第37回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した『舟を編む』の脚本家としても知られる、渡辺謙作監督最新作『エミアビのはじまりとはじまり』が9月3日(土)より公開されます。
人気急上昇中の若手漫才コンビ“エミアビ”の海野がある日、自動車事故で死んでしまう。相方の実道ら、遺された者たちの再生と希望を描く本作。劇中でも実際に多くの漫才が披露され、他に類を見ないユーモアに溢れた内容となっています。
海野を演じるのは、au の人気CMシリーズで一寸法師役として注目度急上昇中の前野朋哉。また相方の実道は、TV「あまちゃん」「64」などの演技で注目を集める森岡龍が演じます。撮影前から猛練習を重ねた二人の息のあった漫才の掛け合いが印象的です。
そして、何とその漫才コンビを演じる二人が、劇中そのままのコンビ名“エミアビ”として漫才コンテスト「M-1 グランプリ 2016」にエントリーし、一回戦を見事通過したことでも話題になりました。
プロのお笑い芸人は一切出演せず、劇中で使用されているネタも全て監督自ら書かれたという本作。なぜここまで「笑い」を追求した作品を生み出したのか?作品に込められた想いを渡辺謙作監督にお伺いしました。
『エミアビのはじまりとはじまり』
映画人だけでも、「お笑い」ができるということを見せたい!
―「笑い」と「死」という、相反するテーマを挙げた理由を教えてください。
若い頃は、人の「死」というものに実感がわきにくかったのですが、年を重ねるにつれて身近な人が亡くなることが多くなり、自分に近いものとして実感するようになりました。
葬式やお通夜に出席した際、人を亡くした悲しみで泣いたかと思えば、遺族と故人の思い出話をしたりして笑い合っている瞬間があったり、「笑い」と「死」という一見相反する2つのものが面白いなぁと感じました。
身近な人の「死」からどうやって人間は再生するのか?ということを物語として描きたいと思い、今回テーマにしました。
―お笑いの話なのに、プロのお笑い芸人をキャスティングしなかった理由は?
最近、お笑い芸人の方がどんどん映画界に進出し、我々の仕事が奪われている状況です(笑)。それに対する映画界からのカウンターがないと思い、映画人も「お笑い」を表現できるのだということを見せたかったんです。
―お笑いのネタも監督ご自身でお書きになられたということですが、そちらでこだわられたことはなんですか?
周りからは、ネタはお笑いの構成作家さんに書いてもらったほうが良いと言われました。ネタがすべってしまうと、映画もすべるのでリスクがあることなので。でも、そこは、先ほども言いましたが、映画人もお笑いができるんだ!という思いを持って自分でイチからネタを書きあげました。
―この作品を撮る前と後では、お笑いに対する考え方は変わりましたか?
やはり、お笑い界の方はすごいなと、素直に尊敬できるようになりました。
先日「M-1グランプリ2016」の1次予選を見に行ったのですが、緊張感溢れる空気感に圧倒されました。「お笑い」をテーマに作品作りをするからには真剣に取り組んでいかなくてはならないと、以前よりも強く感じました。
ネタを作るにあたり、いろんな方の漫才を見て勉強しました。実は、映画の中のネタは、“サンドイッチマン”さんの漫才コントを意識して作っています。
―笑えるシーンと真面目なシーンとの対比が際立った本作ですが、笑い以外の部分でのこだわりは?
暴力シーンは常に怖く撮りたいと思っています。カッコ良くしたり、ギャグにしたりするのではなく、暴力は暴力として、怖いものなんだということをちゃんと描いていくことが倫理的にも大切なことだと思っています。
そのために、アクションもアップにせずに、引きで撮っています。アップで細かいシーンを編集でつなげてしまうと、勢いだけで絵になるので、ごまかせるんです。
どんなアクションはしているのかをちゃんと表現したかったし、演者には「グーパンチで殴るのではなく、プロレスラーの三沢光晴のエルボーのように!」と細かく指示もしていました(笑)
訳わからないものを作りたい
―今後どのような作品を作りたいですか?
自分と関係性を持ったものを作りたいと思う反面、全然分からない、経験しようがないものを作りたいとも思います。
今は、自分が三人兄弟の真ん中ということもありそれをテーマにした映画を撮りたいと考えています。兄弟もののシナリオは実はすでにできていますが、視点を変えて「姉妹」の物語など、女性二人に変えてみるのも面白いのかなと思っています。
訳わからないものを作りたいんですよ。本作を作るまでは「お笑い」についてよく理解していませんでしたし、自分が分からない、経験したことがないものを映画にしたいですね。
『舟を編む』という作品も「辞書作り」という自分にとって未知の分野についての話でした。自分が理解していないものを作った方が、観る側にとってもきっと面白いものができると思います。
賛否両論ある映画が面白い
―映画を観た方の口コミや感想などは気にされますか?
映画監督や業界スタッフが試写で映画を観て、感想を言ってくれることに対して、新鮮な意見で参考にしています。
賛否両論ある作品は良いと思います。逆にみんなが面白いという映画は信じられない。賛否両論あって、5点満点をつける人や1点をつける人がいて、最終的に3点くらいの作品が一番面白くないですか?
ただ、以前1点くらいの点数がつけられていた映画を観に行ったことがあるんですよ。そんなにひどいというならば、行って確かめてみようと。そしたら、本当に面白くなかった。(笑)みんなが1点を付ける作品の口コミは正しかったですね。
―年間どのくらい映画をご覧になっていますか?また最近観て面白かった映画を教えてください。
10年前くらいは、年に2本くらいしか映画を観なかったのですが、月に4,5本 常に劇場で年間70本くらいは観ています。
『団地』を観たとき、これはまさに漫才だなと思いました。藤山直美さんと岸部一徳さんがふたりで話す掛け合いが面白かったです。
他にも「火花」などもNetflix (定額制動画配信サービス)で配信されていますが、漫才のような、二人の掛け合いをメインとした作品の体裁が流行っているのか、映画と「お笑い」に関しての不思議な流れを感じますね。
監督が「笑い」に対してリスクを持ちながらもチャレンジした意欲作。身近な人の死という大きな悲しみを抱きながらも、懸命に前を向いていく登場人物たちの姿は、切なく、また温かい気持ちにさせてくれる作品です。
映画『エミアビのはじまりとはじまり』は、9月3日(土)より東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開。
(C)2016『エミアビのはじまりとはじまり』製作委員会
▼渡辺謙作監督 プロフィール
1971年、福島県生まれ。90年から荒戸源次郎事務所に所属し、『夢二』(91)で助監督を務めて以降、鈴木清順監督に師事する。98年『プープーの物語』で監督・脚本家デビュー。『波』(01年/奥原浩志監督)ではプロデューサーと主演を務めた。主な監督作に『ラブドガン』(04年)、『フレフレ少女』(08年)。12年の本屋大賞第1位になった三浦しをんの同名小説を映画化した『舟を編む』(13)では脚色を担当し、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞する。
(取材・文:柏木雄介、撮影:辻千晶)