ジョン・カーニー監督の最新作『シング・ストリート 未来へのうた』が話題です。
FILMAGAでも以前ご紹介しましたが、その人気はまだまだ衰えず、ヒューマントラストシネマ有楽町をはじめ各地の映画館で連日満席が続出中!
忠実に再現された80年代の音楽シーンを懐かしむ世代はもちろん、当時を知らない世代にも大好評で、実際に「デュラン・デュラン? MV(ミュージックビデオ)? 何それ?」と思っていた私もグッと引き込まれてしまいました。
その魅力の秘密には、監督の音楽愛だけでなく、自身の体験に基づく兄弟への想いも隠されているようです。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】
※本記事は『シング・ストリート 未来へのうた』のネタバレ・内容にふれる箇所があります
ボサボサ頭、引きこもりのお兄ちゃんがカッコいい
1985年を舞台にした『シング・ストリート 未来へのうた』の主人公は、赤い頬っぺが可愛い14歳のコナー。彼が一目惚れした年上のラフィーナに思わず「僕のバンドのビデオに出ない?」と言ってしまったところから物語は動き始めます。
そもそもバンドなんて組んでいなかったコナーは大あわてでメンバーを探し、兄ブレンダンに相談します。このお兄ちゃんが最高なんです!
弟を導く音楽の師匠
演じるのはジャック・レイナー。『トランスフォーマー ロストエイジ』の敏腕レーサー役が記憶に新しい人もいると思いますが、今作では大学を中退し、髪はボサボサ、いつも同じような服を着ている冴えない引きこもりです。
が、音楽への情熱はハンパない。即席バンドでデュラン・デュランのコピーをやろうとしたコナーに「他人の曲で女の子を口説くな」とぴしゃり。
またある時は、コナーがラフィーナの言う「悲しみの喜び」の意味がわからず悩んでいると、ザ・キュアーの「ザ・ヘッド・オン・ザ・ドア」を聴け、とアドバイス。(参照:The head on the door “悲しみの喜び”を感じる?)
コナーは“師匠”の教えを受け、バンドマンとしてめきめき上達していきます。うーん、こんなお兄ちゃん、ほしい……。
思わず共感、兄の想い
コナーのお兄ちゃん大好きっぷりが最もよく表れるのは、学園祭でMVを作るシーン。
妄想のMVの中でブレンダンは大型バイクで颯爽と現れ、ラフィーナの彼氏を鮮やかに撃退してくれます。自分じゃとても敵わないと尻尾をまいているコナーに代わって…。まだまだ幼く、甘えん坊なコナーの本音が垣間見えます。
しかし、いつまでも兄に頼りきりではいられません。
母の浮気で揉めていた両親の別居が決定的になったことで、ブレンダンはこれまで長男として抑えてきた不満を爆発させます。
コナーが生まれてくる前、不仲な両親の間でひとりツライ思いをしたこと、音楽をやりたかったのに経済的な理由で断念したこと。好きにふるまう弟へのひそかなイラだち……。
兄弟姉妹がいる人なら、このあたりの兄・姉ならではの弟・妹に対する微妙な気持ちは大いに共感できるのではないでしょうか。
そして、頼れる兄との別れは「大人」への大きな一歩。ブレンダンに突き放されて初めて、コナーはようやく本当の意味での独り立ちを始めます。
映画の最後に示される監督からのメッセージ
『シング・ストリート 未来へのうた』は監督の半自伝的な映画なのですが、実際に監督にはジムというお兄さんがいて、コナー同様その音楽性に強く影響を受けたそうです。
しかし、前作『はじまりのうた』の製作開始前にお兄さんは他界。エンドロールには兄への献辞がささげられました。
今回、監督は自分自身を反映した作品をつくるにあたって、お兄さんとの思い出を色濃く投影したのでしょう。それぐらいブレンダンは魅力的で、”裏の主人公”は彼だと言っても過言はありません。
成長していくコナーに自分を重ねるか、はたまた立ち止まってしまっている兄ブレンダンに共感するか。映画の最後には「すべての兄弟にささぐ」という監督からのメッセージが映し出されます。
元バンドマンの監督ならではの音楽へのこだわり
さて、『シング・ストリート 未来へのうた』を語る上で、やはり音楽は欠かせません。
ジョン・カーニー監督自身がロックバンドのベースだったこともあり、80年代にはまだ生まれてすらいないティーンエイジの役者たちには監督自らレクチャーしたとか。コナーたちのバンドが演奏する歌も、80年代テイストに仕上げたオリジナル曲です。
