原作です。
あらすじ
ある日、ある街角にふらふらと現れ、座り込んでしまった一人の男。どこから来て、いったい何をしているのか。男は一切答えない。その姿はSNSで拡散され、やがて周囲の人たちは「ハンガーストライキだ」「売名行為だ」と勝手に推測し始める。男はだんだん有名になり、彼を見世物にして一儲けを企む興行師まで現れて……。
3・11から始まる現代の写し絵
映画は冒頭、東日本大震災の津波と爆発する福島第一原発の映像で始まります。
カフカの原作は100年前に書かれたものですが、足立監督が描くのは現代の話。シャルリー・エブドもイスラム国も出てくれば、「国境なき医師団」をもじった「国境を守る医師団」も登場します。
とは言え、普通に描かないのが足立ワールド。医師団はなぜかSMの女王様風に断食男をいたぶるし、集団で割腹自殺を呼びかける「死のう団」は「死のう!死のう!」と駆け回り、白塗り顔の怪しい興行師は戦時中のように「大和魂」「天皇陛下ばんじゃーい!」などの言葉を連発。いたるところにブラックジョーク満載です。
主人公はセリフなしの座りっぱなし!
そんなお祭り騒ぎの中心、断食男に扮するのは、『どんてん生活』や『リアリズムの宿』など山下敦弘監督作品の常連、山本浩司。
『それでもボクはやってない』(周防正行監督)、『色即ぜねれいしょん』(田口トモロヲ監督)など数々の作品に出演し、日本の映画界に欠かせない名優ですが、今作では主演なのにほとんどセリフがありません。むしろ動きすら少なく、ほぼ座りっぱなしの状態です。
騒ぐのはもっぱら周囲の人たちで、なされるがまま、静かにそれを見つめる断食男。その眼差しはまるでブラックホールのようで、色んな人間が引き寄せられ、不穏と混乱のうちに断食だけが「10日目」「15日目」と日めくりカレンダーのように進んでいきます。
断食の果てに問いかける「あなたはどうする?」
やがて断食は一ヶ月を超え、50日に及びます。その果てには何があるのでしょうか。
先行き不透明な現代社会には何事も冷めた目で見るニヒリズムやシニシズムが広がりますが、足立監督は安易に絶望を選択しません。
断食男の檻の前ではいつからか、自傷癖のある若い女が一緒に座り込みを始めます。彼女は断食男を見守りながら粘土をこね、「何か」を創り出そうともがいています。
シュールで禍々しい映画の中の世界に、「人ごとじゃあないですよ」というメッセージをこっそり隠した足立監督。無言の対話を経て彼女が何を創ったか、そして最後にようやく口を開いた断食男の一言は見てのお楽しみにしておきますが、見終わった後、「あなたはどうする?」そんな監督からの問いかけに、あなたはどう答えるでしょうか。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】故若松孝二の盟友、国際指名手配……足立正生の伝説
ところで、こんなに尖った映画を撮る足立監督、実は1939年生まれの76歳です。
日大芸術学部の映画学科在籍中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びたのが1963年。それから大学を中退して若松孝二監督の独立プロダクションに加わりました。以来、どんな経歴を経て、“伝説”の監督になったのか。いくつか作品を交えて紹介しましょう。
俳優・足立正生を観る『絞死刑』
若松プロで前衛的なピンク映画の脚本を量産する傍ら、役者として参加したのが大島渚監督の『絞死刑』(1968年)です。
刑に処せられたのに死ななかった在日朝鮮人の死刑囚の少年を巡り、再執行するかどうか議論する刑務官や教誨師たちのやり取りをユーモラスでナンセンスに描き、足立監督は保安課長役を務めました。
ショックで記憶喪失になった少年に罪を思い出させようと、保安課長らが犯行を再現して見せる場面は滑稽ですが、犯行の背景には差別と貧困がありました。記憶をなくした少年の無垢な問いかけは、刑を執行する側の矛盾を鋭くえぐります。忠実に再現された死刑場のセットも必見です。
反転する「銃口」の文字『赤軍-PFLP 世界戦争宣言』
1971年、足立監督はカンヌ国際映画祭の帰り道に若松監督とパレスチナに渡ります。その時、赤軍派のゲリラを共闘しながら(!)彼らの日常を撮影したのが『赤軍-PFLP 世界戦争宣言』、通称『赤P』です。
激動の時代をパレスチナ側から描いたインパクトは大きく、日本の政治運動にも影響を与えました。「世界革命のためのニュースフィルム」と銘打っているように、ほとんどプロパガンダとも言える強烈さで、映画の後半、「銃口」という文字がスクリーンに反転して映り、見ている側が銃口を誰かに突きつける形になるシーンはあまりに有名です。
足立監督はその後、1974年に重信房子率いる日本赤軍に合流。国際指名手配され、1997年にレバノンで逮捕抑留されるまで、実に30年近くにわたって革命に身を投じました。
自身の拘束生活を投影『幽閉者 テロリスト』
刑期を終えて2000年に日本に帰国し、35年ぶりにメガホンを取ったのが『幽閉者 テロリスト』(2006年)。1972年に起こったテルアビブ空港襲撃事件を題材に、テロ作戦を決行するも手榴弾が不発で一人だけ捕えられてしまった国際革命軍のテロリストを描きます。
屈辱的な制裁を受け、死を望むも、テロリストに下された判決は無期刑。監督自身も経験した幽閉という閉鎖空間の中で、精神的にも肉体的にも追い詰められていくテロリストに田口トモロヲが扮し、鬼気迫る演技で見る者を圧倒しました。
なお、田口トモロヲは『断食芸人』ではナレーションを務めています。
大阪シネ・ヌーヴォで特集上映!
『断食芸人』公開を記念して、大阪のシネ・ヌーヴォでは3月19日から4月8日まで、足立正生の特集上映が行なわれます。
先に紹介した作品のほか、学生時代に制作し、寺山修司から高く評価された『椀』や、学生運動の真っただ中、日大芸術学部のバリケード内で撮影したピンク映画『性遊戯』など、計14本を上映。
足立作品はDVD化されていないものもあり、残念ながら見る機会はそう多くありません。お近くの方はこのチャンスをお見逃しなく。足立監督のトークショーもあるそうなので、ぜひ生の監督にも会いに行ってみてください!
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※2021年12月23日時点のVOD配信情報です。