2010年に劇場公開を果たした劇場版名探偵コナンシリーズ第14弾『名探偵コナン 天空の難破船(ロスト・シップ)』(※以下『名探偵コナン 天空の難破船』と記載)。本作では飛行船を舞台にコナンとテロ組織が戦う、これまでの推理物とは一味違ったアクション性も高い映画になっています。コナンのスケボーを始めとした博士の作った道具を巧みに使ったシーンや、普段は敵対する怪盗キッドとの協力プレーが楽しめるシーンなど劇場版シリーズでも特徴的な場面の多い作品です。
そんな本作、実は現実世界とのつながりを感じられる要素が多い作品でもあります。時代を経たいまだからこそ見え方も変わってくるいくつかのポイントをピックアップして紹介します。
『名探偵コナン 天空の難破船』(2010)あらすじ
国立東京微生物研究所を武装集団が襲撃。危険な殺人バクテリアを盗み出した上に爆破して逃走するという事件が発生した。報道規制を敷こうとした警察だったが、間も無くかつて財閥に対するテロ行為で名を馳せた犯罪集団“赤いシャム猫”による犯行声明がインターネット上に流され、一大事件として報道されることになるのだった。
そんな中、鈴木次郎吉より怪盗キッドへ、飛行船に収められたビッグジュエルを盗んでみろと挑戦状が叩きつけられ、キッドもそれに応えていた。飛行船へ招待されたコナンたちは、一緒にキッドに備えるのだったが、その日は赤いシャム猫たちが次の行動を起こすと宣言した期限と同日だった……。
※以下、『名探偵コナン天空の難破船』のネタバレを含みます。
コナン映画初のパンデミック映画!?
『名探偵コナン 天空の難破船』の特徴はなんといっても劇場版名探偵コナンシリーズとしては初のパンデミック要素が入った作品だということ。テロ組織“赤いシャムネコ”が細菌兵器の拡散をほのめかして、飛行船を占拠するというテロ事件にコナンたちが巻き込まれる作品となっています。
今回映画に登場する細菌は、なんと致死率80%とされる細菌。当時こそ、あまり実感がなかったその危険性ですが、新型コロナウイルスの影響を体験した今となっては、その脅威がどれだけのものか分かるのが皮肉なもの。テロ組織の乗る飛行船が接近するのに伴い、町中は大パニックに陥り、多くの人が鉄道で大阪を我先にと離れていく姿が印象的でした。
飛行船内でも感染者が隔離されたり、飛沫感染を恐れたりといった描写が描かれ、上映当時に映画館に足を運んだ人も、コロナ以降に観るとまた違った印象を受ける映画になっているでしょう。
結果的にこの細菌に関しては、テロ組織のハッタリだったことが判明するわけですが、いつか本格的にコナンがバイオテロに立ち向かう劇場版も登場するかもしれませんね。
仏像泥棒も決してフィクションじゃない?
テロ組織たちの計画は警備が手薄になった奈良のお寺・豪福寺の仏像を盗むことも含まれていることが発覚します。この豪福寺は、実在しないお寺なのですがエンドロールなどでも情景が映ることから、興福寺がモデルになっていると思われます。
意外と仏像泥棒といった犯罪は聞きなれないという人も多いでしょうが、実際は近年も発生している犯罪です。住職がいない無住寺が増えており、十分なセキュリティ環境にない隙を突かれて盗難被害に遭ってしまうのだとか。
足がつくような有名な仏像は、なかなかマーケットに流れるようなことはないのですが、あまり知られていない仏像は、盗品とも知られずに古物商に流れたり、ネットオークションなどに流通して換金されてしまいます。意外と身近なところに、実はどこかから盗まれてきた仏像が見つかったりするかもしれません。
今やセキュリティも機械化して無人でも、高価なものは簡単に盗むことができない時代。あまりハイテク化が進んでいないお寺に目をつけたテロ組織たちも、なかなか合理的だったと言えます。
無住寺の増加、寺院のセキュリティ強化の難しさ、地方の過疎化など実はこの仏像泥棒の件一つとっても、現代社会が抱える問題が浮かび上がってくるのです。
飛行船ベル・ツリー号I世号は存在するのか?
こうして現実とのつながりをいくつも感じさせられると、映画に登場する飛行船、ベル・ツリーI世号も実際に存在するのかと思わされてしまいますが、この飛行船は架空のもの。実際には存在しません。
世界最大級の飛行船とされていますが、現実では映画の解説に登場したヒンデンブルク号が世界最大の飛行船とされています。この飛行船は1930年代に活躍したもの。かつては飛行機がまだ未発達な時代で、飛行船が多くの人を一度に輸送するのに重宝されていました。ただし、1937年に発生したヒンデンブルク号の爆発事件を機に、安全性が疑問視され、飛行船は衰退し、飛行機にその役目を受け継いでいきます。
1980年代後半のバブル期には、広告目的で飛行船が多く飛んでいた時期もあったのですが、それも一過性のものとなり今現在では飛行船をあまり見かけなくなってしまいました。運搬の需要がないこともあるのですが、飛ばすためのヘリウムガスが高価であったり、発着場の確保が難しいといった理由もあり、維持費がかかってしまうのも、見かけなくなってしまった要因のようです。コナンにおける鈴木財閥のような存在でもない限り、なかなか飛行船を飛ばすのも大変なのですね。
ちなみに近年では、航空機とのハイブリッド型の飛行船、エアランダー10が開発中。まだ実用にまでは至っていませんが、遊覧飛行を目的とした旅行が一般化する時代が再び帰ってくる日も近いかもしれません。
生意気な少年・聡くんとは何者だったのか?
忘れてはいけないのが、『名探偵コナン 天空の難破船』の中でも不思議な立ち位置のキャラクターとして登場する、遠山和葉の親戚の子・川口 聡(さとし)。他の作品にも登場しないこの映画限定のキャラクターです。
突然登場したかと思えば、和葉にプロポーズをしたり、服部平次相手におじさん呼ばわりをしたりと、その不遜な態度に驚かされますが、思わぬ推理を見せたりと、平次たちのフォローとなる活躍を見せてくれます。
実は彼の声を担当しているのは、『崖の上のポニョ』(2018)の主題歌を歌い、一躍有名になった大橋のぞみ。意味深な登場の仕方をした彼でしたが、芸能人のゲスト声優出演枠として登場したのですね。
劇場版名探偵コナンシリーズのゲスト声優が扮するキャラクターとして本作のような子供キャラクターがゲストとして登場するのは珍しいケース。本作以降も度々ゲスト声優として多くの芸能人が参加してきましたが、これほど若いゲスト声優が参加したこともなければ、容疑者でもないコナンたちの推理をフォローする一般人という役回りは、極めて貴重。当時はまだゲスト声優の参加制を導入したばかりだったので、挑戦性が感じられるポイントでもあります。
時勢としても、題材としても、興行の仕方としてもなかなか興味深いポイントが詰まった『名探偵コナン 天空の難破船』。一度観たことがあるという人も今一度、鑑賞し直すと違った印象が得られるかもしれませんよ。
(C)2010青山剛昌/「名探偵コナン」製作委員会
※2020年11月19日時点の情報です。