カンヌ正式出品作『寝ても覚めても』唐田えりか×濱口竜介監督「何も知らずに観られる人が羨ましい」【ロングインタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

濱口竜介監督の『寝ても覚めても』は、東出昌大を主演に迎え、芥川賞作家・柴崎友香の同名小説を映画化した作品。自由人の麦(東出)に一目で恋に落ちるも、その後失踪され、失意の日々を過ごしている最中、麦とまったく同じ顔をした亮平に出会い、戸惑いながらも距離を近づけていく朝子を、新星・唐田えりかが演じた。

寝ても覚めても

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「運命の人はふたりいた」とキャッチコピーが踊るように、麦と亮平――別人でありながらも顔は同じ――というふたりの男性の間で揺れ動く朝子の心情が、手に取るように伝わってくる。理屈ではない恋という名の感情、何に惹かれているのか説明のつかない想いは、普遍的な命題として胸に刺さる。

一人二役という難役を演じきった東出をもってして、「ゾーンに入っていた、と言われました」とするほど、朝子として呼吸をしていたという唐田。さらには、そんな彼女を「無双状態だった」と表現する濱口監督に、寝ても覚めても消えることのない、作品への思いを紡いでもらった。

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――唐田さんの演技が瑞々しく、観客も朝子に恋してしまいそうです。濱口監督は撮っているとき、どのように見ていたんですか?

濱口監督:大まかに、撮影は順撮りだったんです。撮影が続くにつれて、唐田さんがどんどん本当に輝いていくと思って見ていました。特に、終盤はすごかったと思います。魅力を感じていなければ、カメラを向けないというのはありますしね。

――商業映画としては初めての作品になりますが、これまでのやり方を踏襲した点、変えようと意識した点はありますか?

濱口監督:踏襲したところは、ホン読みをひたすら繰り返して、台詞が自動的に出てくるまで沁み込ませてもらってから、現場に入るやり方でした。基本的に、現場に入ったら役者さんたちにお任せする、というスタンスもずっと同じです。現場で起きることに任せるというのは心がけていますね。

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――ホン読みのワークショップを“濱口メソッド”と呼ぶそうですね。

濱口監督:東出さんが言っているんですよ(笑)。

唐田:言っていますよね(笑)。

――“濱口メソッド”の経験、唐田さんはいかがでしたか?

唐田:私はそれまであまり現場を経験していなかったので、東出さん、瀬戸(康史)さんが「濱口監督の演出方法は変わっている!」と言っているのを、「え? これ変わっているんだ!?」という感じで受け止めていたんです。

濱口監督:あいつら、陰で何て言っているんだ(笑)。

唐田:(笑)。最初、役として相手を知る前に、まず東出さん自身を知っていくところから始まったような気がします。「はじめまして」の日、麦と横断歩道で会って会話する設定のお芝居をしたときに、それまで東出さんと全然しゃべったこともないのに、そのシーンを通して「すっごいしゃべった。すごく知れた気がする」という感覚になったんです。これまで味わったことがない感覚で、何となく「お芝居ってこういうことなのかな」と思いはじめました。ワークショップのときも、現場でも毎回感じていました。

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――麦/亮平役になぜ東出さんを選ばれたんですか?

濱口監督:映画化の話を出したのは2014年で、最初に出た名前が東出さんでした。原作を読んだ時点で、そもそも麦は朝子に一目惚れされるくらい、しかも後で芸能人になるレベルで格好いいんだ、と思う。けれど、この役は芸能人だったら誰でもいいわけではなく、絶対的に存在感のある人じゃないとできない。東出さんは、パリコレモデルとして出演したりもしていたし、ただ黙って立っていたときに一際美しいと言っていいと思うんですよね。カンヌでもタキシード姿になっていたとき、普通に「格好いい……」と思いましたし(笑)。造形的に美しい部分がある一方で、テレビのバラエティ番組とかで見たときに、「いい兄ちゃん」感もあって、二面性がくっきりとある人なんです。そこが、すごくハマるのではないだろうか、と感じました。オファーをして、東出さんに受けていただいたことで、すごくスムーズに企画が滑り出していきました。

――東出さんそのものに、麦/亮平の素質が見え隠れするところもあったんですね。

濱口監督:あります、あります。脚本を書き始めた時点で東出さんと決まっていたので、東出さんが演じると思いながら書いていましたし、どんどんキャラクターと東出さんが馴染んでいく感じもあったような気がします。

――濱口監督の想像を超えてきたような演技もありましたか?

濱口監督:あらゆる場面で感じました。現場で不思議な感覚だったのが、東出さんが麦の格好をしているときは麦に感じるし、亮平の格好をしているときは亮平だと感じるんですよ。カメラが回っているときだけではなく、現場でその格好でいたら麦と話しているような気になるし、逆もある。自然とふたりが分かれている感じがあって、そのままカメラの前に持ち込まれていました。

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――濱口監督からの助言もあって、そうなっていかれた?

