数あるホラー映画に属する“人形ホラー”というジャンルを御存知だろうか?
例えば1988年に全国の子供達を恐怖のどん底に叩き落とした『チャイルド・プレイ』や、個性豊かなパペット達が残虐性も豊かに暴れまわった「パペット・マスター」シリーズ等が有名だろう。
人形ホラーとは、端的には人形を恐怖の対象として描いたホラー映画のことを指す。非常にニッチなジャンルではあるが、個々の作品に登場する恐怖の人形達は皆、個性豊かなデザイン性も魅力の一つであり、カルトファンも多い。
このジャンルの映画は量産されるほど数多く作られているわけではないが、今も尚ひっそりと新作が誕生していたりする。
ちなみに、去年の2015年には『アナベル 死霊館の人形』から呪いの少女人形アナベルが誕生した。元々、このアナベル人形は『死霊館』というホラー映画の冒頭に登場した呪いの人形で、その抜群の存在感からスピンオフとして単独映画が作られたのだ。
(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
そして今年である。また新たな人形ホラー映画が誕生した。しかも、その映画は古典的でありながらも新しいジャンルに踏み出した傑作なのだ。
『ザ・ボーイ 人形少年の館』の物語
『ザ・ボーイ 人形少年の館』こそ、2016年の夏に劇場公開された人形ホラー映画の新作である。まずはこの映画の物語について紹介しよう。
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過去にわだかまりを抱えた女性グレタは、心機一転、新たな地での生活を始める。その生活とは、”片田舎の洋館で老夫婦と共に暮らす”8歳の少年の世話をする、ベビーシッターのアルバイトに就くことだった。
しかし、実際に洋館を訪れた彼女に託されたのは、等身大サイズの少年人形の世話。ファーストコンタクトこそ何かの冗談だと思い笑う彼女だったが、すぐさま老夫婦の真剣な眼差しに気づき、これは冗談などではないと悟る。
少年人形の名は「ブラームス」
老夫婦は少年人形を「ブラームス」と呼び、溺愛していた。ブラームスの傷一つない美しい顔立ちに、整えられた髪、シワ一つない清楚な服装を見ても、老夫婦が実の息子のようにブラームスを扱っているのは間違いがなかった。
ブラームスを世話するにおける「10のルール」
ブラームスに対する老夫婦の溺愛ぶりに未だ動揺を隠せないグレタに対し、老夫婦はブラームスを世話する上での絶対に破ってはならないルールを伝える。
1.客人を招いてはならない
2.少年の顔を覆ってはいけない
3.食事は冷蔵庫で保管せよ
4.毎朝7時に起こすこと
5.平日は3時間勉強を教えること
6.音楽を大音量でかけること
7.少年を独りにしてはならない
8.庭のネズミ取りを掃除すること
9.必ず少年に食事を与えること
10.お休みのキスをすること
これらのルールを必ず守ることを伝えた後、最後に「ごめんなさい。」とだけ言い残し、老夫婦はグレタとブラームスだけを残して洋館を去っていった。
これからグレタとブラームスの二人きりの生活が始まる。グレタは絶対に破ってはならないという10のルールを守り、老夫婦のようにブラームスの世話をすることができるのか?
グレタは次第に、この洋館に隠されたブラームスに纏わる真実を知ることになる。
『ザ・ボーイ 少年人形の館』は現代の童話~その魅力と楽しみ方~
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物語のプロットは、古典的でありながらも現代の童話として、とても秀逸だ。
まず導入部については「美女が見知らぬ地に足を踏み入れ、そこで立派な洋館に遭遇する。その洋館には絶対に破ってはならないルールがあって、そのルールを犯してしまうと災いが起こる」という、いわば『ヘンゼルとグレーテル』なのである。
たとえるならば、この映画の主人公グレタはグレーテルであり、ブラームスのいる洋館はお菓子の家。そして、ブラームスは絶対に食べてはならないお菓子と言えよう。
この古典的だからこそ誰もが受け入れやすい導入部であるだけに、人形を溺愛する老夫婦にその人形の世話を託されるという奇妙なエッセンスが、非常に興味を引く物語となっている。
洋館に隠された謎を解く面白さ
この映画の中には、舞台となる洋館に隠された「ブラームスに纏わる真実」へと導く伏線がいくつも張り巡らされている。
そもそも、主人公のグレタ自身も、観客である私達も、10のルールに従って人形の世話をしなければならないということに疑問を覚え、何故そうしなければならないのか? ということを自然と考えるだろう。
この映画は一種のトリック・ムービーとしても楽しめる魅力がある。実は物語の序盤から既に、クライマックスの“答え”に到るための伏線が多く張り巡らされている。
その伏線やヒントとなるべき登場人物の台詞の数々に注意しながら観ていくと、この映画が更に面白いものとなっていくはずだ。
ブラームスを世話する際の10のルールにも隠された真実へと到るヒントが…。
人形ホラーの垣根を壊す!一筋縄ではいかないアイデアとは?
