2005年に公開された劇場版名探偵コナンシリーズ第9弾『名探偵コナン 水平線上の陰謀(ストラテジー)』(※以下、名探偵コナン 水平線上の陰謀と表記します。)は、劇場版シリーズ初の水上のみで物語が展開する作品。客船という閉ざされた空間を生かして、これまでの劇場版にはなかった展開や、意外なキャラクターにスポットが当たったりといった魅力のある作品となっています。
そんな『名探偵コナン 水平線上の陰謀』では、考えれば考えるほど描いているメッセージの大きさを感じられる映画となっています、今回はそんな本作が描いている内容をネタバレありで追求していきます。
『名探偵コナン 水平線上の陰謀』(2005)のあらすじ
園子のおかげで豪華客船のアフロディーテ号の処女航海に招待された毛利家と博士や少年探偵団たち。そんな中、客船内で開かれたパーティーでは、豪華客船を舞台にしたドラマを構想中のシナリオライターの日下や、船の設計士であり小五郎の妻の妃英理に容姿が似た秋吉らと知り合うのだった。そのパーティーで、蘭が空手の関東大会で優勝したことを知った探偵団の面々は貝殻でメダルを作ってあげることにする。
翌日。各々が客船を満喫する中、蘭と少年探偵団たちは船内でかくれんぼをすることに。少年探偵団たちはこの隙に、サプライズで蘭の上着のポケットにメダルのプレゼントを隠すことにするのだった。
しかし、このかくれんぼの最中に、鬼となった園子が何者かに襲われてしまう。そして同刻、客船内では殺人事件が発生していた……。
※以下、『名探偵コナン 水平線上の陰謀』のネタバレを含みます。
紛れもない毛利小五郎大活躍映画!
『名探偵コナン 水平線上の陰謀』は何を置いてもその活躍を忘れてはいけないのが、毛利小五郎の推理ぶりです。いつもはコナンに麻酔銃をうたれて、推理する人形のような情けない役割ばかりの彼ですが、この映画での活躍は例外。
コナンは見事、日下が起こした殺人事件を推理します。日下は15年前に起きた保険金目的の沈没事故で亡くなった父の復讐に事件を起こしたことが明らかになります。船に仕掛けた爆弾を爆破し、とっさに逃げる日下でしたが、コナンの機転で無事日下を捕まえることにも成功。見事に事件を解決し一件落着かと思わせますが、そこで映画が終わらないのが本作の見所。
実は容疑者の一人、秋吉もかつて起きた沈没事件の被害者の娘で、日下の殺意を利用して同じく船長を殺害しようと計画していたことが明らかになります。
それをいち早く察知していたのが他でもない毛利小五郎。コナンよりもいち早く、秋吉の行動に警戒し、殺害を止めに入ることになります。
あらかじめ銃を使えないようにしておいた小五郎は、秋吉との格闘戦にもつれ込み、柔道の達人である小五郎の一本背負いが炸裂し、真の一件落着を迎えます。
本作に続く劇場版『名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌』でも推理の活躍を見せていたりと、こうしてみるとコナンが居るからこそその実力が薄れて見えてしまうかもしれません。毛利小五郎自身のもともとの探偵としてのポテンシャルの高さがそこには表れています。
望みが裏目に出るという因果の映画
この映画のもう一つ印象的なポイントとして「登場人物の思惑がどんどん裏目にでる」ということがあります。様々な良かれと思ってした出来事や、こうなって欲しくないと願った出来事がどんどん裏目に裏目にと事態を動かしていきます。
犯人が秋吉であることを毛利小五郎がいち早く気づけたのも、小五郎の裏腹な気持ちから。妻の妃英理にそっくりな秋吉が、犯人ではないことを祈りながら捜査を進めていったからこそ、秋吉が犯人であるという真実に真っ先に到達することになってしまいました。犯行をいち早くできたとはいえ、小五郎にとっては素直に喜べない事態でした。