濱口監督:東出さんと話していたのは、いわゆる「意識的に演じ分けることはしないようにしよう」と。だから、ご本人はむしろ演じ分けていなかったと思うんです。外見によって引き出されるのか何なのかはわからないんですけど、その人に見えるというのは都度あった気がしましたね。

唐田:私もそう思いました。東出さん、全然違いました。(東出と一緒にいると)私がいるときの感情が変わりましたね。麦のときはすごく不安だったというか、本当に消えちゃいそうで、ふわふわしていて危なっかしかった。でも亮平のときは、私が何かに包まれているような感覚だったので、ずっと安心感がありました。

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――監督から見て唐田さんの朝子はいかがでしたか?

濱口監? ??:いくつかのポイントで、すごいものが見えました。そういえば、一番最初からキスシーンだったんですけど、イン前からワークショップをやって関係性を作っていた成果なのか、本当にものおじすることなくやってくれて(笑)。

唐田:(笑)。

濱口監督:カメラの後ろで驚きながら見ていました。滑り出しから「なんか、超えてきたな」というのはあって。映画の後半で東北のシーンが出てくるんですが、スケジュール上、中盤で撮ることになったんです。「結構大変だな」と思っていたんですけど、唐田さんのアップを見たときに「すごい表情をしている……!」とカメラの後ろにいながら感心していました。そこからは、唐田さんはいわゆる無双状態だった気がします。集中力が途切れることがなかった。ラストに至るまで、ずっと驚きながら見ていましたね。

唐田:監督は毎朝「唐田さん、昨日も良かったです」と言ってくださいましたよね。

濱口監督:単純に素直な気持ちで「すごいものを見たな」と思っていたので。

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――朝子は、ともすれば反感を買うでしょうし、寄り添いすぎても観客は置いていかれるので難しい役だろうに、唐田さんは絶妙に捉えている演技をされていた印象でした。

唐田:いえいえ……。本当に「演じた」という感覚がなさすぎて、完全に無の状態だったと言いますか……。濱口監督にも「何も考えなくていいから、相手のお芝居をちゃんと見て、聞いてください」と言われていて、その通りに何も考えなくなっちゃって(笑)。皆さんのお芝居をちゃんと見て、聞いていたら、勝手に出てくるものがありました。脚本は読んでいるからもちろんわかっているのに、自分でもこの先どうなるかわからない、みたいなちょっと怖い状態になっていたというか……。自分がどうこうするより、本当に皆さんのお芝居に助けていただいた感じでした。

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――そう聞くと、唐田さんの中にも朝子的要素があるのかと見てしまいます。

濱口監督:ありますよね?

唐田:ほとんど自分です。

濱口監督:(笑)。今、唐田さんがお話した「相手のことをよく見て、聞いて」は演出家の常套句ですけど、言われたからってみんなができるわけではないんです。そこはひとつ、唐田さんの能力や才能だと思います。ということは、東出さんや周りのキャストも素晴らしかったんですよ。その人たちを見ていれば、自然と感情が湧いてくる状態だったので、彼らがいて、唐田さんの演技があって、その演技を見て、また引き出されていくという相互関係がありました。みんなで作る、まさにそういうものだった気がします。

――皆さんの結晶となった本作、おふたりはどうご覧になりましたか?

濱口監督:編集のときに100回くらい観て、現場でも見ているので、客観的に観るのは難しくて。基本的に物語を楽しめる境地にはなかなかいかないんですけど、それでも超えてくるものというか、僕でさえ、麦や亮平、朝子にしか見えない状態になるときがあります。何も知らずに観られる人が、むしろ羨ましいです。それってどんな体験なんだろうって思うから。

唐田:「すごいものができたな」という感覚はありました。自分があれだけスクリーンに映っているのを観たことがなかったので、自分の顔を観たときに「私ってこんな顔なの?」とも思いました。自分でも知らない顔がいっぱいあって、不思議で。あと、現場で見ていたものが、ちゃんと映っていたので「本当のものはちゃんと映るんだな。本当のことが本当に映るなら、嘘のこともそのまま映るんだな」と、観ながら怖くなりました。これから自分がお芝居をやっていく上で、嘘のことはやりたくないです。

濱口監督:それはすごい話ですね。カメラで見たものと自分で見たものが同じように感じるって、結構な境地なんですよ。最初は現場でOKを出したものが、「カメラにはこう映っていたのか……」という経験を20代に繰り返していたので。だから、同じように映っていること自体、すごいことなんです。唐田さん、本当にちゃんと見て、聞いていたんだなと今思いました。

唐田:ちゃんと見て、聞いていました(笑)。

濱口監督:すごいねえ(笑)。

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――濱口監督のおっしゃった「無双状態」という言葉が蘇ります。

唐田:東出さんにも「ゾーンに入っていた」と言われました。確かに、そうでした。元から集中力はあるほうで、入ったら周りが見えなくなってしまうタイプなんです。現場中、まさに寝ても覚めても、『寝ても覚めても』でした。現場で撮影しているときから、終わってカンヌに行っているときまでも、ずっと夢見心地が続いていたんです。夢の現場でした。

濱口監督:「夢の現場」! 見出しにしてもらっていいですか(笑)?