この映画は低予算映画である。それだけに物語の象徴となるブラームス人形へのこだわりや、物語の意外性といった部分で勝負をしている。
前章では、この物語は古典的童話を準えていると書いたが、この映画を制作したスタッフが勝負したクライマックスの発想に関しては、これまでに有りそうで無かった、まったく新しいものとなっている。
この映画は人形ホラー映画でありながら、クライマックスではその概念を完全に破壊してしまうのだ。
人形ホラー映画というジャンルの物語性
「人形ホラー映画」というジャンルは、同じホラー映画に属するスラッシャー映画やゾンビ映画等に比べて、頻繁に制作されるジャンルではない。それだけに個々の作品に見られるアイデアは、どれも個性豊かな発想のものが多い。
人形ホラー映画の系譜というのは、1929年にフランスで製作された“The Great Gabbo”という映画から派生した「腹話術師と腹話術人形の怪奇物語」が始まりなのではないかと私は考えている。
そして、腹話術人形を題材にした本格的なホラー映画として『夢の中の恐怖』という映画が1945年のイギリスで製作されている。
この映画はオムニバス・ホラーで、腹話術人形を題材にしたエピソードは五話目に収録されている“Ventriloquist’s Dummy(『腹話術師の腹話術』) ”というものだけだった。
しかし、そのたった一篇にインスピレーションを受け、長編映画化した(と思われる)作品が1964年にアメリカで製作された“Devil Doll”という映画だ。
これは腹話術師の男が、ヒューゴという名の腹話術人形に人間の意識を憑依させたことで、ヒューゴが自我を持ってしまい殺人に手を染めていくという物語である。
またアンソニー・ホプキンスの『マジック』のように、腹話術人形に心を囚われた男が人生を狂わせていくというパターンの映画もある。
その他の腹話術人形を題材にしたホラー映画で忘れてはならないのが、ジェームズ・ワン監督の『デッド・サイレンス』という作品。これこそ古典的ホラー映画の持ち味を活かした、良質な腹話術人形のホラー映画だった。
更に時代は進むと1988年にはスチュワート・ゴードン監督による『ドールズ』をはじめ、『チャイルド・プレイ』や『パペット・マスター』等、何らかの形で意識を持った人形が人間を襲うタイプの人形ホラー映画も増えてきた。
ちなみに冒頭でも少し触れた『アナベル 死霊館の人形』は、呪いのアナベル人形に悪魔が取り憑いていたがために、人形を所持した人間に災いが降りかかるという映画だった。
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こうしてみると、人形ホラー映画の物語性というのは大きく分けて二つに分類できる。一つはこのジャンルの始まりとも言うべき「腹話術人形が怖い映画」。そしてもう一つは、『チャイルド・プレイ』等の「人形が意思を持ち直接アクションを起こす映画」である。
『アナベル 死霊館の人形』はどちらにも当てはまらないが、映画の内容そのものは、人形ホラー映画というよりは「悪魔祓い映画」という印象を強く受けてしまう。
アナベル人形そのものは非常に印象的で良いのだが、人形ホラー映画として紹介するには少々憚られてしまうのだ。
【※ネタバレ】人形ホラーの垣根を壊した『ザ・ボーイ 人形少年の館』の結末
二つに分類した人形ホラー映画の物語性。そのどちらにも当てはめることができず、さらにはそのジャンルの垣根までも破壊してしまった映画が本稿の前半で紹介した、『ザ・ボーイ 少年人形の館』なのである。
というのも、この映画は我々観客に対して「ブラームスは本当に生きているのでは?」と錯覚させるようになっているのだ。劇中でのブラームスは人形でありながらも微細な表情を見せてくれる。
それは実際に映画の撮影において、ブラームスという人形に命を吹き込むために素材の違ういくつものブラームス人形が製作されたからでもある。
ただ、それだけではなく、劇中でのブラームスは場所を移動してみたり、グレタの気を惹くためにサンドイッチを用意してみたりと、さまざまなアクションを起こしてくれるのだ。
