物事には必ずと言っていいほど、表と裏、二面性や対といったものが存在します。これは、映画の世界でも同じで、作品を深く理解するうえで「2」という視点はとても重要になります。中には、複数のものが複雑に絡み合っている…ということもありますが、まずは「2」という観点で作品を読み解いていくことが、その作品の本質を理解するための近道だと言えます。
(C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
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これまで、筆者は、様々な映画をこの「2」という数字に着目してご紹介してきました。今回も、この「2」という数字に着目して、大ヒット上映中の感動作『ルーム』の魅力を改めてお伝えしていきたいと思います。
大人とこども
突然ですが、皆さんは大人とこどもの違いは何だと思いますか?
きっと、挙げればキリがないと思います。本作でもこの違いがいくつも登場するのですが、その中でも注目したいのが、5歳の男の子・ジャックが口にする「ホンモノ」と「ニセモノ」という表現です。
生まれたときから部屋の中で育ったジャックは、母ジョイからテレビに映るものは「ニセモノ」だと教わってきました。もちろん、アニメーションなどは実在するものではないので「ニセモノ」と言っても間違いではありませんが、ドラマに登場する人々は役柄に合わせて変装しているだけで、その演じている人たちは実在します。そのため、中盤のシーンで、ジョイにその人たちが「ホンモノ」だと言われて、ジャックが困惑するシーンがあります。
ジョイが嘘をついてきたのは、監禁されているという特殊な状況の中で、どうにかしたジャックを“普通のこども”として育てようとしたからです。しかし、我が子を想う優しさからついた嘘にも関わらず、ジャックに はそれが伝わらないどころか「どうして、そんなこと言うの?お母さんなんて大嫌いだ」とまで言われてしまいます。
その嘘は、誰のための嘘?
このジャックの「ホンモノ」と「ニセモノ」という2つの言葉から見えてくるのが、大人とこどもの違いです。ここで重要となるのが「嘘」という言葉です。
劇中には、部屋から脱出するためにジョイがジャックに嘘をつかせ、死んだふりをさせようとするシーンが登場します。しかし、ジャックは「そんなことできない。やりたくない」と拒否します。いざ、実行することになってもジャックの不安や恐怖が消えるどころか、増していくばかり…。
一方でジョイは嘘の演技をすることで、ジャックを脱出させることに成功します。このことから、嘘やごまかす術を身につけたのが大人であり、嘘もごまかしも出来ないのがこどもだと言えます。
しかし、考えて欲しいことは、誰かに嘘をつくということの意味…誰かに嘘をつくということは、自分自身にも嘘をつくことを意味します。もしかすると、こどもと違って、大人という生き物はどこかで自分自身に嘘をつくことで、痛みや苦しさを隠して生きているのかもしれません。
あなたがついた嘘は、誰を守るためのものですか?守りたい人がいるのならば、その嘘で本当に守り抜くことは出来ますか?…そう問いかけられているように思えます。
切り取られた空と、無限に広がる空
本作は、エマ・ドナヒューの小説『部屋』を映像化したものです。この原作は上下巻から成り、それぞれに「インサイド」と「アウトサイド」というタイトルがつけられています。つまり『ルーム』は大きく分けて2つのストーリーから構成されているのです。
前半は「インサイド」、つまり、狭くて仄暗い部屋での生活を描いた物語が描かれています。そして、後半では「アウトサイド」、つまり外の世界での物語が描かれているのです。ここで、重要となるのが「空」です。
前半で描かれる閉鎖的な部屋からは、天窓によって空が四角く切り取られています。しかし、部屋の中が世界の全てだと思い込んでいるジャックはそれが「ホンモノ」だとは理解できていませんでした。しかし、ジャックが部屋から脱出して、初めて目にした空はどうだったでしょうか?
目の前には四角く切り取られた空ではなく、どこまでも無限に広がる空が広がっていました。そして、ジャックはこう思うのです…「これがホンモノの空なんだ」と。
このシーンで多くの人が涙することでしょう…実際、私もこのシーンで涙が止まりませんでした。『ルーム』を鑑賞された方の感想でも、この空のシーンが印象的だったとの声が多く、中には「空がキレイだということに改めて気づいた」とコメントする方もいるほどです。この感動は言葉では表現しきれないので、是非ご自身の目で確かめて下さい!