唐田:(笑)。

――今回、音楽をtofubeatsさんが担当されていることは、うれしいサプライズでした。元々、濱口監督とはお付き合いがあったんでしょうか?

濱口監督:前作の『ハッピーアワー』をtofubeatsさんが観てくれていて、機会があって鼎談をしたんです。以来、曲を聴かせてもらっていました。今回、映画音楽をどうするかと話し合っているときに、APがぽろっと「tofubeatsさん、どうですか?」と言ってくれて。全然その発想がなかったんですけど、「いいじゃない……! いいと思う!!」とお願いしたら、引き受けていただけました。最初、クランクインして1週間くらいで主題歌「RIVER」のデモがあがってきて、まだ撮ってもいないのに、「tofubeatsさんはエンディングを観て書いているんじゃないかな?」と思うほどの楽曲でした。歌詞が素晴らしい。エンディングにこの曲が流れると想像することで、僕自身が非常に力づけられました。

――「こういう曲調で」などのオーダーはされたんですか?

濱口監督:基本的にはお任せでしたが、主題歌に関しては「最後、川が出てくるんですけど、川が彼らを見ているような気持ちで1曲お願いします」と言いました。

唐田:難しいですね!

濱口監督:ねえ。そうしたら、ど真ん中ズドンという曲がきて。tofubeatsさんに聞いたら、「川はどうしてできるのか」(ブルーバックス)で川の三大要素とは何かを読んだと。さらには淀川を歩いてみたりして、フィールドワークの結果、生まれたそうです。すごいですよね。

< h4>――濱口監督は、唐田さんに今後どのような女優になっていってほしいですか? もしくは次はどのような作品で組みたいですか?

濱口監督:どんな作品っていうのは……何も思いつかないんだけど……。

唐田:くそう。

濱口監督:(笑)。唐田さんにとって『寝ても覚めても』は初のヒロインだし、チャンスやステップみたいに見えるかもしれないですけど、実は乗っかるのはこっちなんです。唐田さんの上昇機運に、こっちが乗っからせていただきます、と思っていて。

今回、カンヌにも呼んでいただきましたけど、僕にとっては役者さんに連れてきてもらったカンヌだったと思いました。何から何まで揃っていた現場ではなかったですし、おそらく予算的にはコンペの中でも低いほうだと思うので、役者さんのただならぬものが映っているからこそ、ここにきているんだ、と公式上映を観ながら思っていました。(東出と唐田と)3人で並んで観ているとき、バスの場面での唐田さんのアップで泣きそうになりましたね。自分の映画では珍しい体験で…。だから、唐田さんは持っている人、スケールがある方だと思っています。何も心配はしていなくて、唐田さんは今後いろいろとものにするだろう、という気がします。

唐田:そんな何もできていないんですけど……! ありがとうございます。

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――カンヌでも貴重な経験をされたんですね。現地での印象的な思い出は、ほかにありますか?

濱口監督:記者会見で唐田さんが言ったことは印象的でした。防潮堤の上で海を見るシーンがあって、記者の方が、「カメラが朝子の前にきているから、集中しづらかったり、土足で自分の心に踏み入れられているような感じはなかったですか?」という類の質問をされたんですね。唐田さんは「目の前にあったのは海ではなくて、カメラやカメラマンの佐々木さんですけど、それでも私は海を見ていました」と言われていて。「だからこんな顔なんだ……!」と、むしろ納得する気持ちがありました。

唐田:初カンヌはあっという間すぎて一瞬で終わっちゃった感じです。すごく大きなスクリーンで、あれだけ大勢の方々と観られたことは、すごく贅沢でした。濱口監督と東出さんと『寝ても覚めても』の皆さんで行けたことが、一番幸せでした。ずっと幸せを噛みしめている感じです。あとは……カンヌのお肉がおいしかったです(笑)。(インタビュー・文=赤山恭子、撮影=林孝典)

映画『寝ても覚めても』は2018年9月1日(土)より、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開。

寝ても覚めても
(C)2018「寝ても覚めても」製作委員会/COMME DES CINEMAS

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