特にこのサンドイッチをきっかけにして、グレタ自身もブラームスは本当に生きているのだと思い始めるのだが、やはりそれでもブラームスと共に暮らすこの洋館に関してはどこか違和感を覚え、その謎を解明していくことになる。
そこで次第に明らかとなる真実の一つが、過去に老夫婦には本当に生きた息子がいたということ。しかも彼の名は「ブラームス」。人形ではない、本当に生きた少年だったブラームスは、過去に起きた事故で死んでしまっていたのだ。
では、このブラームス人形とは一体何なのか? 老夫婦が実の息子を事故で亡くしたその悲しみから、息子の生き写しとして人形を作ったのではないか? それはそうとして、これまでのブラームス人形が生きていると錯覚させられた物事に関しては説明がつかない。
「ブラームスは生きている」
そう、ブラームスは生きているのだ。しかし、『チャイルド・プレイ』のチャッキーのように人間(つまりこの映画ではブラームス)の魂が宿っているというわけではない。
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物語のクライマックスで、あることをきっかけにブラームス人形が壊されてしまう。その直後、これまで一切姿を現すことのなかった、死んだと思われていた当時8歳の少年だったブラームス本人が姿を現すという衝撃の展開に到る。
ここで同時に人形ホラー映画という概念が破壊される。ブラームス本人にとっては自身の生き写しでもあった人形を破壊された怒りから、殺しに掛かってこようとする彼に追い掛け回されるというスラッシャー映画に変貌する。
このクライマックスに到るまでは完全に人形ホラー映画だったものが、その象徴とも言えるブラームス人形が破壊されることでジャンルそのものも破壊され、スラッシャー映画に切り替わるという構造は人形ホラー映画ジャンルにとってはまったく新しい。
しかも、劇中のブラームス本人にとっては人形こそが自分の生き写しであるわけだから、ある意味チャッキーと同じで人形が意思を持った人形ホラー映画のジャンルとも言えるだろう。
物語の最後に「実は生きていたブラームス本人が壊された人形を修復している」というカットでエンドロールに入ることからも、ブラームス本人はまたブラームス人形として帰ってくるということを明示している。ただ単にジャンルを変えたいだけならば、ブラームス本人が実は生きているというカットだけで終われば良いわけなのだから。
そこをわざわざ人形を修復しているというカットを加えることで、この映画は間違いなく人形ホラー映画であるということを明言していると言える。
これこそが『ザ・ボーイ 人形少年の館』の魅力であり、人形ホラー映画というジャンルの垣根を壊しつつ、人形ホラー映画の新たな形を示した記念すべき作品だと思うのだ。
『ザ・ボーイ 人形少年の館』と人形ホラー映画の世界
人形ホラー映画の魅力は、人形をキーアイテムとして象徴的な物語を構築しなければならないという実は非常に難しいジャンルであるだけに、発想される物語は突拍子のないものや個性的なものが多く、結果としてまったく飽きることのない楽しみ方ができることにある。
『チャイルド・プレイ』のチャッキーのように、動くはずのない人形がひとりでに動き出すということ自体にワクワクさせられるし、それをCGだけではない特殊造型やストップモーションアニメといった、ありとあらゆる表現技法で見せてくれるのも面白い。
このジャンルはCG表現が主流となった現代においても、不思議とそこに捉われずに特殊造型やマペットを駆使して人形の動きを見せてくれることが多い。そのため、CGでは決して表すことのできない自然的な人形の表情を垣間見れるという魅力もある。
『ザ・ボーイ 人形少年の館』の人形ブラームス君も沢山の表情を見せてくれる。ホラー映画なのだから怖いことは間違いないが、それでもブラームス君のふとした表情に可愛さ愛らしさを覚えてくれる人がいることを私は祈っている。
それこそ、人形ホラー映画の世界にハマるキッカケになったりするのだ。
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※2020年11月28日時点のVOD配信情報です。