歌唱力バツグンのコナー役は実は・・・
そんな監督こだわりの音楽で、中心になるのは何といってもコナーの美声。
急きょバンドを結成したコナーがいきなり歌えてしかも激ウマなのは「いくらなんでもズルい!」と思わなくもないですが、コナーを演じるフェルディア・ウォルシュ=ピーロくん、実は7才からオペラの舞台に立っていました。
演技は今回が初めてとはいえ、ボーイソプラノのソリストとして大観衆の前に立っていたのだから、物怖じしないのは当たり前。普段はうぶなのに、バンドで歌う時にはアイメイクした瞳に色気がこもり、少年と大人の二面性にドキッとさせられます。
6ヶ月にわたるオーディションで、数千人の中から選ばれたのも納得です。
U2をモデルに音楽が生まれる瞬間の瑞々しさを描く
コナーたちのバンド「シング・ストリート」は彼らが通う不良だらけの高校「Synge School」をもじったもの。転校生だったり黒人だったり、学校のはみだし者たちが集います。中でも印象的なのが、ウサギ大好き、ちょっとマザコン(?)なエイモンです。
なんでも楽器が弾けて博識なエイモンはコナーの頼りになるパートナー。コナーが自宅でぶつぶつ言いながら書いた歌詞を持っていくと、エイモンは「anytime(いつでもいいよ)」と迎え入れ、2人はギターやキーボードを鳴らしながら曲を作っていきます。
ノートに書かれた文字がだんだん歌になっていく――音楽が生まれる瞬間に、見ているこっちもぞくぞく!
2人で共作する関係は、まるでU2のボーカル、ボノとギタリストのジ・エッジのよう。そもそもダブリン生まれ、学園祭で初ギグを行うなど、「シング・ストリート」のモデルは間違いなくU2でしょう。
ちなみにボノは今作を見て「彼らの演奏は当時のU2より巧い(笑)。間違いなく今年ナンバーワンの映画!」と賛辞を送っています。
MVの絶妙なダサさも80年代を再現
最後に、今作で大きな役割を果たすMV(ミュージックビデオ)について。
MVはビートルズが新曲リリースのたびにテレビに出演しなくちゃいけないのを面倒くさがって作ったのが最初とされ、80年代には有名なマイケル・ジャクソンの「スリラー」(1983)やマドンナ「Like A Virgin」(1984)などが登場します。
が、当時はまだMVの黎明期。今見ると「???」な不思議なMVもあったようで、例えばDEVOの「whip It」など。
コナーたちの作る最初のMVもピントがずれ、メイクも衣装もばらばらで絶妙なダサさ。
ところが、回を重ねるごとにコナーたちのMVはカッコよくなり、まるで80年代にMVがどんどん洗練されていく過程を見ているよう。「当時ビデオを作っていた全てのアーティストのスタイルを見てみた」という撮影監督ヤーロン・オーバックの研究熱心さには脱帽です。
なお、80年代のMVに興味を持った人には当時のMVを集めた80’s Music Vidsというサイトがおススメ。アルファベットでアーティストを検索できるので、MVの珍品、名品を探してみてください!
過去作を見てジョン・カーニーの音楽世界にひたろう
ジョン・カーニー監督は前々作『ONCE ダブリンの街角で』が劇場5館から1300館に拡大し、『はじまりのうた』もミニシアター系として異例の大ヒットとなりました。
口コミで人気が広まっていくのは本当に良い作品の証拠。本作もどこまで拡大していくか注目です。
『ONCE』も『はじまりのうた』はすでにDVD化されているので、日本で公開された三部作をこの機会にあわせて見るのもおススメ。映画で初めて披露されたキーラ・ナイトレイの歌声や、マルーン5らプロが演じるミュージシャンなど、ジョン・カーニーの音楽映画世界をたっぷり味わえます。
(出世作となった2001年の『オン・エッジ 19歳のカルテ』など初期の作品は日本未公開。いつか上映されることを祈りたい……!)
『シング・ストリート 未来へのうた』は東北、九州、四国などではこれから公開されるので、劇場情報を公式サイトでチェックしてみてください!
(C)2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】
※2021年7月28日時点のVOD配信情報です。