プリンスが逝去されました。
4月21日、ミネアポリスの自宅兼スタジオ「ペイズリー・パーク」で、享年57歳の早すぎる逝去です。
1978年にアルバム『For You』(「キミのために」ですよ!)でデビュー、ファースト・シングル曲「Soft & Wet」(「柔らかくて濡れてる」ですよ!)から一貫して濃厚なセックスと背徳的なパーティを匂わせるイメージを貫き、エンターテイメント業界のトップに君臨し続けた“殿下”の死を悼み、多くのファンや著名人たちが追悼を表明しています。
プリンスと「映画」
プリンスと「映画」といえば、世界的な大ヒットを記録し、アカデミー賞主題歌賞をも受賞した『プリンス/パープル・レイン』が有名でしょう。ミネアポリスのライブハウスを舞台に、ナンバー1の座を争うバンド合戦や、恋のさや当てが描かれます。
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本作でプリンスが演じる「キッド」はプリンス本人のイメージや、実際の生い立ちがキャラクター設定に反映されています。この手のアーティスト映画にはエルビス・プレスリーの『さまよう青春』や『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』といった「ポップ・ソング・ミュージカル映画」の秀作が過去にはありましたが、『プリンス/パープル・レイン』の成功によりジャンル自体が復興することとなりました。
本作の後に作られたマイケル・ジャクソンの『ムーン・ウォーカー』や、ランDMCの『クラッシュ・グルーヴ』などは『パープル・レイン』の影響で生まれたと言っても過言では無いでしょう。また『パープル・レイン』をほとんど丸ごとパクったヴァニラ・アイスの『クール・アズ・アイス』といったエピゴーネンまで生み出しています。
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主人公「キッド」のその後を描いた正式な続編『プリンス/グラフィティ・ブリッジ』も作られましたが、日本では最近まで公開どころかソフト・リリースもされないままでした。ようやくリリースされたソフトを見て納得の、ほとんどシュールの粋にまで到達してしまった物語と、「何故これを放っておいた!?」と思わざるを得ないプリンスや“プリンス・ファミリー”の見事なステージが収められています。
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また、ティム・バートン監督の『バットマン』では、楽曲提供を依頼された勢いでサイコウにノリの良いパーティ・アルバムを丸ごと1枚作ってしまうという、気まぐれな天才気質を見せてくれました。
そんなプリンスのフィルモグラフィの中でも、彼にとって運命めいたものを感じる作品があります。主演2作目で初の監督作品でもある『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』です。
プリンス初の映画監督作品
高級リゾート地、ニース。ハイソな人々が集う高級バーのピアノ弾きクリストファー・トレイシー(プリンス)は名うてのジゴロとして、今日も今日とて甘い言葉と仔犬のような上目使いで有閑マダムを手玉に取って金をせしめています。
そんな中、大富豪アイザック・シャロンの一人娘マリーが21歳の誕生日に5,000万ドルの遺産を相続するというニュースが流れます。おぼこい世間知らずの娘を騙して金をせしめるべく、クリストファーと相棒のトリッキー(ザ・タイムのジェローム・ベントン)は猛アタックを開始するのですが、跳ねっ返り娘に手を焼いて上手くはいかず。あの手この手をしかけていくうちに、本気の恋心が芽生えてしまい……
という、ハーレクイン・ロマンスもかくやという甘々な物語です。出演者たちは1920年代っぽい衣装(プリンスのステージ衣装のような服)を纏い、それに合わせた古臭い大仰な演技をしています。映画自体もモノクロ映画として仕上げてられ、あえてクラッシーなムードで構成されていますが、劇中で披露されるミュージカル・ナンバーはプリンスによるミネアポリス・ファンクのポップ・ソングです。
そんなプリンスのこだわりが前面に押し出された『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』は当時の観客に受け入れられず、公開年のゴールデン・ラジー賞を独占する不名誉な記録を残してしまいます。
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ラジー賞なんてのは昔からセンスの無いいじめ集団でしかないので無視するとしても、『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』が当時の観客に受け入れられなかったことは理解出来ます。
公開された1986年前後は、まだレーガン大統領就任中の「レーガノミクス」真っ只中です。映画ではロッキーが崩壊前のソビエト連邦に出向いてアポロ・クリードの仇をうつ『ロッキー4/炎の友情』や、シュワルツェネガーがたった一人で軍隊をぶっ潰していた『コマンドー』が公開された時代です。
そんな時勢を鑑みれば、高級リゾート地を舞台にジゴロが恋の駆け引きをする古臭いモノクロ映画が冷遇されてしまうのは仕方が無かったのでしょう。しかし、今。改めて見返すことで、当時はまだ理解できなかった情景が、ありありと立ち上がってきます。
古色蒼然とした物語のクセにやけにポップな曲で構成されたミュージカル映画で、細部まで統一された人工的な世界観を貫いた作品といえば、バズ・ラーマンが『ロミオ+ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』で確立したスタイルです。
また、撮影監督にライナー・ヴェルナー・ファスビンダーと組んで多くの傑作を残したミヒャエル・バルハウスを起用したことから見えてくるのは、トッド・ヘインズが『エデンより彼方に』や『キャロル』で見せた、あえて俳優に古い演技スタイルを踏襲させたり、舞台とした時代の映画と同じフィルムを使用するなどの、偏執的に構築されたフェティッシュなメロドラマのスタイルです。
つまり、プリンスは30年も前に、“今”の最先端の映画を作っていたのです。
4月に降る、季節外れの雪のように……
前記した通り、『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』はプリンスにとって「運命めいた」作品になっています。
※以下、映画のラストシーンについて書いています。未見、もしくは再見して甘いロマンスを味わうつもりの方は見てから以降をお読みください。
本作は主人公クリストファーの“上客”ウェリントン夫人による、こんなモノローグから始まります。
「むかし、むかし。フランスにクリストファー・トレイシーという悪ガキがいました。(中略)世界の全ての女性のために生き、一人の女性のために死にました。愛の本当の意味を知ったために……」
このオープニングのモノローグ通り、本作のラストでクリストファーは、マリーの横暴な父親の指揮で警官隊に撃ち殺されてしまいます。愛する人の亡骸を抱き茫然自失とするマリーのバックに、クリストファーの死を悼む相棒トリッキー視点の、こんな歌詞のバラード曲が流れます。
トレイシーは長い“内輪揉め”の後で死んでしまった。ボクが彼の涙を拭いたすぐ後に。
生きてた頃より幸せになっただろう。 生き残った愚かな者たちよりも。
サビに入る前に、トリッキーと彼の恋人がマリーからのクリストファーを懐かしむ手紙を読んでいる場面に変わり、映画が終わります。この曲のタイトルが「 Sometimes It Snows in April(季節はずれの4月の雪)」です。映画劇中では流れないサビの部分ではこんな歌詞が歌われています。
4月に雪が降ることもある。 ひどく辛い気持ちになることも。
人生がいつまでも続くと感じることもある。 でも、いつかは終わってしまうんだ。
楽しい時は必ず終わる。愛を、失ってから愛だと気付くように。
まるで4月21日に、あっけなく、前触れもなく、死んでしまったプリンス自身を著しているように思えます。プリンスは30年前に今の流行りのスタイルで映画を作ってしまったように、自身の最期も知ってしまったのではないでしょうか?
最後にプリンスが生前に一番使い、また一番かけられた言葉で本項を終わります。
I LOVE YOU, Mr.PRINCE
※2022年1月30日時点のVOD配信情報です。