一歩踏み出す子と立ち止まる母
本作で重要となるのが後半、外の世界での物語です。閉鎖的な部屋から開放的な外の世界へと踏み出したジャックは、スポンジのように様々なことを理解し、吸収していきます。しかし、ジョイは辛い現実を目の当たりにし、思い描いていた“幸せ”が手に入らないことに不安や恐怖を抱き、立ち止まることになります。
内から外に出ることで成長していくジャック、内から外に出ることで立ち止まってしまったジョイ…この対照的な描写に、私たちは胸を締め付けられることになります。そして、ここで露わになるのが大人の弱さとこどもの強さです。
ラストへと繋がる2つの視点
本作には、ラストへと繋がる重要な2つの視点があります。まず、重要となるのがジャックが部屋の中のモノすべてに「おはよう」と挨拶をするシーンです。この、いかにも“こどもらしい”行動がラストでは“こどもの力強さ”を表現するものへと変化します。それは「おはよう」という言葉が違う言葉に変わっているだけのことなのですが、とても心に響くセリフとなっています。
もう1つ重要となるのが、外から見た“部屋(ルーム)”です。ジョイとジャックは小さな納屋(部屋)に監禁されており、劇中ではほとんどが室内の映像です。しかし、この納屋を外から見た映像が序盤と終盤に登場します。
序盤で登場する、納屋を外から映した映像は、まさに監禁されていることへの恐怖や絶望感を象徴するものです。しかし、終盤で登場する同じ視点から映した納屋のシーンでは、ジョイとジャックが一歩踏み出したことを象徴するものとして登場します。
この2つの視点はとても重要な役割を持っているのです。映画を観る前から分かることですが、結果的にジョイとジャックはその部屋から脱出することに成功しました。しかし、先ほども述べたように、外の世界に出てからは、大人の弱さとこどもの強さが対照的に描かれています。是非、序盤に登場する2つのシーンをしっかりと目に焼き付けてから、終盤でのシーンをご覧下さい…!
“ROOM”に隠された意味とは?
「ルーム」というタイトルを聞いて、それ自体には何も不思議なことはありません。しかし、筆者がふと疑問に思ったのは、映画のポスターや予告篇において、タイトル“ROOM(日本版ではルーム)”が四角い枠で囲まれていることです。これは何の意図があるのでしょうか?
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シンプルに考えれば“ROOM=部屋”なので、これは2人が監禁されてた部屋をイメージしたデザインです。しかし、個人的には別の解釈があると思います…以下、このデザインに関する解釈は筆者の個人的な見解ですので、ご容赦下さい。
“ROOM”に隠されたもう1つの意味
注目したのは”ROOM”という単語が四角い枠の中に、閉じ込められていることです。「部屋が閉じ込められている」というと意味が分からない文章になってしまいますが、別の意味に当てはめると意味が通るようになります。実は、知らない人がほとんどかと思いますが、この“ROOM”という単語には「部屋」の他に、使い方によっては「機会(チャンス)」という意味があります。
“ROOM=機会(チャンス)”が、四角い枠の中に閉じ込められている…これは“様々な可能性が封じ込められている”ことを意味する、と捉えることが出来ます。 実際、部屋に閉じ込められたことで、ジョイは華やかな青春時代を友達と過ごす機会や、将来への可能性を失いました。また、ジャックは外の世界を知るチャンスを失っていました。
さらに、本作を観るとわかるのですが、ジャックもジョイも外の世界に出てもなお、部屋で過ごした過去に囚われています。つまり、様々なチャンスが溢れている外の世界でも、辛く苦しい思い出が鎖となって2人を縛り付け、自由を奪っている…そうした2人の複雑な心情をこのデザインが表しているのです。
どんな状況においても可能性は無限大。
自由を奪われていた…と言いましたが、忘れてはいけないことは、ジャックにとっては、その狭くて閉鎖的な“部屋”も「宇宙空間」のように、様々な可能性を生み出すことができた場所だったということです。きっと、大人になればなるほど、想像力は欠如していき、人は自分自身で四方に線を引いて“部屋”をつくることで、自らの可能性に限界をつくってしまうことでしょう。しかし、例え、苦しい状況にいたとしても、ちょっとした想像力によって視点やモノの見方を変えれば、世界が違って見えてくるはずです。
だからと言って、部屋に閉じこもってろ!という意味ではありません。重要なことは、新たな可能性を見つけるために部屋の扉を開けるチャンスをつくるのは自分自身ということです。危機的な状況が迫っていた時、ジョイは諦めずに可能性を探し続けていたから、ジャックを脱出させることを思いついたのです。
“部屋”の扉を開ければ、そこには新鮮な空気が流れ込むはずです。もちろん、突然目の前に広がる未知なる世界へ不安を抱くとは思います。しかし、自分自身で引いた線を、勇気を出して乗り越えることで得られるものは沢山あるはずです。
本作を既にご覧頂いた方は分かると思いますが、この『ルーム』は希望で満ちた作品です。不思議なことに、この作品は観終わって劇場から外に出た時、初めてそのメッセージが心に響いてきます。世界がどれほど素晴らしいものか知ったとき、あなたは必ず新たな一歩を踏み出したくなることでしょう。
奇跡と希望で紡がれた感動作を見逃すな!
母・ジョイを演じたブリー・ラーソンは、本作『ルーム』でアカデミー賞・主演女優賞を受賞しました。主演女優賞を受賞したこともあって演技は圧巻…そのあまりに“リアル”な演技に、瞬きをすること、息をすることさえ忘れてしまうほどです…しかし、同じくらいにジャックを演じたジェイコブ・トレンブレイの演技が、胸に突き刺さります。「なぜ?どうして?」とジャックがジョイに質問をぶつけるたびに、こちらまで胸が苦しくなります。
映画『ルーム』はお世辞にも万人受けするとは言えませんが、早くも「2016年のベストムービー」という声が多く寄せられている作品であり、絶対に観る価値がある作品です!是非、劇場に足を運んで“奇跡と希望”の物語を、その目に焼き付けてきて下さい!
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※2021年5月31日時点のVOD配信情報です。