小五郎だけでなくその他の登場人物たちの行動も、たちまち裏目に出ていきます。
映画のクライマックスで、沈没する客船から脱出する人々の中、脱出間近の状況で蘭は船に戻ります。その理由というのが、少年探偵団たちがサプライズで作った貝のメダルを取りにいくため。蘭に喜んで欲しいという子供達の親切心、そしてそんな気持ちを無下にできないという蘭の優しさそれぞれが裏目に出て、蘭は客船に取り残されるという窮地に陥ってしまいます。
必ずしも善意が良い結果を生むわけではないことを描いているのは、子供も観る映画としては実は珍しい作品なのではないでしょうか。コナンよりも一枚上手を行くのが小五郎であるように、少し苦い味を残す本作はコナン映画の中でも、大人向けな一本と言えます。
優しさは無駄じゃないメダルの活かし方
とはいえ、ビターな終わり方をしないところもさすがコナン。
行方不明になった蘭を見つけ出すのが、他でもないコナンでした。以前の蘭との会話を思い出して、蘭が隠れている場所を推理したコナンは、見事、甲板の収納エリアに倒れる蘭を発見することができます。無事、蘭を救出した小五郎とコナンは、海上保安庁の要請によって飛んできた救助ヘリから降下してきた救助隊員の手によって救出されます。
今度こそめでたしめでたしかと思いきや、最後の最後で突風によって煽られたことをきっかけに救助隊員が船に激突してしまい、気絶してしまいます。
振り落とされたコナン。なんとか小五郎の手に飛び掴もうとするのですが、外して落下しかけたところを、目を冷ました蘭が掴みとります。あと少しでその手からも振り落とされそうになったコナンを間一髪で繫ぎ止めるアイテムこそ、少年探偵団が蘭に送った貝のメダルでした。メダルのおかげでコナンは命を救われることになります。
前述の通り、少年探偵団が送ったメダルが、事態の悪化のきっかけを作ったのは間違いないのですが、決してそれを無駄に終わらせないところも本作の粋なところ。
期待を裏切る結果が待っていることもある。それでも誰かの優しさが思いもよらぬ形で誰かを救うきっかけになることもある。しっかり清々しい形で因果の不思議な様子を描いているのもこの映画の魅力でしょう。
すぐに目を覚ます救助隊員のカットの偉大さ
コナンの救助シーンでもう一つ思い出すのが、一度は気絶しながらもすぐに目を覚ましてコナンに手を伸ばす、名もなき救助隊員の姿ではないでしょうか。
物語の展開でいえば、メダルのおかげで間一髪コナンは救われました、というところで引き上げられて終わりでもいいのですが、本作では頭から血を流しながらも救助隊員が目を覚ましてコナンに手を差し伸べる描写が挟まれています。
この描写も世界観が現実と密接なコナンらしい演出と言えます。危険を顧みず行動してくれる救助隊員の姿は、事件を解決した小五郎や、蘭を見つけ出したコナンに負けじと、あの一瞬でヒーロー然としています。事件を前に立ち向かうのが探偵なら、事故を前に立ち向かうのは救助隊員。そんな彼らの活躍にもしっかりスポットを当てて、無下に扱わないところもこの映画の粋なところではないでしょうか。
海難事故に限らず津波や洪水などの際に活躍する救助ヘリ。殺人事件や船の沈没に比べたら救助ヘリの方がより身近な存在と言えるはず。いざ自分が助けられる側になったとき、おそらくこの映画のクライマックスを思い出す気がします。あのわずかな救助隊員の笑顔のカットのおかげで、その時に助けに来た救助隊員が信頼のできる存在として映るのはかなり大きいでしょう。わずかな配慮のおかげで、さりげなく体験を大きく変えてくれるという意味でも『名探偵コナン 水平線上の陰謀』は手堅い演出が詰まった秀逸作なのです。
※2021年1月30日時点の情報です。